le calme avant la tempete ~嵐の前の静けさ~ -2-
「いいの。悪かったのはママのほうだもの
久遠ちゃんは心配して怒ってくれただけだの。」
「わ、わたし…自分のことしか見えてなくって……それと、しんぱい、かけて ごめんね」
「いいのよ。母親にね、心配かけていいの。娘のことですもの心配して当たり前なの。だからね、気にしないの。」
ポンポン
零無さんが久遠の背中をたたく
「久遠が 生きて帰ってきてくれただけで十分」
零無さんの声は震えて、瞳はうるんでいた。
二人ともケンカしたことをこの10日間、悔いていたのだろう
二人は喧嘩をすることはあっても大概すぐ仲直りしていた
だから、羽矢は久遠にあの日、謝りに帰ればいいよ
そう進めたのだ
きっとこの二人なら、すぐにいつものように仲良し親子に戻ると信じて送り出した
だが、久遠は謝りに行くと言って自宅に向かったはずなのにそのまま戻らなかった
羽矢はずっと自分を責めていた
あの日僕が、久遠を帰らせていなければこんなことにならなかったのだ
零無さんが、優しく久遠の髪を撫でる様子を見て心の底から安堵した
いつもの仲良し親子が戻ってきた
あぁ、なんて美しく素敵な光景
この様子だと、僕はお邪魔かな
邪魔者はいったん退散しよう
久遠の顔がみられただけでも十分だ
「久遠あなたが生きてもだって来てくれただけでいいの。それ以上望まないわ」
――ひっくひっく…
…うえぇーんん…
久遠は、幼い子供のように泣きじゃくる
こんなに泣きじゃくる久遠をみたのはいつ以来だろう
えっく…
久遠は基本的に泣かない
泣いている姿を見せるのは、弱さを見せること
どこかで考えているのだろう
久遠は昔から強くてかっこいい女になるのだと宣言していた
だから、弱さである涙を人に見せようとしない
見せるのは心の底から相手を信頼しているものだけ…
久遠は、ひとしきり泣いた後涙を拭った
それを見た羽矢は、久遠にポケットティシュを手渡す
「ありがとう」
まだぎこちない笑みと、感謝の言葉
また、久遠の笑みと言葉が聞けることが嬉しかった
ポケットティシュを受け取るために、久遠は手を伸ばす
衣服の袖口からその時、久遠の手首が露わになる
白く細い手に青く鬱血した傷
「なっ」
羽矢の目が大きく見開かれた
自分の見たものが信じられなかった
一度目を閉じ、再び見る
傷は消えない
幻覚ではなく本物の傷
―――ドクッ
「羽矢?」
ティシュを渡す姿勢のまま固まったように動かない羽矢を不審に思ったのか、名前を呼ばれた
僕は、大バカ者だ
僕は人の話を聞いていたが、理解していなかった
久遠が、発見された
病院で手当てを受け、命は無事
命はっていうことは、無事でないところがあるということ
「久遠。僕が、あの時君を、帰らせなければ君が傷を負うことも怯えることもなかったのに…すまない」
久遠、君のその傷どうしたんだ
誰が、君を傷つけ苦しめた
教えてくれ
そう問い詰めるのをぐっとこらえる
理性が感情に任せた発言をせき止めた
今はまだ駄目だ。
聞いたらきっと久遠に嫌なことを思い出させてしまう
久遠がまた苦しむ
羽矢は久遠を苦しめたくなかった
これ以上傷ついてほしくなかった
守りたかった
教えてくれ!!
僕が、君をそんな風にした奴に同等以上の傷と苦しみと絶望を与えるから…
許さないっ
久遠を、こんなにした 存在を決して許さない
心の中で荒れ狂うどす黒い感情の波
しかし羽矢は、それをおくびにも見せない
「羽矢のせいじゃない。羽矢は当たり前のことを言っただけ。羽矢は昔から背負わなくていいもの背負うよね」
自分がつらいのに、僕のことを気にする
その言葉が嬉しくて、痛くて…
気がついたら叫ぶように、恥ずかしいことを言っていた
「背負う。背負ってやるから、話したくなったら話せ。僕が背負う。君を押しつぶそうとしているもの背負うから」
恥ずかしいけど本気だった
羽矢は、幼馴染の黒崎久遠という名の少女が今も昔も変わらずに好きだった
想いは伝えていない
今の関係があまりにも心地よかったから、それが壊れるのを恐れていた
「羽矢。ありがとう。優しいね。」
それから久遠は、零無さんに何やら耳打ちした
それを心得た零無さんは、立ち上がり看護師の人に何かささやくと二人して室内から出て行った
ガラガラ
病院の個室のドアは閉まる
外からの好奇な視線は、遮断される
花瓶の割れた破片が散らばる室内
ここにいるのは、羽矢と久遠の二人のみ
シーン
静まり返った室内
沈黙を先に破ったのは久遠のほうだった
真剣な目
泣きそうな顔
震える唇で、言葉を紡いだ
「羽矢。私は、羽矢に伝えたいことがあるの」
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