第八話「華麗なるファイブスターナイツ」1
恵みの雨が数日続いたある日。
正午を過ぎるとすっかり雨雲は消え、晴天となった空には大きな虹が架かっていた。
自室からテラスへと出て、エリサは手すりを掴み心地良い風を受けると鈍った身体を少し動かしたくなった。
「せっかく晴れてきたんだから、身体を動かすのもたまにはいいかもね」
青い空を見上げ、日光を浴びながらエリサは両手に腕を組んで、ゆっくりと全身を伸ばし呟いた。
肩に乗ったコロがエリサの言葉に賛成と言いたいのか”チュチュン”と鳴き声を上げて飛び上がり、エリサの周囲をグルグル回転しながら元気に走り回り始めた。
その姿を見たエリサは王立警護隊の視察を名目に身体を動かすことを決めて、テラスから踵を返し、颯爽と部屋に戻った。
「繁華街の犯罪者を取り締まる一方で革命運動を企てているルミナスリバティー。母様との交渉が進んでいるかは分からないけど、警備が疎かにされたまま観光客が増え続けてる現状にも問題はある。
それより今は、西地区の産婦人科学研究所へのテロ行為がどうなったのか、ディオーナに詳しく聞いてみた方がよさそうだね」
動きやすい服装に着替え、グローブを嵌めて準備をしつつ思考を巡らせる。
女性のみの体制で繁栄を続けてきた女民国家、シカリア王国にとって産婦人科関係の管理は国が主導で行っている。
希望をすれば子どもは手に入れることが出来て、不自由なく生活が続けられているため、国民に関心がないとはいえ、人工子宮の存在は諸外国の価値観からすれば到底受け入れられるものではない。
現状ではまだ公にはされていないとはいえ、情報開示することなく秘匿し続けるのにも限界がある。いつかは何者かが自らの正義を持って明らかにされる日が来るだろう。
産婦人科研究所を狙ったテロ行為による余波や女王の受け止め方、犯人は捕まったのかなど、エリサが気に掛けていることは広範に渡る。
対応に当たっている王立警護隊の動向について最も詳しいであろう、王立警護隊を束ねる隊長、ディオーナに詳しい事情を尋ねるのが手っ取り早いと考えた。
支度を済ませ、情報を整理すると、エリサは気分良く最寄りの演習場へ小走りで向かった。
王宮を出てすぐ傍にある、王立警護隊第一演習場。
ここは王宮近辺の施設警備を行う隊員や、王族の警護や重要な作戦が立案された際に出動するファイブスターナイツのメンバーが訓練する場として主に使用されている。
文明回帰された影響から近代兵器や大量破壊兵器が一斉に姿を消し、千年以上の時が流れた訓練の様子は中世時代の原始的な訓練風景とそう大きく変化はない。そのため、シカリア王国では体力トレーニングから剣術や射撃、格闘技などの訓練に励む姿が多く見られる。T
また、ファイブスターナイツとは王立警護隊の中でも特に優秀なメンバーが集う、王立警護隊の象徴たる最強騎士達の名称である。
選抜された五人で構成されるファイブスターナイツのメンバーは個性派揃いで女王を守護する親衛隊としても知られ、その実力は治安の悪化と共にさらに功績を上げ、知名度を増している。
演習場にやって来たエリサは百人以上の隊員が訓練に取り組む姿に目もくれず、ファイブスターナイツのメンバーの姿を捜した。
すると、白髪に王族の衣装を身に纏い、目立った姿を見せるエリサを見つけたファイブスターナイツの隊長、ディオーナ・シュトレアーナはすぐさま駆け寄り、声を掛けた。
「王子、いらしてくださったのですか」
「ご苦労様、ディオーナ。たまには王立警護隊の視察をするのもいいかなと思って。僕がやって来るのを首を長くして待ってくれてる人もいてくれてるみたいだし」
軽口でディオーナに挨拶を返すエリサ。第一王子として王宮で暮らすエリサにとって、ディオーナはファイブスターナイツ任命からの長い親交がある。エリサにとっては年齢差や主従関係を気にすることなく、自然なやり取りが出来る関係を築いていた。
「もう……。何度もお呼びしているのに、無視を続けられては困ります。女王から直々に立派な王子になれるようにと、修練を任されているというのに」
「そう言わないでよ。ディオーナの訓練は気合いが入り過ぎて、翌日になっても筋肉痛が響いてロクに身体を動かせなくなるんだから」
訓練に熱が入ったディオーナによって長時間の運動を強いられ、翌日布団から出るのに苦労した過去が思い出されるエリサは悪態を付いて、ディオーナに程々にしてくれるよう訴えかけた。
「それは、王子が日頃の鍛錬を怠っているからです。もう少し真面目に身体を動かすことを覚えて下さい」
誰よりも強く、頼られる兵士であるために、己を鍛え上げることを使命としているディオーナにとってエリサの消極的な姿勢は文武両道を目指しているとは言い難い。
勉学に関しては熱心に取り組んでいる一方、武道に関しては積極的ではなく、むしろ消極的過ぎると日頃、ディオーナは苦言を呈していた。
実際にエリサが演習場にやって来て訓練を受ける機会は週一回程度のペースで、王立警護隊の隊員と比べればあまりに訓練の機会が少ない。
国を守るため、戦うことが本職ではないにしても、もっと身を守る術を鍛えて欲しいとディオーナは切に願ってやまなかった。
「まぁまぁ……。最近は外出に出掛けるようにしてるから、運動不足ということはないよ」
「もう……。それは習い事や訓練をサボって出掛けているからではないんですか? 成人を迎えれば今よりも公務で忙しくなるやもしれぬ立場です。出来る間に身体を鍛えておく必要があること、お分かりですよね?」
遊びに出掛けていると言及しないまでも、苦言を呈するディオーナ。
女性だけで構成された女民国家では男性、女性を比べることも役割分担をすることもない。女性だからという言い訳が存在しないことは誰もが知っている常識であった。
淑女として穏やかに暮らしている国民は多いが、観光客として身体能力が勝る男性が多く入り込んでいる現状、身を守る術がより重要視されていることは言うまでもない。
育ち盛りの思春期の内はしっかり身体を動かして頑丈な身体作りをして欲しいと願う気持ちで、ディオーナの頭の中は一杯だった。
「そうだね……。前向きに考えておくから。今の内にしか出来ないことも沢山あるってことは自覚してるよ」
顔を近づかせて、強い視線で訴えかけてくるディオーナの言葉を何とか受け止めるエリサ。ディオーナの真っ直ぐな騎士道精神はエリサには響かず、いつもの調子で誤魔化すのだった。




