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レーザービームマンと初の刺客

↓はローエルラント国の地図となります。

現時点では「?」の場所もあるでしょうが、後の話で出てきますので、今はあまり気にしないで下さい……

挿絵(By みてみん)

 その日、王宮の玉座の間には、一人の女性が呼ばれていた。

 名をシリカ・ローエルラントと言う、その国の王の三番目の娘だ。


 見た目の年齢は十七、八才で、青の瞳に黒い髪。

 前髪の長さは目にかかる程で、両サイドの髪は肩にかかる程度で綺麗に切り揃えられていた。

 後ろ髪は後頭部で結い、一本にして背中に垂らしており、赤い、スリットの入った衣服を纏って、左脚は腿から露出させている。


 身長としては百七十㎝程か。引き締まった肉体だが出ている所は出ており、露出された肉付きの良い脚には兵士の数人が釘付けとなっていた。

 彼女、シリカは今現在は、玉座を前に跪いており、そこに座る自身の父から一つの任務を言い渡されようとしている。


「我が国の領内に怪しい者が現れた。聞けば、魔物を従えておると言う。

 どういう者かの詳細は不明だが、事実であるのなら見過ごす事は出来ぬ。

 そなたもかつての勇者の仲間、剣士ノイッシュの血を引く末裔。

 父に代わって真相を究明し、必要とあらば退治をして見せよ」


 シリカの父――ローエルラント国の国王は、年齢としては五十台中盤。

 精悍な顔に茶色の口髭を蓄える荘厳な雰囲気の王であり、同時に「傑物」と称されているノイッシュ以来の凄腕でもある。

 王子が二人、王女が三人居るが、シリカを自らの後継者と決めており、今回の任務を全うして戻れば、一子相伝の一族の技をシリカに教える心づもりで居た。

 勿論、本人はそれを知らないが、シリカは父に「はっ」と答えて、深々と頭を下げた後に、宣誓に近い言葉を述べる。


「このシリカ、必ずや父王陛下の期待に応えます。

 真相を突き止めて任務を達成するまでは、王宮の門はくぐらぬ所存。

 その時を、心安らかにお待ち下さいませ」


 それから下げていた頭を上げて、自信に溢れた顔でシリカは微笑んだ。




 ヒュガルが前々から目を付けていた村は、エルラと言う名の村であった。

 その日のヒュガルは本拠地を出て、ルキスを連れてエルラを訪ね、交渉による支配を試みて村の村長に接触していた。

 エルラの村を支配する戦力――

 つまり、本魔を配下に得た為で、まさかの訪問者に村長は、まずは「なんと……!」と驚いて見せた。


 理由はヒュガルが敢えて変装せず、本来の姿で訪ねたからだ。

 それから訪ねて来た理由を聞いて、兎にも角にも中へと招待し、役員なのだろう数人を呼び、おっかなびっくりで詳細を聞いて来た。

 場所は応接間で、テーブルの奥には村長と役員四人が座り、手前にはヒュガルとルキスが座って、向かい合っていると言う構図である。


「見た目の通り、私は魔族だ。立場としては魔王となっている。

 先代の魔王がどうしたかは知らんが、私は人間との共存を考えている。

 無論、生活の習慣が違えば、言葉すら通じぬ間柄だ。

 最初からうまく行くとは思わんし、いずれは法が必要にもなるだろう。

 ともあれ、私は基本的には、支配は交渉で済ませたいと思っている。

 こちらが出す物は村の平和と、周辺の魔物に手を出させないと言う約束。

 そちらに出して欲しいものは、月に一度の納税としたい」


 詳細を話すと、村長達は黙り、お互いにおずおずと顔を見合わせる。

 話は分かったが、どうした物かと全員が判断に迷っていたのだ。


「黙ってチャァわっかんねーんだヨ! イェスかノーか! そんだけだろーが!

