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第一回、ニゲマモ合同ツアー

 ローエルラント国の征服は成った。

 次代の王たるアルト・ローエルラントが、魔王への服従を誓ったからだ。

 国内にはまだ戦力があったが、その報が広がるや順次に降伏。

 小さな抵抗が続いている地域もあるが、概ねはその変化を受け入れていた。


「と言っても露骨にサボタージュはするわ、命令無視はするわでヒドイらしいです。

 で、ふざけんなって事で処罰をすると、やっても居ない事を広められるとかで、相当やりにくいみたいですよ」


 本拠地の地下。

 玉座の間に於いて、報告書を持ったルキスを前に、ヒュガルがロイツからの報告を聞いていた。

 裏四天王の一人であり、獅子になれる男であるが、現在は南のヒリールの街で治安の回復に努めているのだ。

 それは他の裏四天王も同様で、国内のあちこちに散らばっており、届けられる報告書の内容も殆ど似たような物であった。


「うむ……これは早急になんとかせねばな」


 玉座に座るヒュガルが言って、右手を自身の口に当てる。

 しかし、すぐには妙案は出ず、鼻から小さな息を吐き出す。


「人間って何で自分達が嫌いなんですかね?

 いや、自分も人間が好きじゃないですけど、考えたら理由って分かりませんよね」


 持っていた報告書を下に下ろして、真面目な顔でルキスが聞いてくる。

 ヒュガルはそれには「そうだな」と言ってから、自身が思う所を話した。


「思うに、殺し、殺されると言う過去が、積み重ねられて来た結果の事なのではないかな。言い換えるなら良い過去が無い為に、好きになる理由が見つけられないのだな」

「なるほどー。

 学校では荒れてて口の悪い不良が、雨の日に捨て犬を見つけたとして、それを拾えば「ヤダ、素敵……」となるけど、普通に蹴りとか入れた上で川に流してるのを見ちゃいました。

 やっぱクズだわ。救いが無いわ。みたいな。まぁそういう事ですか?」


 近いと言うなら近いと言えるが、遠いと言うなら遠いと言える。

 ルキスのそれには「まぁ……そうかな」と言い、曖昧に苦笑するヒュガルであった。


「ならば、良い思い出を作らせれば良いだけの話じゃないか?」


 これはシリカで、席にはついているが、二人の話を聞いていたようで、逆さ腹筋をしているカイルと共に、ヒュガル達の方へと顔を向けて来た。


「それは……どういう?」


 と、ヒュガルが聞くと、席から立って近付いて来る。

 隣で腹筋をしていたカイルは、それを続行するようである。


「つまり、例えば……共同作業をさせるとか、或いは宴会の場を設けるか等して、うまく付き合って行けるような雰囲気を作ってやれば、お互いの印象も変わるのではないかな……」


 ヒュガルの位置から見るのであれば、ルキスの右にシリカが止まる。

 それはアリだな、と思うが故にヒュガルは直後は黙っていたが、「な、何か言え!」と、シリカに急かされて、「うむ。面白いかもな」と言葉を返した。

 今までの過去が駄目だとしても、現在次第で未来は変わる。

 いつかはきっかけを作らなければ、お互いの印象は今のままだろう。


「いや、それで行こう。大したものだ」


 故に、ヒュガルはシリカを褒めて、その目を見た後に小さく頷いた。


「べ、別にそんな……大した事じゃ……」


 それに気付いたシリカは照れて、視線を逸らして嘯くのである。

 褒められた事等いつぶりだろうか。忘れていた感覚だが心地良い。


「発情雌が。涎垂れてんぞ」


 が、直後にはルキスに言われて、我に返って涎を拭った。(垂れて無かったのだが)


「丁度良いな。二人で考えて見ろ。

 ローエルラント王家からの上納もあり、我が軍の財政も豊かになった。

 少々の奮発はこの際は容認する。魔物と人間、共に印象が変わるような、特別プランを計画して見てくれ」

「ええーー!?」


 ヒュガルが言って立ち上がり、ルキスとシリカが同時に叫ぶ。

 その声でエノーラが「ちらり」と見たが、その際にもスタンプ押しの両手は止めず、まるで光の如しの速度で右から左に書類を動かした。


「魔王サマァン! こんな奴と組んだら、魔物と人間の乱交パーティになっちゃいますぅ! それはそれで印象が変わるかもですけど、それじゃちょっとマズイじゃないですかぁン!?」

