僕が檻にいれられたわけ
・細かいことは気にしないでください
ニコシアは帝国の中原に位置する交通の要地である。西と南には二つの大河、北と東には二つの街道が通っており、帝国全土の物産を集めては西の帝国本土に送っている。皇帝は二つの大河を繋ぐため、帝国全土から民をあつめ、何年もひたすら運河を掘らせている。聞くとこの規模の土木工事を帝国の数か所で同時並行で進めているそうだ。そのため年々、労役に駆り出される人間は増え、人々の生活は苦しくなってきている。
☆ ☆ ☆
「獣耳ちゃんのためなら~えんやこーら♪」
「フィデス、あなた変な歌歌うのやめなさい! 力が抜けるわ!」
「え~僕は調子がでるのですが」
「いいからやめなさい!」
僕たちは掘削現場の一つに放り込まれている。ひたすら土を掘り返すのが仕事である。歌で調子をとって掘り進むと非常にテンポよく作業が進められるのだが、なぜかモルディナに怒られてしまった。しょうがないから黙々と土に犂を入れていく。
「はい、籠です」
「はい、次はこれ」
土を籠に一杯に掘り出してそれをモルディナに渡す。代わりにモルディナが空の籠を持ってきてくれるので、土を掘ってはそれに入れていく。その間にモルディナは土を入れた籠を背負って指定された場所に空けてくるという寸法だ。さっきからモルディナが合わせてくれているのか、空き籠待ちもなく順調に掘り進めている。うん、調子がいい。
「耳はぴーくぴーく、尻尾ふーりふーり♪」
「フィデース!!!」
あ、頭の中で歌ってたのに声に出てしまった。残念。モルディナがすっごい怒ってるから、静かにしないと。
他の村人たちがこっちをみてにやにや笑っている。「やっぱり仲いいなあの二人」「最近めっきり一緒に行動しなくなったからどうしたかと」
「あなたたちも黙りなさい!!」
モルディナが村人たちに噛みつく。仲がいいとか誤解ですから、僕は振られましたから。しかしモルディナは怒ってばかりで疲れないのかなぁ。
☆ ☆ ☆
「あれ?今日はちょっとパンが多くないですか?」
「ええ、うちの班は働きがいいから配給が増えたのよ」
モルディナに連れられて、僕は配給所に出向いていた。班の名札を提示すると何時もより多くパンが配給される。僕は増量されたパンを担ぎ上げてキャンプに向かって歩き出した。
「まぁ、村長代理が率先して働いていますからね」
「一番働いてるのあなただけどね。……ねぇ、もう少し手を抜いても監査は大丈夫よ?」
「え?」
手を抜く?しまった、つい何時もの感覚で全力で働いていたけど、今回は頑張っても僕の収入にはならないんじゃないか!
「……なんか手を抜くという発想がなかったです」
「あなたねぇ」
「いいや、怠け癖がついたら嫌だし、皆が迷惑でなければこのままでお願いします」
「あなた本当に仕事だけはマジメよね」
モルディナが呆れたように半目で僕を見やる。
いや、仕事以外もまじめですよ?!