 それともあれですか!? 痛い目に遭わないと理解できないって言うクチなんですかぁーん!?」


 これはルキスで、見た目に反して凶暴な口調に皆が驚き、ヒュガルが「おい!」と叱った事で、ルキスは「すみませんンン……」と静かになった。

 虎の威を借りる狐、と言う言葉があるが、ルキスはまさにそれのようで、魔王に対しては従順な態度だが、その他に対しては高圧的に出る困った癖を持っているらしい。


「あ、あの……い、良いですか?」


 一人の男がゆっくりと手を挙げる。見た目の年齢は三十位の男だ。

 ヒュガルが「ああ」と言った事を聞いてから、男は質問の内容を話した。


「その、納税の内容なんですけど、具体的には何をどれくらいですか?

 見て頂ければ分かるように、この村はそんなに豊かでは無いです。

 強制徴収があったばかりだし、例えば提案を受け入れたとしても、来月納められるものは殆ど無いかと……」


 その質問にはヒュガルは「ふむ」と言い、役員を見回してから言葉を続ける。


「収入の一割。それだけを希望する。虚偽の申告が分かった際にはそれなりの罰を受けて貰うが、それ以外の所で君達に対して希望するものは何も無い」

「おぉ……」

「なんと……」


 聞いた役員全員が驚く。

 ヒュガルに要求される税が今よりもっと重い物で、足りない場合は子供や女を要求されると思っていたのだ。

 ちなみに彼らが所属している国からの税は収入の四割で、その上で強制徴収等で食べ物までが取られる始末。

 それから比べるならヒュガルの提案は、天の助けだとも映った事だろう。

 

「それと、家に娘が居る人は、ハードフルキッス先生の漫画を買う事」

「おい、どさくさで売り上げを伸ばそうとするな」


 それにはヒュガルが突っ込むと、ルキスが「テヘヘ♡」と舌を出した。

 流石に本気では無いようなので、ヒュガルも追及せず話を切り上げ、悩んでいる様子の役員達を見て、返される答えを無言で待った。

 数十秒がすぐに過ぎて、一分、二分とが静かに過ぎて行く。


「あの、もう一つ良いですか?」


 そんな中で先とは違う、四十才位の男が右手を挙げた。

「何かな?」とは直後のヒュガルの返事で、「すみません」と言ってから男が話しだす。


「村の平和を守って下さると言う事でしたが、それはつまり兵士を置くと言う事ですよね? それがもし敗れた場合は……わたくし共はどうすれば良いのでしょうか?」


 男が言うと、役員達が「そうだ」「そうだな」と、その事に気付き出す。


「諦めんなよ! 戦えよ! 出来るだろ!? お前達なら!」


 と言う、熱い魂のルキスは小突かれ、「やっぱ駄目ですか……」と、ヒュガルに返した。

 それからヒュガルは「あー……」と言い、本来の答えを役員達に話す。


「私の軍と戦うと言う事は、おそらく相手は人間だろう。その場合は無理矢理支配されていたと言う事にして、対応する国家に帰属してくれて構わん」

「おぉー……」

「なんと……」


 今度の言葉にも皆は驚き、顔色を随分明るい物にした。

 しかしながら村長は、一貫して「なんと」としか言っておらず、或いはボケてる? と思うルキスは顔を顰めてからヒュガルに近付いた。


「(ちょっと人間に優しすぎませんかー? こいつら恩なんか感じませんよ絶対)」


 右手を添えてルキスが囁くが、ヒュガルは何も返さない。

 優しい等とはとんでもない話で、その実これは奸計である。

 戦いになれば人が死ぬし、人が死ねば生産力が下がる。長い目で見れば税率が低くとも、戦いをしない方が有益なのだ。

 だからこそ優しい――

 言い換えるなら、甘い条件で引き抜きを図っている訳で、そこに恩を感じられるのは、むしろ辛いと言える所だった。


「ま、まさか、裏切られるのは承知の上ですか……それでも良い。むしろ裏切れと!

 俺はお前達を試しているんだと! ならば自分は魔王サマを裏切りません!

