決戦の時来たる! 剣士の王の底力!
実質上の最終回ですので、重い……というかシリアス寄りなのは前もってご理解下さいませ…
その日、ローエルラントの王城には、隣国ブルムスからの使者が来ていた。
ブルムスは勇者の仲間であった魔法使いが継いだ国で、同じく仲間の剣士のこの国とは、古くからの付き合いがある友好国だった。
魔王現る。
その事自体は、国王――アトスは察していたが、シリカが敗れ、魔王の元に身を置いた事や、討伐軍五百人が全滅する事等は流石に予想をしていなかった。
このままで居ると国が滅びる。そう思ったアトスは援軍を要請。
その結果としてやって来たのが、ブルムスの使者だと言う訳である。
赤いローブに身を包んだ使者は、書状を広げて回答を読み上げる。
アトスはそれを聞いて顔を顰め、使者が全てを読み上げた後に、「それがフィゴラット王の意思と言う訳だな?」と、その表情のままで使者に聞いた。
「は。そのように伺っております。お伝えすべき事もこれ以外には無し、これにて失礼をさせて頂きたく……」
答えた使者が頭を下げて、アトスが「うむ」と短く答える。ローブを着た使者はその後に下がり、アトスは「ふぅ」と息を吐いた。
落胆。衝撃。その他にもあるが、期待と言う物を裏切られた事は間違いない。
「報告は分かったが、事実としての根拠が少ない。差し当たり二百人の援軍を送る」
それが、ブルムス王フィゴラットの返事で、友好国とは言え形骸化した物だったのだと、今更ながらにアトスは気付いた。
二百人の援軍。
勿論、それは居ないよりはマシではあるが、居た所で正直あまり変わりなく、いっその事戦って敗れでもして、危機感を煽ってやろうかとすらアトスは思うのだ。
「……だが、それではこの国が滅びる。わざと負けるような戦はせん。するのならば、勝つ為の戦だ」
座ったままで腰の剣を抜き、それを水平にアトスが眺める。
勇者の仲間。自らの祖先。剣士ノイッシュの遺した剣に、彼は戦いの勝利を願った。
魔王軍は急速に戦力を増していた。
先の、裏四天王もそうだが、彼らと共に集められていた、三百人からの魔物達が魔王軍に参入したからである。
「やるジャーン。魔王軍らしくなってきたじゃなーい」
とは、その手続きを見るエローペの言葉で、テンガロンハットに牛柄の服と言う、奇抜なファッションで面接会場に居た。
例えるならそれは擬人化した牛。
スカートはミニで、胸元にはベルがあり、その下に見える豊かな胸は大事な部分がこぼれ出そう。
面接会場にやって来る殆どの異性がそこに目をやり、若干満足したような顔をして戻って行くと言う有様である。
エローペの後ろに立っているカイルもそれと同様で、「邪神様最高だわ……」と、心で思いつつ、情けない顔をして覗き込んでいた。
「ふぅ……一応これで終わりですね。正確には三百二十二人です。
四天王を入れるならプラス四人ですが、何にしてもこのままじゃ養って行けません。
魔王農場を拡張するか、収入の増加を考えるかしないと、ひと月ももたずに反乱が起きますよ」
書類を纏めたルキスが言って、それにはヒュガルが「うむ」と返す。
戦闘に関してはからっきしであるが、ルキスは事務には向いているようで、最近はようやく秘書らしい事を言うようになって来たと、ヒュガルは内心で感心していた。
「コボルドやゴブリン等の戦闘に向かん連中は、農場の拡張に従事させろ。
その他のオークやノール等は、街の制圧と防衛に使う。
差し当たりは南のヒリールの街だな。ここを手に入れねば財政的に破綻する。
早速だが四天王に働いてもらうとしよう」
「なるほどなるほど。しょーちしましたっと……」
言われたルキスがメモを取り、本拠地の外で待つ魔物達へと向かう。
それからヒュガルの言葉の通りに、種族と役割の分別をし始めた。
「何と言うか、落ち着かんな。一気に戦力が増えたせいなのだろうが……」
「あら? こんなのまだまだスタート地点っしょ?