「そうだ、パンばかり増量されてもしょうがないから、近くの村で野菜とか調味料に替えてもらいませんか?」
「良い考えね、皆疲れてるから塩を多めに貰うことにしましょうか」
僕たちは近くの村に寄ると、増配分を塩やら香味野菜やらと替えてもらうことに成功した。
その日は貰った食材をいれてシチューを作って村人たちに振る舞った。皆喜んでくれた。やっぱり食事は大事だよなぁ。
☆ ☆ ☆
各作業班は交代で休息日をとれることになっている。夜までは自由行動なのだが、急に仕事をするなと言われても困る。とりあえずやることがないので鍬や犂を磨いていたらモルディナがやってきた。
「フィデス、あなた何してるの? 休日なんだから遊びに行きなさいよ」
「いや、ここ5年ぐらい遊んだことがないので、何をすればいいのか」
「はい?」
モルディナが信じられないような顔をして僕を見る。
「えっと……おままごとでもしますか?」
「するか!!」
昔モルディナとはよくおままごとをしてあそんだので、提案したら怒られた。理不尽だ。
「休日は自分がしたいことをすればいいのよ! 何かないの?」
「自分のしたいこと……?」
しばし考え込む。今の目的は獣耳ハーレムの作成である。そのためには、ルーさんを口説かないと。
「えっと、私はニコシアの城市に行って市場でも見て回ろうと思うのだけど?」
「わかりました!じゃあ僕もちょっと出かけますね、ありがとうございます!」
「え?」
僕はモルディナにお礼を言うと、ルーさんを探して歩きはじめる。なんかモルディナがすごい不満そうな顔をしてるのが印象的だった。
☆ ☆ ☆
てくてく。
僕はルーさんを探して歩いている。
「しかし人がおおいなぁ」
ニコシア城市の郊外、運河予定地にそって、延々と作業キャンプが連なっている。帝国全土から集められた作業員は万を軽く超えるそうだ。フルーヴィア城市を1個移設したようなものである。僕はこの事業の規模に圧倒されてしばし呆然としてしまった。
ドンッ……
ぼけーっとしてたら人にぶつかってしまった。
「なんだこら、気を付けろ!」
「ごめんなさい! よそ見をしてまして!」
「……よぉ、フィデスじゃないか。何してるんだ?」
ぶつかった女の人が声をかけてきた。赤い服を着て長剣をぶら下げている。フィニさんだ。騎士の象徴たる鎧は着ていない。彼女も休みの日なのかな。
「ルーさんを探しています」
「ははっ、変わらないなお前。それよりさ、面白いことがあるから付き合えよ」
「いや、ルーさんを探さないと……」
「……私が誘っているんだが?」
「わかりました」
フィニさんが笑顔で凄んできた。怖い。この人は綺麗な女騎士のくせに変な迫力がある。本当にその筋の人じゃないかと心配する。
僕は一瞬迷ったが、とりあえず怖いので言うことを聞くことにした。命の恩人だし。
「おし、じゃあ行こうぜ。お前、皇帝見たことないだろ?」
「ええっ?皇帝が来てるんですか?」
☆ ☆ ☆
帝国の当代皇帝、ポリティカ陛下は土木工事が趣味である。あちこちに宮殿やら城塞やら運河やら街道を作らせており、数年に一回見回っている。それが今日は兵隊を連れて運河工事の進捗を見に来ているんだ、とフィニさんが語る。
「フィニさん詳しいですね、皇帝は何度も見たことあるんですか?」
「ない、さっきのも聞いた話だ」
なぜか偉そうにフィニさんが言う。しかし皇帝かぁ。
「……皇帝って言うぐらいだから世界で一番大きなハーレムを持っているんだろうなぁ」
「お前……ハーレムのことしか頭にないのか」
あ、独り言が漏れてた。フィニさんが呆れたような顔をしている。
「皇妃と女官で1000人ぐらい居るらしいぞ、うらやましいか」
「多すぎますよ! お嫁さんの名前も覚えられないじゃないですか!」
「皇帝はそんなこと気にしないんだよ」
うーん、そんなのでいいのかなぁ。やっぱりお嫁さんはちゃんと名前を呼んであげてお互いに愛情を持ってですね。
しかし一体どうやって1000人のハーレムを運営すればいいのだろう。僕は考え込んでしまった。
ドカッ!
「あいたっ!」
「きゃっ?!」
「すみません!」
考え事をしていたせいか、フードをかぶった女の人にぶつかってしまった。僕は謝るとともに、その女の人を見やった。フードがずれて長い艶やかな黒髪がさらりとこぼれている。まっすぐな髪の毛だなぁと思ってその女の人を良く見たら、頭の上に茶色い三角形の狐耳がぴょこんと乗っていた。
「あら、こちらこそごめんなさい、考え事をしていましたの」
女の人が切れ長の黒い瞳でこちらに微笑みかけてくる。背丈は僕より少し高いぐらいだろうか。マントに包まれて良くわからないが全体的にスレンダーでシャープな感じの人だ。
「すみません、狐耳の方ですか?」
「はい、そうですわ」
白い肌に薄くほんのり赤い唇、高くはないがすっきりした鼻筋はとっても知的な感じがした。あの髪の毛と耳を撫でたら気持ちよさそうだな。よし!