 茨の道を裸で進む魔王サマの股間辺りを最後まで見届けます!?」


 が、勝手に解釈したルキスは興奮し、出て来た鼻血を右手で押さえ、それを目にした一人が動き、ルキスに布を手渡すのである。


「あ、ずびばぜん……」


 そこでは流石にルキスは礼を言い、受け取った後に鼻に当てる。


「分かりました」


 と言う直後の声は、ボケていると思われかけていた村長のものだった。


「どの道支配は避けられますまい。

 断れば力づくになるだけのお話でしょう。

 ならば、平和的な交渉が行われている内にお話を受け入れる事に致します。

 村人達の事、くれぐれもよろしくお願い致しますじゃ」


 それから立って深々とお辞儀し、他の役員達がそれに続いた。

 この事により、魔王軍は初めての収入源を確保した事になり、早速にも本魔を移動させる為に、ヒュガルとルキスは村長の家を後にした。




「見つけたぞ! 貴様が魔王だな! そこで止まれ! 聞きたい事がある!」


 本拠地への帰り道。

 ヒュガルとルキスは村の広場で一人の女性に呼び止められた。

 見た目の年齢が十七~八の、黒髪青眼こくはつせいがんの女性にである。

 衣装は赤で、左脚を露出させており、腰の右には剣を下げている。

 彼女はそう、この国の王であり、父でもあるアトスから任務を与えられ、ヒュガル達の事を探していた第三王女のシリカであった。


「何者だ? こちらには用は無いが……」


 そうとは知らないヒュガルが振り向くと、「こちらにはあるのだ」とシリカは言った。

 そして、二人に接近して来て、確かめるような眼差しで姿かたちを観察。


「二本の角に黒のマント、それにその……隣のまな板。

 情報通りだ。貴様が魔王だな?」


 それから確信した口調で言って、「胸の事には触れるなや!?」と、ルキスにキレられた。


「なんですかコイツ!? 失礼すぎるんですけど!?

 身体の特徴で人を貶すとか、絶対にやっちゃダメな事でしょー!?」

「確かにそれはその通りだな。

 例え、ルキスがまな板であろうと、いきなりのまな板呼ばわりは酷過ぎる。

 誰だか知らんがそこの点は、まずはまな板に謝って貰おう」

「まな板に!?」


 キレたルキスが一瞬にして動揺し、顔を細長くしてヒュガルに抗議する。

 それを見たヒュガルは何が違ったのかを理解が出来ずに困惑している。


 シリカはと言うとそれには構わずに、右側に下げていた剣を抜刀し、切っ先をヒュガル達に向けた上で、「質問に答えろ」と恫喝をした。

 向けている剣は刀身細く、この辺りでは珍しい片刃の代物で、誰の目にでも名剣と映るような、美しい装飾と輝きを持っていた。

 これは名剣、水飛鳥みずあすかであり、剣士ノイッシュの遺した剣の一本だが、それを知るのは現時点では、シリカと父のアトスだけだ。

 

「……それでは早急に済ませて貰おうか」


 その剣を「ちらり」と一瞥した後に、諦めたようにヒュガルが返す。

 恫喝に応じたと言う訳では無く、面倒を避ける為に応えたのである。

 聞いたシリカは満足げに微笑んで、「良いだろう」と言ってから質問を始めた。


「ではまず、貴様は本当に魔王か?」


 それにはヒュガルが「うむ」と答える。


「魔物を従えていると言うのは真実か?」


 これにも同様の言葉を返す。


「目的は何だ? 世界征服か?」

「そういう事になるのだろうな」


 その質問にも素直に答えると、シリカは「やはりな」と、顔を顰めた。


「そういう事ならば容赦はしない! いざ! 尋常にわたしと勝負しろ!!」


 どうやら結論に達したらしく、剣を両手にシリカが構え、ヒュガルが小さく息を吐いた事を見て、「武器を取れ!」と怒りを表した。


「やっちゃって下さいよ魔王サマァン!」


 直後のそれはルキスの言葉で、ヒュガルの左腕に「ひしり」と抱き付く。


「そうして欲しいならまずは離れんか……?」

「あ、スミマセン……こんな時にまで自分ったら……♡」


 二人にとってはいつもの事なので、説明も無しにやりとりは終わったが、理由を知らないシリカはそれを「不潔な……!」と呟いて軽蔑していた。


「かかって来ないのならこちらから行くぞ! 覚悟しろ魔王!!」


 シリカがついに体を動かし、飛ぶような勢いでヒュガルに切りかかる。

 ヒュガルはそれを滑るような動きで回避。

 その後に続く攻撃も避け、シリカと共にルキスから遠ざかる。


「そこだ! 殺れ! 魔王サマ! ああーもう、何で攻撃しないんですか!?

