高校生編 終章 冬が終わる前に
冬の終わりは、いつも曖昧だ。
朝、コートを着るか迷って、
結局そのまま家を出るような、そんな感じで。
沙月は、校門をくぐりながら空を見上げた。
雲は高く、色はもう冬のものじゃない。
直樹は、戻ってこなかった。
理由は知らない。
誰からも、何も聞かされていない。
最初は、数日。
次に、一週間。
気づけば、それが「当たり前」になっていた。
教室の席は、ずっと空いたまま。
誰かが使うこともなく、
ただ、時間だけが過ぎていく。
沙月は、そこを見ないようにすることも、
見続けることも、できなかった。
放課後、歩道橋を渡る。
夕方の光は、少しずつ柔らかくなっている。
街の色も、変わり始めていた。
あの日と同じ場所で、沙月は立ち止まった。
ここで、約束をした。
ここで、何気ない話をした。
ここで、未来を想像しなかった。
――もし、あの夜。
そんな考えが浮かんで、すぐに消える。
「もし」は、もう、どこにも行けない。
スマホを取り出す。
連絡先は、消していなかった。
消す理由も、
消さない理由も、
どちらも見つからなかった。
春が近づくにつれて、
学校は少しずつ騒がしくなる。
進路の話。
卒業の話。
別れの準備。
沙月は、その流れの中に立っていた。
直樹の名前が、
誰かの口から出ることはなかった。
まるで、最初からいなかったみたいに。
それが、一番、不思議だった。
卒業式の日。
体育館の窓から、淡い光が差し込む。
拍手の音が、ゆっくりと広がっていく。
沙月は、前を向いたまま立っていた。
隣に、直樹はいない。
後ろにも、いない。
それでも、
ここまで来てしまった。
式が終わり、校舎を出る。
振り返らずに、歩く。
冬は、もう終わっていた。
でも、
あの朝の冷たい空気と、
遅刻ギリギリの足音と、
名前を呼ばれた瞬間だけは、
胸の奥に、そのまま残っている。
それが、恋だったのかどうか。
今でも、分からない。
ただ――
確かに、同じ時間を生きた人がいた。
それだけは、
失われずに、ここにある。
沙月は、前を向いて歩き出した。
まだ知らない未来へ。
まだ知らない再会へ。
その先で、
もう一度、
選び直すことになるとも知らずに。




