第十話「せめて人間らしくあるために」3
そして、開かれる夜のステージ。
薄暗い店内にスポットライトが照らされると、思い思いに飲み明かす人々の視線はステージへと向けられた。
ベルレーヌとポールは手慣れた調子で演奏会の開催を宣言した。
「待たせたな。今日の演奏会の始まりだ。
今回は特別に王宮音楽隊からゲストを招待したから、盛大に盛り上げていってくれ」
「それじゃあ、出ておいで、クラウディアさん!」
司会を務める二人に呼ばれ、スカートを掴みながらステージへと上がり、王宮音楽隊らしく丁寧にお辞儀をするエリサ。ルミナスリバティーの新しい仲間として紹介され、出迎えられているとは今のエリサは気付いてはいなかった。
初々しくも美しい、長い黒髪を下ろした少女の姿を目の当たりにした観客達からは大きな歓声と拍手が沸き起こった。
声を出してしまうと男性であることがバレてしまうことを危惧してそのままピアノ椅子へと座るエリサ。
中性的な声をしているエリサが自己紹介をしても、男性とバレることは稀だが、エリサに中性的な声をしているという自覚はなかった。
譜面と一緒に手渡された今日のプログラムを確認して、一曲目の楽譜を開くエリサ。
最終準備が出来たことを確認し合う演奏者達に目を向けると、最初に木管楽器である銀色のテナー・サクスフォンを首から掛けるストラップに引っ掛け、左手に持つポールの姿が目に留まった。
(音楽をするイメージなんて無かったけど、凄い様になってる気がする)
今まで見てきた酔っ払いのイメージとは異なり、慣れた調子で司会を務め、楽器を持つポールの姿につい見惚れてしまうエリサ。
女民国家であればこそ当然だが、王宮音楽隊と一緒に演奏する際は女性の演奏家しかいないことが多い。
ポールのようにがっしりとした体格をした大人の男性と一緒に演奏する機会はこれまでなかった。エリサの目には、普段目にしているテナー・サクスフォンがポールの大きな身体のおかげで小さく見えた。
演奏仲間の姿が眺めやすいピアノ椅子の視界からは、ドラムを担当する黒衣を纏ったオニキスや、椅子に座ってベースを持つリカルドの姿が映り込んだ。
ルミナスリバティーに所属する他の女性メンバーはパーカッションやトランペットを持っていて、その表情はどれも明るい。この瞬間をとても待ちわびていたようだった。
バンドマスターを務めるポールの合図によって、ついに始まる演奏会。
木造のバーカウンター以外は緑色に塗られた壁をバックに、スポットライトに照らされたルミナスリバティーのメンバー達による演奏会が始まった。
古き良き時代の名曲達で構成されたジャズナンバー。
その一曲目はグレン・ミラー楽団の演奏によりヒットしたことでも知られる|In the Moodであった。
|In the Moodは本来、ビッグバンド編成で演奏されるスタンダード・ジャズだが、譜面は少人数で演奏がしやすいように編曲がなされていた。
ノリの良い楽曲からテンポ感を掴み始めたエリサは白と黒の鍵盤に指先の意識を集中させ、遅れないよう懸命に演奏について行く。
繰り返される、耳に残るメロディーと会場が狭いおかげで迫力を増す楽器の演奏。
ステージの中央ではメイン・フレーズを吹き上げるポールが中心となって観客を盛り上げていく。
ポールのソロパートになるとピアノを演奏するエリサにも余裕が生まれ、演奏を楽しむ観客の姿まで確かめることが出来た。
(凄い……音の迫力が違う。一人一人がこの会場を盛り上げようと全力を挙げているんだ。それも自分自身が楽しむことを第一にして)
小規模だからこそ聴こえて来る、一人一人の演奏の音色。
その実力は王宮音楽隊と引けを取らない程で、ここまで演奏できるようになるために、続けてきた練習量は相当なものだとエリサには想像できた。
普段は聞くことのないジャズの演奏に耳をすませながら、綺麗なハーモニーになって、エリサも一緒に観客を楽しませる。
続けて、二曲目の|Rock This Townに入ると、その傾向はより顕著になった。
普段からは想像できない、ベルレーヌの豪快なまでのロックな歌声に合わせ、全員が盛り立てるように演奏を繰り広げる。
紅いドレスに身を包んだベルレーヌは妖艶な美しさで舞い踊り、歌い上げ、演者の中心となって煌びやかに観客を喜ばせる。
この街で生き、アイドルのように手の届かない輝かしさを披露するベルレーヌ。人々がその魅力に虜になっていく理由が良く理解できる、堂々とした姿だった。
バンドメンバーの一員となり、自然と音楽に乗せてリズムを刻んでいるだけで、気持ちが高揚していくのをエリサは感じた。
ギタリストである|Brian Setzerが作曲したRock This Townは”この街をロック色に染めちまおう”と歌詞にもある通り、弾けたい夜に響かせるにはもって来いの楽曲だ。
観客席からは手拍子が鳴り響き、焼酎の入ったグラスを掲げて盛り上がる人の姿も見える。
ベルレーヌは一瞬、エリサの方を向き、”もっと自由に楽しみなよ”と語り掛けるようにウインクをキメた。
そして、観客席からは楽器を持ち出し、演奏に参加するものまで現れ、さらなる混沌とした盛り上げるを見せた。
エリサは思わず信じられない光景を目にして驚きおののくが、これは異常な現象ではなく、彼らにとっては日常的に見られる光景なのだ。
エリサはポールが演奏前に言っていた、”ここに来ている観客達は皆、ルミナスリバティーの協力者達”だと告げていた言葉の真相を知った。
共に願いを同じくして、自由を求める人達だからこそ、結集できる。行儀よく座ったりせず、共に音楽を楽しむ行為に没頭できる。
国の変革を願う人々を集め、会場と一体になって楽しむ音楽。それが、父であるアントニオが見せたかったものなのだと、エリサは知った。