 今だ! チャンス! 内臓ズドォーン! って、えー?! そこもスルーなんですかー……」

「帰るぞルキス」


 ルキスはそれを応援していたが、その横に戦っているはずのヒュガルが登場。 

 だが、シリカは戦っており、そちらにもヒュガルは存在している。

 故に、ルキスは隣のヒュガルには全く以て気付いておらず、あちらのヒュガルが攻撃を躊躇う度に、納得の行かない声を吐いていた。


「おい、ルキス」


 やむを得ないので右手を伸ばし、肩を掴んで注意を引いてみる。


「キャアア!? な、なんでここに魔王サマが!? あ、アレは何ですか!? 残像ですか!?」


 すると、ルキスはようやく気付き、交互に見ながら驚いて見せるのだ。


「あれは偽体ぎたいだ。構っていられんよ」


 言わばフェイク。あちらのヒュガルは、本体が作り出した偽物だった。

 短い言葉でヒュガルは説明し、動揺するルキスを納得させた。

 納得したルキスは「あー」と言って。


「女、必死だな」


 とほくそ笑んで一言。

「帰るぞ」と言ったヒュガルに答えて、村の広場から共に消えた。


 そうとは知らないシリカは戦い、偽体を路地に追い詰めるのだが、切り伏せた直後に偽体が消えた事で、ようやく状況を理解するのだ。


「……おのれ魔王! 女だと思って愚弄するかぁぁ!」


 拳を作って怒りに震え、ヒュガルに対する復讐心を募らせる。 

 そして、その復讐心がシリカを凶行へと走らせるのである。




 ヒュガル達が本拠地に戻ってくると、玉座の間には客が来ていた。

 一人はエローペで、玉座に座り、もう一人はエローペの横に立って、若干斜めからヒュガル達を見て居る。

 性別は男で髪は赤色。額には一本の角が生えている。

 眼は金色で、筋肉質な上半身を誇示するような、短い上着を身に付けており、それを目にしたルキスが喜んで、両手で自身の口を押さえた。


「でも、コワメンだから六十点」


 直後のそれはヒュガルだけに聞こえ、聞いたヒュガルが両目を細める。

 そのまま近付いてエローペの前で屈むと、赤髪の男が「久しぶりだな」と言ってきた。

 言葉の対象はヒュガルのようで、ルキスの視線がそちらに向かう。

 だが、上司の手前である為か、ヒュガルは自らは喋らなかった。


「今更紹介は必要無いよネ?

 こいつ、今日からあんたに預けるから、征服活動に役立てて頂戴。

 言う事聞かなかったら好きにして良いからー。

 じゃ、そう言う訳でまた今度ー」


 エローペはヒュガルにそれだけを伝えて、玉座の上から姿を消した。

 残された三人はしばしを沈黙。

 男が脚を動かした事を見て、ルキスが「びくり」と体を震わせる。

 それでもヒュガルが黙っているので、不安気な表情で袖を掴み、言葉にはしないが視線と動作でヒュガルに男の説明を求めた。


「何だよ……紹介してくれても良いだろ?

