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第十六話 「しのぶれど」

 弥生の告白から丸二日後。


 安倍家総本山、首都の某ドームよりも広い土地に迷路かと思うくらいに巨大に入り組んだ寝殿造りの中心付近にある部屋に十数名の人間が集まっていた。


 中にいる人間は束帯を身に着け、鳥帽をかぶっている男は、はるか昔の貴族のような姿だ。ただだらしない座り方であるため、威厳というものはない。

 また彼だけでなくほかの人間も彼のような衣装をしている。数名を除き、全員が50代を超えた様子。中には80代の老人もいる。


 沈黙が続く中、その内の50代後半の男性が叫ぶ。


「まったくなぜまだあの小娘が見つからんのだ⁉ もう二日も経っておるのじゃぞ!」


 男の怒号に、彼の視線の先にいる頭を垂れた青年が冷汗を浮かべながら口を開く。


「陰陽師一同必死に探しているのですが全く見つからず…………もしや京都から出たものかと……」


「言い訳はよい! ならば関西でも中国地方でも近畿でも探しに行くがよい! まろの……()()()()()()()()()()()()()()()をさっさと連れてくるのじゃ!」


 より一層の不機嫌な叱責を上げる男。そう、彼こそが桜にセクハラまがいのことをしていた人物。

 彼含め、ここにいる人物たちは安倍家の中で『旧道派』と呼ばれる人たちが集まっている。別の言い方をすれば保守派とも表す。


 彼らの信条は一言でいえば、『陰陽道の技術を安倍家が独占する』というものだ。


 才能を持つものを集め、陰陽道を学ばせ、陰陽師とする。その過程での授業料や軍への提供に発生する安倍家への感謝料、京都を守る対価などで利益を生んでいるのだ。

 そうしてもうけたお金のほとんどをこの旧道派の幹部が受け取っており、だから彼らはまるで貴族のように横柄な態度で振舞っているのだ。


 幹部連中は男のセクハラのほかにも、パワハラやモラハラを常時行っており、まさに権威と特権を笠に着た、陰陽界の腐臭そのものだった。


 幹部は男だけではない。これでもかと厚化粧を施し、それでもなおいくつかのしわが見られる四十代後半の壮年の女性。

 そしてその隣にいる、三十代ほどではあるが、縦よりも横にながいと言わざるを得ない太った体形の男。さらには脂ぎった皮膚とギトギトとした髪は彼が体を洗っていないことが容易に想像できる。垢がついた眼鏡やしわしわの服は彼が清潔感のないことを表しているようだ。

 彼の周りにいる幹部は男を不快な目で見ているが、当の本人はそんな目線に気づくことなく、スマホを眺めている。

 不潔な男もまた、怒号に続いて文句を述べる。


「そうだよぉ……ぼクのふぃあんせはまだなの? まま? ぼくもう待てないよォ……」


 三十代とは思えない甘ったれた口調。ままとよばれた隣の厚化粧の女性が不潔な男に優しい表情を向ける。


「もう少し待っててね? 今みんなが彼女を探してるの。りょうちゃん偉い子だから我慢できるよねぇ?」


 まるで幼稚園児に話しかけるような口調の女性。はたから見れば不思議でしかならない光景だ。


「うんできる! ぼクあの子好きなった! 身体洗わせるし、毎日うまいごはん作らせる!」


「そうね。りょうちゃんやっとおふろにはいれるもんね?」


 だが「りょうちゃん」から幹部連中へ顔を向けると、その表情は眉間にしわを寄せ、顔のいたるところがゆがんだ。


「まったくワタクシたちの部下は何をしているのかしら? こんなに無能だとは思わなかったわ! まったくあいつらに伝えて頂戴! 一時間桜を連れてくるのが遅れるごとに給料を1000円ずつ減らしていくってね!」


