第6話「戦場の支配者」
戦いの火蓋は、銀狼の騎士団の完璧な連携によって切られた。
グレイを筆頭とした騎士たちが強固な壁となり、オークジェネラルの猛攻を受け止める。その隙に後衛の魔法使いたちが強力な攻撃魔法を叩き込み、弓使いたちが正確な射撃で援護する。
まさにトップクランの名に恥じない、洗練された戦術だった。
だが、相手はフィールドボス。
オークジェネラルは、その巨大な戦斧を振り回し、騎士たちの盾を弾き飛ばしていく。一撃一撃が致命傷になりかねない、凄まじいパワーだ。
「ヒーラーは回復を絶やすな! アタッカーは攻撃の手を緩めるな!」
グレイの冷静な指示が飛ぶ。
しかし、戦況は徐々に劣勢に傾き始めていた。オークジェネラルのHPは、まだ半分以上も残っている。
俺は後方で固唾を飲んで戦いを見守っていた。
まだだ、まだ俺の出番じゃない。
俺のアイテムは数が限られている。効果を最大化するためには、ここぞという場面で使う必要があった。
そして、その時は訪れた。
オークジェネラルの身体が、不気味な赤いオーラに包まれ始めた。
「来るぞ! バーサークだ!」
誰かが叫んだ。
オークジェネラルの目が血走り、筋肉がみるみるうちに膨れ上がっていく。攻撃力とスピードが飛躍的に上昇する、悪夢の時間だ。
「総員、防御態勢! 何としても耐えろ!」
グレイが叫ぶが、バーサーク状態のオークジェネラルの猛攻は、騎士団の鉄壁の守りすらもこじ開けようとしていた。
前衛の騎士が一人、また一人と吹き飛ばされていく。
――今だ!
俺はポーチから『痺れ袋』を数個取り出し、オークジェネラルの足元めがけて連続で投げつけた。
紫色の粉末が、立て続けにオークの巨体に命中する。
「グオオオッ!?」
オークジェネラルが、戸惑いの声を上げた。
その猛然とした突進の勢いが明らかに鈍る。完全ではないが、バーサークによるスピード上昇がわずかに相殺されたのだ。
「な……!?」
「動きが遅くなったぞ!」
前衛の騎士たちが、驚きの声を上げる。
「ミナト君か!」
グレイが、俺の方を振り返った。
「やりました! でも、長くは持ちません!」
俺は叫び返した。
そのわずかな時間稼ぎが、騎士団に態勢を立て直す猶予を与えた。
ヒーラーたちが、負傷した前衛を回復させる。
だが、バーサークの脅威は去ってはいない。攻撃力は依然として驚異的なままだ。
「グレイさん! ボスの武器を狙ってください!」
俺は叫んだ。
そしてアイテムボックスから、この日のために開発した秘密兵器を取り出した。
それは粘着性の液体を詰めた小瓶だった。原料はトリモチの木と、ある特定のモンスターから採れる『筋弛緩の粘液』だ。
【軟化の小瓶】
レアリティ:(不明)
効果:命中した対象の装備品の強度を、一時的に低下させる。
オークジェネラルが戦斧を振り上げた、その瞬間。
俺は狙いを定め、軟化の小瓶を戦斧の柄に投げつけた。
パリン、と小瓶が砕け、中の液体が戦斧に付着する。
直後、オークジェネラルが戦斧をグレイの盾に叩きつけた。
本来なら、盾ごと吹き飛ばされるほどの威力のはずだ。
しかし――。
グンニャリ。
まるでゴムのように、戦斧の柄が大きくしなった。
衝撃が完全に殺され、グレイは最小限のダメージでその一撃を受け止めた。
「……何が起こった?」
当のグレイ自身が、一番驚いていた。
騎士団のメンバーたちも、目の前で起きた信じられない光景に言葉を失っている。
「武器の強度を下げました! 今のうちです!」
俺の声で、彼らは我に返った。
「総攻撃をかけろ! チャンスは今しかない!」
グレイの号令が響き渡る。
武器の威力が落ち、動きも鈍ったオークジェネラルは、もはやただの大きな的だった。
魔法使いたちの最大火力魔法が、弓使いたちの集中射撃が、そして騎士たちの怒涛の連続攻撃が、その巨体に叩き込まれていく。
オークジェネラルのHPゲージが、恐ろしい勢いで削れていった。
そして、ついにその巨体が膝をつき、断末魔の叫びと共に光の粒子となって消滅した。
『フィールドボス【オークジェネラル】の討伐に成功しました』
静寂が、洞窟を支配した。
誰もが、今起きたことが信じられないといった表情で立ち尽くしている。
やがて、誰からともなく歓声が上がった。
不可能と思われた強敵を打ち破った、勝利の雄叫びだ。
騎士団のメンバーたちが、俺を取り囲んだ。
さっきまでの侮蔑や不信の目はどこにもない。
そこにあるのは、驚愕と、尊敬と、そして感謝の念だった。
「すげえよ、あんた……」
「一体、どんな魔法を使ったんだ?」
「いや、あれはアイテムだ……信じられない」
グレイが、ゆっくりと俺の前に歩み寄ってきた。
彼は兜を脱ぐと、その整った顔に複雑な表情を浮かべ、深く頭を下げた。
「ミナト君。君がいなければ、我々は勝てなかっただろう。心から、感謝する」
「いえ、俺は少し手伝っただけです。皆さんの力ですよ」
俺が謙遜すると、グレイは首を横に振った。
「君は、ただの生産職ではない。戦況そのものを支配する力を持っている。君は、戦場の支配者だ」
その言葉は、最高の賛辞だった。
戦闘能力ゼロの【農家】が、日本のトップクランから「戦場の支配者」と認められた瞬間だった。
この戦いの後、ミナトという名はプレイヤーたちの間で伝説となった。
彼が作るデバフアイテムは、時にどんな強力な武器よりも、どんな高位の魔法よりも、戦況に決定的な影響を与える、と。
しかし、彼の素性や姿を知る者は、銀狼の騎士団のメンバーを除いてほとんどいなかった。
人々は、畏敬の念を込めて彼をこう呼んだ。
『姿なき暗殺者』、と。
その存在は、ゲーム世界のパワーバランスを、静かに、だが確実に揺るがし始めていた。