「なるか!! むしろ、こっちがお断りだ! まな板見学ツアーなんぞを組まれたらこっちの品位が下がってしまう!」

「それどんなツアー!?」


 ルキスが言ってヒュガルに抱き付き、それを目にしたシリカが抗議する。

 最終的にはルキスが叫び、ヒュガルが小さく首を振った。


「良いからやれ」


 それから言葉短かに言って、ルキスを押し退けて梯子に向かう。


「カイル。行くぞ」

「あ、はい!」


 そして、護衛のカイルを付けて巡察の為に外へと出て行った。


「くそぉぉぉ……とんだ災難だぜぇぇ……お前と違ってやる事が山積みなのにぃぃ」

「バ、馬鹿を言え! わたしだって忙しいさ!

 買い物に洗濯に掃除だろ? それに皆のベッドメイキングもある。

 ブルーの散歩だってしなければならないし、朝昼夕の食事のメニューも一日中必死で考えているんだ! 決して遊んでいる訳では無い!」

「えっと……お前、現役の王女だよな……?」


 その割には仕事が主婦臭い。

 そう思ったが故のルキスの質問に、シリカは気まずそうに「あ、ああ……」と答えた。




「第一回ニゲマモ合同ツアー……?」


 その日の夜。本拠地の食堂での事。

 ルキスに企画書を渡されたヒュガルが、タイトルを目にして顔を顰めた。


「ニンゲンとマモノ。略してニゲマモです」


 と、すぐにも右からルキスが言ったので、「そ、そうか」と一応返して置いた。

 そこじゃないよ、重要なのは。と、思いはしたがそこは言わない。


「ツアー……と言う事は旅行の企画書か?

 それだといくら奮発すると言っても、参加させる人数が限られてしまうが……」


 そう言いながらにもページをめくると、「死ね」とか、「馬鹿」とかがまずは目につく。

 続けて見えるのが「←ルキスが書いた」とか「これは雌豚→」とか言うもので、子供の喧嘩のようなやりとりに辟易し、ヒュガルは大きく息を吐くのだ。


「企画書とは下書きを出す事では無い。

 きちんと清書して完成した物を提出する事を企画書と言う」

「あ、はい……すみません……」

「すまん……少々調子に乗った……」


 一応怒ると二人は謝罪し、体を若干窄ませて見せた。

 反省はしているのだとヒュガルは理解し、落書きに目を瞑って先を読んで見た。

 行き先や催し事、それらは現段階では、はっきりとは決まって居ないようだが、人間と魔物両方から三十人ずつ程度をそれに招待し、色々な事を共同でやらせて親睦を深めるのが目的のようだった。