先代の魔王は十万とか、十一万とかの兵を抱えてたわよ?
ま、でも、ようやく一つの勢力として、認められる位にはなったんじゃない?」
窓際に立ったシリカが言って、座ったままのエローペが返す。
殆ど初めての絡みであったので、シリカは反応に困っており、結果としてヒュガルが「そうですな」と言って、エローペの艶やかな微笑みの元となる。
「ここからが大変よ。何でって、殆ど人間の統治下だから。
実はもうすでにして、大変な事になっちゃってるかもしれないしぃ~」
そう言いながらエローペが、右手をヒュガルの顎に当てる。
そして、その後に「ガンバッテネ♡」と言って、姿を「しゅん」と消すのである。
「邪神という奴は暇なのか……? 割としょっちゅう姿を見せるが」
「いや、そんなはずは無いのだがな。忙しい中でも部下を労う、部下思いの上司、と言う事なのではないか?」
その回答にはシリカが吹き出し、カイルも思わず苦笑する。
「なんだ? 何がおかしい?」
と、疑問するヒュガルを見て、二人は声に出して笑うのだった。
笑う理由――と言うよりも、否定する理由は二つあるが、共通する思いは「それは無いでしょ」というもの。
自己中で、自由で、エロイとは思うが、部下を労う優しさを持ってはいないでしょ、と二人は思うのだ。
「いや、何でも無いですよ。魔王様は思慮深くて素晴らしい上司です。
皮肉でなくて僕はそう思います」
これはカイルで、心底そう思い、笑顔を消して真面目に言った。
シリカはと言うと何も言わず、もう一つの否定する理由を考える。
もしかしたらエローペは、ヒュガルの事が好きなのかもしれない。
だから忙しい中でも度々やって来て、ギリギリまで居て消えてしまうのでは無いか。
シリカは何となくそうも思ったが、口にするのは止して置いた。
そうだとしたらライバルとして、本当に適わない相手になるし、それに気付いたヒュガルがエローぺに興味を持ちそうで怖かったのだ。
「魔王様。少しよろしいですか」
シリカがそんな事を思っていると、滅多に聞こえない声が聞こえた。
それは、場所としては面接会場の左隅に位置する梯子からの声で、姿を見せた一冊の本により、本魔の声だと言う事が分かる。
「どうした? 何か動きがあったのか?」
「は。どうも、腑に落ちない行動なのですが、動きと言う物には当たると思います」
ヒュガルが聞くと本魔が答える。
「分かった。聞こう」
そう言うと、本魔はヒュガル達の眼前に移動した。
ローエルラント軍のほぼ全軍が動いた。
本魔はまずはヒュガル達にそう言った。
それは今、首都郊外のランドラント平原に居ると思われ、いくつかに小分けした騎馬兵達にエルラの村周辺を探らせているらしい。
現状では襲撃等は無いが、住民達は怯えており、彼らを安心させる為にも解決を願いたいと本魔は言ったのだ。
「兵数としてはおよそ二千。ブルムスからの援軍もあったようです。
これに呼応して居るのかどうか、ヒリールの街や、レラベルトの村の守備兵達も、北上を始めている様子ですな」
「挟み撃ちか、それとも合流か……何にしても総力戦だな。
少し早いが、これに勝利すればこの国の支配は成る、と言う訳か」
本魔の言葉にヒュガルが答える。
しかしながら兵力差では、およそ二千対およそ二百。
能力に於いては上だと思うが、何があるかは分からないのが戦で、故に、ヒュガルは無策では臨まず、どうすれば勝てるかを無言で考えた。
「その、敵軍……の指揮官だが、これは国王アトスなのか?」
敵軍、の部分を言い辛そうに、本魔に向かってシリカが聞いた。
返された言葉は「おそらくは」と言う物で、聞いたシリカが窓際で俯く。
「お前は今回留守番したら? 親父のクビチョンパなんて見たくねーだろ」
それは優しさであったのだろうか、戻って来たルキスが入口から言ったが、シリカはそれに「いや……」とだけ答えて、留守番を拒否する旨を示した。
