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第二話 『時は花なり』

 弥生十歳。

 父が参加した会議は年に一度開催されるため、翌年も弥生は父に頼んで京都に連れて行ってもらった。

 京都で父と別れた後、すぐに弥生は寺に向かった。もちろん、桜と初めて出会った場所。


 人ごみをかき分けながら小さな寺の門を抜けると、彼女はいない。


 一縷の不安が少年の心に浮かぶ。それを無視しながら本堂の裏に進めば彼女は……


 いなかった。


 まだ少年には希望もあった。一年前にあった時刻は一時。いまは十二時だ。

 もしかしたらまだ彼女が来ていないかもしれない。

 心を落ち着かせるために弥生は木刀を取り出し、一心不乱に素振りをした。時間がたつたびに、剣先が震えはじめる。


 一時間後、彼女は来なかった。


 残念がる弥生だが、少しだけ納得もしている。

 一年も前の約束。それも実際に約束らしい約束はしていない。思い返せば一方的なものであった。

 あんな天真爛漫な少女にはたくさんの友達がいるだろう。彼らと比べれば自分を優先する理由はない。もしその友達と一年前の自分の約束がかぶっていたのなら、来ないのは当然だ。

 彼女が来ないわけをそう結論付けて木刀をしまおうとしたそのとき、


「あっ! いた!」


 懐かしい、けれど頭に深く刻まれていたまぶしい声。

 振り返るとそこにいたのは桜であった。もはやあきらめの境地にまで至っていた弥生にとって彼女が来たことは信じられない光景であった。


「なんでいるの?」


 そう聞いてしまうまで。


「だって言ったじゃん! またねって!」


 彼女はどこまでも明るかった。少年の心の中の願いを拾ってくれる優しい少女であった。

 少年はすぐに刀をしまい、少女に手を引かれて二人は京都の街並みに消える。二人は一年前と同じように、弥生の父からの連絡が来るまで京都を観光した。


 三月中旬。

 この年はやけに温かい気候であった。


 ***

 

 弥生十一歳。


 この年も弥生は父に同伴して京都に訪れた。

 寺についた弥生にはもう不安はなかった。必ず彼女は来てくれるという確信が彼にあったからだ。


 数分後、弥生が信じた通り桜は寺に来てくれた。屈託のない笑顔を見せながら。

 

 ふたりはもちろん京都の町を見回ったが、今までとは違うことが一つ。


 午後二時半。

 いつも父が電話をくれるのは三時頃であるためまだ余裕があると弥生は思い、楽しく清水寺を観光していた。二人でお堂に入り、町が見渡せる場所で柵から落ちないように景色を眺めていた時、


「お嬢様……こんなところにいましたか」


 最初弥生は後ろから聞こえるその一言がまさかとなりの少女に対する言葉とは思わず、聞き流してしまった。

 しかし雄大な景色を見て晴れやかになっていた桜の表情はその一言が一瞬で曇り、されど無視できないのかゆっくりと声の主へと振り向く。


「なに? (あらた)


 桜が振り返ったことで弥生もその言葉が桜に向けての言葉だったのだと認識。弥生も後ろを向く。

 立っていたのは背筋を伸ばし、タキシードを着た青年。短く整えられた髪型や清潔感のある顔つき、美しい立ち振る舞いはまさに執事であった。


「まったく……突然抜け出したと思えばこんなところにいらっしゃったとは……家とは反対方向でしたので探すのに苦労しましたよ……」


 呆れつつも青年は少女に対して敬語を使っている。つまり少女はそれほどまでに身分の高い家の出なのかと、弥生はやりとりを見ながら考えた。


「さあ行きましょう。今度こそ儀式に参加してもらいますよ」


 青年は桜の腕をつかみ、連れ去ろうとする。

 一方桜は意外なことに彼に抵抗しようとはせず、俯きながら流れに身を任せていた。嫌がるのなら逃げるなり抵抗するなりやろうと思っていたが、そうはしない。

 明らかに彼女が弥生といる無邪気な表情から、悲し気な様子となったことが弥生にもわかった。けれど弥生にとってはあまりに唐突な出来事で何もできない。なにせその青年と桜が知り合いであること、暗い表情を浮かべつつも桜が青年に連れられること自体は嫌がっていないということから弥生が目の前の光景を止めるという判断はできなかったのだ。