「うむ……まぁ、良いだろう。予算的にもこの辺りが限度だ。

 この線で事を進めて見てくれ」

「あ、はい。一回目のツアーなので、魔王サマにも参加して貰って良いですか?」


 一通り読み終えたヒュガルが言って、安心した様子のルキスが伺う。

 それにはヒュガルは「ああ」と答えて、読み終えた企画書をルキスに返した。


「と言うかまぁ、全員なんですけど。カイルも根暗も予定空けとけよ」

「予定も何も強制じゃないですか……」

「魔王様が行くなら、どこにでも行くし……」


 ルキスが言うと、カイルとエノーラがそれぞれの言葉で同意を示した。

 この企画書が完成し、ツアーが決まったのはこれから三日後。

 ツアー自体はその一週間後と決まり、人間と魔物からの人選が始まった。


 そして一週間後。

 ヒュガル達は、人間と魔物六十人を引き連れ、海と山が両方存在する観光地テルズへと向かうのである。




 テルズの村は人口二百程の、どちらかと言えば萎びた村だった。

 生活の要は海での漁業で、大概の住民は漁師をしている。

 だが、今回の企画に於いて、海あり、山ありの好物件と見なされ、今後は観光地として開発すると言う事が、村人達に伝えられていた。


 基本的には貧しい村なので、村人達はそれを受け入れ、第一回目となるニゲマモツアーに協力する気はまさに満々。

 村の入口に総出で繰り出し、万歳三唱は勿論の事、村娘達の慣れない踊りで迎えられたツアー客(ヒュガル達含む)は困惑顔だ。


 しかし、それでも嫌な気分はしない物で、ぎこちない笑顔を浮かべて通り過ぎ、今夜の寝床となる崖上の宿に着き、建物の前に整列するのだ。

 宿屋の大きさはそれなりの物で、本館の他にも別館が見える。

 そちらの方は平屋のようだが、四角い作りの中央部分には池か何かがあるように思われた。


 ちなみに整列している者達の内訳とは、人間も魔物も男女半々で、お互いに見慣れない異種族の異性に、彼らは今でも珍しげな眼を向けている。

 第一回目のツアーと言う事もあり、魔物側の選別は慎重に行い、出来るだけ人間に近い形――具体的にはオークやゴブリン(子供位の身長の小鬼)等の亜人系の魔物達で揃えられていた。


 現在居る場所は崖上の宿前で、ルキスの正面に整列して居り、ルキスから見るなら左手には山道が。

 右手には浜辺と村へと続くゆるやかな下り坂が存在していた。


「はいはーい。それじゃ点呼しますよ~。

 おおぉぉぉいそこぉぉ! ゴブリンのお前! そんな所でノグソはしなぁーい!

 そんな事してっから誤解されるんだろ! もうちょっとなんだから我慢するー!」


 宿屋の入口に立ったルキスが、ノグソをしかけたゴブリンを止める。

 場所としては最後方で、位置とするなら林の中の木陰。 

 止められたゴブリンは「ゴブゴブ」言いながら、ズボンを上げて列へと戻り、或いは恋人なのかもしれないメスのゴブリンに頭を叩かれた。


「全くもう、なんで自分が……」


 ルキスが言って眼鏡を押し上げる。

 今日のルキスはいつもと違い、夜の蝶の如くに髪をアゲており、顔には赤い眼鏡をかけて、水色がメインのスーツを着ていた。

 例えるならそれは仕事が出来る秘書を真似た子供のようで、右手の「魔」印の小さな旗を持っている様はツアー会社のガイドのようだ。


 そして正面。

 そこにはシリカが居り、こちらは赤いスーツを身に付けて、髪型、及び「人」印の旗を同様に、憮然とした表情でルキスを見ていた。


「いや、でも可愛いですよね? 普段のヘソ出しファッションより、こっちの方が僕は好きです。魔王様もそう思いますよね?」

「うん? まぁ、そうだな……こちらの無理さの方が可愛げはあるな」


 位置としてはルキスの左前。カイルに聞かれたヒュガルが返す。

 褒め言葉と言うには微妙なものだが、それにはルキスは「マジですかぁ♡」と言って、体をクネらせてヒュガルを引かせる。


「何を気色悪い動きをしている……人間の方は全員居たぞ。

 そっちはどうなんだ? 仕事をしろ」

「う、うっせーな! 今、根暗にやらせてるんだよ!

