失望
「……っ!んっ……んん……!」
カツの一片が口に入った瞬間、フレイアの碧眼の瞳が大きく見開かれた。 サクサクの衣、ジューシーな肉汁、そして染み込んだ出汁の味、その全てが彼女の味覚を刺激する。 一週間、何も食べる事なく過ごしてきたフレイアにとって、今この瞬間はまさに天国のようだった。
「……お、美味しい……っくそ!! なんで、こんなに……」
フレイアは必死に咀嚼する。涙が目尻に浮かんでいた。美味しさからくる涙なのか、屈辱からくる涙なのか、彼女は分からないでいたが、おそらくその両方だろう。 フレイアはゆっくりと飲み込み、レイルを見上げた。 その表情には恥ずかしさと抑えきれない幸福感が浮かんでいた。
「まだ欲しければ、次の情報を吐いてもらおうか……」
レイルは冷たい目線でフレイアに言い放つ。 その瞳はフレイアを人として見ているのではなく、ただ情報を持つだけのモノとしての見下した瞳だった。
「……っくそ……っ!! 卑怯だぞ……カツ丼で釣るなど……」
そう言いながらも、フレイアの目線はカツ丼に釘付け。 一口食べてしまっただけに、余計に欲しくなってしまっていた。 フレイアの理性が少しずつ崩れていった。
「……わ、私たち十人は帝国領にある小さな村の宿屋に潜伏している。 その村は帝国領でありながら、我々ルミエル王国に寝返っている……」
そう言うと、フレイアは大きく口を開けて待っていた。 情報を話したのだから、早くカツ丼を寄越せと言わんばかりに。
「……素直でいい子だ……いいだろう、もう一口くれてやる」
「……っ!!いい子、だと!? わ、私は子供ではない!!ルミエル王国の騎士だぞ!!……バ、バカにするんじゃない……っ!!」
"いい子"という言葉にフレイアの顔が一気に赤く染った。 敵国の尋問官にまるで子供を褒めるような言葉を投げかけられた事と心のどこかで感じる小さな嬉しさ、その複雑な感情がフレイアの中で渦巻いていた。
カツ丼の次の一口が運び込まれると、フレイアはそのうるさい口を黙らせ、美味しそうに味を噛み締めながら咀嚼した。 フレイアの表情が蕩けるように緩んだ。
「……その村の名前は?」
レイルは端的に質問する。
「……ユダ村だ……はっ!!……な、なんて事を……つい喋ってしまった……私はまた仲間を……っ!!」
涙を流しながら、しかしフレイアの口は再び大きく開かれていた。 恥ずかしさと悔しさと罪悪感、そして抑えきれない空腹と食欲にフレイアはもう一口、もう一口と懇願していた
「……っ……も、もう一口……だけ……」
フレイアは涙が止まらなかった。尋問に負け仲間を売った自分に悔しさと怒りが募る。 カツ丼というあまりにも些細な誘惑に勝てず、情報を敵国に漏らしてしまう。騎士として有るまじき行為である。
「……っ……もう私に、騎士としての誇りなどない……早く、殺してくれ……」
殺してくれと懇願しながらも、美味しそうにカツを食べるフレイア。その姿は滑稽で、しかしどこか愛らしさも感じられた。 フレイアは完全にレイルの手のひらの上で転がされ、カツ丼を食べる度に彼女の心の防壁が崩れていく。 そしてレイルは最後の情報を聞き出そうと質問をした。
「……では、最後だ…これに答えたらカツ丼を全部やろう。……その十人の少数精鋭部隊で何をしようとしていた?目的はなんだ?」
「……もう私には何も残ってない……我々の作戦内容は帝国皇子の誘拐だ……帝国兵の中に我々の協力者がいる……その者と協力して皇子を人質に取り、帝国に降伏を迫る……それが我々の目的だ……もう全て話した……カツ丼を……くれ……」
全てを話し終えた瞬間、フレイアの体から力が抜けた。 もう何もかもが終わった。 仲間を裏切り、作戦内容を漏らし、騎士としてのプライドも全て失った。 フレイアは椅子にもたれ掛かり、虚ろな瞳で、独房の天井を見上げていた。 その瞳には涙が零れていた。




