第8話「毒の園からの反撃」
ステータスを大幅に奪われ、弱体化したザンガ。しかし、PKギルドのリーダーとしての意地が彼を突き動かしていた。
「なめるなぁっ!」
雄叫びと共に、彼は震える腕でダガーを振るってくる。その動きは全盛期には程遠いが、それでも俺のレベルでは致命傷になりかねない鋭さを持っている。
だが、今の俺は冷静だった。
ここは俺の庭、俺の戦場だ。
ザンガの足元には、意図的に雑草を生やしたままにしてある区画がある。その雑草は『足絡み草』。触れた者の足の動きをわずかに阻害する、地味な効果しかない植物だ。
しかし、高速の戦闘において、その「わずかな」阻害が命取りになる。
ザンガの足が足絡み草に触れた瞬間、ほんの一瞬、その踏み込みが乱れた。
俺は、その隙を見逃さない。
身をかがめてダガーの軌道を避け、懐に潜り込む。そして、手に持っていたクワの柄で彼の腹部を力いっぱい突き上げた。
「ぐふっ……!」
鈍い衝撃に、ザンガの動きが止まる。
ダメージはほとんどないだろう。だが、目的はダメージを与えることではない。
俺は、彼の懐に飛び込んだこの一瞬で、あるものを彼のベルトに付着させていた。
それは、事前に『脆性キノコ』の粉末を塗りたくっておいた小さな種だ。
俺はすぐに距離を取る。
「てめえ……!」
怒りに顔を歪ませたザンガが、再び襲い掛かってくる。
だが、彼の身体を覆う高価な革鎧は、すでに脆性キノコの効力によってその強度を失い始めていた。
そこへ、援護が到着した。
俺からの緊急連絡を受け、グレイさん自らが率いる銀狼の騎士団の精鋭部隊が、転移魔法で駆けつけてくれたのだ。
「ミナト君、無事か!」
「グレイさん! ありがとうございます、ギリギリでした」
グレイたちの姿を見て、スカル・サーペントの残党たちは完全に戦意を喪失した。
マンドラゴラ・ソルジャーたちに苦戦しているところに、日本のトップクランの主力が現れたのだ。勝ち目などどこにもない。
彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
残されたのは、リーダーのザンガただ一人。
「裏切り者どもが……!」
ザンガは悪態をつくが、もはや彼にできることは何もなかった。
グレイが、静かに剣を構える。
「終わりだ、ザンガ。君たちの好きにはさせない」
「ケッ……! 今日は運が悪かっただけだ。覚えてやがれ!」
ザンガはそう言い残すと、強制ログアウト用のアイテムを使い、その場から姿を消した。
戦いは、終わった。
俺の畑はいくつかの区画が荒らされてしまったが、致命的な被害は免れた。倒された騎士団のメンバーもデスペナルティは受けたものの、命に別状はない。
「すまなかった、ミナト君。我々の警備が甘かったせいで、危険な目に合わせてしまった」
グレイが、申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえ、俺の方こそ挑発するような返事をしてしまって……。でも、グレイさんたちが来てくれなかったら、本当に危なかったです」
俺たちは互いの無事を確かめ合い、安堵の息をついた。
この襲撃事件は、俺に大きな教訓を残した。
いくら強力なアイテムを持っていても、俺自身の戦闘能力が低すぎては、いざという時に対応できないこと。
そして、信頼できる仲間の存在が、どれほど心強いかということ。
事件の後、スカル・サーペントは銀狼の騎士団から徹底的な報復を受け、ギルドは事実上の壊滅状態に追い込まれた。
ザンガの悪名も地に落ち、PKギルドとしての活動は不可能になっただろう。
俺は、ようやく平穏な日常を取り戻した。
しかし、この一件は思わぬ副産物を生み出した。
俺がPKギルドを、自らの畑で、たった一人で撃退した――その話が、尾ひれをつけて広まってしまったのだ。
『ミナトの農場は、生きては出られない魔境だ』
『彼の畑に一歩でも足を踏み入れれば、地面から無数の化け物が現れ、五感を狂わされ、謎の奇病に侵されて死ぬ』
そんな、とんでもない都市伝説まで囁かれるようになった。
おかげで、俺の農場に近づく不審者はいなくなった。
誰もが、俺の畑を『毒の園』と呼び、恐れるようになったのだ。
それは俺が望んだことではなかったが、結果的にこれ以上ない防犯対策となった。
平穏を取り戻した俺は、再び研究に没頭した。
ザンガとの戦いで得た教訓を元に、対人戦を想定した新たなデバフアイテムの開発を進める。
それは、これまでのように単純にステータスを下げるだけのものではない。
相手のスキルの詠唱時間を延長させる『遅延の霧』。
魔法防御力を著しく低下させる『魔抗剥がしの軟膏』。
回復魔法の効果を反転させ、ダメージに変える『呪いの胞子』。
俺の技術は、日進月歩で進化していく。
それはもはや単なるデバフの領域を超え、『ルールそのものに干渉する』レベルに達しようとしていた。
そして季節は巡り、ASOの世界に、年に一度の一大イベントが告知される時が来た。
全サーバーのプレイヤーが協力してワールドクラスの超巨大レイドボスに挑む、『神々の試練』。
このイベントの成否によって、今後一年間のゲームの世界に様々な影響が及ぶという。
今年のレイドボスの名は、『奈落の古竜』。
その強さは、オークジェネラルなど子供扱いに等しい、まさに神話級の存在だという。
「ミナト君、力を貸してほしい」
グレイが、真剣な表情で俺にいった。
「君の力なくして、あの古竜の攻略は不可能だ」
俺は、静かにうなずいた。
この世界で得た、多くの仲間たち。そして、俺が心から愛する、このゲームの世界。
それを守るためなら、喜んで力を貸そう。
俺は自分の畑を見渡した。
そこには、色とりどりの、美しくも危険な植物たちが静かにその時を待っている。
俺が丹精込めて育て上げた、最高の毒たちだ。
「さあ、パーティーの始まりだ」
俺は、不敵に笑った。
かつて最弱と呼ばれた農家が、今、世界の運命を賭けた戦いの、切り札として立ち上がろうとしていた。