 自分は全体を把握してんの! お前みたいに人間だけじゃねーの!」

「なら、建物の陰で交尾を始めたあそこのオークをなんとかしてくれ……」

「おいぃぃぃぃ! そこぉお! ナニやってんのぉぉ!?」


 シリカと話したルキスが叫び、宿屋と、別館との陰に駆けて行く。

 そして、「見ちゃダメ! 十八禁!」と、両手を広げて視界を遮り、顔だけを向けて「やめろぉぉ!」と注意した。

 オーク達はそれにしぶしぶ従い、唾を吐いた後に列へと戻る。


「今の二人で全員だけど」


 と、分かって居てそれを見逃していたエノーラには、「なら止めろや!?」と、ルキスはキレるのだ。


「全くもう、ロクなもんじゃねーな……」


 ぶつぶつ言いつつ元へと戻り、ルキスがこれからの予定を話す。

 それによると宿屋に入り、割り当てられている部屋へと向かい、そこに荷物を置いた後に水着に着替えて浜辺に集合。

 その後にちょっとした競技を行い、優勝チームには賞品を出すと言う。

 そして、更にちょっとしたイベントを行い、浜辺で「B」が付くパーティーを開き、夜が更けた頃にちょっとした催しをやって、ツアーは終了と言う事だった。


「何をやるのかが曖昧すぎて、聞いている方は不安になるのだが……」


 これはヒュガルで、両目を細めており、それにはルキスは少々慌てて、皆に向かって「安全な事ですぅ!」とは言っていた。

 兎にも角にも説明が終わったので、ツアー客達が中へと入り出す。

 ヒュガルを含む運営側は、皆が入り切った事を確認してから、宿屋に入って受付に向かった。


「ヒュガル・テツナ様御一行様ですね。ようこそおいで下さいました」


 そこに居たのは三十才位の女将で、ヒュガル達を見るなり頭を下げる。


「あ、S室とE室の者っす。名簿の上ではヒュガル、ルキス、シリカ、エノーラがS室で、カイルがE室になってるはずっすけど」

「僕だけハミ子!?」


 ルキスの言葉にカイルが驚くが、女将は構わず確認を進める。

 女の中に男が一人、な図だが、これは最初から仕組まれていた事のようで、ヒュガル以外の者達は全体的に頬を染め、これから良い事があるかのように、口元を若干緩ませていた。


