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ブックマニピュレーター

ご新規の方は良かったら魔医者の方もお願いします!

 ヒュガルがこちらに来てから数日。地下室は見違えるように綺麗になっていた。

 床の埃は掃除をされたし、古い机や椅子も捨てられた。

 先日の魔物達から献上された絨毯と玉座(と言っても手すりのついた椅子だが)のお蔭もあって、薄暗いと言う点を除外すれば、そこは宛ら玉座の間のようだった。


 現在、その玉座にはヒュガルでは無くエローペが座り、その正面にはヒュガルとルキスが片膝を付いて身を屈めている。

 エローペが訪ねて来た理由は一つ。


「これからどうすんの?」


 と言う方針を聞く為で、艶めかしい脚を組んだままで実際にエローペはヒュガルにそれを聞き、聞いた後には「ふーん……」と言って、二人の前で脚を組み替えた。

 今日の服装は青のミニで、頭には同色の帽子を被り、黒いサングラスを付けた上で赤い下着をチラつかせている。


「(あ、赤ですよ魔王サマ!)」

「(だからどうした……)」


 ルキスが言って腕を掴むが、掴まれたヒュガルは少々困惑。その後には緊張の面持ちに戻って、エローペが続けるだろう言葉を待った。


「ま、やり方は任せるけどサー。失敗したら……分かってるよね?

 可愛さ余って憎さ百倍、アタシの針でブッスリとイクから」


 やがて発した言葉はそれで、自身の爪を見ながら続け、ヒュガルが「ヒッ!?」と慄いた事を見て、エローペは微笑んで姿を消した。


「いやぁ、流石の貫録ですねぇ。まさか赤にサソリの刺繍とは」

「見過ぎだ見過ぎ。良く気付かれなかったな」

「え? あ? 気付いてたっぽいですよ?

 むしろわざと見せてんのよ、みたいな、痴女的な何かを感じましたけど」


 それにはヒュガルは「うっ……」と一言。上司の事ゆえに下手な事は言えず、とりあえずの形で「そうか」とだけ答える。

 言わない本心は「とんでもない淫乱だ!」だが、こればっかりは自身の人生を諦めた時にしか言えないものだ。


「ま、まぁ、ともあれ、何とかしなくてはな。募集の方はどうなっている?」


 それを置いて立ち上がり、同じく立ったルキスに聞いてみる。


「ぜんっぜんですね。ゴブリン一匹も訪ねて来ません。基本、人伝なんで気長に待ちましょうよ」

「うむ……」


 それではいかんな、と思いはするが、こればっかりはどうにもならない。

 焦って来るのならいくらでも焦るが、それでは無意味に禿げるだけだろう。

 そう考えたヒュガルは黙り、他の方法を静かに考える。

 待って来ないならこちらから探せば良い。

 そこに辿り着いたのはすぐの事で、ルキスに「出るか」と声をかけた。


 そして歩き、通り過ぎ様に「魔王サマあん♡」と腕に抱き付かれる。


「またか……」


 と言うと「えぇ……」と答えて離れたので、そこには突っ込まずに梯子に向かった。


「ちなみにコレ一回で三日分位の活力が得られます。

 なので、もし抱き締め返されたら、自分一気にブヒると思います」


 それは必要な情報だったのか、むしろ抱き締め辛くなるもので、とりあえずの形で「そうか……」と答えてヒュガルは梯子を上り出した。


「でも、それでも抱き締め返して欲しい……それが乙女の小さな夢っ!」


 ルキスが言って後ろに続く。

 しかし、それには何も返されず、ルキスは小さく舌打ちをした。




 ヒュガルとルキスは街に行く前に、森の中にある木材置き場を訪ねた。

 訪ねた理由は服従した魔物に畑仕事をさせる為で、その事による自給自足と、収入を見越しての事であった。

 最初は「ブーブー」言っていたものの(実際に豚なので)、彼らもやがてはそれを受け入れ、最終的には良い汗をかいた事に満足している様子に見えた。

 まだ、始まったばかりの事なので、収穫等は先の話だが、ヒュガル指導の魔王軍が一歩を踏み出した事は確かな事だった。


 それから二人は街へと赴き、優秀な人材を探して回る。それは種族には拘らないものだったが、最低限の期待値にすら達していない者が殆どであった。


「やはりなかなか居ない物だな。一軍を任せるに足る人物と言うものは」

「具体的にどんな奴ですか? ていうか、何しようとしてるんですか?」


 通りを行きつつヒュガルがボヤき、隣を歩くルキスが伺う。ヒュガルはそれに「うむ」と言った後に、聞かれた問いへの答えを返した。


「一言で言うなら指揮官だ。先日の村を覚えて居るな?

