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VRMMOの不人気職【農家】を選んだら、偶然育てた毒の花があらゆる敵を無力化する最強の切り札になりました  作者: 久遠翠


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第4話「静かなる脅威の萌芽」

 ゴブリンを倒したあの日から、俺の生活は一変した。

 昼間は畑仕事に精を出し、幽玄花の栽培と研究を続ける。そして夜になると街の外へ出て、モンスターを相手に自作のデバフアイテムの効果を検証する。そんな二重生活が始まった。


 レベルは相変わらず亀の歩みだが、デバフアイテムを使った立ち回りは日を追うごとに洗練されていった。

『痺れ袋』で敵の動きを鈍らせ、その隙に距離を取る。『麻痺粘着トラップ』で完全に足を止め、安全な位置からクワで殴り続ける。

 危険になれば、煙幕効果のある『目くらまし草』を加工したアイテムで逃走する。


 それは、およそ戦闘とは呼べない泥臭い戦法だった。

 だが、確実に、そして安全にモンスターを狩ることができた。

【農家】という職業がこれほどスリリングなものになるなんて、ゲームを始めた頃の俺は想像もしていなかっただろう。


 そんなある日のこと。

 いつものように広場で露店を開き、高品質な野菜を売っていると、常連客のリリィが息を切らしながら駆け寄ってきた。


「ミナトさん! 大変なんです!」

「リリィ? どうしたんだ、そんなに慌てて」

「実は、パーティーメンバーが受けていたクエストで、森の奥にいる『フォレストウルフ』を討伐しなきゃいけないんですけど……全然、歯が立たなくて!」


 フォレストウルフ。

 それはゴブリンなどとは比較にならない強敵だ。素早い動きと鋭い牙による一撃が強力で、初心者パーティーが全滅させられることも珍しくないという。


「メンバーの一人がやられちゃって、回復役もいないし、このままだとクエスト失敗になっちゃうんです。それで……お願いがあります!」


 リリィはそういって、深々と頭を下げた。

「ミナトさんの作る、あの体力がちょっと回復する野菜! あれを、たくさん売ってもらえませんか?」


 彼女が言っているのは、俺が栽培している『太陽のトマト』のことだ。

 特別な品種改良を施した結果、食べた際にHPが微量回復する効果が付与されている。ポーションほどではないが、気休めにはなるだろう。


「もちろん、それは構わないけど……」


 俺は少し考えた。

 ただ回復アイテムを渡すだけでは、根本的な解決にはならないかもしれない。フォレストウルフの素早い動きに、彼女たちは翻弄されているのだ。

 ならば、俺のアイテムが役に立つのではないか?