「確認致しました。こちらがS室の鍵となります。

 そして、こちらがE室ですね。それではどうぞごゆっくり」


 確認を済ませた女将が言って、S室の鍵をルキスに渡す。

 それからカイルにE室の鍵を渡し、ついていたタグにカイルが目を剥いた。

 ついていたタグは「物置」と言う物で、声に出してそれを言い、


「仕方ねーだろ。どっかで削らなきゃ、予算がもうパンパンなんだよ」


 と、非情なルキスに一刀にされる。


「そ、それにしても物置って……一番安い部屋とかがあるでしょ……

 いくらなんでもこの扱いは……」

「確かにな。すまんがもうひと部屋貸してくれるか。私はカイルとそこに泊まろう」


 カイルの扱いを見て居られなかったのか、金貨を渡してヒュガルが聞いて、聞かれた女将が「あ、はい、ございます」と答えて新しい鍵をヒュガルに渡した。


「ま、魔王様ぁぁ、ありがとうございますぅぅぅ!」


 それを目にしたカイルが涙し、女性陣が揃って舌打ちをする。

 その後にヒュガル達も部屋へと向かって、荷物を置いて水着に着替える。


「ま、魔王様、マントは脱いだ方が……」

「いや、これは魔王の象徴だ。滅多な事では脱ぐ事は出来ん」


 赤のビキニに黒のマント。流石の違和感にカイルが言うが、ヒュガルは頑として忠告を聞かず、そのままの姿で部屋を後にした。

 一方のカイルは黒のビキニで、ヒュガルの物より切れ込みが鋭く、尻に至ってはほぼ丸出し。「エグい」と言う他に表現は無い。


「(そう言えば脱いでる所を見た事が無いな……魔王様なりのポリシーなのかな?)」


 そんな姿でカイルは思い、理解を示して後に続いた。




「エッグぅ!」


 浜辺についての第一声は女性陣が放ったそんなものだった。

 対象は勿論カイルの股間で、言われたカイルは少々困惑。


「あ、すみません……黒はちょっとエグかったですよね」


 と、勘違いをして苦笑したが、「色じゃねーよ!?」と、即座に言われた。

 だが、人にエグいと言い放つ女性陣の方も相当の物で、周囲の人間や魔物達が訝しげな目でそちらを見ている程だった。


 まずはルキス。

 色はピンクで、上下一体の水着を着ている。

 そこだけならば普通であるが、ヘソから股間の間にかけて「魔王サマ専用便器」と書いており、これには周囲の者達だけでなく、ヒュガル自身も険しい顔だ。


 続くシリカは青のビキニで、腰と水着の間に剣を差し、おそらく照れているのだろうが、頬を染めて両腕を組み、およそ海に居ると思えない鬼の形相で佇んでいる。


 最後のエノーラの水着は白で、意外にもスタイル抜群だったが、その顔、そして胸に挟んだヒュガルの「ほっこり顔」人形のせいで、距離を取る者が多数であった。


 本人達は気付いていないが、つまりは彼女達もどこかしら異常で、黙って居れば異性にモテる外見の無駄遣いをしていた訳である。


「はーい、じゃあ一つ目のイベントをしますよ~。

 こっちの指定するように並び替えて下さーい」


 そんな中でルキスが言って、その声を聞いたツアー客達が集まって来た。

 その後にシリカとエノーラが動き、彼ら、彼女らのチーム分けをし始めた。

 人間と魔物の種別を問わずに、男女三人ずつでチームを編成し、浜辺の上には六人のチームが全部で十個完成した。


「何を始めるのだ?」

「さぁ……僕はずっと筋トレしてたんで……」


 ヒュガルが聞いてカイルが答える。

 それはそれでどうなのかと思ったが、ヒュガルは黙って成り行きを見守った。


「えー、ではこれよりボートレースを開始します。

 沖に見えますね。あれ、あのポール。

 あそこまでボートを漕いで貰って、最初に戻って来たチームが優勝です。

 優勝したチームには運営側の男女――

 自分とこいつとそこの根暗。あと、あそこのマッチョと魔王サマですが、その中から好きな相手を選んでハグして貰える権利を上げます。

 優勝出来なかったチームは握手になるので、優勝出来るように頑張って下さい」

「なっ……」


 その言葉にはヒュガルが驚き、ツアー客達からはどよめきが上がる。

 シリカとエノーラは知っていたのか、嫌そうではあるが反対はせず、結果としてツアー客達は徐々に盛り上がり、優勝への闘志を燃やし始める。


「どういう事だ? 聞いていないぞ?」

「ま、まぁ、それくらいのご褒美が無いと、異種族同士で結束しませんよ……

 自分達も嫌ですけど、魔王サマの為ですから……!

 魔王サマの為に抱かれるんですから……ッ!」


 ヒュガルが聞くと、ルキスはそう言って、シリカ達と共に顔を逸らした。

 それは、「なんて不幸で健気なヒロインなんでしょ!」と言う、自分達自身への憐れみと陶酔で、それを見抜いたヒュガルは皮肉っぽく、「それはスマンなぁ……」と答えて置くのだ。


「ま、仕方が無いんじゃないですか? 確かにそれなら結束しそうですし」


 これは基本ドエロのカイルで、顔には出さないが心底嬉しそう。

 証拠としては明るい口調と、強く握られた拳が挙げられる。

 ヒュガルが「うむ……」と、何とか納得すると、ツアー客達がまばらに動き出した。

 向かう先は浜辺のボートで、最初からそれに乗っている役、海までそれを押し出す役とそれぞれのチームで役割が決められる。


 そして、それが決まった頃に、ルキスが「良いですかー!?」と、大声で聞いた。

 返って来る言葉は特に無いが、数人が手を挙げてそれに反応。

 その後にルキスは息を吸って、


「それではよーい……スタートォォ!!」


 と、ボートレースの開始を大声で告げた。

 ボートが海へと押し出され、押し出した者達がボートに飛び乗る。

 それからは必死の形相で漕ぎ、沖に浮かんだポールを目指す。

 時間にするなら五分程か。最初のチームがポールに辿り着く。

 数秒後には他のチームも辿り着き、二本の半円がポール近くに描かれる。

 

