第六話「開かれる記憶の扉」2
広いフロアでせわしなく作業を続ける職員達の真ん中に立つ、ケインズの姿がエリサの視界に入った。
白髭を生やし、老齢となってなお、威厳ある佇まいをしたケインズ。
遠い東の国まで出掛けているケインズの肉体は衰えを知らず、真っ直ぐに背筋を伸ばし、堂々たる体躯を維持していた。
「ケインズ先生」
「王子、またここを訪れるとは、勉強熱心でありますな」
話しかけられたケインズは少し驚いたふりを見せると、再び視線は二人のホムンクルスの方に向けられた。
「ケインズ先生こそ、研究熱心です。いつ休んでいるのかと思うくらいに」
「ハッハッハッ! そう言われると困ってしまいますな。わしにとってはこれが生き甲斐。一番の息抜きでもあるのですよ」
腕を組み、豪快に笑うケインズ。生命力に溢れ、疲れることを知らず活き活きとしたその姿は昨日と変わりなかった。
「息抜きになるのならいいですけど……。今日は何をしているんですか?」
「テロリスト被害に遭った研究所から運ばれてきた機材の点検じゃよ。再生産が不可能な代物もある。限られた資源を有効に使わねば罰が当たるというもの。修理できるものはここで修理すれば他の施設でも使えるのだからな」
ケインズがそう口にすると、隣に立つチャックがテロの襲撃を受けた研究所は資料や重要機材を全て運び出し、放棄することが決まったことを教えてくれた。
そうしなければならないということは、それだけ被害が大きかったのだとエリサは認識を改めた。
地下であることから、朝から照明に眩しく照らされた研究所。
明らかに高度な技術が使用されている施設で作業を続ける職員達。
そのほとんどは女民国家らしく女性達であるが、ケインズが創り出したホムンクルスの二人は姉妹のように作業を手伝っていて、明らかに浮いていた。
見るからに目立つ二人をケインズと同じように不思議そうに見つめるエリサ。
用途不明の機材を協力してせっせと運搬する姿は何とも可愛らしく、働く妖精のようだった。
「それで、この子達は何なんですか? そろそろ教えて下さいよ」
「二人で一つのホムンクルスじゃよ。可愛らしいじゃろ?」
「可愛らしい……って。こんな場所で子どもが働いていること自体、場違いですけど」
「身体が小さいのは、単にエネルギー消費を削減するために行った苦肉の策なのじゃが、仕方ないのぉ……。そこまで気になるのならば、わしの研究成果を紹介しよう」
エリサの言葉に苦々しい表情を浮かべたと思えば、すぐに誇らしげに自慢を始めるケインズだが、エリサにとっては得体の知れない未知の存在。見れば見る程、気になって仕方がなかった。
ケインズが呼びかけると、二人三脚をするように同時に並んで近寄ってくるホムンクルス。二人は積み木の人形のように真っ直ぐケインズの両隣に立つと、仰々しくエリサにお辞儀をした。
「紹介しよう、こっちの蒼い服を着ているのがタマ、こっちの赤い服を着ているのがモクじゃ」
色違いのエプロンドレスを着た二体のホムンクルスは同時にエリサに近づき、声を掛けた。
”お会いできて嬉しいです”
「こちらこそ、タマちゃん、モクちゃんよろしく……」
明らかに棒読みな音声に困惑しつつも、差し出された手を握り、エリサは拍手を交わした。
「ちなみにプリセットされておる音声しか発することが出来んから、仲良くなっても名前を呼んでくれることはないぞ。ボイス収録は時間や開発費用が余計にかかってしまうからの……。その辺りは我慢するのじゃぞ」
設定された初対面時の対応を実行したタマとモク。ケインズが創り出した二人は古代文明時代に創り出されていたホムンクルスを再現したに過ぎず、その出来栄えは古代文明時代に遠く及ばない。
それでも、機械に頼らない暮らしを続けるシカリア王国においては、未知の科学技術の結晶体である。
「礼儀正しくするようにとプログラムを組んだら、本当に礼儀作法をしっかり守るようになったのだ。面白いじゃろ?」
「そう思うのは、ケインズ先生だけだと思いますけど……」
感情表現があまりに乏しいため、不自然にしか見えないモクとタマ。
エリサは握手を交わしながら、何とも言えない気持ちになった。
「詳しく仕様を説明するとだな……。二人の身体はワイヤレスで接続されていて、一つの思考で二つの身体を同時に操作する並列処理が行われているのじゃ。
もしも、強制的に距離を離した場合は自立行動プログラムに移行されるようになっておるから単独での行動にも対応している。
一度、自立行動プログラムに移行しても、その後、もう一度二人を近づけると自動で再接続が行われ、記憶を再度共有し合う形で補完してくれるので安心じゃ。
会話することなく意思疎通することが可能じゃから、不気味に感じられるかもしれんが、一人では出来ない仕事でも協力して行うことが出来て、とても便利で優秀なのじゃよ」
「あの……。説明してくれるのは有難いのですが、全然理解が追い付かないです」
自分の研究成果によって生まれた産物を自慢げに説明するケインズだったが、専門知識のないエリサにはケインズの説明はまるで頭に入って来なかった。
気まぐれなケインズの生物実験によって誕生した二人だが、一人の人間が複数の身体を同時に操作するという途方もない理想を実現する可能性を密かに秘めた存在である。
「でもですね……。まだ実権段階なのでなかなか上手く協力し合えないことも多々ありまして。
協力して料理を作る実験をした時などはそれはもう、壮絶な仕事の奪い合いをしてしまって、暴力沙汰になりかけていました」
「一体何ですか……。その姉妹喧嘩のような状況は……」
エリサの頭の中でコミカルに二人のホムンクルスが取っ組み合いをする姿が浮かび上がる。
料理においても分担すれば効率よく調理が出来るのは当然だが、両者が同じことを考えて行動すれば、当然仕事の奪い合いは発生してしまう。コミュニケーションの重要性を感じさせられる一面である。
暫く二人の働きぶりを見守り、昼休憩になるとエリサとケインズはこの場を助手のチャックに任せ、研究室へと戻った。