「国王が自ら指揮しているのなら、国王を倒せば戦いは終わる。
逆もまた然りだが、そうする他に道は無いか」
目指す所は短期決戦。
戦いが長引けば死者が増え、立ち直るのにそれだけ時間がかかる。
ならば国王に狙いを定めて全戦力をそこに注ぎ込む。
国王、つまり指揮官さえ倒せば、他の兵士を倒す意味は無い。
「狙うは国王ただ一人だ。だが、決して殺してはならん。
捕らえて、話し合いの機会とする為に国王は必ず捕らえて欲しい。
この事を全兵士に徹底させてくれ」
そこに考えが至ったヒュガルが椅子から立って配下に伝え、聞いた者達が「はっ」と答えて、準備の為に散って行った。
しかし、ただ一人、シリカは残り、
「だが、ちちう……いや、国王は強いぞ。
わたし等とは比べものにならない。貴様も努々油断はせぬ事だ」
或いは助言のつもりであったのか、その言葉を残して去って行った。
準備が整ったのはその日の夕方で、その頃には敵軍は第三訓練地――
即ち、いつかアルトに呼び出された、エルラの村の西に位置する平原にまで兵を進めて来ており、ヒリール、レラベルトから出発した兵も、確実にこちらに迫って来ていた。
援軍を叩けば本隊に叩かれ、本隊を叩けば援軍に叩かれる。
ならば軍を分ければ良いが、それだけの余裕は魔王軍には無く、初志貫徹、徹頭徹尾、国王を倒すと言う事のみに重きを置いて、平原へと向かって出撃するのだ。
魔王軍とローエルラント国。
その未来を決定する戦は、もうすぐそこに迫っていた。
魔王軍が動員したのは兵数二百に四天王。
そして、裏四天王と呼ばれている新たに加わった四人であった。
魔剣士の名前がドルトと言って、獅子になれる男がロイツ。
ダークエルフの少女がノエラで、サキュバスの名前がセレと言う。
ともあれ、名義上では裏であっても、実力的には表より上で、ヒュガルが今回の戦いに臨んだのも、彼らの存在がある所が大きい。
言葉にはしないが、期待をしており、本人達にもそれは分かるのか、戦いを前にして手を打ち付けたり、武器の確認を余念無くしていたりと、それぞれ気合は十分だった。
一方の表四天王はと言うと。
栄養補給で抱き付くルキスに、それを引き剥がそうとして頑張るシリカ。
屈んだセレの胸元を、鼻の下を伸ばして覗き込むカイルに、ヒュガル人形を股に押し当てて、一人で悦に入っているエノーラにと、裏とは反して緊張感ゼロ。
ヒュガルとしては残念感のあまりに額を押さえざるを得ない状況だ。
「敵軍発見! 林の先で、陣形を展開して待ち伏せをしています!」
それでも偵察のノール(コボルドの上位種で犬顔の魔物)が戻ると、緊張感を取り戻して停止したが、すぐにも「どういう陣形だ!」と聞いた、獣人ロイツ等とは大違いであった。
ちなみに林とはヒュガル達の右手にあり、道なりに迂回すれば平原の南手に。
林を強引に突っ切ったとしたなら、平原の東手から入れる事になる。
言うならそれは奇襲だが、あちらも察して備えていたらしく、それを知る為に放った偵察兵だったので、ヒュガルは問題を感じなかった。
「は、詳しい陣形の名前はどうも……
ただ、剣と盾を持つ者の間に、魔術師の部隊を配置しておりました。
接近戦をする者と遠距離戦をする者を、円状に交互に配置したような感じです。
そして、中央におそらく本隊。
全体の数はおよそ二千で、本隊の数は七百から千と言った所かと……」
「ご苦労だった。下がって良い」
ノールが報告し、ヒュガルが労う。それには「はっ!」と答えた後に、ノールは再び偵察に向かう。
「所謂、車輪陣と言う物でしょう。
円の中央に本隊を据え、小分けした部隊を周囲に展開。
如何なる方向の攻撃からでも、即座に対応する事が出来る陣形です。