「意外にアツいな……」


 とは、ヒュガルの言葉で、見ていて意外に燃える物がある。

 普段はクールだが、こういう事には本人も知らなかった何かがあったらしい。


「よし! 良いぞ! そのまま逃げ切れ!」


 こちらはシリカで、迫られつつある先頭のチームを応援していたが、


「あっちの方がイケメンが多い……」


 と、ボソリと言ったエノーラの言葉で、「追い抜け! 何をしている! 追い抜くんだぁ!」と、後ろのチームに矛先を変えた。

 その応援の効果があったのか、後ろのチームが先頭を追い抜き、エノーラとシリカが思う所のイケメンが多いチームが優勝となった。

 内訳としては人間の男二、女が一の人間組と、ゴブリンの男一とオークの女二の魔物組のチームであった。


「えー、優勝おめでとうございます。

 それでは相手をお選び下さい……」


 やはりは若干嫌なのだろうか、俯き気味にルキスが祝う。

 優勝者達はそれぞれ考えて、ハグ希望の男女の前へと並ぶ。


「なんで男!?」


 これはカイルで、眼前にはゴブリンの男が照れ臭そうに立っており、「ヤサシクシテネ……」と、小さく言われて、頭を抱えて悶絶して見せた。

 ヒュガルの前には女が三人。つまり、女性は全員である。

 残った男の二人は共に、シリカの前に並んでおり、ルキスとエノーラは何となく悔しくて下唇を噛んで無言で耐えていた。


「ワ、ワタシ魔王サマノファンナンデスゥ……魔王サマダケノメスブタニナリタイ♡」


 オーク、即ち豚顔の女性に言われ、複雑な顔でヒュガルが笑う。

 しかし、それでも約束ではあるので、慣れない動作で女性を抱きしめた。


「おおおふうっ♡ お、王女様ぁぁーー!!」


 こちらは隣の人間の男性で、色々な物に悶絶中。

 抱き締めるシリカは目に涙を浮かばせて、顔を真っ赤にして約束を果たした。

 そんなこんなで賞品を渡し終え、握手も終わって次のイベントへ。


 それは所謂「地引き網漁」で、皆で協力して魚を引き上げると言う、一転して和んだイベントだった。

 その後は引き上げた魚を使った、浜辺で行うバーベキューパーティ。

 その頃には空が夕焼け色に染まり出し、パーティーの終了と共に宿へと帰った。


 そして、その日の夜が更け、最後のイベントが目前に迫る。

 ヒュガル達運営はその打ち合わせの為に、宿屋のロビーに集合していた。




「き、肝試し……?」

「そう。肝試しです。

 俗的に言うなら男も女も恐怖と言う名の茶番を使ってお互いの肉体を弄り合う会?