 それとも何か? 追放になった奴の事なんざ、もう記憶にねーってか?」

「追放?」


 男が言って、ルキスが疑問する。一方のヒュガルは口を開かず、無表情で男を見ている。

 説明するべきか。そう思っていたのだが、男――

 ギネットが話を進め出したので、タイミングを失って話せなくなったのだ。


「ああ、追放だ。そいつのせいでな。

 そいつが俺にあんな事をしなければ、魔王になっていたのはきっと俺だった」


 そうとは知らないギネットが話し、ルキスが「あんな事?」と質問をする。

 すると、ギネットは隠しもせずに、根に持っていた「あんな事」を話し出した。

 それによるとギネットはヒュガルとは養成学校で同期だったようで、少なくとも純粋な力に於いては、ヒュガルの上を行っていたらしい。

 だが、その日、運命の日は、どうにも体の調子が悪く、朝から何度もトイレに行っていた。

 具体的に言うなら傷んだ物を食べて、腹を壊して下痢をしていたのだ。

 それでも何とか乗り切っていたのだが、四時間目の授業が剣術であり、休めば良いのに無理をして参加して、ギネットは生き恥をかく事になった。


 そうとは知らないヒュガルが相手をし、ギネットの腹を攻撃したからだ。


「だいじょ……」


 うぶか? と、ヒュガルが聞く暇も無く、ギネットの顔はひょっとこのようになり、


「オッホォォォォん!?」


 奇妙な声を上げながら、ビーム状の何かを放出させたのだ。

 服を突き破って飛び出したそれは、地面に軽く穴をも開けて、見守るヒュガルと同期の顔を唖然としたものへと変化させた。


 ギネットは俯き、陰りを見せた顔で、不適当な笑顔をまずは見せた。

 そして、直後には持っていた剣で、一部始終を目にした同期を片っ端から切り出したのである。

 最終的には教師が止めたが、教師に二人、同期に六人と、合計で八人もの死者が出てしまい、その事によりギネットは逮捕され、学校を退学、永久追放にされたのだ。


「えっと……割と自業自得じゃないですかね……?」

「うるせぇ! お前に何が分かる!!」


 直後の感想はルキスのものだが、ギネットはそれには即座に激昂。

 怒鳴られたルキスは「ヒイッ!」と鳴いて、ヒュガルの腕にしっかりと抱き付いた。


「ここに来た、と言う事は、刑期を終えたと言う事か。

 それでどうする? 私に従えるのか? そうでなければ必要無いが」

「……邪神様の命令だからな。少なくともこっちには居てやるよ。

 言う事を聞くかはその時の気分だ……俺はお前を許した訳じゃねぇ」


 ヒュガルが聞くと、ギネットが言った。

 従う、とはっきりとは言わなかったが、全力で逆らうつもりも無いらしい。

 使いにくいし、厄介ではあるが、ヒュガルにとってもこれは命令で、ギネットの行動が目に余るようになるまでは、何とも出来ない状況だと言える。


「まぁ良い。最悪は邪魔をされねばな」


 それだけを言ってヒュガルが動き、本棚の中にある一冊の本を取った。

 そのタイトルは「無人島のキッコ」で、現在の本魔の本体である。

 その後にも本棚から本を引き抜き、見ているルキスに手伝うように言った。

 エルラの村に本魔の本体と、本棚と本とを運ぶ為だ。


「えぇ!? 自分もやるんですか?