どこから襲撃しても殆ど同じ。となれば私に一計がございます」
直後の声は本魔のもので、場所としてはヒュガルの懐。
その本体はエルラの村に居る為に、これは分割した意識の一部だ。
「ほう。それはどのようなものだ?」
ヒュガル自身にも腹案があったが、その前に本魔の意見を聞いてみる。
その存在を知らない兵士は、その言葉には疑問していたが、その後に発された声を聞いて、何かが居る事は察したようだった。
「奇襲を察して居る事を逆手に取ってやろうと思います。
幸い、この林の範囲は広く、どこから出てくるかは特定不能。
敢えて、一ヶ所に予測を付けさせ、別の場所から奇襲をかけます」
同じ考えだな。と、ヒュガルは思う。
ヒュガルの場合はもう少し広い範囲で考えていたが、時間と兵力を鑑みるなら本魔のそれが最善だろう。
林の出口を仮にA、Bとして、敢えてA地点で目立った事をする。
そして、そこに注意を引いて、実際にはB地点から出現する訳だ。
勿論、それはC、Dと、出口が多い方が効果も大きいが、現在の魔王軍にはそれだけの兵力と時間の両方が無く、故に、ヒュガルは自身の考えを本魔のそれと置き換えるのだ。
「この偽装作戦には、裏四天王を推薦致します。
彼らであれば先手を打たれても、各自の能力で切り抜けられましょう。
また、私をそちらに預けて下されば、多少の損害も与えて見せます」
なんとも頼もしい腹心である。
情報収集に作戦の立案。そして、純粋な戦闘力。先代の魔王が重用した理由も嫌でも分かると言う物だ。
あの時無理にでも配下にしておいて良かった。
今更ながらにヒュガルは思い、本魔の能力を改めて評価した。
「分かった。お前に任せよう。突入開始はこれより二十分後。
そちらからの合図を確認した後とする」
それから本魔の提案を受け入れ、意識の一部を裏四天王に預けた。
受け取ったのはサキュバスのセレで、左腕の脇にそれを挟む。
「本魔になりてぇ~……とか思ってんじゃねぇの? 挟まれてクンカクンカしてぇとか思ってんじゃねぇんの?」
「な!? 何も言ってないでしょ!? 言いがかりはやめて下さいよ! それに、僕は狼人間ですから、ニオイとかなら挟まれなくても嗅げます。まぁ、その気になればって話ですけどね」
「あ、そ、そう……そりゃあなんか、悪かったね……?」
そうは言ったがカイルの返事には若干引いたルキスであり、脇や、脚や、尻等を引き締めてニオイの漏れに注意を放つ。
勿論それは「その気になれば」の話で、カイルもあまり嗅ぎたく無いのだが、ルキスはそれを曲解して、シリカやエノーラにも広げるのである。
「(気を付けろよお前ら! その気になれば、カイルはニオイでも全然イケるってよ! 腋の下とか、尻の臭いとか、近付かなくても分かるらしいぜ!?)」
「何!? それは本当か!?」
「サイッテー……」
聞いたシリカとエノーラが言い、それぞれ色々な所を隠す。
それを目にしたカイルが瞬くと、「こっち見んな!」と一斉に切れた。
全く訳が分からない物の、それにはとりあえず「あ、はぁ」と返答。
そこからはカイルは女性陣から、若干の距離を取られる事になるのだ。
「それでは後程」
そんな彼女らのやりとりを背景に、裏四天王のドルトが仲間と動き、本魔の意識の一部を連れて、林の中へと消えて行った。
ヒュガル達本隊は五分程を進んで、右手の森の中へと侵入。
気配を殺してぎりぎりまで移動して、敵軍の様子を伏せたままで伺った。
偵察のノールが言ったように、そこには二千からの軍勢が居り、如何なる方向からも対応出来るように警戒態勢で待ち受けていた。
小分けにされた部隊の数は、おおよそで見るなら五十ばかり。
せいぜいが二十人程の少人数だが、攻撃を受ければ他の部隊が救援に来ると言う仕組みだと思われた。
「本隊はあれか。幸いにも、一部隊で見るなら敵は少人数だ。