 ですかね」


 聞いたのはヒュガル。答えたのはルキスだ。

 それには「的を射すぎている」と、珍しくもエノーラが同調的だった。

 つまり、ツアーの最後のイベントは、俗的に言わない肝試しで、運営側はその準備の為に、こうして集まったと言う訳である。


「まぁ、大体の役どころは決めてます。メイクさんも呼んであるんで。

 なのでここで決めるのは、場所の確認と何をするかだけです。

 これ、四つに割った暗号なんですけど、それぞれ一枚を持って下さい。

 で、道沿いの目立つ場所にわざーとらしく置いといて下さい」


 ヒュガルが渡されたのは「パ」と言うパネル。

 残りはカイルとエノーラに渡される。


「わたしは?」


 と、シリカが質問すると、「お前は進行役」と、ルキスが答えた。

 覗いてみると「パチンコ」となり、疑問の為にヒュガルが声に出す。


「あれ? 知りません? こう、Y字の基礎にゴムを付けて、石とか紙屑とかを飛ばす奴ですよ」


 それに気付いたルキスが言うので、「それはスリングだろう」と、ヒュガルは言った。

 要は投擲用の軽武器の事だが、少なくともヒュガルはスリングとして、その武器の事を認識していた。


「あー……そうとも言うんですかね……そっちの方に書き直します?」

「いや、むしろそうとも言うのだろう。このままで構わん。すまなかった」


 しかし、呼び方等どうでも良いので、そこはそれとして話を進めさせ、肝試しを行う場所や、役割等を確認し、メイクをしてもらう為に部屋へと向かった。

 ちなみに場所は山の上の教会で、かつては多くの信者が居たらしい。

 だが、一人の狂人の手によって、礼拝中に入口が封鎖。

 その後に放たれた火によって、信者諸共燃え落ちたのだそうだ。

 かなり昔の事ではあるので、噂の域を出ないそうだが、シリカやカイルはその話には気持ちの良い顔をして居なかった。


 三十分程が経ち、メイクが終わる。

 ヒュガルは額に第三の目がある、口裂け男のようなものにされていた。

 エノーラは髪を上げ、肉付けをされ、焼き爛れた顔の醜女しこめの如し。

 ルキスは顔の鼻から下が筋肉組織剥き出しで、腹からは内臓がこぼれ出ているような不気味なデザインの少女にされている。

 カイルはなぜか全身白塗りで、白いパンツにハゲ帽子を着用。

 その他には特にメイクをされず、不満気な顔で突っ立っていた。


「それじゃ準備完了って事で。先に行ってるからな。

 後は任せたぞ。雌豚」

「任された」


 進行役のシリカを残し、そのままの姿で宿屋の外に出る。

 そして、左手の山道を選び、海を左手にしばらく進んだ。


「それは何だ?」


 ヒュガルが見るのはルキスが持つ看板で、三枚ばかりを重ねて持っている。


「あ、順路の看板です。迷子になられても困っちゃうんで」

「なるほど」


 すぐにも答えが返って来たので、それで納得して顔を戻した、


 やがては絶壁にぶつかって、進行先を右手に変更。

 長い坂を上った先で、荒地に広がる墓場地帯を目にした。

 その数はおそらく五百基以上。中には噂の教会跡もある。


「いやぁ……自分が魔物でもこういうのは怖いですね……」

「幽霊が怖いとかマジ分からんわ。スケルトンとかゾンビとか、普通に魔物として存在するじゃん?」

「いや、それは分かるんですけど、それはそれで別腹じゃないですか」


 カイルとシリカが話し合い、ヒュガルが苦笑いをして先に進む。


「あ、自分、順路を作ってから行くんで! 魔王サマ達は先に行ってて下さい!」


 と、ルキスが後ろから言ってきたので、「うむ」と返して先に進んだ。

 どうやら参加者は右に曲がって、大回りをしてからここに戻るようで、ルキスはその為の順路を教える為に看板を挿しに向かったらしい。


「何だかんだでちゃんとやりますよね……」

「そういう所を評価している。戦いに関しては本当にからっきしだがな」


 カイルの言葉にヒュガルが微笑む。カイルもそれに微笑んでから、自分の位置で別れを告げた。

 そこからはヒュガルはエノーラと二人で、やたらと背中に密着して歩かれ、背中に当たる度に「ううぅん♡」とか「むふうう♡」とか言われるので、その度にヒュガルは顔を顰めた。

