第十話「せめて人間らしくあるために」4
演奏会は続き、バーの入口付近までジャズ・フュージョンの名曲、Birdlandの演奏が響いていた。
「懲りもせずリカルドとオニキスまで参加して、聖戦が始まろうとしているというのに、呑気なものね」
壁にもたれ掛かって腕を組み、ブラウンカラーに染めた長い髪を下ろす女性はステージで音楽を楽しむメンバーの姿を見て、呆れた様子で言った。
ベースを担当するリカルドは時折、エレキギターに持ち替えて心を震わせる惚れ惚れとした演奏を披露し、彼のファンからの黄色い歓声を浴びている。
同じく、オニキスも普段の物静かな様子とは一変して頭を振りながら力強くドラムを鳴らし、会場を沸かせている。
生死を賭けた、王宮との攻防を繰り広げる傍ら、こうして演奏を楽しむ彼らの姿は彼女にとって不愉快なものであった。
それは単純に自分が輪の中に入れないからではない。革命に対する執着が人一倍強いという、彼女自身の問題でもあった。
「俺達はこの国に戦争をしに来たわけじゃない。自由で開かれた、男女が平等に生きられる世界を目指し変革させに来たんだ。民衆の支持は何よりも重要視される時代だ。こうして支持者を集めなければ、本当の意味で革命は実現できない」
仮面を外した姿でバーの入口からエリサ達の姿を眺めていたアントニオは女性の言葉を受け、真面目に言葉を返した。
「理屈っぽい言い方。貴方の言いたいことくらい、当然分かっているわよ」
だから、私は役割分担をして戦術予報士として戦場に立っている。
今のアントニオにはそう言葉を続けたい意思を持つ、彼女の気持ちが痛いほどに分かった。
浮かれた民衆達の心情とは裏腹に彼女の心情は一緒に輪に入って盛り上がれるようなものではなかったのだ。
だが、アントニオはその言葉を制すように、もたれ掛かる彼女の背後の壁に手を付いた。
「カナリア、昔の事は忘れた。俺の願いは常にお前と共にある。マリアンナの心臓は俺が止めて見せるさ」
「キザな台詞ね。誰に聞かれてるか分からないんだから、その名前で呼ぶのは止めて頂戴」
「分かっているさ。ベッドの上以外では、お互い紳士的に振舞う決まりだったな」
傍目からはジョークと本音の区別がつかない会話を繰り広げる二人。
アントニオと会話を交わしている相手。
それは、ルミナスリバティーの副団長である、キャンベル・エウリュアレであった。
副団長としてルミナスリバティー設立当初からアントニオと共に行動をしているキャンベル。
革命に対しては積極的でも、冷静沈着で貴族と同様の気品ある立ち振る舞いをする淑女のキャンベルには夜通し酒を飲み、騒ぎ続ける歓楽街の雰囲気は性に合わない。
だからこそ、この街に来る機会もそう多くはなかった。
「交渉事は貴方に任せるわ。私はこの異様な空気には馴染めない。貴方以外の男性にもね」
「潔癖症なところはなかなか直らないようだな。心配しなくても大丈夫さ。革命のために必要なカードは順調に揃いつつある。お互い、偽りの仮面を被る必要はいずれ無くなるさ」
「そういう自信過剰な物言いは好きになれないわ。一つ一つ確実に成果を出してから言って頂戴」
大勢の人で賑わう店内の雰囲気に紛れて、ひっそりと隠れてエリサ達の演奏を眺める二人。
国外追放された身であるため、当然、人前に立つ時は仮面を欠かさないアントニオ。
そのため、ルミナスリバティーの頭領の正体が元王宮音楽家のアントニオであることを知る者はいない。
「それで、久々にエリサを見た感想は?」
「若い頃の姉にそっくりだわ。嫌気が差すくらいに」
「もう少し大人に近づいて成長したことを喜べよ」
「貴方の子どもになんて、興味ないわよ。今後の作戦上、顔くらいは覚えておかないといけないから、付き合っただけ」
「そうかい、素直じゃないね。じゃあ、もう行くか」
「ええ、貴方も息子の姿を見られて気が済んだのなら」
二人は懐かしみながら、ピアノを演奏するエリサの姿を目に焼き付け、人目を避けるように、この場を後にした。




