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第六話 「一条の光を見つけたり」

「くそ!」


 すんでのところで後ろに跳び、なんとか回避。権之助の斬撃は弥生の服をかすめた。

 弥生は刀を構えなおす。動揺を隠すように、権之助へ質問を返す。


「そういうお前は……刀を握る理由はあるのか?」


「おらの家は田舎にあるっぺ。道場を開いても誰も来んからおらの家は貧乏だ。だからこの大会で優勝して賞金をもらっておらの名前を有名にして…………家族を楽にするんだっぺ!」


 そう答えるのと同時に権之助は斬りかかってきた。

 彼の剣戟はさきほどよりも激しく、そして鋭いせいで弥生は防ぐことしかできない。

 だがそれ以上に弥生は迷っていた。権之助の刀を握る理由があまりにも高尚で、弥生の刀を握る理由として心の中に挙げた「一族の義務」という答えが弱いと思ったからだ。確かに武御雷家は1000年続く伝説の一族ではあるがその重みというものを弥生はまだ理解することはできず、それにその答えでは弥生自身も納得したわけではない。


 自分は刀を握る理由を持っていないということに弥生は気づいてしまった。刀に込める力が弱まる。

 もちろん権之助はそれを狙ったわけではない。しかしその隙を彼が見逃すわけもなく、


「胴!」


 権之助神速の二連撃。

 一撃目は何とか防いだものの、二撃目の防御が遅れてしまい腹に一撃を受けてしまう。


「くっ……」

 

 力を完全に受け流すことができず、わき腹の痛みで膝をつく弥生。

 その姿を見た観客は困惑する。常勝を意味する武御雷家の人間が負けそうになっているのだから。


 完全に戦いの流れは権之助に向いている。何とかしなければこのまま負けてしまうかもしれない。

 もし敗北すれば武御雷の家名に泥を塗ってしまう。そうなると家の中での立場は危うくなるだろう。より一層厳しい訓練が待っているかもしれないし、最悪家から追い出されるかも。


 何とか立ち上がるも恐怖はどんどんと湧き上がってくる。

 恐怖というのはときたま人間に強さを与えるかもしれない。しかし彼はそんなことはなく、続く権之助の連撃をかろうじて防ぐことしかできない。

 さらに剣筋も鈍ってきて、一撃一撃を防ぐごとに腕が痛んでいく。

 ついには権之助の突きが弥生の胸へと突き刺さる。弥生は後ろに跳んで衝撃を受け流そうとするも失敗。再び膝をつく。


「武御雷家の少年が押されている? しかも本家の……」

「まさか……おきてしまうのか。下剋上が」

「ここ数十年こんなことなかったのに……」

「武御雷家も落ちたな……」


 驚愕、困惑、軽蔑。

 観客のつぶやきが弥生の耳にも届くも彼は全く燻ぶることができない。悔しさもわかないし、それを力にも変換できない。

 対する権之助も弥生がたったひとつの質問でこれほど弱くなるとは思わず申し訳なくなりそうになるも、これは試合、そして己の人生の分岐点。一呼吸置いて意識を整える。


「これで決めるっぺ。悪く思わんでくんろ」


 権之助は刀を構える。これまでにない覇気と殺意が弥生に襲い掛かる。

 

 一方弥生はそれを防ぐだけの気力がなかった。だがこのままうなだれたまま負ければ弥生はもう再び刀を握ることはできないかもしれないと考え、一応立ち上がる。



 そのとき、





「弥生!」



 突如観客の中から彼の名を呼ぶ声が会場に響き渡る。

 それはあまりにも懐かしく、少しだけ大人びたようだが依然として弥生に安らぎと元気を与える屈託のない明るいもの。

 

 その声が聞こえたほうへ弥生は顔を向ける。観客席の間、通路階段の上、出入口に立っていたのは……



 安倍桜その人だった。

 

