第六話「開かれる記憶の扉」5
「わしはかれこれ、このシカリア王国とは四十年以上の付き合いになる。
マリアンナ様との付き合いも当然の如く長い。
外部研究員という立場である以上、事情通というわけではないが、ある程度この国の変遷を見届けてきた一人ではある。
アントニオ殿がこの国へやって来たのはおよそ二十年程前のこと。
二十代前半であったマリアンナ様はその当時、まだ女王に即位する前。次期女王の立場にある第一王女で王宮音楽隊のオペラ歌手として国民に親しまれておった。
宮廷音楽家としてアントニオ殿が王宮に暮らすようになってから二人は出会い、音楽を通じて心通わせたのだ。
各国の音楽に精通しておったアントニオ殿は成熟した立派な殿方でその物腰は柔らかく、容姿端麗であったことからとても人気があった。
楽団の指揮や新作の作曲、楽器の演奏や楽団員の管理をしながら、オペラ歌手を務めるマリアンナ様とも交流を深めておった。
マリアンナ様とアントニオ殿が共演する楽団の演奏は観光客にも披露され、それは好評を博していたのじゃが。まぁ、男女の交際というものは、禁じられていてもそう簡単に止めようのないものじゃ。
マリアンナ様はついにアントニオ殿に魅入られてしまった。相手が異性であることが歯止めにならないほど、惹かれてしまったのじゃ」
諦めきれないほどに、誰かを好きになり、恋焦がれた経験のないエリサにはすぐに実感は沸いてこなかった。だが、父が今も自国民にはない男性の魅力を持っていること、読書を通じて獲得してきた恋愛観などを総合して、母が父に惹かれていった経緯は何となく想像できた。
「男性との恋愛、及び結婚が禁忌とされる中で、マリアンナ様はアントニオ殿の優しさや類稀なる音楽センスに惹かれていき、王族でありながら、ついに子どもまで身籠ってしまった。
当時の女王様は千年の歴史を重んじる方で、二人の関係を簡単には許さなんだ。
マリアンナ様にそこまで歴史の重み、責任がなかったと評すればそこまでのことであるが。だが、反対されれば反対されるほど、愛し合う二人は意固地になり反発してしまうもの。
やがて、まだ国を背負う立場になかった二人に目指す理想の社会が想起された。
たとえ男が産まれても、男性でも暮らせる社会を目指し、国を変革させる。
それは夢物語ではない。現に多くの観光客がシカリア王国を訪れていた。
この国に永住したいという人々の想いを無下にするわけにはいかない。
二人は心を一つにして、女民国家から男女が共に暮らし、支え合う国家にしようと密かに誓いを立てた。
しかし、ここから事態は思わぬ方向へと向かって行った。
マリアンナ様の妊娠が発覚して暫く経った後、女王様が急死なさったのだ。
お腹を大きくした妊婦の姿のまま、マリアンナ様は葬儀を執り行い、女王に即位するに至った。
そして、マリアンナ様から産まれた双子の子は呪われた生を有していた。
片方の娘、エレニアは生後三か月で命を落とし、もう片方の王子、エリザ様は男性として産まれてしまった。
女王になるべく産まれた第一王子を失い、男性として産まれたエリサ王子が第一王子へと格上げされる事態。
これには国民は失望し、マリアンナ様は禁忌を犯してしまった報いとして呪いを貰ってしまった。そう囁かれるようになり、女王の失墜を招いてしまった。
それから、事態を収拾するため、マリアンナ様はこれまでの自身の行いを反省し、贖罪として自らを律し、女民国家を保持する方針を貫くようになった。
その中で、自身を誑かした者としてアントニオ殿を国外追放し、多くの支持者の犠牲を払い、女王としての地位を維持なさったのだ。
だが、一度与えてしまった希望や願い、理想の社会は消えはしない。
この出来事を発端として、より男女が等しく平等に暮らせる社会を目指す思想は根付いていき、一方で男性を排除する強硬な姿勢を持つ住民も増やしてしまい、大きな分断を招いてしまう結果となったのじゃ」
断片的にしか知らなかった母と父の物語。
それが一つに組み合わさった結果、生まれたのは計り知れないほどに哀しき王国の歴史であった。
二人が出会い、愛し合った奇跡。
それよりもずっと、翻弄され続けてきた過酷な運命。
今ある二人の関係が理想と程遠い状況にある理由。
その一端を知ったエリサは言葉を失った。
「しかし、これだけは覚えておいて欲しい。人間という生き物は想いが強ければ強い程、つまりはこだわりが強い程、すれ違いやすいものだ。
そして、その想いというものは誰かが代わりに代弁したとしても、本人からすればもっと複雑な感情が入り混じった、解釈違いを起こしやすいものなのだ」
「はい……。父様が革命を成し遂げようとしている理由はよく分かりました。それが一度、二人で協力し合っても成し遂げれなかった、生半可な覚悟では実現できない、過酷な道のりであることも」
仮面を被り、素性を隠してでも父は母と交わした理想の社会を実現しようと動いている。
エリサは昨晩、父が語った”かつてマリアンナも支持してくれたこと”、その真相を知ったのだった。