 それこそこういう肉体労働はレーザービームマンさんにお願いすれば……」

「誰がレーザービームマンだ!? ぶっ殺すぞこのクソガキが!」

「キャアアア!? うん〇もらした人にクソって言われたぁ!」

「うるせー! 俺はギネットだ! 次にそんな事言ったらホントに殺すからな!」


 ルキスの言葉にギネットが怒り、その中で自分の名前を名乗る。

 その事により名前が伝わった訳だが、ルキスはすでにどうでも良さそうに、本棚から本を抜き出していた。

 ヒュガルと共に本を抜き出し、それらを重ねて床に置いて行く。

 そして、ようやく空になった本棚を横にするようにしてヒュガルと持った。


「それでは行くぞ」


 ヒュガルの言葉に答えるように、本魔の本体がその場に浮遊し、それに連鎖するようにして他の本が浮かび上がる。


「ど、どこに行くんだ? ってか、何してんだ?」

「知りたいのならばついて来ると良い」


 ギネットが聞いてヒュガルが答える。

 その後にはまずは本魔が動き、他の本と共に外へと飛び出し、ヒュガルとルキスが本棚を持って行き、手間取った後に地下室から出て行った。

 残されたギネットは「ちっ」と舌打ちし、少し遅れて梯子を上り、エルラの村へと向かう二人と本魔の後ろに続くのである。




 三十分後には村に着き、本魔の設置が完了された。

 本体の位置は村長の家だが、多少の自律的な移動が可能なので、手足となる本と分割した意思によって、今後は村を守ってくれるだろう。


「適任者が見つかれば戻って貰う。それまではすまんがよろしく頼む」

「承知致しました。現状ではこの村が唯一の要。

 最強の手駒たる私をここに置くのは、至極、当然の事であります」


 ヒュガルの言葉に本魔はそう言った。自信家ではあるが、実力はあるので、ヒュガルもそこには文句は言わない。

 ただ、慢心は油断に繋がるので、「油断だけはするなよ」と忠告しておいた。


「それは重々。あなた様との戦いで身に染みましたので」


 本魔のそんな言葉を聞いて、「フッ」と笑って外に出る。


「やり方が甘ぇな」


 と言ってきたのは、外で待っていたギネットだった。

 家の壁に背中を預け、両腕を組んでヒュガルを見ている。

 だが、ヒュガルの視線はそちらには向かわず、家から伸びる道の先にあった。


「み、見つけたぞ魔王! わたしと……! 戦えぇっ!」


 息を切らして立っていたのは、先の戦いでいなしたシリカで、どういう訳かその左腕にはどこかの子供が捕まっている。

 性別は女で、年齢は五才程。

 話すシリカを見上げた後には、きょとんとした顔でヒュガルを見つめる。


「何ですかあれ? あいつの子供ですかね?」


 ルキスに聞かれるがヒュガルにも分からず、顔を顰めて「何をしている」と聞いてみる。

 すると、シリカは邪悪な顔で「ニヤリ」と笑ってこう言ってきたのだ。


「わたしと戦え! さもなくば、この子を少し酷い目に遭わせるぞ!

 お前はこの村を守るんだろう? 皆にそう約束したのだろう?

 良いのか? この子が酷い目に遭えば、その約束が果たせなくなるぞ!?」


 第一声はルキスが発す、「完璧悪者じゃないですかアレ……」と言うもの。

 それにはヒュガルが「うむ……」と頷き、ギネットすら口を開けてシリカを見ていた。


「い、良いのか!? 一晩中怖い話をするぞ!?

 トイレにも絶対について行ってやらないぞ!?

 挙句に挙句にようやく寝付いた頃に、額に水滴を垂らしたりするぞ!?」

「地味に酷い!?」


 ヒュガルとルキスが同時に叫ぶ。

 女の子はと言うと「してしてー!」と、何だかむしろ嬉しそう。


「と、兎に角、勝負だ! 勝負しろ魔王!」


 それには少し動揺したが、シリカは更にヒュガルに要求。

 ヒュガルは「ふぅ……」とため息を吐いてから、仕方が無い様で「分かった」と答えた。


「よし! それで良い! 今度は偽体等とふざけた真似はするなよ!」


 人質を解放してシリカが剣を抜く。

 女の子は少し走った後に、一本の木の根元で成り行きを見守った。


「やむを得んな……」


 ヒュガルが言って剣を出した。それは剣と言うよりは根元までが闇色のオーラのようなもので、ヒュガルの右手から生えていると言うような感覚で、微細に振動し続けている。


「本気で行くぞ! そちらも本気で来い!」


 シリカが叫び、道を走る。迎えるヒュガルも滑るように動いて道の中ほどで二人はぶつかった。


「ぐうううっ……!」


 その一撃で風が巻き起こり、風圧で周囲の木々が震える。

 受けたシリカは両手を痺れさせ、地面に二本の線を描いて少しの距離を後退させられた。


「えっ!?」


 が、その時にはもうすでに、ヒュガルはシリカの背後に立っており、シリカがそれに気付いた事を見てから、右手の剣を薙ぐのであった。


「きゃあああっ!?」


 防御は間に合ったが、シリカは吹き飛び、木に激突して剣を離す。

 何とか立ち上がり、信じられない顔をしていると、ヒュガルに剣を突き付けられて身動きが取れなくなるのである。

 一族の名誉、そして栄光、シリカの持っていたプライドに大きなヒビが入った瞬間で、その状況を受け入れられないのか、シリカは両目を大きく見開いて、虚ろな表情で地面を見つめた。


