第六話「開かれる記憶の扉」1
翌日、エリサは再び、ケインズが身を寄せる研究所へと向かった。
昨夜、初めて夜の歓楽街に出掛け、国外追放された身である父と邂逅を果たした興奮は翌朝には一旦冷め、普段通りの落ち着きを取り戻していた。
研究所に辿り着き、上着を脱いで砂を払い終えたエリサはそのまま研究室へと入った。
「お忙しそうですね、チャック先生」
「これはこれは……。王子、ご苦労様です。父が帰って来ると急に慌ただしくなるのはいつものことですから、もう慣れっこですよ」
膨大に積まれた資料の山に囲まれた研究室で、資料の整理を投げ出すことなく淡々と続けるチャック。声色からは疲れが滲み出ているため、あまり睡眠時間が取れていないのだろうと、エリサは感じ取った。
白衣に眼鏡を掛けた真面目で清潔感のある男性、チャックは今日も父親であるケインズ博士に雑務を任されているのだった。
「大変そうですが、お手伝いしましょうか?」
「いえいえ、それには及びません。なにせ、忙しいのは当然なんですよ。父の研究対象は多岐に渡っていますから。
個人的に調査をしている古代文明の技術や歴史に加え、諸外国の動向についても女王様の指示があれば行っています。その辺りは自国民から調査員を派遣するより、私達のような外部から来た研究者に任せた方が使い勝手が良いようですね」
「確かに、目立った外交を行っていないことが関係しているのか、諸外国に調査員を派遣したという話はなかなか聞きませんね」
「はい、それだけこのシカリア王国は特殊な国家運営をしているということです」
多くの観光客を受け入れているシカリア王国だが、一方で自国民が周辺国へ海外旅行に出掛けることは固く禁じられている。
それは、海外での交流で自国民が子を身籠って帰国する、又は海外で妊娠出産をしてその子どもが自国に帰ってくるような事態が頻繁に行われることで様々なリスクが増すと考えられているからだ。
リストが増すものとして、思わぬ障がいを持った子どもが誕生する可能性や伝染病が広がる可能性、男性が産まれる確率が意図せず増加することも挙げられる。
シカリア王国は長きに渡り、独自の遺伝子操作を行ってきた甲斐あって、九割以上の確率で女性が産まれるという現状の体制を維持している。その管理体制を崩されかねない海外渡航は出来る限り、閉鎖的と非難されようと禁止しなければならない背景がある。
男性が産まれる確率が増加すれば、それによって犠牲となる子どもの数は増えてしまう。そうなれば、これまで維持してきた女民国家体制は時代錯誤なものとして、受け入れられなくなってしまう。
そのため、国にとって由々しき事態を引き起こしかねない諸外国への渡航は可能な限り禁じているのである。
「そもそも、先日のようなテロ事件が増加して国内の治安が悪化すれば、調査員を派遣するどころではなくなってしまいますから、早く落ち着いてくれるといいですね」
当たり障りのない返答を返し、当然のように国内でのテロが無くなることを願うチャック。
希望的観測でしかないが、平和を愛する気持ちは誰もが等しく持っている民衆感情。
しかし、テロを引き起こしたレジスタンス組織と接触をして来たばかりのエリサは簡単には割り切れない、複雑な気持ちを抱いた。
「それはそうと、父に会っていかれますか?」
「はい、折り入って話したいこともありますから」
「分かりました。それでは案内しましょう」
父親であるケインズに用事があってきたのではと察して伺いを立てたチャックの言葉にすぐさま頷くエリサ。
エリサの言葉を聞いたチャックは立ち上がり、纏め終わった資料を片付けた。そうして、チャックは研究室の扉を閉めると、ケインズに会いたいというエリサを連れてシカリア王立総合医学研究所へと向かった。
二日続けて同じ研究所に足を運ぶことになったエリサ。
国民が利用する産婦人科医院の建物は別に建てられているため、研究所の中は本来、人の出入りは少ない。だが、現在は警備が厳重になり、研究者よりも警備を担当する王立警護隊の人間の方が多く見掛ける程だった。
「西地区にある産婦人科学研究所がテロリストの被害に遭った関係で警備が強化されています。テロリストにここが重要な施設であると晒しているようなもので、あまり良い事ではないですけどね」
「テロの標的になる可能性が強まっているということですよね……?」
「そういうことです。何を研究している施設なのかすら殆どの人間が知らないにも関わらず狙われてしまう。理不尽極まりないですね」
王立警護隊の腕章を掛けた女性達が真剣な表情で警護している姿に居心地の悪さを感じるチャック。
王宮で暮らしているため、王立警護隊の姿を見慣れているエリサは特に居心地の悪さを感じなかったが、それでもテロの脅威が身近に迫っていることを実感した。
(……父は一般的には知られていない人工子宮の存在を知っていた。どこからか情報を得ているのは間違いないけど、一体どこから……)
父に関しても、ルミナスリバティーについても疑問が尽きないエリサ。
そうして、少し考え込んでいる間にエレベーターに乗り込み、地下へと降りていく。
「そういえば、テロリストから要求や犯行声明はあったのですか?」
「いえ……。そこまでは知りません。王宮が管理する研究所を狙った犯行であることから王宮に対する不満が要因としてあると思いますが、具体的なことは犯人が捕まっていないので何とも言えませんね……」
「それは謎が深まるばかりですね」
「計画的犯行であることは明白ですが、私や父が知らないだけで王立警護隊や女王の耳には情報が入っているやもしれません」
エリサは繁華街の警護を任されているルミナスリバティーのメンバーが犯行声明を出しているなら、直ぐにでも王立警護隊が対策に乗り出すのでは? と考えたが、答えは出なかった。
(父様は水面下で女王と交渉をするつもりなんだろうか……。
そう考えると、犯行声明を公に出していないことにも納得がいくけど)
警告の意味合いで施設の破壊をして、女王を交渉の席に着かせる。
それが主目的であったのではと、エリサは推測を立てた。
そうこう考え事をしている内に、エリサは昨日に続き、ケインズの待つ地下研究所へと到着した。