 一年ぶりに会えた少女との別れがこうもあっけなく、理不尽なものかと少年は一人絶望する。


 しかし終われない。二年前彼女に希望をもらったように、少年も彼女に与えなければならない。


 人ごみへと紛れる少女に向け、少年は叫んだ。

 

「また! 一年後!」


 その言葉は少年の身体が震えていたせいでうまく大きく発生することができなかった。不安と恐怖が彼を動揺させた体。彼の言葉に反応する者は周りの大人たちにはいない。

 諦めかけた瞬間……


「うん!」

 

 明るい声が人ごみの中から聞こえた。

 

 早めに帰路についた弥生だがその顔に曇りはなく、またはるか先の『約束』を楽しみにしながらバスから見える景色を眺めていた。

 

 ***


「アタシね……安倍(あべ)家ってとこの生まれなんだ……」


 一年後、寺の裏で再会した桜と一緒に京都を回っていく中で少女が突如告げた。

 安倍家。その名前は弥生も知っている。なにせこの京都、とくに今二人が観光してい古都は彼らが支配していると言っても過言ではないからだ。『陰陽師』として彼らは1000年間京都とともに存在してきた。

 『陰陽道』という自然を意のままに操る彼らに一般人が逆らうことはできない。

 もしここで多少の犯罪をしようものならば警察に捕まる前に『安倍家』によって裁かれる。拘留や刑務所に収監などではない。あるものは焼かれ、あるものは体に穴を開けられ、あるものは首から下を土に埋められ人の目にさらされる。

 国家権力の警察などもそういった行為には目をつぶるまで、彼らのこの京都においての権威は大きい。だからこそ京都はこの国で一番治安のいい場所だと言われてもいるのだが。


 どこかしらのお嬢様だとは弥生も考えていたが、まさかこの町を管理している家出身だということに驚きを隠せない。ここにいること自体不可解なことだ。


「そんなすごい人だったなんて……」


 そう声を漏らしてしまう弥生に対し桜は冷笑。


「すごくないよ……だってアタシ落ちこぼれだから」


「落ちこぼれ?」


「アタシ……陰陽道が使えないの……」


 彼女が見せる笑顔は弥生が初めて見た、『作られた』笑顔であった。彼女は弥生に不安な表情を見せまいとして作ったのだろう。それは明るい表情しか見せてこなかった彼女にとっての闇だった。

 それもそう。

 弥生は安倍家についてはよく知らないが、陰陽道=安倍家な組織で陰陽道が使えないということはどのような扱いをされるか想像に難くない。そう思えばこうやって抜け出していること自体不思議なことだ。


「火・水・木・土・金、どれにも適性がないんだ。陰陽道が使えないから家に居場所はない。同年代の友達はできないし、周りの大人からは変な目を向けられる。唯一優しくれるのはお姉ちゃんだけ……」


 弥生は何も言えない。

 二年間自分を照らしてくれた少女がまさか思いもよらない影を抱えていたということに。

 そして弥生は同時に申し訳なくなった。なにせ弥生の立場と桜の立場は真逆なのだから。


 才能に恵まれ、一族総出で彼を育てた弥生と、才能が全くないため一族が全て敵である桜。

 

 どんな言葉を彼女に投げかけてもすべてを持っている弥生の言葉は彼女にとって嫌味でしかない。


 沈黙が続く中、それを破ったのは桜。


「けれどアタシ嬉しいよ! だって君とあったんだもん! 弥生といるとずっと楽しい!」


 先ほどの姿が嘘だったかのように桜は明るい声となり、いまだ気まずい弥生の腕を握る。


「アタシの秘密の場所を教えてあげる!」



 ………………

 …………

 ……


 

