第十話「せめて人間らしくあるために」1
ルミナスリバティーのメンバーとの顔合わせを終えたエリサは、地上にあるバーの店内で歓迎会が催されることを知った。
「ここにいるメンバーで集まって演奏会をするのさ。エリサ王子には自慢のピアノを弾いてもらうつもりで支度をしているからな」
「自慢出来る程、ピアノは上手ではありませんが、これから地上まで上がるんですか? 王宮にはここに来ることは内緒にしているので、出来るだけ目立たないように過ごしたいんですが……」
エリサが表情を曇らせて言うと、ポールは含みを持たせた得意げな表情に変わり、隣に立つベルレーヌに視線を送った。
「そいつも当然、考えているさ。ベルレーヌ、頼むぜ。王子はお忍びで来てくれてるんだ。しっかり見違えるように着飾ってやんな」
「仕方ないね。人前に出ても正体がバレないよう、変身させてあげるからこっちにいらっしゃい、王子」
ポールの言葉に渋々頷き、ベルレーヌはエリサを人気のない別室へと招いた。そこは女性が集まる更衣室のような場所。部屋には踊り子として働くベルレーヌの衣装やメイク直しが出来る鏡の付いた机がいくつも置かれていた。
「本気ですか……? このまま地上に上がるよりはいいですけど、僕は男なのに、任せてしまっていいんですか?」
「変装をさせるのは私の特技なのよ。ガタイのいい男を乙女に変えることは出来なくても、王子なら素材も抜群だから理想の姿に変えてあげられるわ。任せておきなさい」
理想の姿とは一体どんな姿なのか、想像も付かないまま、ベルレーヌに身を委ねるエリサ。
こうして、エリサはルミナスリバティーが夜な夜なこっそり開く、歓迎会に参加することとなった。
歓楽街の踊り子として、強い女に成長を果たしたベルレーヌは美しく見せるメイクや煌びやかに見せるファッションセンスについても群を抜いて先鋭的だ。
十五歳の少年と少女の狭間を生きるエリサの肌艶を確かめ、その素材の高さを認識すると、脳内でイメージした通りにシカリア王国の第一王子だとバレない為の変装を施していく。
だが、それはただ変装とは程遠い、”女性として美しく見せるための、女装のコーディネート”だった。
まるでホールケーキをデコレーションするようにエリサに似合うドレスを選び、黒絹のように艶やかな長い黒髪のウイッグをエリサの頭に被せる。
そして、最も得意とするフェイスメイクを施すと、見違えるほどに大人の魅力を兼ね備えた、エリサの女装姿が出来上がった。
「さぁ、目を開けてみて、生まれ変わった自分と出会えるわよ」
まるで魔法を掛けた魔法使いのような言葉をエリサに掛けるベルレーヌ。
久々に満足の良くメイクアップを完成出来たことでベルレーヌは機嫌をよくしていた。
経過を見るのが恐ろし過ぎて、ドレスに着替えてから椅子に座って瞳を閉じていたエリサは、恐る恐る瞳を開き、鏡の映し出された変貌した自分の姿を目の当たりにした。
「ええぇ……。これが僕なんですか? まるで別人ですけど」
「そうよ、今の貴方はシカリア王国の第一王子、エリサ・ベレスティーじゃない。歓楽街のピアニスト、クラウディアよ」
「クラウディア……」
貴婦人にような姿に変わった自分の姿に衝撃を受けながら、ベルレーヌから与えられた仮初の名前を呟くエリサ。長いまつ毛をした瞳は大きく開かれ、その瞳の色までも変わっている。エリサは瞬きを繰り返す毎にもしも自分が女として生きることを選んだなら、こうありたいかもしれないと考えさせられた。
「こんな姿をしていたら、エリサ・ベレスティーだと名乗っても信じてもらえないかもです」
クラウディアという名前を与えられ、女性の姿へと変身したエリサは出来栄えをこう評した。
「王子のメイクを担当する機会なんて普通に生きていれば巡って来ることはないだろうからね。気合いを入れてやらせてもらったよ」
これまでの経験を駆使して成し遂げた女装に納得の表情を浮かべるベルレーヌ。ここまでしてもらった以上、このまま帰るわけには行かない。落ち着かない気持ちのまま、エリサは思った。
「あたしは王子に女性として生きることを望んでいるわけではないのよ。
でもね、女性として生きるためにあたしは女性としての武器を磨かなければならなかった。これが、その結果よ。
美しく優美に振舞い、人の好意を自分に向けさせる。そうして初めて、人は自分をことを見てくれて、買ってくれるのよ」
エリサが耳にしたベルレーヌの言葉は自信に満ち溢れたものではなく、体一つで苦難を乗り越えてきた、一人の女性の生き様が込められていた。
それは、生易しい楽な生き方でも、正しい生き方でもないのかもしれない。それでも、エリサは観光地化が進んで行く果てにある景色を目の当たりにした。
「国の象徴として、恥ずかしくない自分でありたい。そう思ったことは僕にもあります。この国の人達は他人の目を気にすることなく自由にファッションを楽しみ、互いのセンスを肯定的に捉え、尊重し合って生きています。僕も理解はしていますよ」
「もう僕じゃないわよ。今の貴方はクラウディア。自分の事は私と呼んであげて。今は難しいことまで考えなくていい、ただ今の姿に自信を持って楽しみましょう」
こうありたいという、明確な自分の姿さえ想像できないエリサは躊躇いを見せるが、ベルレーヌの言葉に導かれ、女性を演じることを受け入れた。
比較的履きやすいヒールの高さよと言って足元に置かれたハイヒールを履くエリサ。
足先まで別人に生まれ変わったエリサはベルレーヌに導かれ、地上へと向かった。




