第7話「姿なき暗殺者への挑戦状」
オークジェネラル討伐の一件で、俺の名――というよりは『謎のデバフ使い』の存在は、ASOの世界で一気に知れ渡った。
特に、大手情報サイトが「銀狼の騎士団、謎の協力者の力で難敵ボスを撃破か?」という特集記事を組んだことで、噂は瞬く間に拡散した。
記事には俺の姿はおろか、名前すら載っていない。
ただ、「戦況を覆すほどの強力なデバフアイテムを操る、正体不明のプレイヤー」がいるという事実だけが、プレイヤーたちの好奇心を煽った。
その結果、俺の元には以前とは比べ物にならないほどの数のメッセージが届くようになった。
「あなたのアイテムを売ってほしい」
「我々のクランに力を貸してくれ」
「弟子にしてください!」
あまりの反響に、俺は少し戸惑っていた。
俺はただ自分の好きな農業を突き詰めていただけだ。有名になりたかったわけでも、最強を目指していたわけでもない。
しかし、俺の作るアイテムが誰かの役に立ち、感謝されるのは素直に嬉しかった。
俺はグレイさんと相談し、銀狼の騎士団と専属契約を結ぶことにした。
騎士団が必要とするデバフアイテムを優先的に提供する代わりに、俺の身の安全と、希少な植物の栽培に必要な素材の確保を全面的にバックアップしてもらうという契約だ。
これにより、俺は外部からの面倒な勧誘に悩まされることなく、さらに研究に没頭できる環境を手に入れた。
畑の規模は、もはや当初の比ではなかった。
銀狼の騎士団が所有する広大な土地の一角を借り受け、そこは俺だけの実験農場となっていた。
幽玄花や月影草だけでなく、様々な効果を持つ新種の植物がそこでは栽培されていた。
相手の防御力を下げる『脆性キノコ』。
幻覚を見せて方向感覚を失わせる『夢見の花粉』。
継続的にダメージを与える毒を塗布できる『夜叉カズラ』の棘。
俺のデバフのバリエーションは、ますます豊富になっていった。
それは、どんな屈強な戦士も高位の魔法使いも持ち得ない、俺だけの武器庫だった。
だが、光が強くなれば、影もまた濃くなる。
俺の存在を、快く思わない者たちも現れ始めた。
その筆頭が、『スカル・サーペント』と名乗るPKギルドだった。
彼らは、強者から理不尽にアイテムや金銭を奪うことを生業とする、いわばゲーム世界の無法者集団だ。
そのリーダーである『ザンガ』という男は、極めて高い対人戦闘能力を持つ【暗殺者】で、多くのプレイヤーから恐れられていた。
彼らが俺に目をつけるのは、必然だったのかもしれない。
ある日、俺の元に一通のメッセージが届いた。差出人は、ザンガだった。
『姿なき暗殺者、ミナトとやら。テメェの作るアイテム、面白いじゃねえか。その全てを、俺たちに献上しろ。さもなくば、お前のその大事な畑を根こそぎ踏み荒らしてやる』
それは、脅迫であり、挑戦状だった。
俺は一瞬、背筋が凍るのを感じた。
PKギルドに狙われる。それは戦闘能力の低い生産職にとって、悪夢以外の何物でもない。
すぐにグレイさんに連絡を取ると、彼は「心配するな。我々が君を守る」と力強く言ってくれた。
騎士団のメンバーが、俺の農場の警備を強化してくれることになった。
しかし、俺はこのまま黙って守られているだけのつもりはなかった。
やられたら、やり返す。
ただし、俺のやり方で。
俺はザンガに返信した。
『お断りします。俺の作物は、あなたたちのような人間に渡すために作っているんじゃありません』
そのメッセージを送った数時間後、事件は起きた。
俺が畑仕事をしていると、突如として空間が歪み、目の前に十数人のプレイヤーが現れたのだ。