「リリィ、もしよかったら、俺もそのクエストに協力させてくれないか?」

「えっ? でも、ミナトさんは【農家】だから、戦うのは……」

「戦闘はしないよ。ただ、みんなのサポートをさせてほしいんだ。役に立つアイテムがあるかもしれない」


 俺の真剣な眼差しに、リリィは何かを感じ取ってくれたようだ。

 彼女はしばらく戸惑っていたが、やがてこくりと頷いた。

「……わかりました。信じます、ミナトさんを!」


 俺はリリィに連れられて森の奥へと向かった。

 そこには二人のプレイヤーが疲れた様子で座り込んでいた。屈強な鎧に身を包んだ【戦士】の男性と、軽装の【盗賊】の男性だ。二人ともリリィのパーティーメンバーだろう。


「リリィ、遅かったな。って、誰だそいつ? まさか助っ人じゃないだろうな。職業、【農家】って……おいおい、冗談だろ?」

 戦士の男が、俺の姿を見てあからさまに眉をひそめた。

 盗賊の男も、呆れたように肩をすくめている。


 無理もない反応だ。

 激しい戦闘の最中に、戦闘能力皆無の農家がやってきたのだから。

 リリィが慌てて俺のことを説明してくれるが、彼らの不信感は拭えないようだった。


「まあいい。とにかく回復アイテムだけもらおう。それで、もう一度突撃するぞ」

 戦士の男が、吐き捨てるようにいった。

 俺は何もいわず、アイテムボックスから自作のアイテムを取り出し、三人に手渡した。


「これは?」

「『痺れ袋』です。狼の動きを鈍らせることができます。それから、こっちの黒い塊は『麻痺粘着トラップ』。地面に設置してください。踏んだ相手の足を止められます」

「……なんだそりゃ。気休めにもならねえよ」


 戦士は鼻で笑ったが、リリィだけは真剣な表情で俺のアイテムを受け取ってくれた。

「わかりました! やってみます!」


 そして、二度目のフォレストウルフ戦が始まった。

 茂みの奥から、銀色の毛並みをした二匹の狼が姿を現す。その鋭い眼光に、思わず足がすくみそうになった。


「前衛は俺とリリィ! 盗賊は側面から攻撃を!」

 戦士の号令で、三人が一斉に飛び出した。

 俺は後方でしゃがみ込み、戦況を見守る。


 フォレストウルフの動きは、噂通りに速かった。

 戦士の振るう大剣を軽々とかわし、死角に回り込もうとする。リリィも懸命に応戦するが、その素早さに翻弄され防戦一方だ。


「くそっ、ちょこまかと!」

 戦士が苛立ちの声を上げた、その瞬間。


「今です!」


 俺の叫び声と同時に、リリィが懐から『痺れ袋』を投げつけた。

 紫色の粉末が、一匹の狼に命中する。

 すると、あれほど俊敏だった狼の動きが目に見えて鈍くなった。


「なっ!?」

 戦士が驚きの声を上げる。

 その一瞬の隙を、盗賊の男が見逃さなかった。彼は狼の側面に回り込み、短剣を突き立てる。

「グォン!」

 狼が苦しげな声を上げた。


「効いてる……本当に、動きが遅くなってる!」

 リリィが興奮した声で叫んだ。

 もう一匹の狼が、リリィに狙いを定めて突進してくる。だが、その進路上には、先ほど盗賊が設置した『麻痺粘着トラップ』があった。


 狼の足が黒い粘着物に触れた瞬間、その場に縫い付けられたように動きを止める。

「ガウッ、ガウッ!」

 もがけばもがくほど、粘着物が絡みついていく。


「チャンスだ!」

 戦士が雄叫びを上げ、大剣を振り下ろした。

 動きを封じられた狼は、その一撃をまともに受け、大きなダメージを負う。


 戦況は、完全にひっくり返った。

 あれほど苦戦していたフォレストウルフが、まるで的のようだ。

 俺のアイテムによって動きを制限され、三人のプレイヤーの連携攻撃が面白いように決まっていく。


 そして数分後、二匹のフォレストウルフは光の粒子となって消滅した。


『クエスト【森の脅威】をクリアしました』


 静まり返った森の中で、三人は呆然と立ち尽くしていた。

 信じられない、といった表情で、彼らは俺の方を振り返る。


「……お前、一体何者なんだ?」

 最初に口を開いたのは、戦士の男だった。

 その声には先ほどの侮蔑の色はなく、純粋な驚きと、少しばかりの畏怖が混じっているように聞こえた。


「ただの【農家】ですよ」

 俺はそういって、にっこりと笑ってみせた。


 この日を境に、水面下で一つの噂が流れ始めた。

 戦闘職ではないにもかかわらず、戦況を支配する謎のアイテムを使うプレイヤーがいる、と。

 その姿は誰も見たことがない。だが、彼の支援を受けたパーティーは、格上のモンスターさえも容易く討伐してしまうという。


 まだ、それはごく一部で囁かれる小さな噂に過ぎなかった。

 だが、静かなる脅威の萌芽は、確かにこの世界に芽吹いていた。そして、それはやがて、トッププレイヤーたちをも巻き込む大きな渦となっていくことを、まだ誰も知らなかった。

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