第九話「白と黒の騎士」1
寝静まった静寂の夜。フード付きジャケットを着たエリサは再びルミナスリバティーのアジトへと向かおうとしていた。
「クオン、行ってくるよ」
「はい、お気を付けて。アントニオ様によろしくお伝えください」
昨日よりも肌寒さを感じる中、クオンに別れを告げるエリサ。
母である女王に内緒で国外追放された父に会いに行くことも、慣れない夜更かしをすることも出来ればしたくない。
それでも、テロリスト集団の頭領をしている父のことが心配でならないエリサはもう一度、会いに行くことに決めた。
テロ事件発生以来、昼間でも街の方に外出をする際には、王立警護隊に警護をお願いするように女王から命じられているエリサは夜にこっそり会いに行く以外の選択肢はなかった。
クオンに見送られ、王宮を抜け出したエリサはフードを深くまで被り、一人きりになった心細さに堪えながら、目立たないよう歓楽街へと向かった。
歓楽街に入ると一気に賑やかさが増し、酒と煙草と香水が入り混じった独特の刺激臭が漂ってくる。
エリサはこの前来た時には気付かなかった、ルミナスリバティーのポスターが街の至る所に貼り出されているのを見つけた。
”男女が共に共生できる世界を”
”当たり前の権利を獲得するために”
”男に生まれても産むことを諦めなくていい世界を”
王宮に対して不満を溜め込んでいる人にとって聞こえの良い、まるで革命を応援するような言葉が飾られている。
ポスターには仮面を被ったアントニオの写真が描かれ、今こそ立ち上がるべき時が来たと言わんばかりに自己主張をしていた。
革命を望むこうした運動は、一般国民にそれほどまだ響かなくても、外国人観光客が多く滞在するこの歓楽街では違う。
観光客が増えたおかげで男女の交流は盛んになり、男性との触れ合いが禁忌ではなくなった。男性は穢れた種族ではなく、関わり合いを持ってはならないと警告する程、本当は危険な存在ではないと理解されるようになった。
しかし、シカリア王国の制度は現実には未だ同じ屋根の下で暮らすことを許してはいない。諸外国では当然と受け入れられている、男女の結婚も、男女間で愛し合って誕生した子どもを産むことも育てることも原則として許されてはいない。
だからこそ、ルミナスリバティーの存在は肯定されつつある。
時代錯誤な歪んだ国体観念はこの歓楽街から静かに変わろうとしていた。
(僕は父様にルミナスリバティーの頭領を止めて欲しいんだろうか……)
フードを深く被り、冷たい風を凌ぐ。
ルミナスリバティーのリーダーである父親。
仮面を被り、正体を隠してまで成し遂げたいと願う、革命。
それはかつて、マリアンナと愛し合った過去があるからこそ、途絶えることなく燃え続けていることにエリサは気付き始めていた。
だが、このままテロ行為を繰り返せば二人が衝突する可能性は高い。エリサの心情は複雑だった。
ポスターには仮面の男について、アントニオ・ヘルファーシュトルファーではなく、アーサー・フランケンという父が革命家として生きるために付けた、偽りの名で書かれていた。
レジスタンス組織の頭領とシカリア王国の女王。二人の間に深い関係があることに気付く人はいないだろう。エリサはポスターから視線を外し、目的地へと急ぐことにした。
「いざという時は守ってくれるよね?」
肩の上に乗る小動物に向かって小声で語り掛ける。
肩越しにコロは”チュチュン”と励ますように鳴き声を上げた。
「ありがとう。勇気を分けてくれて」
肌身離さず、寄り添ってくれる相棒への感謝を告げると、エリサは再びルミナスリバティーの秘密のアジトへと急いだ。
人通りは相変わらず多く、観光客を客引きする風俗店の勧誘が公然と行われている。フードを被り、顔を隠しながら歩くエリサに話しかけて来る女性はいないが、エリサの白い髪は珍しく、時折振り返ってまじまじと見つめる人もいた。
人目を避けるように早足で歩き、今度は迷うことなく目的地へと辿り着いた。
四つ葉のクローバーの看板を目印にバーの店内へと入って行く。
バーカウンターの前で軽くフードを外して素顔を晒すと、バーテンダーの女性は鋭い視線で周囲の警戒を済ませ、エリサを地下への階段へと案内した。
「綺麗な顔をして、相変わらず浮いた顔をしてるよ」
「そうかもしれないですね。僕は空を見上げて星を観ている方が好きだから。この街には馴染まない顔です」
香水の香りを漂わせる、化粧の濃い女性の裏表のない言葉にエリサは返答した。
欲望に溢れたこの街の表情はギラギラとして独特の輝きを帯びている。
街灯や建物からの灯りによって、地上が明るければ明るい程、光害によって空の星は隠れて見えなくなる。
エリサにとっては、この眠らない街よりも、空を見上げれば星が瞬きたゆたう、眠りに落ちた街の方が遥かに好みだった。
「王子さんにとっちゃこの陽気な歓楽街の雰囲気は異界みたいなもんだろ。二度もよくここを訪れる気になったね」
「王宮の中で暮らしているだけじゃ、見えないものもあるんです」
「世の中のことを知るのも王子の務めってことかい、冗談キツイね。城下町と違ってこっちは子どもの来るところじゃないよ。程々にしておきなよ」
「はい、覚えておきます。心地の良い場所だとは思っていませんから」
この場の雰囲気に少しでも順応しようと、気を遣うことなく軽快に会話を交わす。
バーテンダーの女性は「気負わないところは気に入ったよ」と一言告げてカウンターの方へと向かって消えた。
エリサは一瞬、静けさを感じると階段の方に向き直り、慎重に地下へと下っていった。