全員が髑髏のエンブレムを身につけている。『スカル・サーペント』のメンバーだ。
「見つけたぜ、姿なき暗殺者様よぉ!」
先頭に立つ大柄な男。ザンガだ。
その手には、不気味な紫色の光を放つダガーが握られている。
警備していた騎士団のメンバーが、すぐに駆けつけてくれた。
「ミナト君は下がって!」
しかし、相手の方が数は多い。しかも彼らは対人戦のプロフェッショナルだ。
騎士団のメンバーが、一人、また一人と倒されていく。
「さてと。邪魔者はいなくなったな」
ザンガが、下卑た笑みを浮かべて俺に歩み寄ってくる。
「さあ、アイテムを全て渡してもらおうか。それとも、ここでレベル1に戻りたいか?」
俺のレベルは、未だに20にも満たない。
彼の一撃を受ければ、即死は免れないだろう。
俺は、ゆっくりと後ずさる。
「逃げられると思ってんのか?」
ザンガがダガーを構え、一気に距離を詰めてくる。
その動きは、オークジェネラルなど比ではない、対人戦に特化した鋭さだ。
だが、俺は逃げてはいなかった。
俺が後ずさった先。そこは一見するとただの土くれが転がっているだけの場所だ。
しかし、その土の下には俺が仕掛けた罠が埋まっている。
ザンガの足が、その地面を踏み抜いた、瞬間。
ボンッ!!
地面から、大量の胞子が爆発するように噴き出した。
俺が新開発した『混乱ダケ』の胞子だ。吸引した者の五感を狂わせ、幻覚を見せる効果がある。
「ぐわっ!? なんだ、こりゃ!?」
ザンガは、突然の出来事に目を見開いた。
彼の視界には、俺が何十人にも増えて見える幻覚が映っているはずだ。
「どいつが本物だ!?」
混乱し、やみくもにダガーを振るうザンガ。
その隙に、俺は次の手を打つ。
アイテムボックスから取り出したのは、小さな木の笛。
俺が息を吹き込むと、甲高い、人間には聞こえない周波数の音波が放たれた。
それは、この農場に「仕込んで」おいた、ある生物たちを呼び出すための合図だった。
地面の至る所から、ゴソゴソと何かが這い出てくる。
それは、俺が品種改良の末に生み出した、戦闘能力を持つ植物モンスター『マンドラゴラ・ソルジャー』たちだ。
一体一体は弱いが、その数は50を超える。
「な、なんだ、こいつら!?」
スカル・サーペントのメンバーたちが、悲鳴を上げた。
マンドラゴラたちは、ザンガの仲間たちに一斉に襲いかかる。
戦況は、再び逆転した。
ここは、俺の畑。俺の庭だ。
どこにどんな作物が植えられ、どんな罠が仕掛けられているか、全て俺の頭の中に入っている。
俺は、混乱しているザンガに向かって静かに言い放った。
「俺の畑を、荒らすんじゃなかったな」
そういうと、俺は最後の切り札を投げつけた。
それは、夜叉カズラの棘を束ねて作った投擲針だ。
ザンガの腕に、それが深々と突き刺さる。
「ぐっ……! こんなもの!」
ザンガは針を引き抜こうとするが、もう遅い。
夜叉カズラの毒は、即効性の神経毒だ。
『対象のステータスを、大幅に低下させます』
ザンガの身体から、力が抜けていくのがわかった。
STR(筋力)もAGI(敏捷性)も、大幅に低下しているはずだ。
もはや、トッププレイヤーの面影はない。
俺は、武器であるクワをゆっくりと構えた。
レベル差は絶望的だ。
だが、ステータスを奪われた今の彼ならば。
「俺は、暗殺者じゃない。農家だ」
そう呟き、俺は地面を蹴った。
初めての、本気の対人戦。
この戦いは、俺に新たな覚悟を植え付けることになる。
自分の大切なものを守るためには、時に、牙を剥くことも必要だということを。