 あの村を交渉で支配下に入れたい。

 その際に魔物達を統率する者を探していると言う訳だ。

 条件としては思慮深く、皆を規律で従わせるだけの、厳しさと公平さを持つ者が良いのだが」

「ほへー……でもでもそう言う人物は、コレがお高くつくんじゃないですかぁ?

 大丈夫なんです? そういうトコロは?」

「うむ……あまり大丈夫では無いな。その件も優先して考えねばならんが……」


 言葉の後にヒュガルが考える。

 コレとはつまり金の事で、その形を作ったルキスが黙り、状況を察して「あー……」と言った。

 現在、魔王軍の金庫にあるのは倒した魔物達が納めただけのモノで、数字にするなら約十五万パースと言う、成人男性のひと月の給料より、若干低いと言うものだった。

 ヒュガルの私財を併せるのなら、約四十万パースになるが、こんなものは軍としては破綻寸前の状況と言える。


「まぁその、自分にも蓄えはあるので、ギリギリになったらトイチで貸しますよ。返せなかったら魔王サマはドレー♡ 毎日頭を撫で撫でしてくださぁい!」

「どこの悪徳金融だ!? あ!? いや、でも、条件はユルいな?!」


 直後は押し返すが途中で気付き、ルキスの頭を押さえたままで、ルキス金融のユルさに驚く。

 しかし、魔王として秘書にヒモるのは嫌なので、その線はすぐに忘れる事にした。


「あ、でも今の関係が崩れるのは嫌なので、魔王サマはドSで居て下さいね。

 自分ドMのクソビッチなんで」


 それには最早何も言えず、早急的な財源の確保を思案し始めるヒュガルであった。


「ん……?」


 そんな時、ある店の前で、異質な気配をヒュガルが感じる。

 ルキスもそれに気付いたようで、同じ方向へと顔を向ける。

 そこにあったものは一件の雑貨屋で、気配はどうやら店の中の中古本コーナーから発されているようだった。


「これはこれは驚きですね……」


 店に入ると声が聞こえた。聞く限りでは男の声だ。

 それは周囲には聞こえておらず、頭に直接語り掛けて来るような声である。


「何者だ?」


 心の中でヒュガルが答え、同時に声の正体を聞く。

 声は「ブックマニピュレーター」と言い、ヒュガルとルキスを困惑させた。


「分かり易く言えば本を操る魔。本魔ほんまと略して下さっても結構です。

 詳しいお話をさせて頂けるなら、目の前にある本の中から「キジェスと庭」と言う本を買って頂いてもよろしいですか?」


 続けた言葉もそれ――つまり、本魔が直接語り掛けて来たもので、どういう事かは飲み込めないが、詳しい話を知る為に、ヒュガルは「キジェスと庭」と言う本を購入する事になったのである。


「えぇー……もう中古扱いぃ……ショックだわぁ、凹むわぁ……」


 これはルキスで、一冊の本を持っていたが、この件には関係が無い事だと思い、ヒュガルはそれを放置しておいた。




「光栄です。新魔王様。私は本魔。正確にはブックマニピュレーターと申します。先代の魔王様にも仕えておりましたが、無念な事に封印をされ、意識の一部を分割する事で世間の状況を探っておりました。

 こうしてお会い出来たのも何かの縁。もし宜しければお仕えしたいので、本体の封印を解いて頂きたいのですが……」


 雑貨屋を出てからおよそ五分後。

 街の公園の林の中には、浮遊する本魔とヒュガル達が居た。

 本魔は手短に自己紹介を終え、それに加えて事情を話し、最終的には希望を伝えてヒュガルが発する答えを待った。


「うむ……それはありがたいな。具体的には場所はどこだ?