「結婚してください!」
「はぁ?」
告白したらなんかすごい変な顔をされた。うーん、結婚したいから結婚してくださいというのはダメなんだろうか。
「ふうん、いいですわよ?」
「ありがとうございます!」
よし、やっぱりこれでいいんじゃないか。
「私、サリアと申しますの、よろしくお願いしますね、旦那様」
「僕はプロスペロ村のフィデスといいます、よろしくお願いします。お嫁様」
慌ただしく自己紹介を終えた。
「……お前、実は大物だろ」
一部始終を見ていたフィニさんが何が起きたのか信じられないと言った表情で僕を見ている。
「いやいや、ただの農民です」
「わかったわかった。とりあえず皇帝見に行こうぜ」
「あら、皇帝の隊列を見に行かれるのですか?それならいい場所を存じ上げているのですが」
フードをかぶりなおしたサリアが提案したので、皆でそこに行くことになった。
☆ ☆ ☆
「こちらが見やすいですわよ」
サリアが崖を指差し、僕とフィニさんを呼ぶ。この崖に続く道は背の高い帝国兵が見張りをしていたのだが、サリアが交渉したら通してくれた。うん、交渉事に強いのはいいことだ。
「うわぁ……」
崖の上から僕は感嘆の声を上げる。
街道を延々と満たす鈍く光る黒。鎧兜から刀槍の覆いまで黒一色に染め上げ、兵士たちは粛々と前進し続けていた。オブシディア帝国正規軍だ。
オブシディアというのは黒曜石のことで、それを象徴にしている帝国は黒を尊ぶんだとフィニさんは言う。
「フィニさんの鎧は赤ですよね?」
「属州騎士だから自由なんだよ、本国兵は全員黒だ」
そうなんだ。頭の中でフィニさんに黒い鎧を着せてみる。似合わないな。
そんなことを考えながら帝国兵を見つめる僕にサリアが話しかけてきた。
「帝国軍を見るのは初めてですの?」
「うん、強そうだね」
「……ええ、強いですわ、とっても」
サリアはなぜか不愉快そうに吐き捨てた。
「まぁ、十何年前に人間世界を統一しただけはある……あ、皇帝が来るぞ」
フィニさんが指さした方向、黒装黒馬の近衛騎士たちに守られ複数の馬車が進んでくる、その中に旗や流しで黒く飾り付けた一際大きな馬車が見えた。残念、御尊顔を拝することはできないみたいだ。
「いやぁ、豪勢だねぇ。あんな風になってみたいもんだ」
フィニさんが独りごちる。
「いやぁ、僕はあんな風になんなくてもいいです。
地道に畑を耕して生きたいですね。あと養える人数の獣耳ハーレムがあれば」
「お前、顔だけじゃなくて考え方も地味だな。ハーレムを除けば」
フィニさんが呆れたように僕の顔を見つめる。顔が地味なのは生まれつきだからほっといてください。
「ねぇ、旦那様そこに立って待っていてくださいません?」
フィニさんが視線を皇帝の隊列に戻したのを見て、サリアが僕のそばに来て小声で言った。
「いいよ、お嫁様」
「ありがとうございます」
ぼこっ。
そういうとサリアは土の中から何か長い縄みたいなものを取り出した。何をするんだろう。
皇帝の馬車が崖の近くまで来る。
彼女は、力一杯に縄を引っ張って。
ガラッ、ガラガラガラッ!!
崖の岩が崩れ、皇帝の馬車の方に転がり……
グシャアアッ!!
近衛の人たちを巻き込んで、皇帝の馬車が潰れた。
「イ゛ヨ゛ッッシャア゛ア゛ア゛ア゛アア!!!!ポリティカの豚野郎仕留めたぁ!!!」
なんか聞いたこともないような奇怪な雄叫びとともに、サリアが拳を天に振り上げていた。
☆ ☆ ☆
「それでは旦那様、身代わりお願いしますね、えい」
「えっ?」
サリアが僕の足を払って、茫然としていた僕は仰向けにすっころんでしまった。
「……あの赤い女、いつのまにやらいませんわね、ミスったかしら……」
サリアが視界から消える。
代わりにさきほど崖への道を見張っていた背の高い兵士がこっちに向かってきていた。
「曲者だ! 出会え!!」
その声で崖の周りから帝国兵が殺到してくる。
そして僕は檻にいれられた。