 弥生へと向ける期待と応援の目線は周りの失望の目線とは違うから余計に目立った。


 その瞬間弥生の心が熱くなる。それは勇気や決意などの高潔なものではない。


 「恥ずかしい」、という感情。

 桜が、自分にとって大切な人が自分の試合を見ていた。それなのになんと情けない姿を見せてしまったのだろうと先ほどまでのふるまいを振り返って恥ずかしくなったのだ。

 けれどその「熱」は弥生を動かす薪となる。


 立ち上がる弥生にもはや恐怖はなかった。いや、あったがそれは弥生をより一層強くするものであった。

 刀を強く握り、呼吸を整え、精神を統一。


 体の震えを止めた後に今度は弥生が口を開く。


「先ほどの質問についてだが、オマエほど剣を握るにふさわしい理由を俺はもっていない。一族の義務を一身に背負っているがその重みを俺は知らない」


 権之助は弥生の動きに警戒しつつも彼に問う。弥生の返答にしては、弥生からの殺意は権之助も顔をしかめるほど強いものだったから。


「じゃあなして戦う? なして今立ち上がる?」


「桜さんの前でかっこ悪い姿は、見せたくないからだ」


 弥生の答えを聞いた権之助は口角を上げる。それはなにもくだらないだとか、面白いだとかそういったものではない。


「じっちゃんが言ってたっぺ。大事なのは答えそのものじゃねえ。答えにどれだけ本気かってことだと!」


 弥生の真剣さはその殺意で伝わった。答えが何であれ、弥生の意志の強さは権之助と同じか、それ以上。認めるに足りるものだ。



 ここから先は言葉は不要。意志の強さを認め合った後は、真の勝敗を決するのみ。

 弥生は刀を振り上げ、権之助は刀を地面と水平とする。

 会場が静まった。この場にいるすべてがこれからの一撃で試合が終わると感じたからだ。さらに審判、そして数名の剣士が脇に刺した刀に手をかける。なぜならば彼らが放つ一撃は相手に後遺症を伴うかもしれない重傷を与えうるもの。危険だと判断すればすぐに止める役目があるのだ。


 だが弥生と権之助にとってはどうでもいい。相手を殺すつもりで技を放つ。


「吾が剣技……荘厳なること龍の如く。苛烈なること飛鳥の如く。犀利なること虎の如く。不動なること亀の如く」


 弥生は謳う。


「刀は擦り切れ体は耄碌。勝利すれど、喜びも見いだせぬまで心は磨耗。変わりゆく人の世に、されど不変は傍らにあり。わが刀が表すは……」


 権之助は謳う。

 ふたりの意識は同時に揃った。


「戦王極みの型……」


「気王極みの型……」


 一歩。踏み出し二人が観客の視界から消える。それほどまでに速い。

 

龍凰虎武(りゅうおうこぶ)!」


国破散河(こくはさんが)!」


 人の認識を超えた刹那、二人の刀は轟音を上げてぶつかった。力はほぼ互角。押し込んだせいで互いの剣が流される。

 ふたりもそれは想定内。もう一度攻撃を放つべく、ふたりは手首を回転、さらに前に飛び出て二撃目を放つ。


 互角ではあった。それでも一人の閃光の如き一撃がもう片方に(まさ)る。


 斬りぬいた男は相手の背後に立っていた。


 斬られた彼は痛みと悔しさで崩れ落ちる。こう言い残して。


「見事だっぺ……」


 勝敗は決まった。

 ここで審判はようやく口を開く。


「勝者! 武御雷弥生!」


 興奮を抑え続けていた観客が審判のコールとともに大きな叫びをあげる。

 たくさんの人間が弥生に対しエールや声援を投げかける中、弥生の注目はただ一人にあった。

 彼女は明るい笑顔で、弥生に向け親指を立てていた。この場の誰よりも弥生の勝利を喜んでいたことがうかがえる。


 勝利を喜びながら、桜に笑顔を返す。


 三月中旬。

 酷く晴れた空に、飛行機雲が天を分けるように伸びていたらしい。

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