 それに、その封印とやらは私で解けるものなのか?」


 ヒュガルとしては配下が欲しいので、怪しむ事無くそれを承諾。

 その後に場所と可否を聞き、本魔が返すだろう言葉を待ってみた。


「場所はここより北に二日。樹海に飲まれた塔がそれです。

 この本をお持ちいただければ詳しい場所はお教えできます。

 封印に関しては魔王様のお力であれば、問題なく解けると考えております」


 返された言葉がそれであったので、ヒュガルが「そうか」と小さく頷く。


「大丈夫ですかねぇ……アヤシクないですか?」


 と言う、ルキスには「何が?」と短く答えた。


「タイミングとか名前とか見た目とか? まぁつまり全部なんですけど。

 自分、基本疑り深いんで」

「サキュバスでいきなり発情する上にドMでクソビッチで疑り深いお前より余程にマシだと思うが……」

「まとめられたら確かに怪しいっす!!」


 それには確かに何も言えず、むしろ納得するルキスであった。


 その後に二人と一冊は北を目指して街を出発し、一日と半の時間をかけて本魔の本体が居る塔へと到着。

 そこは、本魔が前もって言ったように、樹海に飲まれた古い塔で、入口と思われる両扉には紫の文様が記されていた。


「触れると魔力が奪われます。相当の魔力が必要ですが、魔王様であれば三分の一程で済むかと」


 これは浮遊する本魔の言葉で、それを信じてヒュガルが触れる。


「ぐっ……」


 直後に掌から魔力が奪われ、扉の文様が紫色から徐々に白へと変わり出した。

 時間にするなら四十秒程。ようやく魔力の吸収は収まり、若干の気怠さと脱力感を覚えたヒュガルが、扉に触れていた右手を離した。

 文様が輝き、扉が開く。本魔はすぐに中へと飛び込み「さぁこちらです」とヒュガル達に言って来た。


「(三分の一程と言っていたが、半分以上は持っていかれたな……)」


 そうは思うが言葉に出さず、冷静を装ってヒュガルが入る。


「魔王サマぁぁ~ん♡」


 と、後ろから抱き締めて来たルキスには「何とかならんのか……」とだけ短く言った。


「なったらいきなり抱き付いたりしませんよ! 自分も乙女で! 恥じらいもありますから! こんな事するのは魔王サマだけなんだからね!?」

「なんでツンデレ!?」


  それには思わずそう返し、本魔に「何か?」と問われたヒュガルは、「いや、何でも……」と返事をした後にルキスと共に内部に踏み入った。




 塔の内部は空洞だった。

 正確に言うなら中心部分に大きな穴が作られており、その穴を囲む形で螺旋階段が上下に伸びていた。

 ヒュガル達は本魔の先導で、地下を選んで階段を下りており、右回りに下る階段を進みつつ、ヒュガルと本魔が会話をしていた。

 内容としてはなぜそうなったのか、と言うものや、本魔自身の能力等への質問で、疑り深いルキスが見ても、素直に、正直に答えているように思えた。


 聞いた限りで分かった事は、かつては魔王の側近だったと言う事。

 立場としては参謀に近かったようで、意識を分割した一冊の本を、常に近くに置いて貰っていたらしい。

 しかし、移動が出来ない欠点を突かれて自身は塔ごと本体を封印。

 それからは意識を分割した本で、世間の状況を探っていたのだと言う。

 

 そして能力。こちらの方には若干曖昧な部分もあったが、本体の周囲数メートル(具体的な数字は無し)にある本の内容を引き出せると言うのが、本魔の持っている能力のようだった。