「こ、殺せ……殺してくれ……

 こんな、こんな結果になって……おめおめと城には帰れない……

 戦って死んだ、そういう事なら、一族の血にもまだ救いがある……

 頼む、わたしを……殺してくれ!」


 数秒が経って、現実を受け入れ、シリカがヒュガルに縋って頼む。


「メンドクセー女……」


 とはルキスの言葉で、両目を細くしてその様を見ていた。


「断る。無抵抗な女を殺す趣味は無い。

 殺して欲しいのなら強くなると良い。どうしても殺さざるを得ない程にな。

 少しだが、それを楽しみにしていよう」


 ヒュガルが返した言葉はそれで、直後には右手のオーラも鎮める。

 それを聞いたシリカは「あ……」と言い、膝を折ってその場に座った。

 侮辱された、とは不思議に思わない。

 どちらかと言うと心地良い感覚だ。

 この気持ちは何だ、何なんだ。と、シリカは自身に問答していた。


「甘ぇ……甘ぇ! 甘ぇ! 甘ぇ! そういう所がムカつくんだよテメェの!

 殺せって言われたなら殺してやれや! 吐き気がするぜ良い子ブリッコはなぁ!」


 怒鳴った者はギネットだった。

 怒りを露わに拳を作り、すぐにもヒュガル達に飛びかかってきた。

 その目標は地面に膝を折る、放心状態のシリカであり、ヒュガルが「やめろ!」と言っても聞かず、狂気の笑みで拳を突き出した。

 だが、それはシリカの眼前で、ヒュガルの伸ばした右手に止められ、それを見たギネットは「あんだよ!?」と怒って、鬼のような形相でヒュガルを睨むのだ。


「やめろと言った。これは命令だ。従えぬと言うのなら相応の手段を取るが」

「面白れぇ……! 一体どういう手段だ? やるってのか? 容赦しねぇぞ?」


 ヒュガルとギネットが睨み合う。

 それを見るルキスは「あわわわ……」と動揺し、シリカはただ、呆然としている。

 やがては二人は空へと舞い上がり、少し離れてオーラを放出。

 それぞれの利き手に武器を生み出して、一触即発の空気を見せた。


「う、うっふぅ~ん♡ 見て見て魔王サマ~!

 レーザービームマンもついでに見てぇ~ん!

 自分のセクシーダイナマイツを見て、ちょっと気分を落ち着かせてくださぁ~いん!」


 両腕を頭にセクシーポーズ。

 しかし、二人はルキスに気付かず、女の子が「ぽけー……」と見ているだけだ。


「だ、大サービスしますよ! 手ブラですよ手ブラ!

 ルキスちゃんの乳頭的なものが見えちゃうかもですよ~!! た~いへ~ん!」


 思い切って叫んでみるも、カラスが遠くで「カー」と鳴いただけ。


「う、うお……」


 流石のルキスも心が折れて、よろめいた後に家の壁に手をついた。


 ヒュガルとギネットはその直後に、ついに空中で激突をした。

 二人が武器を打ちつけ合う度に、周囲に振動と火花が生まれる。

 それは数十を超えて百合にも及び、重い一撃を貰ったギネットが、態勢を整える為に距離を取った。


 しかし、ヒュガルはそれを見逃さず、矢のような速さでギネットに接近。

 一発、二発と撃たれる光線を回転する事で全て回避し、三発目の光線をかわした後に逆に青色の光線を撃ち出した。

 ギネットはこれを障壁で受け止め、続く斬撃は剣で受け止める。

 だが、全ての力を受け止めきれず、態勢を崩してヒュガルを睨んだ。


 そこからはルキスやシリカの目には見えず、空中の各所で火花だけが舞い散り、果たしてどれくらいの時が経ったのか、巨大化したヒュガルの剣だけが見えた。

 そして、直後にそれが払われ、何かがぶつかって森へと落下。

 空中に停止したヒュガルが見えたのはその攻撃の後の事だった。


 森の中から土煙が舞い上がり、やがてはそこからギネットが出て来る。


「クソッ、まだ本調子じゃねぇか……!