立ち塞がる部隊を迅速に片付け、本隊に接触して国王を捕らえる。
この戦の要は速さにこそある。皆も私に後れを取るな」
距離にするなら三百m程。
七つばかりの部隊の向こうに本隊と思われる大部隊が見える。
ヒュガルがそれを目にしながら言い、聞いた者達が小さく頷いた。
それから数分後、ヒュガル達の右手で爆発音のようなものが上がる。
直後には林から丸太が飛び出し、目前の敵兵を下敷きにした。
被害にするなら六名程だが、心理的なダメージは計り知れない。
奇襲がある事は予測していても、丸太が飛んで来る等とは夢にも思って無かったからだ。
それでも敵は慌ただしく動き、攻撃された部隊への移動を開始し、その頃には魔法も発動されて、林の中にそれを放った。
爆発音が連続し、林の中を紅蓮に染め上げる。
そんな中で魔法が撃ち返され、丸太と、雨のような矢が発射されたのだ。
電撃魔法が敵を貫き、丸太が敵を薙ぎ倒す。そして、トドメに矢が降り注ぎ、目前の敵を壊滅に追いやった。
敵の注意はその場に釘づけ。離れていた部隊もそちらに向かい出す。
チャンスは今、まさにこの時。
「行くぞッ!」
そう思ったヒュガルは皆に声をかけ、剣を召喚して林から飛び出した。
奇襲は成功したかに思われた。
いや、現に過半数の敵兵は、奇襲による混乱で動きが散漫だ。
しかし、一部――
敵の本隊には、奇襲を完全に見抜いていた者が居り、ヒュガル達が林から飛び出してきた直後に、本隊による突撃を仕掛けて来たのだ。
その人物とは国王アトスで、当初から本隊による決戦を目論んでおり、元より周囲に展開した兵は、本隊の援護兵に過ぎなかったのである。
突然の猛攻。そして反撃。
思わぬ展開にヒュガル達は困惑したが、密集隊形でそれを迎え撃ち、アトスを探して奮戦を始めた。
ヒュガルはルキスを守って戦い、ルキスは隙を見て魔法を放つ。
シリカはカイルと背中合わせで戦い、群がる敵を押し退けていた。
エノーラは一人、風のような速さで俊敏に動いて敵を傷つけ、その毒による能力の低下で何気なく味方を支援していた。
能力に於いては魔王軍が上だが、兵力に於いては圧倒的に不利。
絶え間なく押し寄せて来る敵兵を前に、力の無い者が次々と倒れ行く。
残った者はもはや数十名。ほんの数分の出来事である。
人間達は勝利を確信し、あと一押しと思った事だろう。
だが、魔王と言う存在を甘く見た事が、彼らの大きな失敗だった。
「シリカ! カイル! ルキスを頼む!」
やむを得ないと思ったヒュガルが、本気で戦い出したからだ。
ヒュガルの目的は両者共存。故に、無益な殺生は好まない。
だが、そうも言っていられない状態に陥り、敵を倒す事に重きを置いたのだ。
ルキスを預けて距離を取り、右手の剣を巨大化させる。
ここからはヒュガルの一方的な攻撃で、群がった者達は例外無く死亡した。
僅かの一振りで三十人程が舞い、返す一振りで同数が舞う。
それでも群がる敵兵には、闇色の障壁を飛ばしてぶつけ、背後に迫る敵兵達は、振り向き様の一振りで体が消し飛んだ。
続け様には炎を放ち、高波の如くに兵を呑む。
それに呑まれた兵士の体は、消し炭すら残らずこの世から消え去った。
千人。いや、二千人程度なら、ヒュガル一人でも相手には出来る。
だが、混戦の中で国王を捕らえ、その事によって決着としたかった為に、ヒュガルはこうしたくは無かったのである。
「ば、バケモノだ! 勝てる訳が無い!!」
勝利を意識していた兵士達に恐れと絶望が広がり始めた。
それはすぐにも戦況に影響し、徐々にだが、立場が変わり始める。
「げに恐ろしきは魔王の力、か……我が名はアトス・ローエルラント。
剣士ノイッシュが血を引く末裔。いざ尋常に勝負されたし!」
そんな時に現れたのが、彼らの王たるアトスであった。
自分で無ければヒュガルを止められない。
