第六話「開かれる記憶の扉」3
「ケインズ先生、今日は差し入れにサンドイッチを持ってきたんです。クオンの手作りなんですよ」
ケインズがゆったりと座れる肘掛け椅子に身体を沈めると、エリサは先程、研究室に置いていたリュックサックから二段重ねになった大きめのランチボックスを取り出した。
そうして、膝の上に置いた手編みの白竹籠を開くと、隙間なく綺麗に敷き詰められたサンドイッチが顔を覗かせた。
「おおっ! 流石、クオン君の作ったサンドイッチ。わし好みで美味しそうであるな」
「はい! チャック先生の分も別に作ってもらっていますから、遠慮なく沢山食べて下さい」
サンドイッチ伯爵ではないが、暇を弄ぶことなく研究に打ち込む習性を強く持つケインズは片手で手軽に食べられるものを好む。それを以前から知っていたエリサはケインズとチャックに持っていく差し入れにサンドイッチを要望したのだった。
サンドイッチにはゆで卵を潰したものと三枚肉に酒を加えた醤油に漬け込んでオーブンで焼き上げたものが挟み込んである。
豪快に口の中にサンドイッチを放り込み頬張ると、甘くて香ばしいタマゴの旨味と歯応えのあるジューシーな肉の旨味が混じり合い、自然と笑みが零れる美味しさが広がっていった。
「これは旨い、元気倍増じゃの。午後からも研究に打ち込めそうだ」
「良かったです。クオンの料理の腕はみるみるうちに上達していて、何でも器用にこなすので私のお世話ばかりさせるのは勿体ないくらいです」
満足そうに表情を綻ばせるケインズの姿を見てクオンの料理の上達ぶりを自慢するエリサ。いつも自分のことを一番に考えてお世話をしてくれるクオンはエリサにとって大切な従者なのだ。
「クオン君にとっては王子のお世話をするのが生き甲斐のようなものじゃろう。そこは有難く世話になっておくのじゃな」
「そうですかね……。確かに今まで通り王宮の中で働いていてくれる方が私としては安心出来ますが」
サンドイッチを食べながら自然と会話が弾むケインズとエリサ。
エリサにとっても堅苦しい王宮料理より、クオンが手作りした料理の方が好みだった。
「わしが最初に会った頃のクオン君は誰にも心を開かない捨てられた子犬のようであった。そんなクオン君に王子は手を差し伸べてくれて親しくしてくれた。献身的に王子をお世話をする立派なクオン君になったのは王子のおかげじゃ。大切にするのじゃな」
「いえ、僕はただ歳の近い子が周りにいなかったから。クオンと一緒にいるのが楽しかっただけです」
「そう謙遜することでもない。人見知りをする子どもに寄り添う上で最も大切なことを王子は自ら率先して成し遂げたのだ。立派なことじゃぞ」
ケインズの言葉で幼き日の思い出が蘇ってくるエリサ。
エリサの言葉通り、王宮の中で暮らしてきたため、周りは大人ばかりで同世代の仲間、加えて男性となると同じ境遇を持つ者は極めて限られていた。
アントニオが王宮から追放されることになり、一人残されてしまったクオンは孤立していた。
それを見つけたエリサは同じ血を持つ者同士、同情せずにはいられなかったのだ。
「父はどうしてクオンを連れていかなかったのでしょうか?」
「クオンはアントニオ殿と使用人との間に産まれた子じゃ。ほとぼりが冷めれば迎えに来るつもりだったのか、クオンにとって王宮の中で暮らす方が安全だと考えたのかもしれんな」
自然と湧いたエリサの問いにケインズ答えた。
去勢手術を施されたクオンは小さい頃は身体も弱く、諸外国に連れて歩くには負担も大きかった。
そういった事情も含まれていたのではとケインズは加えてエリサに説明した。
(クオンが従者として傍にいてくれたから……。
女性らしく振舞うことを強制されずに済んできた。
それは本当に感謝しなければならないことだ。
クオンは男性器を失ったとしても性自認が男性であることに変わりはない。シカリア王国の法制度が変わり、男性として男らしく生きられる未来を望んでいるのだろうか……。それともクオンは、自分の事を優先するタイプじゃないから、僕が父様と同じように男として生きられる将来を夢見てくれているんだろうか……)
片手にサンドイッチを掴んだまま手を止め、ふと考え込むエリサ。
アントニオと再会するまで、様々な言葉を掛けられてきたが、その真意がどこにあるのか、はっきりと見い出せてはいない。
昨晩は短時間しか話すことが出来ず、モヤモヤした感情が今もまだ去来するエリサは、時代の変革が始まる前に、再び、父と会わなければならないと考え始めていた。