 勝負はまただ! 覚えてろよヒュガル!」


 ギネットは最後にその言葉を残して、空の彼方に飛び去って行った。

 ヒュガルはそこで剣を消し、ギネットが飛び去った方角を見る。

 それから小さく息を吐いて、ルキス達が待っている地面に降り立った。




 その日から二日の時が過ぎて、ヒュガル達の本拠地に面接希望者がやってきた。

 性別は女性で、年齢は十七歳。

 名をシリカ・ローエルラントと言う、先日の刺客の剣士であった。

 現在、シリカは本拠地の一階で、ヒュガル達によって面接されており、それを行うヒュガルとルキスは、宛ら能面のような顔になっている。


「えー……っと、これは、どういう気持ちの変化で?」


 理由は一つ。ヒュガルが言うように、シリカの目的が見えなかったからだ。

 シリカは人間で、王女でもあり(ヒュガル達は知らないが)、先日負かしたばかりの相手だ。

 憎しみすら抱いているかもしれない状態の者が、どうして、なぜここに来たのか。

 ヒュガルとルキスがそれが分からず、殆ど無表情で瞬きをしているのだ。


「アレじゃないですか? 生まれたばかりの鳥の雛が、初めて見た相手を親と思うように、初めて自分を負かした魔王サマに、豚扱いして欲しくて訪ねて来たんじゃないですか?」


 ようやく思いついたルキスが言うが、シリカが即座に「違う!」と抗議する。


「隠すな隠すなぁ~? でも駄目。魔王サマは自分のモノだからッ!」


 が、ルキスはそれを聞かずに、座ったままでヒュガルに抱き付き、無言で「ぐぃいい」と追い返されて、豚のような顔で「ぶひぃぃ」と鳴くのだ。


「では、どういう心境なんだ。説明してくれるとありがたいのだが」


 それに構わずヒュガルが聞くと、ようやくシリカは話し出した。


「わ、わたしは諦めない事にしたのだ……つまり、貴様をいつか倒す。

 だから一番近い所に居て、その日まで貴様を守る……

 と言うか、貴様が誰かに倒されないようにしたい!

 そうでなければ家にも帰れぬし、ご先祖様にも申し訳が立たない!

 そういう事なんだ! 分かったら雇え! これ以上生き恥を晒させてくれるな!」


 そして、説明をし終えた後には、頬を赤くして顔を逸らした。


「隙あらば下半身を狙おうって顔ですよ? やめときましょうよ魔王サマー」

「誰がッ!? 貴様と一緒にするな!」


 ルキスが言ってシリカが叫ぶ。

 直後には「まな板!」「発情豚!」と罵り合い、ヒュガルの右手を額に当てさせた。


「あー……分かった。まぁ良いだろう。人間の意見も聞きたい所だからな。

 取り急ぎここの掃除でも……」

「そのスタイルで良くもまぁ、そんな恰好がしていられるな? それとも何か? 少年では無い事を主張する為の仕方が無い処置なのか?」

「何かがフゴフゴ言ってる気がするけど、豚の言葉はサッパリだわァァァ!」


 ヒュガルが言うも、二人は収まらず、ついには飛びかかって取っ組み合いへと発展。


「勝手にやっていろ……」


 それを目にしたヒュガルは言って、頭を掻きつつ地下へと向かった。

 兎にも角にもこの事により、人間の王女のシリカが加わり、ヒュガルの軍はまた一歩前へと進む事が――

 出来たのかもしれない。


多分出来てないですね……

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