アトスはそう考えて姿を見せたのだ。
袖を引っぱる近衛を振り切り、剣を片手にヒュガルに近付く。
「ヒュガル・テツナだ。あなたを探していた。
その勝負、受けねば話し合えぬなら、受ける事も致し方なし」
ヒュガルが冷静に勝負を受けて、二人の戦いが開始された。
「まずはこれは挨拶代り……受けよ! 秘技! 疾風剣!」
アトスが剣を引き、腰を落とす。
直後にはアトスはヒュガルを突き抜け、背後で剣を振り払っていた。
「ぬうっ?!」
見切れはしないが、防御は間に合い、ヒュガルの剣が鈍く鳴り響く。
同時にかなりの衝撃が加わり、地面の上をヒュガルが滑った。
神速。或いは瞬間移動。衝撃とダメージが遅れてやってくる。
防御をしているとアトスは背後で、剣を左手水平に傾けた。
「続けて行くぞ! 流星剣!」
息をつかせぬ攻撃である。ヒュガルがなんとか振り向いた時、アトスは目の前に迫っていた。
繰り出されるのは斬撃の連打。
百や二百と言う数では無い。無数の流星が降り注ぐように、凄まじい数の斬撃が繰り出され、ヒュガルの脚や腕や頬に、いくつも小さな傷が出来た。
凄まじい数の斬撃が終わり、アトスはようやく距離を取る。
「流石は魔王! だが、これを凌げるか……!」
剣を上段に構えた後に、アトスがゆっくりと両目を瞑った。
そして、腰を少々落とし、両腕の筋肉を膨張させる。
それと連鎖するようにして、地面がひび割れ、足元が窪む。
直後にアトスは両目を見開き、「彗・星・剣!」と、絞り出すような声を出し、凄まじい速さで飛びかかって来たのだ。
これを受けるのは流石にマズイ。
そう思ったヒュガルはすぐに飛び退くが、地面が大きくえぐれた事により、衝撃波と石等で後方に吹き飛ぶ。
片膝をついて地面に着地し、剣を突き刺して滑る事を防いだが、衝撃波しか喰らってないのに、体には相当のダメージを受けていた。
「お、お前の父ちゃん何人よ!?」
「普通の人間だ! 技もそうだが、剣自体が凄まじい! あの剣こそがノイッシュが使っていた雫太刀と言われる物だ!
生半可な剣では! 受ける事も出来ん!」
戦いながらにルキスが言って、敵を押し返してシリカが返す。
最早戦っているのは近衛のみで、兵士の殆どは潰走中。
しかし、それでも三百人は居り、僅かに残った魔王軍を殲滅させようと躍起になっていた。
「あ、あいつ!?」
その中でルキスが誰かを見つけた。
シリカが見るとその場所には数人の近衛が固まっている。
中心には誰かが居るようで、その人物を守って戦っているようだ。
「あ、兄上……!?」
ちらりと見えたその顔は、シリカの兄のアルトであった。
よくよく見れば情けない顔で、周りの近衛に指示を出している。
「何をやっている!」とか、「しっかりしろ!」とか、人に守って貰って置いて、何とも情けない代物である。
「余裕だと思ってついて来てみたら、意外に苦戦してマジヤベー状態?」
「だろうな……」
結果としてはルキスにそう言って、そちらを見ないようにしてシリカは戦った。
恥ずかしい。ただ、恥ずかしい。裏切った自分が言うのも何だが、血が繋がっている事が、今は本当に恥ずかしかった。
その頃のヒュガルとアトスはと言うと。
「速さの疾風剣。技の流星剣。そして、力の彗星剣。
全てを受け切って生きて居た者は、かつての勇者だけと聞く。
そこに今、貴様は加わった。敬意と驚嘆の念を以て最終奥義をお見せしよう」
「それは随分と光栄な事だ……だが、私もただでやられていた訳では無い。
そちらの太刀筋は大体見切った。
次の攻撃が命取りになる事を心得た上でかかってくると良い」
戦いの最終局面に突入しており、ヒュガルの言葉にアトスが笑って、ゆっくりとその場で腰を下ろした。
剣を支えにヒュガルが立ち上がり、それを横にして攻撃を待つ。
「最終奥義……疾風流星彗星剣!
