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僕が狼耳少女と婚約したわけ

・細かいことは気にしないでください

 僕が小さかった頃、つまりハーレムを作ろうと志す前。僕は隣家の女の子とよく遊んでいた。僕が何か作業をしていると、年が1つ下のその子はライトブラウンの髪を二つにまとめて頭の後ろに流して、ヘーゼル色の瞳で僕をじっと見つめていたりする。僕はよく瓜や桃をもいできてはその子が夢中で食べるのをニコニコしながら見守っていた。


 ある日、僕は決心した。


「ねぇ、モルちゃん」

「なあに、フィデス兄ちゃん」

 

 隣家の女の子、モルディナが僕の次の言葉を待ってじっと見つめてくる。


「大きくなったら、その……僕のお嫁さんになってくれる?」

「えー、やだ」


 モルディナは僕のプロポーズを屈託のない笑顔を浮かべながら、バッサリと切り捨てた。僕の初恋はこうやって終わった。


   ☆       ☆      ☆



 フルーヴィアでの一件のあと、僕はまた労働に打ち込んでいる。


「よいしょっと……」

 

 切株の底に鍬を入れると、テコのようにして切株を引っこ抜いた。ただの荒地を畑にするまでには地道に根っこやら岩やらをどかさなければいけない。時間のかかる作業だ。もう2年間取り組んでいるが、ようやく猫の額ほどの土地でまともな収穫が得られるようになったぐらいである。


「ふぅ、労働って気持ちいいなぁ」


 僕は若い。おかげで精力とか性欲とかいろいろ無駄に湧きだしてきているのだが、現在はすべて労働で昇華している。だから、畑で鍬をふるっている間は無欲な仙人のように……


「よぉ、フィデスじゃないか、精が出るなぁ」


 顔を上げると、赤茶の鎧を着けたフィニさんと、いつもの兵士二人がこちらに手を振っている。弓を持った犬耳の少女は僕に気が付くと不機嫌そうにそっぽを向いた。


 僕は鍬をほっぽりだして全力でフィニさんたちに駆け寄った。


「ルーさん!ついに僕の求婚に応じてくれたんですね!」

「違う」


 ルーさんは僕が近づくとフィニさんの後ろに隠れてしまった。


「オイコラ。私が挨拶したんだが?」


 フィニさんが不愉快そうに言う。


「ごめんなさい。こんにちわお久しぶりです。何の用ですか?」

「……なんか心がこもってない気がするが、いいや。村長のところに案内してくれ」


   ☆       ☆      ☆


「労役ですか?」


 村長の家につくと、フィニさんは何やら細かい字の書かれた書類を村長に見せる。


「ああ、プロスペロ村からは労働力となる男女11人を出してくれ。期間は3か月、場所は中原のニコシア。仕事は運河の掘削だそうだ」

 フィニさんがすらすらと書類を読み上げる。


 何事かと集まってきた村人たちから「またかよ……」と疲れたような声が上がった。帝国は春秋の税をきっちり取り立てるうえに、ちょくちょく労役で人手を持っていく。その分、当然ながら収入は減るし、労役の間の食費や旅費も出さなければならない。村の負担は大きいのだ。


「まぁ、皆も大変だろうが、なんとか頼む。じゃあ参加する人間は10日後にフルーヴィアの政庁まで出頭してくれ」

 フィニさんは宥めるようにそういうと、一つ思い出したように付け加えた。

「そうそう、道中の引率と護衛はこの3人で担当するから大船に乗った気でいてくれ」


 あれ?なんで村の皆すごい変な顔してるの?



   ☆       ☆      ☆


フィニさん一行が帰ったあと、村長は村人を広場に集めた。議題は今回の労役の対応についてだ。


「しかし、あの赤狼のフィニに引率されるのかよ……」

「赤狼?」

 僕は村人の一人がつぶやいた言葉が分からずに問いかける。


「あ、お前は知らないのか?あの女、3年前に騎士に取り立てられる前はフルーヴィアでも札付きの不良だったんだぞ?」

「不良仲間を集めて悪さばっかりしてたな、あの女と喧嘩して半殺しの目にあったやつらは数え切れんそうだ」

「あと、隣の属州で盗賊やってるって噂もある。盗賊退治だけは上手いんだが、蛇の道は蛇というし。……正直騎士様とは言えあんまり関わりたくねぇ」


 フィニさん、あんた評判無茶苦茶だよ。ご本人は表裏もない性格で一緒に飲んで楽しかったんだけどなぁ……


「みなさん!聞いてください」

 ライトブラウンの髪を後ろで二本まとめた若い女性がざわざわと喧しい村人たちを制した。強い意志をたたえたヘーゼルの瞳で周囲を見渡す。村長の娘で村長代理のようなこともやるモルディナ=ミティガ、僕の初恋と初失恋の相手だ。


「派遣する人員ですが、まず自分から行きたいという方はいますか?」

 あたりがしんと静まり返る。自分から行きたがるやつなんて居るわけがない。労役に出ている間は金稼ぎも止まるし、評判の悪いフィニさんに引率されることになる。ん? つまり行きかえりずっとルーさんと一緒ってこと?