 分かり易く言うのであれば、「武具事典」からは武具が引き出せ、「魔法辞典」からは魔法が引き出せる。

 実体化の時間は短いらしいが、本体の魔力が続く限りは無限で、攻撃は兎も角防衛に於いては彼の右に立つ者は居ないようにも思えた。


「(つまり本体を移動させれば、そこを中心に防衛が成る訳か。

 便利と言えば便利な奴だが……)」


 なぜ、先代の魔王はそうしなかったのか。

 そこの部分が気にはなるものの、ヒュガルは黙って階段を下った。


 それから十分程を降りただろうか。


 右手の壁が本棚に変わり、眼下の様子が少しずつ見えて来る。

 例えるならそこは礼拝堂のような場所で、中心の僅かな空間を除けば、全てが本棚によって占められていた。

 何万、いや、何十万だろうか。夥しい数の本が詰められており、その場にヒュガル達が辿り着くや否や、案内してきた本魔は飛んで、どこかの本棚の中へと収まった。


「それで、本体は?」


 ヒュガルが聞くが答えは返らない。


「嫌な予感……」


 と、小さく言ったルキスの声が聞こえるだけだ。


「本体はどこだ!」


 疑惑を消す為に大声で聞くと、本棚の中から一斉に無数の本が飛び出してきたのだ。

 その数は軽く千冊以上。

 直後に「はっはっはっ」と言う笑い声が聞こえる。


「封印を解いて下さってありがとうございます。

 あなたもさぞやお疲れでしょう? 何しろ先代の魔王様の封印を解いた訳ですからな……多少なりとも魔力が残っている事には、尊敬の念を禁じえませんよ」


 その中のどれが発したものかは知らないが、本魔は続けて更に笑い、「どういう事だ!」と聞いたヒュガルに本当の事を話し出した。


「分かりませんか。私を封印したのは、勇者等では無く先代の魔王です。

 私の力を恐れたが故に、一部を残して封印したのです。

 いずれは封印を解いて貰う約束でしたが、まさか勇者に敗れてしまうとは……

 ともあれ、私は意識の一部で封印が解ける者を探し続けていた。

 そこに現れたのがあなただった。何の事は無いそれだけの話です」

「ほらー! 魔王サマ、やっぱ罠でしたよ!

 自分、怪しいって言いましたよね?! 公園で怪しいって言いましたよねー!?

 女の直感キタコレですよ!」


 聞いたルキスが騒ぎ出し、言われたヒュガルが「だからなんだ!?」と言う。

 言っては居たが反対はせず、かつ、止めても来なかったのだから、言ったとしてもそれは無意味だ。


「あなたに恨みは無いのですがね。魔王と言う存在はどうも気に食わない。

 申し訳ないのですが消えて頂きましょう」


 そんな二人に構う事無く、飛び出してきた本が一斉に開く。

 槍に斧に剣に弓、魔法に家具に馬車や煉瓦、様々な物がそこから飛び出し、怒涛の勢いで二人に迫る。


「マズイっ!」


 咄嗟の判断でバリアーを張り、ルキスを抱えてヒュガルが防ぐ。


「いやぁぁぁん! 魔王サマったらいきなり大胆!」


 直後にルキスは顔を擦りつけ、「放り出すぞ!」と怒られて「ぴたり」と止まった。

 その間にも武具や魔法は嵐のように降り注ぎ、時折出て来る生き物等がバリアーにぶつかってリアルに潰れる。

 それはすぐに消えるものの、目に焼き付けるには十分の時間で、ヒュガルは兎も角ルキスの方は精神を少しずつ削られているようだった。


「魔力の大半を失った現状で、果たしていつまで持ちますかな。

 ちなみに私はこの状態で五時間近くは戦えますが」


 言葉と共に無数の本が舞う。攻撃は今や二人の頭上から雨あられのように続けられている。


「(もって三十分……いや、二十分程度か……掃滅するのは容易いが……)」


 本魔を葬ると言う事ならば、塔ごと魔法で吹き飛ばせば良い。

 炎の魔法で爆発させればおそらく本体は吹き飛ぶだろう。

 だが、ヒュガルはこの本魔を配下にしたいと考えていた。

 防衛の要として使用すれば、戦力になる事が分かって居たからだ。

 その為には本体を消滅させず、最小限の被害で捕らえなくてはならない。

 その結果として反抗するなら、流石に処分をせざるを得ないが、現状でその可能性を潰す事にはヒュガルとしては抵抗があった。


「ああああ! もう無理! 無理ですよ魔王サマ!

