第九話「白と黒の騎士」2
薄暗い階段を下り終えると、ルミナスリバティーのメンバーが思い思いに寛いでいる姿が視界に映った。
談笑を続ける女性三人組、鏡をテーブルに置き、綺麗に生え揃った金髪の髪型を整える男、黒衣を纏い、目を閉じたまま瞑想を続ける男。
エリサにとっては換気が行き届いていない地下は居心地が良いとはとても言えなかったが、ここにいる組織のメンバーはそのことに無頓着で気にしていない様子だった。
「よぉ、来てくれたか、王子」
親しみを込めてのものだったが、馴れ馴れしい態度で話しかけてきたポール。その横には恋人であるベルレーヌが同じく出迎えてくれた。
「今回は迷子にならずに来られました」
「そうかいそうかい。だがな、申し訳ないがボスは今朝から出掛けていて帰ってないんだ」
「そうなんですか……」
周囲を見渡すが当然、仮面を付けたアントニオの姿はなく、正体を知る側近であるリムルの姿もなかった。
残念そうに肩を落とすエリサ。父との再会が空振りに終わったことでここまで来た意味を失ったエリサだったが、そのことを察したポールは話を続けた。
「見当が外れちまったところ申し訳ないが、歓迎会を開いてくれと伝言を頼まれていてな。王子が来るまでに準備をしていたんだ」
「歓迎会ですか?」
「ルミナスリバティーの秘密を知ったからにはうちのメンバーに入ってもらわなければならねぇ。活動に参加するかは王子の自由だがな。そういうわけで、歓迎会には参加してもらうぜ」
「でも……」
一体、何の歓迎会なのか、自分は果たして歓迎されているのか、意味も分からずいるエリサに言葉を続けるポール。普段から陽気に見えるポールだが考えなしにものを言ってるわけではない。エリサは隣に立つベルレーヌの表情を伺い、それが何となく分かった。
「無理強いをするつもりはないけど、このまま帰るのも勿体ないでしょう? 少しはルミナスリバティーの本当の姿を知っていって頂戴」
本当の姿……。その言葉の意味するところはエリサには想像も付かなかったが、血のように赤い液体の入ったグラスが手渡された。
「お酒は飲めませんよ……」
「アルコール成分のほとんど入っていない葡萄酒よ。これなら子どもでも飲めるわよ」
手渡されたのはコンコードワインによく似た、渋みの少ないフルーティーな香りと甘酸っぱさが特徴のワイン。
葡萄の産地では家庭でも親しまれているほど、アルコール度数は低く、お酒が苦手な人でも飲みやすいのが特徴となっている。
しかし、成人の儀を迎える前にお酒を口にすることは模範的な行いとは言えない。エリサはグラスの中で揺れる赤い液体を見ながら、酔い潰れる自分を想像して躊躇った。
「ほとんど入っていないっていうことは、入っているのと同意味だと思うんですが……」
「硬いことは抜きよ。王子を歓迎するためにわざわざ用意をして持って来たんだから」
ベルレーヌの言葉に促され、渋々、ベルレーヌの持つグラスに軽く当てると、グラスを傾けるエリサ。
舌を伝い、喉を通っていく葡萄酒。
凝縮された葡萄の甘酸っぱく瑞々しい味わいが口いっぱいに広がっていった。
「美味しいでしょう? 輸出入が制限されているこのシカリア王国では葡萄酒はとても貴重なお酒なの。王子なら当然、頭に入っている知識だと思うけど。ルミナスリバティーでは作戦前にもお酒を口に含んで心身共に清めるのよ」
水自体が貴重な資源であればこそ、振る舞われた以上、お酒も大切に飲まなければならない。
禁断の果実の味を口いっぱいに記憶した後でも、エリサは複雑な心情に囚われた。
「伝統を重んじる気持ちは分かる。俺もジャーナリストとして何度も国を行き来しているから分かるが、そうしなければ守れない秩序もある。だが、それでは時代の変化に適用できないのも事実だ。時には変化を受け入れる柔軟さも必要なのさ」
海外から来た新しい刺激に魅入られ、変わってしまうことでこれまで積み上げてきたものが崩れていく。そのことを思うと簡単には納得できなかったが、確かに新しい刺激を受ければ、ベルレーヌのようにシカリア王国で生まれた女性でも変わってしまうものなのだと、エリサは理解した。




