第一話「再生する世界の片隅で」3
「エリサ様。西地区の産婦人科学研究所がテロリストの被害に遭ったと聞きましたが、大丈夫なのでしょうか?」
エリサにとって、それは胸を締め付けられるような悲痛な訴えに聞こえた。だが、エリサは王家の人間として、民を安心させてあげなければならない。持てる知識を巡らし、まやかしのない言葉を選び取る。
「問題ありませんよ。既に王宮警護隊が現地に派遣されています。未来の子ども達に影響が出るようなことはないでしょう」
「本当ですか……。怖いです、この近くにもテロリストが潜んでいるのかと思うと」
その女性の言葉が伝染にするように一同は表情を曇らせた。
平和を脅かすテロリストの恐怖が一般市民にまで及んでいる。
テロ集団による被害はエリサ自身の責任ではないが、それでもエリサは自分が国家の中枢にいることを自覚して、責任を感じざるおえなかった。
「悲しみの火種を放置したりは決してしません。テロリスト相手に交渉事は難しいかもしれませんが、女王にもお伝えしておきます。国民の皆様が安心安全な生活を続けられるよう求めておられると」
「はい、よろしくお願いいたします。マリアンナ様の考えは私のような庶民には分かりません。ですが、平和を守ってくださると信じています」
それが自分の定めであるように責務を全うするエリザ。
裏表の感じない、真っ当な言葉を与えられた女性達は納得して、エリサにようやく道を譲った。
(誰かに縋りたい気持ちは分かるけど……。僕には何の力も権限もないのに)
エリサの母親である女王、マリアンナ・ベレスティーが実権を握るこのシカリア王国において、王子のエリサが政治的に関与できる余地はない。
だが、シカリア王国の将来を任されている立場にある以上、頼られてしまう現実は自然に根付いてしまっている。
そのため、何の保障がなくても、エリサは国民を安心させるための言葉を掛けなければならなかった。
権力が欲しいわけでも、自分が諸問題の解決を成し遂げたいわけでもなかったが、無力感を覚えるエリサ。
女民達の想いを振り払って遊歩道を歩いていき、オアシス地帯を抜ける。その先には王宮の研究施設が立ち並び、そのほとんどは一般人立ち入り禁止区域となっているのだ。
一度、後ろを振り返り、通り抜けたオアシス地帯を眺める。
少し肌寒い風が吹き抜け、風力発電用に立ち並ぶ、巨大な風力タービンが回り続けていた。
「この自然も環境破壊をする他国のせいで脅かされ続けている……。考えたくないけど、考えないといけなくなる日がいつか訪れるのだろうか……」
豊かな自然が広がる安息地帯に身を委ねていれば気付くことのできない国の異変。その影響は貧しい生活をする国民ほど気付き始めている。
人々の平穏への願いを心に刻み、人の出入りがほとんどない、王立研究所へと辿り着いたエリサはようやく一息ついて、ケインズが待つ研究所の扉を開いた。