 弥生は桜に連れられ、京都の町のはずれにある山を登り謎の柵を超えたその先まで訪れた。

 手入れの全くされていない森を駆け抜けたところにあったのは、足元あたりまで伸びた草が一面を埋め尽くした爽やかな丘。

 はるか遠くには先ほどまで二人が観光していた古都が見下ろすことができ、まさに隠れた絶景であったのだ。歴史ある文化を持った街すべてがあんなにも小さく感じてしまうとはと弥生も見惚れてしまう。

 弥生の隣に立っている桜は風景を眺めている弥生に向け口を開く。

 

「アタシ、家の中に居場所がないからよく家を抜け出すんだ。けれど京都の中だといっつもつかまっちゃう。けどここにいると見つからないんだ!」


 どうやらここは彼女にとって唯一安心できる場所らしい。そこら中に陰陽師がいるのでは、一年前のようにつかまってしまうのだろう。誰にも見つからず、誰にも邪魔されない、それどころか、


「アタシを縛ってるあの町を見下ろせる。ここであの町を見ていると、あそこから解放された気分になるんだ。ただの桜としてここにいる。かごから出た鳥みたいに」


 桜にとってはあの街すべてが彼女を縛る檻であり牢獄。桜を桜ではなく、『安倍家の落ちこぼれ』という肩書を持たざるを得ない場所なのだ。

 彼女の本心を聞く弥生だが、それにしては彼女がみせる笑顔は物寂しいものである。町に向ける感情は恨みや嫌悪を含んだ言葉とは裏腹にどこか名残惜しいような表情だ。町中でみせる天真爛漫な笑顔のほうが、弥生は好きだと考える。


 桜は安らいではいるが、喜んではいない。


「桜は……京都が嫌いなの?」


 そう聞かずにはいられなかった。


「嫌い……じゃない。家は嫌いだけど、京都にいる人はみんな優しいから」


 彼女の答えが今みせている名残惜しさの所以だろう。二年前に入った喫茶店のマスターも、観光名所の人も桜に優しく接していた。彼女が知っている『やさしさ』は彼らからしか与えられない。それはある意味依存と言えるかもしれない。家からもっと遠くに逃げることもできるかもしれないが、それは自分に優してくれる故郷を捨てるとも同義なのだ。十二歳の少女が判断するには難しい選択。その境界こそがこの丘だと、弥生は結論付ける。


 そう思うと弥生は怖くなった。彼女がここからいなくなるのではないかと。この難しい疑問に答えを出してしまうのではないかと。


「僕は……あの町が好きだ。だって……その……さ、桜さんがいるから」


 弥生が咄嗟に口に出した言葉はある意味自分勝手なものかもしれない。けれど弥生は勇気を振り絞って桜を説得する。


「一年に一回だけど、僕は桜ちゃんと回る京都が好きなんだ。だから、いなくならないでほしい」


 後から考えると恥ずかしさで悶絶してしまいそうな言葉だが、それを聞いて桜は面白おかしそうに笑った。


「大丈夫! 京都以外に行けばアタシ生きていけないもん!」


 腹を抱え、目に涙を浮かべて笑う彼女に弥生は若干後悔の念が浮かぶ。当たり前のことを考えなかったことに。

 笑い終わったあと、桜は再び京都を眺めるがその表情は彼女らしく明るかった。


「けどありがと! やっぱりアタシもあの町好き! だって弥生と会えたんだから! だからいつでも待ってるね!」


 明るい、なのになぜか弥生の心に一抹の不安を覚える。すぐには消えてしまうもの。


 一年に一回。この時間だけはふたりは立場や肩書を超えてただの少年と少女となる。

 弥生が桜との時間を大切にしているように、桜も弥生と会えることがこの上なくうれしい。まさに『共感』だ。いや、それ以上のナニカを弥生は彼女に与えられたような気がする。

 ふわふわとした気持ちに弥生は戸惑っていると桜はいっちょ前な腕時計を見て叫ぶ。

 

「もうこんな時間! 早く降りないとお父さんに怒られちゃうね!」


 そう言って二人は丘を降りる。


 三月中旬。

 春にしては妙に太陽が強く照らされた気候であった。

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