 まさに横暴。


 しかしこれを咎めるものは幹部連中にはいない。それだけのわがままがずっと通ってきたのだから。


 …………今日まで。


 ガシャン、と先ほど部下が退出したふすまがまた開く。誰が入ってきたかもちろん確認するべくそちらへ顔を向ける幹部。


 ふすまを開けたのはまるで執事のような様相で、鼻の下から生えた髭は口を隠しまるで習字の筆のような形をした初老の男。


 或世琉判だ。老人は静かに幹部連中を見下ろしている。


「貴様……ここが旧道派の会議場であることを知っての狼藉か? 誰の許可で入っている⁉」


 一人の幹部の怒声が響いたと思えば、他十数の幹部が琉判に向かって怒りの感情を向ける。

 ただでさえ小娘ひとりが見つからない中、あらたな厄介者が出現したことでいらだちを隠せないのだ。


 一方琉判のほうは毅然とした態度を崩さない。


「安心してください。桜様は我々が保護しています。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 琉判の一言で幹部連中の口が止まる。彼らの額から冷汗が生まれ、同様が荒くなる。

 怠慢と高慢の塊の保守派でも、自分たちの危険に関しては人一倍敏感なのだ。


 いままでいじめてきた女子が自分たちを脅かす存在となった。だから隠そうとしたのに、一番見つかってはいけない(存在)に発見され、しかも保護されたのだ。何も起きないわけがない。

 幹部の中での古株の人物が恐る恐る口を開く。


「貴様は……何者だ!」

 

 老人の言葉を待ってましたと言わんばかりに、或世琉判は影を帯びたように笑う。

 だがその声色はただの老人の声ではなかった。生気の有り余る、自身に満ち満ちた若い男性のもの。


「あるときは初老の男性…………またあるときは侍一族の長男…………しかしてその正体は……!!」


 声を張り上げると同時に琉判は着ていた服を引っぺがす。破れたものの、なんと中にまた服を装着していたのだ。

 現れたのは二十代に満たないくらいの、容姿の整った青年。

 紳士的な出立てで統一され、登華麗さやミステリアスな印象を与える黒いタキシード風スーツに青いシャツとネクタイ。さらにはたなびく黒いマントとシルクハットにモノクルは彼がある職業だということを示す。


 

「大日輪皇國軍近衛師団(このえしだん)副団長! 『奇術師(マジシャン)』こと! 或世(あるせ)琉判(るはん)なのだ!」



 さらなる動揺が幹部を襲う。それは彼が奇術師だからではない。その前の情報……


 ()()()()。日帝皇国のトップの側近中の側近が今、幹部の目の前にいるのだ。

 あるものは目を見開き、あるものは体の震えが止まらない。幹部のそんな滑稽な姿を面白がりながら、琉判はいつのまにかもっていた巻物を彼らに見せつける。


「さて、僕が来たのはほかでもありません! 我らが主……日帝陛下のお言葉をみなさまにお伝えするため来たのです」

 

 ざわめきがひろがる幹部を無視し、琉判は巻物を縛る紐をほどく。広げてみれば神の後ろには日帝一族を表す菊の紋章が。

 幹部が幾度とみてきたもの。つまり嘘などではないということだ。


「傾聴せよ」


 琉判の雰囲気が変わる。変装などしていないのに口調もオーラも、まるで日帝陛下が話しているようだ。


『朕、深く憤懣を抱く』


 最初の一言で幹部連中は絶望した。ここから巻き返す方法はない。


『国を護るべき才覚を持つ陰陽陽之道の使い手を、私利私欲のために秘匿したるは、国体を損なう不忠の極みである。また、一族総出にて一人の少女の幸福と生活を奪いし暴挙、断じて許容すべからず。此度の非道、朕これを深く憂慮し、厳に戒めるものである』

 

 もはや反論の余地はなかった。それはいいわけができないというのもあるが、もし反論すればすなわち日帝陛下を否定することになるからだ。


「よって、此度の所業をなせし旧道派の幹部並びに関わりし者ども、ことごとくを、天命の下に【()()()()()()()()


 神隠し、という一言でようやく幹部は次々に声を発する。恐怖と絶望が入り混じりながら。


「それだけは! それだけはご勘弁を!」


「麿は一人では生きていけぬ! お許しを! お許しをォ!」


「そうです! 反省しますのでワタクシだけは……ワタクシだけは!」


 桜に右腕を溶かされた幹部も、厚化粧の幹部も全員が恥も外聞も捨て、目の前の青年に縋る。彼は日帝陛下ではないというのに。

 だから琉判は何もできない。それにしたくない。


「日帝陛下の令は絶対だ。それでは……さようなら」


 琉判はマントを大きく翻す。


 か礼加まんと遠再たひ動加せ波か礼加まんと天隠して以太空間加良奈無止毛於曽末之以腕加六本生末れ天以太。枝乃与宇二細久、血色乃悪以紫色乃腕。安末利毛於悍末之久、直視寸礼波吐支気遠覚衣流。