技、速さ、力の全てを込めたこの攻撃が受けられるかぁぁぁぁ!!」
「来いッ! 魔王は大言壮語は吐かぬ! 口にするは真実のみッ!」
アトスが動き、ヒュガルが動く。
直後には二人は閃光に包まれ、一瞬の内に激しく打ち合った。
そして突き抜け、離れた距離で、お互いの背中を黙って見せ合う。
一秒、二秒とが静かに過ぎて、
「ごふっ……!」
ヒュガルが血を吐いて口を押えた。
その際には剣も消失させて、右の膝を地面の上に着く。
「見事……最早後悔は無し……」
だが、一方のアトスもヒュガルに遅れて、血を吐いた後に体勢を崩した。
こちらは膝を着く事も出来ずに、前のめりに地面の上に倒れる。
「ま、魔王サマー!!」
「陛下ー!?」
ヒュガルの配下とアトスの配下が、それぞれ主の下へと走る。
ヒュガルが勝利し、アトスが敗れたその瞬間の出来事であった。
決戦はこうして終わりを告げた。
魔王軍の被害は百七十名。
ローエルラント軍の被害は八百九名。
両軍併せて約千名が命を散らした決戦だった。
ローエルラント軍の最高司令――
つまり、国王のアトスは捕まり、息子のアルトと共に捕らえられてヒュガルの眼前に繋がれていた。
自らの目的は支配では無く、魔物と人間の共存にある。
故に、あなたを処刑したくない。
出来る事なら協力をして、この国を今まで通りに治めて欲しい。
ヒュガルはそんな事をアトスに頼んだが、
「それは出来んな。
ワシはもはや老いすぎた。頭が固くなりすぎたとも言える。
仮にも勇者のかつての仲間、ノイッシュの血を引く者としてそれは受けられん。
……だが、これからの未来を生きるのは、ワシでは無く息子達だ。
息子達がこれからどうするかと言う事は、息子達自身が考えれば良い」
自分では無く、息子達、アルトやシリカに聞けと言う事を示した上で固辞したのである。
「何か聞くまでも無さそうですけど、一応こいつにも聞いてみますか?」
それを聞いたルキスが言うと、ヒュガルは「うむ」と小さく返す。
ルキスはそれを聞いた後に、アルトの猿轡を解いてやった。
猿轡を付けて居ないと、「ピーピーピーピー」五月蠅かったからだ。
「話は聞いたな? この国を今まで通りに治める気はあるか?
協力の意思を示してくれるなら、生活と命を保障するが」
改めて聞くと、アルトは「ふぁいっ!」と言い、子犬のような目でヒュガルを見つめた。
「勿論! 勿論従わせて頂きますぅ! 何でもします! しますから!
お命と今までの生活と、あとシリカは私に下さい!」
そして、ヒュガルの要求を受け入れて、どさくさでシリカを要求するのだ。
「あー……魔王。わたしが治めるか? 兄上はこの際、戦死した事にして……」
「いやっ! 冗談! 冗談です! シリカは要りません! 魔王様の物です! 玩具にするなり奴隷にするなり、もう好きに使っちゃって下さいぃ!」
冗談で言うと、そう言われ、シリカは信じられないと言う顔をする。
それにはアトスも同様の顔をして、「お前と言う奴は……」と、直後には見下した。
「まぁでも、これ位無能な奴の方が、後々に色々と使いやすいですよねー。
反乱でも起こってくれたら、全部こいつの責任に出来ますし」
「う、うむ……だが、そういう事は、本人の前では言わんようにしような」
ルキスのそれは正論だったが、本人の前なので軽く窘め、純粋な目をして瞬くルキスの肩に手を置くヒュガルであった。
百パー寝首をかいてくるタイプ。
あと二話、まったりと進めた後に一旦(?)終了になります。