少年は人生をやり直す
俺の住む古びたアパートは窓ガラスはヒビか入り、ガムテープが貼られ、階段は錆び付き今にも崩れそうだった。
ドアを開け、ただいまと口を開けた瞬間ビール瓶が飛んできた。何とか避けたため当たらなかったがドアに当たり足元に欠片が散らばっていた。もし当たっていたら大怪我は免れない。
瓶を投げつけた本人はゴミを見るような目で俺を見ていた。ボサボサな髪に不精髭をはやしタバコを加え、ビール瓶など酒の容器が転がり、部屋は酒とタバコの混ざった臭いしかしない。父親のもはや慣れたその目に何も感じない。
「ただいまくらい言えねぇのか」
『……ただいま』
「ちっ、当たって死んでりゃいいものを……金は?バイト面接にいってこれだけ遅けりゃ、大丈夫だったんだろ」
『落ちたよ。お金もないよ』
そう言うと父はよりいっそう睨み付けてくる。
「ア゛ァ?くそガキが嘘ついてんじゃねぇだろうな?」
『嘘じゃないよ』
「チッほんと使えねぇガキだな!!あの女、もうちょっと大きい奴を産みゃいいものの…分かったわ、もういいお前出ていけ」
『!?』
「てめぇの身なりじゃこれからも無理だろうが!金稼げねぇクズはこの家から出ていけ!!」
『っ……はい』
俺はこれ以上関わりたくなくて取りあえず自分の物をまとめて家を出た。
『くそっ……てめぇこそクズだろ!』
噛み殺したように出た言葉と冷たい夜風に次第に目が霞み、ハっとなって慌てて袖で吹く。
取りあえず落ち着くところに行こうと公園を目指した。隼人と所には出来れば行きたくない。心配かけたくないし、隼人や隼人の両親にだって迷惑がかかるのは避けたかった。
『もう少し背が高ければな……』
カーブミラーに移った幼い自分に溜め息を吐き、公園へと足を進めようとしたらライトをつけてなかったため気付かなかったが俺の方に勢いよく自転車が突っ込んでくるのを見て、俺は避けなかった。動けなかった訳じゃない。避けようと思えば出来たかもしれないがこのままぶつかって死んじゃえば楽になるかなと思ったからだった。
衝撃が当たり俺はそのまま倒れ頭を打った。消えていく視界の中綺麗な星空と誰かの声が聞こえたが、視界は閉じられ、何も聞こえなくなった。
――――――
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――
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目を覚ますと白しか見えなかった。
『……ここは』
初めは病院かと思ったが流石に周りには何もなく、真っ白な空間にいるのだと分かるとさらに疑問が増えた。
『死んだん、だよな…?それなのに意識はハッキリしてるし…ここは天国ってやつかな?』
「半分当たりで半分外れかな」
『!?っ誰だ?』
声の主を探し、首を回すと後方の方から白い服を着たか金髪碧眼の男と目があった。男はニコリと微笑みこちらに近付いてきた。
「初めまして。僕は神様だよ」
『……』
「その様子じゃ信じてないね」『じゃあ俺は本当は悪魔だって言ったら信じるのかよ』
「信じないね。でも僕は嘘は言ってないよ」
男の顔が真剣で冗談を言っているようには見えないがそう簡単には信じられなかった。
『証拠とか……』
「そうだね……強いて言うならこの空間かな」
『そういえばここは何処なんだ?』
「ここは神託の祭壇だよ」
『は?』
何を言ってるんだと思ったが、男は気にせず話していく。
「ここは我々神が人間に神託を下したり、観察する場所なんだ。見ててね」
男は手を床に向けて一振りすると真っ白い床が消え、空が見えた。さらに下には家が建ち並んでいた。
『なっうわぁ!?』
「くすくす、落ちはしないから安心して。あれをご覧」
男が指したほうを見るとさっきまで自分が立っていたカーブミラーがあった道だった。だがさっきと違うのは倒れている自転車と血を流し倒れる俺がいたのに驚愕した。
『な、なんで俺があそこにっ』
「あそこにいるのは間違いなく君だよ」
『じゃあここにいる俺は?』
「あそこに倒れている君の魂だけの存在」
『魂……やっぱり死んだんだ、俺。自転車倒れてるけど乗ってた方はどうしたんだ?』
「あー…それは…はい」『?何で手をあげてんだ?』
「実は、僕…なんだよ。君を引いたのは」
『は……はぁっ!?』
「いや~僕、神の中でも新人でさ下界に初めて降りて珍しいものを見て興奮してて、たまたまあった乗り物、えっと自転車ってやつだっけ。それに乗って坂を下ってたら君が出てきて止め方分からなくって、つい…ね」
『つい…ね、じゃねぇよ!?』
「ごっごめん!だから責任とるために君をここに留めさせたんだよ」
『責任?』
「神はそもそも下界では存在しないものだからね。人と干渉したり、人の命を奪うような事はしてはならないんだよ」
『つまり、俺が死んだのはあんたのせいで、勝手に死なせたのは不味いから責任とると?』
「はい!」
『……ま、いいや。責任って何する気だ?』
「生き返らせます」
『!っ出来るのか!?』
「神ですから。ここに連れてきたのも説明するためでしたから」
『生き返る……』
生き返った所でまたあの親の子で、バイト出来ず子供扱いされ就職できるかすら分からない。それでも戻るのか?死ぬ気があったのに?
「どうしましたそんな暗い顔で、生き返えるんですよ?」
『その……生き返えらせるんじゃなくて、転生出来ないかな』
「転生ですか?何故です?」
『向こうで生きてても、俺は生きていけるか分からないから……人生をやり直したいなって』
「……転生は可能です。ですが本当によろしいのですか?親や友人を残していくんですよ」
友人を言葉に隼人の事を思い出した。今まで頼ってきたのに黙って死んでしまったら怒るかもしれない。けど戻るよりやり直したかった。ごめん隼人。親は知らん。
『頼む』
「……分かりました。ならば転生として新たな場所を用意しましょう」
男は手と手を前で合わせ、蕾のように膨らませると手が光りだした。光が収まると男は手のひらを広げるとそこにはほのかに光る玉が浮かんでいた。
『!っ何だ、これ…』
「君の新しい道への鍵さ。もう行きますか?」
『あのさ、生まれ変わっても記憶は残して欲しいんだ』
「通常なら消すべきですが、今回は特別です。他に願いはありますか?」
『ありがとう……他には何も願わないよ。転生と記憶だけで十分』
「……こうなったのももとはといえば僕のせいだからね。色々と用意するよ。面白そうだし」
『面白そうって……じゃぁ行くよ』
「次の君の人生は良いものになるのを願っているよ。行ってらっしゃい」
玉から光があふれ俺は再び白い光に包まれた。