イーハトーブ幻想
放牧された牛や馬が草を食べているそばで、大らかな放牧民は子供たちを集めて輪をつくり、祖霊を迎える日の為に「剣舞」の練習をしていた。練習に飽きた少年は輪を離れて高い丘に走った。上空でトンビが声高に鳴いた。春の匂いを含む温かな風が少年の背をやわらかく押した。
モナドノックの丘の上からは、なだらかな浅葱がそよそよと風に吹かれている様を見渡すことができた。その丘の下には、人知れず石灰のような細い棒が幾つも転がっていた。人骨だった。それは千年もの間、誰にも触れられず草の中で眠っていた蝦夷の青年の骨だった。
彼の骨を苗床に、オオイヌノフグリが小さな花をつけていた。空の色を映したようなきれいな薄紫色の花だった。
その古い骨に頭はなかった。何も語らず、ただそこに在った。自分を殺した者への憎しみも、大事なものを失った悲しみも、すべては大地に還って行った。遠い記憶。それは形を変えて「剣舞」の動きひとつひとつに伝承されていた。
少年は仲間の元へと戻った。
すると、舞の指導をしていた初老の男が声をかけてきた。
「この舞の意味を考えたことはあるか?」
少年は黙って彼を見つめた。やがて「わからない」と首を振り、済まなそうに頭を垂れた。
男は声をあげて皆を呼んだ。
「では」と切り出した男の傍らで、少年の顔は真っ赤に染まった。
しかし、男は彼を叱責しなかった。その代わりに、子供たちを野の上に座らせて、古い昔話をはじめた。
「その昔、この土地で蝦夷の将軍の息子が死んだ。名を人首丸という。政府軍の将軍、坂上田村麻呂の追手を免れて、この種山ヶ原に逃げてきた――。」
イーハトーブはエスペラント語で「岩手」です。種山ヶ原は岩手県にあります。
人首丸も実在した人物です。書物によると美少年だったとか。彼の名前は岩手県の田舎の小さな川に受け継がれ、「人首川」として存在しています。名前だけ聞くと恐ろしいですね。