第10話「ただの農夫が、英雄になるまで」
スキル、『封印』成功。
『世界樹の神酒』の黄金の光に包まれたプレイヤーたちは、もはや人の域を超えた存在となっていた。
剣士の一振りは大地を割り、魔法使いの放つ呪文は天を焦がす。
誰もが、己の限界を超えた力を発揮していた。
「いけえええっ!」
グレイの号令が、最後の突撃の合図となった。
奈落の古竜が最終形態への変異を完了させる、そのわずかな時間の間に全てを叩き込む。
凄まじい猛攻だった。
古竜のHPゲージが、先ほどまでとは比較にならない速度で減少していく。
だが、古竜も黙ってはいない。
変異の途中でその巨大な尻尾を薙ぎ払い、何人ものプレイヤーを吹き飛ばす。
しかし、神酒の効果で超回復状態にある彼らは即座に立ち上がり、再び戦線に復帰する。
倒れても、倒れても、立ち上がる。
それは、まるで不死鳥の軍勢だった。
俺は、その光景を後方から見守りながら、アイテムの効果が切れるまでの時間を必死にカウントしていた。
残り、1分。
古竜のHPは、残り10%。
いける、このまま押し切れる!
しかし、神話級のボスはそれほど甘くはなかった。
古竜は、咆哮と共にその口内に、終焉をもたらす黒いエネルギーを収束させ始めた。
回避不能の全体攻撃――『アビス・エンド』。
最終形態への移行を中断し、無理やりスキルを発動させようというのだ。
「まずい! 発動されるぞ!」
誰かの悲鳴が響く。
エネルギーの収束はあまりにも速い。今からでは、誰も逃げられない。
誰もが全滅を覚悟した、その時だった。
「まだだ! まだ、終わらせない!」
俺は、アイテムボックスから最後の切り札を取り出していた。
それは、一見するとただの黒い種だった。
しかし、この種は俺の持つ全ての毒草のエキスを極限まで濃縮して作られた、いわば『毒の爆弾』だ。
その名は、【万魔の種子】。
効果は一つ。
着弾した対象の、全てのスキルを、ごく短時間だけ『封印』する。
成功確率は極めて低い。神話級のボス相手に通用するかどうかも、完全な賭けだった。
だが、やるしかない。
俺はありったけの力を込めて、その種子を古竜の口内めがけて投げつけた。
放物線を描いて飛んでいく小さな黒い点。
世界の運命を乗せた一粒の種。
種は、黒いエネルギーが渦巻く古竜の口の中へと吸い込まれていった。
直後、古竜の動きがぴたりと止まった。
口内に収束していたエネルギーが、霧のように掻き消えていく。
「…………今だあああああっ!!」
俺の絶叫が、合図だった。
その場にいた全てのプレイヤーが残された最後の力を振り絞り、最大火力のスキルを、動きの止まった古竜に叩き込んだ。
光、炎、氷、雷、そして無数の剣閃。
ありとあらゆる攻撃が、古竜の巨体を貫いていく。
そして――。
奈落の古竜は、断末魔の叫びすら上げることなくその巨体をゆっくりと傾かせ、やがて無数の光の粒子となって静かに消滅していった。
『ワールドボス【奈落の古竜】の討伐に成功しました』
『サーバーへの貢献度ランキング第1位:ミナト』
システムメッセージが、勝利を告げる。
一瞬の静寂の後、嘆きの谷は大地を揺るがすほどの大歓声に包まれた。
プレイヤーたちは抱き合い、涙を流し、勝利の喜びを分かち合っていた。
俺は、その場にへたり込んだ。
世界樹の神酒の副作用で、全身から力が抜けていく。
だが、その心は今までに感じたことのないほどの達成感で満たされていた。
仲間たちが、俺の周りに集まってくる。
リリィが、泣きじゃくりながら俺に抱きついてきた。
「ミナトさん、ミナトさん……! すごいです、すごすぎます!」
グレイが、俺の肩を力強く叩いた。
「君は、この世界の英雄だ。誰もが君をそう呼ぶだろう」
その言葉通り、俺の名前『ミナト』は、この日、伝説となった。
不人気職【農家】から始まり、毒草という誰も見向きもしなかったものを使って世界の危機を救った、と。
彼は、ただの農夫ではない。知恵と探求心で、どんな英雄よりも雄々しく戦った真の勇者である、と
後日、この戦いの報酬として、俺は運営から特別なアイテムを授与された。
それは【神の農地】と名付けられた、自分専用の広大な空間だった。
そこでは、どんな植物でも育てることができ、時間経過も自由に操れるという、まさに農家のための理想郷。
こうして、世界を救った英雄は再び土へと還った。
有名になったことで様々な勧誘や依頼が舞い込んだが、俺はその全てを断り、自分の農場で、ただひたすらに愛する植物たちと向き合う日々を選んだ。
俺は、最強の剣士ではない。
偉大な魔法使いでもない。
ただの、農家だ。
でも、それでいい。
自分の好きなことを、自分の信じるやり方で突き詰めていけば、道は拓ける。
たった一粒の種が、やがて世界を覆う大樹となるように。
俺の物語は、ここで一つの終わりを迎える。
だが、俺の農業はまだ始まったばかりだ。
明日は、どんな新しい種を蒔こうか。
そんなことを考えながら、俺は夕日に染まる自分の畑を見て満足げに微笑んだ。
土の匂いは、やっぱり最高だ。




