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第四話 「プランは破綻せり」

 弥生十四歳。

 この年も彼は京都に訪れることになった。一年前は彼女と一時間も話せなかったせいで少しがっかりした彼だったが今年はどうか。また会議に参加することになったのか。


 否。


「いやー! 君が一緒に来てくれるなんてお兄さん嬉しいよ! 京都どころか関西に行ったことすらないんだからお兄さん不安で不安で!」


 新幹線で弥生の隣に座り、弥生に感謝しているこの男の名前は寺田。父の側近であり、別件で用がある父に代わって今回会議に出席する人である。雰囲気の通り非常に温厚で優しい人物であり、幼少期剣を教える人しかいなかった弥生の周りである意味家庭教師のようなこともしてくれた数少ない弥生が気を許せる人物である。だから彼に、


「寺田さんが会議に参加している間京都を観光したい」


 とお願いしたのだが即答で


『おっけー!』


 と理由を聞くわけもなく返事をもらえたため、今年は六時間たっぷり桜と会えるのだ。

 ただ彼は少しだけ緊張していた。スマホで予め決めた桜との『デートプラン』になにか不備がないか、彼女を楽しませるものかを確認する。


 実は三日前、弥生と桜の通話の中でこんなことが話題に上がった。


『ずっと私が京都を案内してばっかだったから、君に案内してみてほしいな』


 と桜に言われたのだ。

 最初は断ろうかとも考えた弥生だが思春期真っただ中の彼は、断るのはかっこ悪い、彼女にかっこいいところを見せたいと考えた。

 すぐに返事をした弥生は通話を切ってすぐにデートプランを立てはじめる。ネットで京都の有名なスポットやお店、特に女性が喜びそうなところを検索し、計画を立てる弥生。

 しかし弥生にとってそれは想像以上に難しいものであった。一度決めても本当に彼女が喜んでくれるかが不安であり、何度も何度もプランを白紙に戻したのだ。

 ただいい店を選ぶだけではない。効率的に回るためにどこから出発するかだとか、どこで終わるかだとか、時間内に可能だとかを検証する必要があるからだ。六時間という非常に長い時間、そして広い京都ゆえの無数の店があることで選択の幅も無駄に多いことがより一層弥生を悩ませた。


 けれど弥生はなんとかひとつの計画を作り出した。彼自身ひとりで作ったにしては良い出来だと思っている。

 今までの恩返しも含めて彼女を楽しませるため京都駅に足を踏み入れた。



 ***



「まじか……」


 桜と合流し、デートプランで決めた一件目に選んだのはふたりにとってなじみ深い喫茶店、「木漏れ日」。

 そこに向かった二人だが彼らが目にしたのは、


〈本日お休みします。誠に申し訳ございません〉


 と書かれてあった立札。

 絶望する弥生と何を思っているかわからないまま立札を見つめる桜。

 まさかの突然の休みという事実で初っ端計画が破綻したことに動揺しながらスマホでプランを再確認する。

 この喫茶店で一時間過ごすときめていたのだが、やっていなくては意味がない。

 どうしようか迷っていると隣の桜が口を開く。


「まあ、こんなこともあるさ。気を落とさないで」


 やわらかい表情で自分を慰める桜に感謝しながらプランを変更。


「ありがとう。ここにいても仕方がない。次の場所に行く!」



 ***



「……うそだろ」


 二人の眼前にあるのは若い女子に人気の甘味処。どうやらここで売っているスムージーをネットにあげるのが流行っているらしい。そうでなくとも味が良いとの評判なので桜と一緒に行っても外れないだろうと考えたのだ。


 しかし弥生の心には戸惑いよりも後悔がある。絶対に防げたミスではあるが彼の怠慢により引き起こされた結果。



〈定休日〉



 まさかまさかの店が休みだったのだ。行列ができるお店だというのにお店が見えてきた時点で誰も並んでいないことに疑問に思いながら進んだ結果のこれ。

 弥生は恥ずかしさで桜のほうを見ることができない。絶対に店は営業しているという謎の自信があったというよりは営業していないわけがないという慢心があったのだろう。初心者らしいミスではあるが弥生にとってはミスは反省すればいいもの。今現在問題なのは恩返しとして考えたプランが何一つ実行されていないこと。面目丸つぶれだ。