 そして、崩れ落ちた教会が見えた頃、左手の一部が崖にと変わる。

 高さはおよそ十m程か。目前に続く道はその崖に沿うようにして、教会の裏へと続いているようだ。


「魔王様も好きなんですよねぇぇ?! 私の事好きなんですよねぇ!? むひいい!」

「ぎゃああああ!?」


 タイミングとしては丁度そんな時。

 後ろからエノーラに不意に抱き付かれ、ヒュガルは驚きのあまりに悲鳴を上げるのだ。

 その際に、自身は落ちなかったが、預かっていたパネルが下へと落ちる。


「むっ! まずい! すまんエノーラ! その話はまた後だ!」


 それを理由としてエノーラを押し退け、ヒュガルはそれを追うのである。

 幸いにもそれはすぐに見つかり、懐に入れて飛んで戻る。

 しかし、エノーラが居なかった為に、それを探してヒュガルは歩く。

 細い道を道なりに行き、崩れた教会の裏手辺りに到着。


「お、おぉ、そんな所に居たのか」


 そこに立ち並ぶ墓の前で、エノーラを発見してヒュガルは近付いた。

 後ろ姿だが髪は緑だし、背丈もエノーラそのものである。


「……」


 しかしながらエノーラは無言。

 黙って墓の後ろに隠れる。

 怒っているのか……と思ったヒュガルは、道沿いの墓――

 つまり、目立つ場所にパネルを置いて隣に潜んだ。


 それからもエノーラは全くの無言で、崩れた教会の一点を見るだけ。

 流石に何かを言おうとしたヒュガルが、口を開こうとした直後。


「(むっ!?)」


 道に何者かの姿が現れた。

 人数は二人。寄り添うようにしてヒュガルが潜んでいる前を進み、置いたパネルには一切気付かない様子で、どこへともなく歩いて行った。

 方向としては順路の真逆で、教会の入り口に向かったように見える。

 手はずとしてはパネルを見た直後に「ダアアアア!!」と驚かす手はずなのだが、止まらないし、方向は違うしで、ヒュガルは少々困惑をする。


「……」


 そんな時にエノーラが、ヒュガルの背中に乗りかかって来た。


「お、おいエノーラ!」


 と、一応言うが、エノーラはそこから「ぴくり」ともしない。


「眠くなったのか……?」


 聞くと、小さく頷いた気がする。

 なるほどそうか、と、ヒュガルは納得し、優しさからそのままにしてやる事にした。

 それからも参加者はまばらに現れたが、パネルには一切興味を示さず、思い切ってフライングで驚かして見ても、相手は全くのノーリアクションだった。


「予定が変わったのか……?」


 そう呟きつつ、パネルを拾って宿屋へ向かう。

 誰も来なくなって久しいし、時間が時間だと思ったからだ。

 エノーラは未だに睡眠中で、ヒュガルが歩いても目を覚まさない。

 墓場を抜けて坂を下り、海を右手に宿屋に歩く。

 そして、ようやく宿屋の前に着くと、参加者やルキス達がそこで待っていた。

「「パ」がねぇよ!」とか「これじゃチ〇コだよ!」とか、訳の分からない事で大騒ぎしており、ヒュガルが姿を現した事に気付くと、一斉に見て来て顔色を変えた。

 そこにはなぜかのエノーラも居て、大きく口を開けて絶句している。


「うわあああああああああああああああああああああ!?」


 直後に殆ど全員が絶叫し、宿屋の中へと逃げて行ったのだ。


「ど、どういう事だ!?」


 驚き、ヒュガルがエノーラを見る。

 そこには焼け爛れた顔の少女が居て、「ケタケタ」と笑って首を絞めて来た。

 そして、ヒュガルの背後には、それこそ無数の幽霊達が居り、それぞれが苦しそうな呻き声を上げながら、両手を伸ばして近寄って来ていた。


「アアアアアアアアアアアア!?」


 流石のヒュガルもこれには絶叫。

 首を絞めて来る少女を海に捨て、脱兎の如くに宿屋に逃げた。




 結局の所、彼らの正体は謎だが、ツアー自体は成功に終わった。

 まだまだ一部の者達ではあるが、お互いに対する誤解は緩和し、人間と魔物でも協力し合え、同じ物を恐れると言う事を共感しあえたツアーとなった。

 中にはその後に会う事を約束し、友情を育んだ者達も居るようで、ツアーを企画し、実行したヒュガル達にはそれは何よりの結果と言えた。


「それはそれとして……」

「うん……」


 それから数日後の本拠地の地下。

 ルキスが見るのは玉座のヒュガルで、同じく見つめるシリカの視線も心なしだが不安そう。

 理由は一つ。

 ヒュガルが見た目に、異常に疲れているように見えるから。

 本人は「いや……」と短く言ったが、明らかに、間違いなく、常に何かを背負っているように、ヒュガルが疲れ切っていたからである。


「根暗はそう言うの分かんねーの? あれ、どう見ても憑かれてるよな?

 疲れてるんじゃなくて憑かれてるよな?」


 ルキスが聞くも直後は無言。

 その後に一言「幽霊になりたい……」と言って、ルキスとシリカを若干引かせる。


「カイル。すまん。少し良いか」


 これはヒュガルで、呼ばれたカイルが筋トレを止めて近付いて行く。


「どうにも最近肩が凝る。

 すまんが少し揉んでくれるか」

「あ、はい。それは良いですけど……」


 そして、頼まれた事を実行する為に、カイルが玉座の後ろに回った。 

 揉む事数分。


「うむ……かなり楽になった気がするな……

 助かった。下がって良い」


 ヒュガルが言って、カイルが下がる。


「ヒィィィ!? 見ろ! アレ見ろ!」


 ルキスが指さし、シリカが見ると、カイルの背中には何かが見えた。

 それは緑髪の少女であり、嬉しそうに微笑んでいる。


「乗り移った!?」


 と、シリカが言って、二人で揃って口を押えた。


「あー……やはり凝っていたのだな。

 肩揉み一つでここまで変わるとは」


 ヒュガルはと言うと健康そのもの。立ち上がって腕を「ぶんぶん」回している。


「あれ……なんか、バーベルが重いな……

 人一人分位重くなったような……」


 一方のカイルは冴えない顔色で、バーベルの重さに疑問していた。


「まっ、魔王サマが元気になるならいっか!」

「そうだな……あいつの犠牲は無駄じゃない。素晴らしい忠心だ。真似は出来ん」


 ルキスとシリカはそう言って、カイルの状態には目を瞑るのである。



カイルは犠牲になったのだ……


あと一話でしゅうりょーでーす

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