 これ以上ウズラの死に様は見たくないです! あの本から出て来るのウズラばっかです! 何あれ?! あの本! ウズラ辞典!?」

「知らんわ! と言うかお前も考えろ! 奴の本体を探す方法だ!」


 頭を抱えてルキスが叫び、唾を飛ばしてヒュガルが怒鳴る。

 本魔の攻撃は更に激化し、武具や魔法や家具に加えて、岩やガラスまでもが降り注ぎ出した。


「本体!? 本体……本体ですか……そうですね、南の島にでも居るんじゃないですか!?」

「アホか! 数メートル以内と言ってたろ! あの中に居るんだ! 確実に! その中から探す方法を……」


 叱りながらにヒュガルが気付く。

 確か本魔は「周囲数メートルにある本の内容を引き出せる」と言っていた事を。

 言い換えるなら、その外にある本を操る事は出来ないと言う事で、範囲外になって落下した本の近くには本体は居ないと思って良いだろう。

 つまり、適当に攻撃をして、本を散らせて範囲を見切り、消去法で本体を辿れば見つけられる可能性はあると言う事だ。

 だが、それはバリアーを張っているヒュガルには決して出来ない事で、現状、それが出来る者は頭を抱えているルキスだけだった。


「ルキス! お前にも魔法が使えるな!? 適当で良い! 撃ちまくるんだ!」

「えぇー!? 急に何言い出すんですかぁ!?」


 故にヒュガルはルキスに命令。されたルキスは驚いた後に、「知りませんよ?!」と言って右手を突き出した。


「ちょっと待て!」


 とは直後の言葉で、それが間に合わずにルキスが魔法を撃つ。

 放たれた魔法はバリアで跳ね返り、ヒュガルの腹部辺りに命中。


「ぐほぉッ!?」


 と言う苦悶の声を発して、ヒュガルが若干腰を沈めた。


「あ、なんかスミマセン……」


 良く分からないなりにルキスが謝り、ヒュガルの回復を静かに見守る。

 回復したヒュガルは「いや……」と言ってから、ルキスに体に触れるように指示した。


「もうー、魔王サマったら寂しがり屋さん♡」


 指示する理由は魔力の中和で、ルキスの波長に合わせる為だが、勘違いしたルキスはそう言って、左手を伸ばして袖を持った。


「もう大丈夫だ! 早く撃て!」

「あ、はい……了解でっす!」


 そして、右手で魔法を連発。

「全然当たらんす!」と言いながらも、ルキスはひたすらに魔法を撃った。

 ヒュガルはその先を注意深く見守り、落下した本を確かに目にする。

 それを繰り返し、予測を狭め、復活した本も計算に入れ、ついには本体の位置を定めた。


「あれだ! あの本を! あの本を撃て!!」


 目標の本は「名曲百選」。

 二人の右前方に位置していたが、特定された事に驚いたのか、逃げるようにして高度を上げた。


「い、いきなり言われても分かんないですよ! あれ!? あれなの!? あれで良いのォォォ!?」


 殆ど適当にルキスがそれを撃ち、撃ち抜かれた本が一瞬舞い上がる。

 激しい攻撃は直後に収まり、大量の本が地面に落ち出した。


「な、なぜ私の本体がここにあると……」


 名曲百選から本魔の声がする。

 その事により厳しい戦いの決着を知った二人であった。




 本魔はその後の説得により、ヒュガルの配下に加わる事となった。

 地位は参謀で、その本体は一応本拠地に移動されたが、後々これは例の村へと移動する事が考えられている。


「しかし何だな、今回ばかりはお前の存在に助けられたな……正直、役立たずの秘書かと思ったが、今回の事では見直したよ」


 そこは仮初の玉座の間。

 玉座から立ったヒュガルが歩き、梯子の近くのルキスに向かう。

 ルキスは現在、そこに置いた机で何やら無言で作業をしており、ヒュガルの言葉に反応せずに、黙々とそれを続行していた。


「おい、ルキス……?」


 反応が無いので名前を呼ぶも、ルキスは何かの作業を止めない。


「おい?」


 と言って覗き込むと、ルキスは何と漫画を描いていた。

 

「あ? 何です? 何か言いました?」

「なあっ?!」


 振り向いたルキスの顔には眼鏡が。

 それも牛乳瓶の蓋のような、丸い、分厚い眼鏡である。

 そればかりか髪はボサボサで、服装も何やら貧乏臭い。

 漫画のタイトルは「革命ルネッサンス」

 どうやらボーイズラブものらしい。


「あ、あの、ルキス君……? それは一体……?」

「ちょっと締切が近いんで、声かけないでもらえますか?」


 質問するが、それは無視され、ルキスは再び作業に戻る。

 何が何やら良く分からなかったが、おそらくはベッドシーンだと思われる所で、一人の男が「革命ッ! 革命ッ!」と喘いでいる所が印象的だ。


「首筋が良いんだろ? いや、それより、頸動脈がビックンビックンしてる……の方が良いかな……で、頸動脈に合わせて舌を這わせる、と」


 そして一人でぶつぶつ言って、ヒュガルを大いに引かせるのである。

 これがルキスの裏の顔、漫画家「ハードフルキッス」の姿だったのだが、それを知らないヒュガルは息を飲み、ルキスから若干の距離を取るのだ。


「ここでついにタイトル来ました! 革命! 革命ルネッサァァンス! アァー↗!」

「ヒィィィィ……ヤバい、ヤバいわこの子……」


 それには流石に居た堪れなくなり、梯子を使って外へと逃げる、その道には不慣れなヒュガルであった。


おーい磯野! 革命しようぜ!(意味深)

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