 あふれ出る申し訳なさで呆然としている弥生へ桜が声をかける。先ほどよりもすこし言葉を選んだような間を含んで。


「……まあ……その……こういう日もあるさ」


 桜の表情をこのとき弥生は見ていないが、取り繕った笑顔をしていたのだろう。彼女の言葉がより一層弥生の心を傷つけるのだった。



 ***



 「いったいどうすりゃあいいんだ……」


 ようやく入ることができた喫茶店。席について桜がカウンターへ注文している間、弥生は頭を抱えて悩んでいた。もはやこれは解決のしようがないことではあるが。二つの目的地が消えたことでそこで経つ予定だった時間も消えた。ここで二つの目的地分の時間を過ごしてもよいがそれは彼女は飽きるだろう。しかし弥生が知っているここらへんでいい店はない。

 それにどこへ行こうか桜に聞いた弥生だが、桜は少し不満そうな表情を浮かべていたのだ。彼女にとってはもしかしたら無意識なのかもしれないが、侍として鍛錬のときや試合時、常に相手の一挙手一投足に反応している弥生はそれに気づいた瞬間それが気がかりでならない。


 今後の展望を考える彼へミルクティーを両手に持った桜が話しかける。


「そんな暗い顔をしないでくれ。こっちまで嫌な気分になってしまう」


 弥生の前にミルクティーを置いて彼の正面に座る桜。彼女に合わせる顔がない弥生は俯いてしまう。

 けれど桜はそんな彼に対し右手を伸ばし、顎を持ち上げて視線を交わす。

 彼女は依然として優しい顔をしてくれた。


「言ったでしょ? 暗い顔をしないでくれって。私は君が笑う顔が好きなんだから」


 彼女がくれた言葉、そして柔らかな表情に弥生はつい本音を漏らす。


「俺は、君に楽しんでほしかったんだ。けれど今日はどうにもうまくいかなくて……申し訳なくなってしまう」


 再び目をそらそうとした弥生だがその前に桜が口を開く。


「私は楽しいよ。君と一緒にいるんだから。そして嬉しい。君が私のために頑張って計画を立ててくれたんだなって今日一日一緒にいて思った」


 桜の慰めに弥生は顔を背けるのをやめる。それを確認した桜は続けて、


「でもね、私を気遣ってくれることに感謝こそすれ、私は()()楽しみたいんだ」


 彼女の言葉を聞いて弥生は気づく。このプランで弥生は『彼女のことだけ』考えていた。さきほど彼女が見せた不満顔はこれが理由なのだ。自分のことを無視していたことに、桜は嫌がっていたのだ。


 刀を握るのが人生である弥生は相手の動きには敏感であるが、()()を想像することはなかった。


「心……」


 自分の過ちに、弱さに気づく弥生へ桜はもう一度語り掛ける。


「君はどこに行きたい?」


 己の過ちで昨夜まで組んでいたプランを壊す弥生。まっすぐに桜の目を見つめ、返答。その目線に迷いはなかった。


「やっぱり、いつも通り清水に行こうかな…………」


「うん!」


 ためらいを孕んだような弥生の提案を桜は快く受け入れてくれた。

 一年しか会えない、そして聞けない彼女の明るい声。いつも刃の銀と道場の内壁の茶、たまに見る血の赤しかない弥生に照らす金色の笑顔。それを見るたびに何度弥生はうれしくなったか。


 けれどこの年は少し違った。彼女の笑顔を見た瞬間心臓がドクンと鼓動するのだ。さらには体温も上がってゆく。

 試合の中で興奮して心臓が激しく動くことはある。そういったときは特殊な呼吸法で落ち着くのがルーティーンなのだが。


 その呼吸法を桜に悟られぬように実践した弥生だがどうもおかしい。一向に心臓の鼓動が収まらないのだ。けれど不思議と嫌な気はしない。


 弥生が初めての体験に戸惑っていることはいざ知らず、ティーミルクを飲み終わった桜が立ち上がる。


 「さて、行こっか!」


 胸のドキドキは止まらない。しかしこのままでいいとさえ弥生は感じている。

 一気にミルクティーを飲み乾し、立ち上がる弥生であった。



 ***



 時刻は三時直前。

 二人が別れる時間が近づいてきた。

 寺回りを終え、京都駅へと到着して最後の会話をしている二人に対し話しかける高い声が。


「あー! 桜じゃーん! こんなところでなにしてんのー?」


「ホントだ……って! 何そのイケメン!」


 叫びながら二人のもとにやってきたのはふたりの女子高生。ひとりは髪を金髪に染め、もう一人はこれでもかと耳にピアスをつけている。いわゆるギャルと呼ばれる種族だ。

 金髪の子が桜のことを知っているからおそらく桜の友達なのだろう。

 ギャル二人の視線は弥生に注目している。なにせ彼は長身かつ非常に整った顔つきと寡黙な雰囲気。そして日々の鍛錬により鍛え抜かれた、服の上からでもわかるほどの体は、女性を惹きつけるには十分だ。