 

「抱」


 手波手遠叩幾、手加良手遠叩以太音加手加良出多。

 寸留止遠恐怖仁支配世良天以多幹部連中加消衣多。世界加良消衣多。


「お疲れ様」


 琉判の一言で手は消える。残っていたのは琉判。それと……


「ママ? ママ!? どこに行っちゃったの⁉ ママァ!」


 不潔な男性。隣にいた母が突如消えたことに驚きを隠せない。ずっと母に甘やかされてきたのだろう。片時も離れずに。

 

「ママ……ママどこに行っちゃったの⁉」


 虚空へ叫ぶ不潔男へ、 琉判は丁寧に説明。


「ママは()()()()()()()。おそらくね。()()()()()()()()()、彼らも僕たちに自分たちの存在を知らせることができないだけ」


 神隠し。その意味は、当人を世界から隔絶させるということ。

 透明人間になった者は誰にも見られないし、わからない。さら神隠しにあった人間は()()()()()()()()()()()()()。接触が許されるのは地面だけ。

 永遠ともいえる孤独が待ち受けているのだ。

 

「母がいなくなっちゃって悪いけど、君も行くところがあるんだ」


「ぇ?」


 琉判一枚のメモを取り出す。


「ずいぶん派手にやったみたいだね。ネットでの誹謗中傷に詐欺、威力業務妨害……合わせて100件以上か? 極めつけは新幹線のチケットを邪魔するために不正アクセスまで。もうお前の遊びは終わりだ。外に警察が来てる。さあ、行こっか」


 断末魔をあげることなく、桜の元婚約者は警察に連れていかれた。


 ………………

 …………

 ……


 この日より旧道派と呼ばれた集団は力を完全に失った。軍のなかにいた旧道派の軍人もことごとくが解雇、もしくは処分され、戦力的な空白が生じた。

 大本営はこれを埋めるために反旧道派といろんな職業に就いていた安倍家の分家や子孫を徴集、「新道派」として師団長などに任命した。

 

 新道派はすぐさま武族十六家や武士一族に和解を提案。もともと一方的な嫌がらせであったため武族、武士ともにそれを了承。

 日帝の立ち合いの元、三つの職業はわだかまりを解消した。


 これをのちに、「しのぶれどの勅裁」として軍における重要な事件をして記録。


 ***


 二年後


 魔界。


「あれが今回の目標かい?」


 金髪をたなびかせた軍服を着た女ははるか先にそびえるまがまがしい塔を見つめる。魔人が作った塔。あれを壊さねば魔人は制限なく押し寄せてくる。


「ああ、あれを墜とすのが、今回の任務だ。功績に応じては奏上権の付与もあるらしい」


 黒曜石のような瞳をした青年は腰に差した刀に触れながら彼女に返答。

 奏上権と聞いた少女はなにやら満足感のある晴れ晴れしい表情を浮かべる。


「ようやく、二年かかってようやくか。長かったね、弥生」


「ああ、武御雷家に勘当されたこともあった、苗字がなくなりそうになったときは本当に困った、けれど」


「「君がいてくれてよかった」」


 奏上権を得るべく、二人は何十もの戦争に参加した。そのすべてで勝利した。

 ふたりはどんなときも折れなかった。


 やはり相手がずっとそばにいるというのが一番の要因だ。だから勝てる。

 

 二人が塔に向かっていると『軍』による攻撃に対抗するため二人に向かって魔人の大群が押し寄せてくる。

 二年前と同じ構図。いや、数は数十倍。


 だが二年の歳月を経て尋常じゃないほど強くなった。負けるはずはない。


「陰陽陽之道…………」


「戦王極ミ之型…………」


 弥生と桜の戦いはこれまで。

 

 二人の戦いはこれからだ。

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