「誰もいませんね、それでは今まで労役に出ていない家から優先的に……」

「はーい、行きたいです」


 僕は手を挙げた。モルディナがすごい変なものを見るような目で僕を見た。なんだよ、顔は地味だけど君の幼馴染だよ。



   ☆       ☆      ☆



 てくてく。


 僕はひたすら歩き続ける。


 未知の山河が僕の目の前に広がる。たまにはこういうのもいいかもしれない。


 一緒に歩くのはプロスペロ村の仲間11人と属州から集まった数百人。

 先頭にフィニさんとルーさん、あと旗を持っている兵士が立ち、後方にファンさんと知らない兵士が2人いて、逃亡や迷子を見張っている。


 出発後、さっそくルーさんのところに寄って行こうとしたら、モルディナに「列から離れるな!!」と言って怒られた。理不尽だ。

 そう、結局頭数が足りなかったのでモルディナが自分で行くと言い出したのだ。それを見て「村長の娘が行くなら……」となんとか残り枠も志願者で埋めることができた。


 となると自由に行動できるのは夜になる。村の皆で晩飯を食べると、僕はルーさんに会いに行った。



   ☆       ☆      ☆


 

「またキサマか」

 ルーさんは僕を見るとあきれたように呟いた。こげ茶色のしっぽもだらんと元気なくうなだれており。小さく整った顔は物憂げな表情を浮かべている。


「ルーさんは今日も可愛いです! 耳とか! 尻尾とか!」

「うるさい、帰れ、結婚はしない」

 先回りされてしまった。


「……会話が続かないじゃないですか」

「会話を続けようとしていないからな」


 うーん、どうしたものだろう。

 何か共通の話題を振るかな。


「そういえばフィニさんって赤狼って呼ばれてるんですか?」

「そうだぞ」

「カッコいいですね~」

 とくに狼ってところが。


「そ、そう思うか?」

 あれ?食いついてきた。


「いやぁ、だって僕を救ってくれた時も颯爽と盗賊を倒して」

 飛び道具で先制した上に数でボコってましたが。


「そうだろう、そうだろう、フィニ姐様は優しくてカッコいいのだ!」

 なんか尻尾をぴんと上げて得意げである。可愛い。


「それに強いですしね!もっとフィニさんの話を教えてください!」

「いいぞ」

 おお、好感触。


「ルーさんはフィニさんと昔から知り合いなんですか?」

「ああ、家が近所なんだ。小さいころからずっと一緒で……」

 ルーさんは膝を抱き込んで座ると、遠い目をして星を眺めている。


「ボクが苛められていたらどこに居てもすぐ現れて、いじめっ子たちを追い払ってくれたんだ。そのせいで不良たちに目を付けられたんだけど、ボクと一緒に戦ってくれて、逆に返り討ちにして半殺しにして。気が付いたらフルーヴィアの不良たちを全員子分にしていた。喧嘩に次ぐ喧嘩による返り血でフィニ姐様のバンダナとボクの耳が赤く染まったから赤狼って名前がついたのだ」

 ルーさんは自慢げに語る。あの、なんかいい話っぽいですけどそれ怖い話ですよね。


「あれ?狼ってルーさんのことですか?」

「そうだぞ?」


 なんてことだ。

 僕は土下座した。


「ごめんなさい! 僕はずっとルーさんのこと犬耳族だとばかり……狼耳族だったんですね!」

「こら、土下座するな! 見ただけで犬耳と狼耳の違いが分かる奴なんかいるわけないだろ! いいからやめろ!!」


 ルーさんが僕を引き起こす。


「許してくれるんですか?」

「最初から怒ってない」

「じゃあ結婚……」

「嫌だ」

「え、付き合っている男が居るんですか?」

「居ない」

「じゃあ付き合ってる女が!?」

「なんでそうなるんだ!!」


 はぁ、とルーさんがため息一つ。


「どうあろうが、お前みたいな弱い奴は対象外だ」

「え?」


 思わず聞き返す。


「盗賊に襲われてあっさり命乞いしてるレベルじゃあ、いざというときにフィニ姐様の役に立たない。それ以外の特技も無いようだし」

 特技……農民としてまじめに働く。だめかな。


「……じゃ、じゃあ! 強くなれば結婚してくれますか?」

「どう見ても素人だし無理だろ」

「ありがとうございます!頑張って強くなりますね!」

「コラ、人の言うことを聞け!」


 僕はルーさんと結婚の約束をすると、希望に満ちて立ち上がり……


「フィデス、あなた何を勝手にキャンプを抜け出してるのよ!」


 僕を探し回っていたらしきモルディナに見つかって散々に怒られた。



   ☆       ☆      ☆



 プロスペロ村のキャンプへの帰り。

 モルディナと二人で夜道を歩いた。こうやって二人で歩くのはもう5~6年ぶりだろうか。


「勘弁してよね。私お父様に全員無事に連れて帰るって約束してるんだから」

「はい、すみませんでした。モルディナさん」


 ただ立場はずいぶんと変わった。お兄ちゃんと慕ってくれていた女の子はもうなく、村の顔役と一般村人がここにいる。


「……兵士さんと何話してたのよ、なんか結婚とか言ってたけど」

「あの狼耳の女の子と結婚の約束をしたんです」

 うん、主観的には嘘ではない。早くどこかで剣の修業をしよう。


「は?え?……何それ……」

 モルディナが目をぱちくりさせる。


「相手は異民族よ?」

「可愛いければ問題ないと思う」

「……あっそ」


 そういうとモルディナさんはそれきり黙りこくってしまった。



 ニコシアの労役現場に着くまでに結局12日かかった。

 そして90日間の労役が始まる。

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