 一方ギャルに接近された弥生はたじたじ。あまり表情が動かない体質だったからよかったものの、内心はある種の恐怖を抱いていた。

 それに見かねた桜が弥生とギャルの間に割り込む。

 ギャルの会話の対象は桜へと変更。

 

「ねえねえこの人だれ!? めっちゃイケメンじゃん!」


「彼氏⁉ ねえ彼氏なの⁉」


 目を輝かせながら一方的に攻めるギャル二人に少しだけたじろぐ桜。


「彼氏じゃないよ……ただの親友さ」


 桜がひねり出したような無難な答えで二人が納得するはずもなく、質問攻めは続く。

 そんな様子をなにをいうともなく見続ける弥生。明るい女子三人の会話に男子が入れるはずがないからだ。さらに弥生の家は大きい割に同級生がおらず、大人の男しかいない。そんな彼が初対面に明るく話しかけることができるほうが無理だろう。

 何を言うこともなく三人の会話を眺めているとピアスをつけた少女がもう一度弥生の顔をまじまじと見つめる。

 

「やっぱりイケメンよね……私すきになっちゃったかも!」


 突如放たれた彼女の一言に先ほどまで落ち着いていた弥生の心臓が再び加速する。彼自身は顔色は変えたつもりはないがもしかしたら動揺が顔に出ていたのかもしれない。

 まあ人に面と向かって好きと言われたのが初めての経験ではあるが。

 けれども嬉しさは感じなかった。初対面、しかも苦手な女子なのもそうだがそれ以上に……


「おいおい、君には追っかけのアイドルがいるんだろ?」


 戸惑っている弥生から注意をそらすように桜がピアスの少女と弥生の間に割り込む。

 彼女にしては珍しく切羽詰まった様子でだ。桜の言葉を聞いたピアスの少女は不服そうに反論。


「違うよ! あの好きは違う好き! 桜ちゃんはわかってないなあ……」


 桜のおかげで注意はどうやら別の人物へとすり替わってくれた。依然として弥生は蚊帳の外であるが。

 なんどか桜がこちらの方を気にかけてくれるのが弥生にとっては救いであった。


 永遠ともいえる五分が過ぎた後に二人のギャルが桜と別れる。


 彼女らのせいと言ってはいけないが、もはや二人きりの時間はなかった。彼女らが話しているタイミングで寺田から合流の連絡が来たからだ。


「また来年だな」


「そうだね」


 寂しそうにつぶやく二人。文字でやり取りはできるが寂しいものは寂しいのだ。

 合流地点に向かうべく、彼女に別れを告げ振り返ったそのとき、




「弥生君……君は私のことが好きかい?」


 


 突如言われてその言葉に急いでいるはずの弥生は立ち止まざるを得なかった。あまりに唐突なもの。すぐに再び桜のほうを見る弥生だが彼女はいつもの余裕のある表情をしている。けれど弥生にはわかった。

 彼女は緊張していた。まっすぐと弥生の目をみつめ、固唾をのんでいる。


 弥生にとってその答えは決まっていた。


「…………」


 なのに()()()()()()()()()。なぜかはわからない。そのはずなのにその単語を口にするのがはばかられたのだ。いや、納得できないと言ったほうが正しいだろう。


 五秒の沈黙ののち、桜が申し訳なさそうな態度で口を開く。


「いや、呼び止めて悪かったね。もう時間だ。早くいかないと間に合わないんじゃないか?」


 確かにこれから走らなければ寺田と会うことはできない。本当は答えたいのにもどかしい気分になりながら弥生は別れを告げる。

 別れる瞬間に彼女が見せた笑顔は、何か違和感を持つものだった。




 三月中旬。

 空には少しだけ雲が揺蕩っていた。

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