プレリュード 世界の関節を外そうと思うまで -8-
久遠に投与された血液
魔獣の血には、いわくつきの伝説がある
その血には、チカラ が宿っている
その血を、体内に取り入れ生還することができたのならば、とても強い力が手に入る
最悪にして最強の魔獣のちは、魅惑的で多くのものがそれに手を出し、死んでいった
魔獣の血液は多くのものを苦痛と絶望、そして死に導いた
魔獣は、はるか昔に一度封印された
今はこの封印札の貼られた鎖につながれ自由が効かぬ檻の中に幽閉されていた
がるぅヴううう
魔獣の威嚇も移送された先にいる研究員は、はじめの内こそ恐怖したが、今ではすっかり慣れてしまったのか、ビビらなくなってしまった
魔獣は悔しかった
自分をせせら笑う愚かなものたちを煉獄の炎で焼き殺してしまいたかった
幾度もそうしたいと願ったが、はるか昔にかけれたのにもかかわらず効力を失わぬこの封印
この封印を解くのは魔獣には無理だった
誰かの助けがなければこの封印はとかれない
魔獣の力を欲し利用しようとたくらむ者は大勢いる
魔獣の血液を採取し研究し、時にむごい実験を行うことをためらいもせずにする者どものほうが魔獣にはよほどおぞましいものに感じる
力がほしいのならば魔獣の封印を解き 頼めばいい
その願いが悪でも全でも魔獣にはどうでもいい
ただ願ったやつが、自分と相性がいいか
そいつのために力を貸してもいいと思えるか
それだけだった
すべての悪事は魔獣のせいにする
自分の罪を魔獣になすりつける
そんな奴らの願いを頼まれてもかなえようとは思わないが…
魔獣は自分から抜かれた血液を研究員たちが何に使うのか、一度聞いたことがある
その研究員は言った
その血液をこの世に住むあらゆる種族の体内に入れ、受け付けるものがあるか試しているのだと答えた
でもな、誰も受け付けなくてみんな苦しんで死ぬんだ
そう付け足したのは、まだこの研究所で働き始めたばかりのザンザラという血を吸う羽虫だった
ザンザラは、その実験を見るのが嫌だと言っていた
自分と同じ種族のものが死ぬ姿を見てしまったのだとか
それを聞いてほんの少し罪悪感に似たものが魔獣の心によぎった
しかし、すぐに消える
自業自得だ
死なせたくないのなら、お前らがとめて中止させればいい
こんなくだらない計画
この世は狂っている
世界はいつだって魔獣に冷たい
だから魔獣は、世界が憎かった
この日も魔獣は、いつものようにまどろむ
もう何百年こうやった生活をしているだろう
通りゆく研究員の心を暇つぶしを目的として聞く
ラジオのようなものだ
魔獣が、自分から切り離された血が何に使われるか知っていた
だが自由を封じられ力も封じられた自分に何ができるだろう
何の努力もせずに他者から奪った力は、猛毒だということを思い知ればいい
そしてもう二度と私に手を出すな
―――――――あああああああああああああああああああああああ
それは、鼓膜を破りそうなほど大きな悲鳴だった
いや、実際には対して大きくはなかったのだろう
この研究所で上がる数々の悲鳴と比べれば、それは小さいといえた
それなのにその悲鳴を魔獣がとても大きな悲鳴だと感じたのは、耳からではなく頭で感じたのだ
頭に直接響く声
それは、魔獣の種族が死の間際に相手に届けるテレパシーのようなもの
もう何年も聞いていない
自分の種族は壊滅した
魔獣をかばい殺された
魔獣の種族は 外には冷たい代わりに、仲間には情に厚いのだ
悲鳴の主の心は、痛みと恐怖の中
誰かにひたすら謝っていた
こいつは、同じ種族のものではない
何かが違うのだ
―――シニタクナイ
生に手を伸ばし、苦痛の中でも、まだあきらめないその意地の悪さ
切実な願い
あぁ、自分の気配に似ているのだ
そして魔獣ははたと気が付く
もしかしたらあの実験は成功したのかもしれない
成功しかけている のほうがただしいだろう
今にもその成功例になりかけているものは死にそうなのだから
気がついたら、心の手を伸ばしていた
悲鳴の主の体内にある魔獣の血と魔獣自身の間に、回廊をつくる
意識を失い
今にも死神のもとに逝こうとするのは、初めて見る変わった生き物だった
変わった生き物の精神体に触れた瞬間、何かがぱちんと音を立てはじける
その生き物の過去や感じたことがフラッシュバックした
その生き物の名前は、クオンといった
――――生きてるか
それは確認
まだかろうじてだが、生きていることを確認した
魔獣は今度は命じた
―――生きろ
わずかに久遠の瞼が震える
届いたのか…
―――死ぬな 足掻け
久遠は瞼をゆっくりあける
―――――――私と契約しろ
契約すれば、その血はもうお前を殺さない 痛みを与えない
だだから、お前はわれをこの檻や封印から解放してくれ
お前の命を救う
「あ、あなた何。」
その問いに答える
――――「魔獣だ。」
納得したのか、納得も何もせずただ淡々と受け入れることにしたのかは、わからない
「ケイヤク。何の?」
――――相互所有の契約 あるいは主従関係の契約 あぁ何でもいい いきたいのならわれと契約しろ クオン
ビクン
いけないこのままでは、クオンは消える
せっかくできた回廊が崩壊し始めている
クオンの命のともしびが消えようとしているのだ
こちらの焦りが通じたのかどうかわからない
「生きたい。シニタクナイ 私は…久遠は魔獣と契約する!! 契約するわ。」
それは、生への渇望に満ちた叫び
「わ、私の共犯者になりなさい。」
―――その契約をのもう
わが名を呼べ
クオン
―――――――われの名は、エスポワール
「私は、クロサキ クオンよ。エスポワール」