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第十五話 「覚醒」

 狼のような妖魔の首を斬る。

 巨人の胴を切断する。

 形容しがたいバケモノを一刀両断する。


 いくら斬っただろう。刀は血にまみれて刃は見えない。

 どれだけ斬ってもまったく妖魔の勢いが衰える様子はなく。


 唯一の救いは一体一体はあまり強くはなく、なんとか弥生が倒せる程度ではあることだろう。

 けれど数は妖魔のほうが圧倒的上。このままでは疲弊するのは必然だ。


 一方桜は弥生の邪魔にならないよう、けれど戦闘の障害にもならないよう動いている。


 二人ともバケモノから逃げながら生き延びていた。しかしいつ捕まるか。


「戦王極みの型・野…………!?」


 技を放とうとした弥生であったが、彼の左にいた妖魔が振るった腕が弥生をかすめ、驚きのせいで刀を放してしまう。

 刀は妖魔の大群に踏みつぶされ、取りに行くことができない。


「くそ…………」


 素手で妖魔に勝てるはずはない。妖魔に向け敵意は向けつつも、もはや諦めの感情しかわかない弥生。

 桜は走り回ったせいで地面に膝をついている。だからこれ以上逃げるのは不可能だ。


 全身の筋肉が痛み、疲れを感じる弥生の後ろで、桜が口を開く。

 

「私ね……君に会えてよかった。一人ぼっちだった私に好きって言ってくれて、ほんとに嬉しかった!」


 まるで最期の言葉かのように話す桜。そんなはずはないと、すぐにでも振り向いて彼女を説得したい弥生であるが妖魔の目の前でそんなことはできない。

 心の中で否定する弥生に向け、彼女は続ける。


「でもちょっとだけ不安なことがあるんだ。私たちがすぐにつかまっちゃうとか、君が陰陽師に負けちゃうなんてことじゃない…………それはこれからの道のり。私たちが歩く道。君は私の手を引いて歩くでしょう。けれど私は少し頼りないって思っちゃう。だって君はやみくもに走って……ひたすらに動いで……やがて迷うだろうから」


 桜の悲壮感ある言葉に弥生は反論できなかったから。

 彼は自分が他人を引き連れる自信はない。これまでの人生ははるかかなたまで続くレールの上にいると自覚している。

 今だって逃げるプランなんて全く考えていないし、十四歳のときのように、必死に組んだ計画(デート)が狂うかもしれない。


 だから……


「だから!」


 己の弱みを言い当てられ、弱気になった弥生へ桜が叫ぶ。眼前から迫りくる妖魔にまったく怖気づくような気配はない。

 驚いて振り返ってみれば桜は立っていた。笑っていた。

 そして彼女が浮かべる笑みは、作られたものでも、太陽のようなものでもない、


 戦士のような、英雄のような威厳あるもの。


 桜はゆっくりと弥生の前へ立つ。弥生は一瞬制止しようとするも、彼女の覇気に気圧され、動けない。


「だから、()()()()()!! あなたの! 私と君がこれから拓き、歩んでいく道を! 君が二度と迷わないように!」


 瞬間、桜へ天からか、神からか、それとも体の中からか、託宣が届いた。

 それはかねてからの桜の業、そして一族の呪い。


 【職業、陰陽師の就職への義務、『ステータスの適性』『陰陽道の才能』『己がこれから歩む道の揺るぎない決定』を確認しました。安倍桜は『陰陽師(おんみょうじ)』に就職しました】


 絶対に自分がなることはなかった存在へ就いた桜は複雑な気持ちとなる。憧れと忌避が入り混じったようなもの。

 けれど気持ちはすぐに晴れやかとなる。


 今まで守られてばっかりだった、そして守られるだろうこれからの惨めで弱っちい運命を変えることができたのだから。

 彼女は告げる。


「陰陽()之道……」


 桜の右手が激しく発光、熱を帯びる。

 これまで彼女の右手が光ったのは二回。そのどちらよりも温度は高く、眩しい。


照御手(てるみて)


 弥生の視界が白く染まる。

 目をつむっても目から入ってくる情報は全く変わることはない。手で顔を覆ってようやく暗くなるほど。

 しかしながら不思議と熱くはなかった。むしろ温かいくらいだ。


 視界が暗く戻ったとき、弥生はようやく目を開く。



「これは……」



 弥生の視界に妖魔は入らなかった。

 彼の周りにいる、いやあるのは黒焦げになった灰のみ。これらが妖魔のなれ果てなのだとは弥生も察することができる。


「桜さん、君がやったのかい?」


 弥生の言葉はいわば確認のようなもの。けれど桜は質問に答える前に、膝から崩れてしまった。

 咄嗟に彼女を抱きかかえてみれば、彼女はまだ意識はある。かすれた声で彼女は答えた。


「うん……けれどうまく使いこなせないみたいだ。もう体力が残っていない……」


「ありがとう、君のおかげでどうやら危機は乗り越えた」


 敵がいなくなり、一息つくふたりだが弥生の目が覚める。

 なぜならはるか遠方からナニカが近づいてくるからだ。妖魔とは反対方向、姿は見えない。

 考える間もなく、弥生の正面の()()()()()()()()


 人丈ほどの土山ができたと思えばすぐにほろほろと崩れ、なかから()()()()()()()


 1.8mはある巨大な彼は身長だけでなく、まるで壁のような肉付きであり、大の大人が押しても引いても動かなさそうだ。顔つきは日帝人。だが狼のような目つきと委縮してしまうような強面、後ろに流れる髪はまさに軍人。それは彼が着ている()()が、彼が軍人だと一層際立たせている。


「子供の転送場所に魔人の大群が迫っていると報告があり、()()に頼まれ来てみれば、まさか自分たちで倒してしまうとは。これは『軍』が欲しがる逸材だな」


「あんた、何者だ?」


 無表情で呟く男に弥生が警戒心を解くことなく質問。


「ふむ、『龍堂(りゅうどう)』とだけ言っておこう。安心しろ。貴様らを助けに来たのだ」


「味方なんだな? じゃあ聞く。ここはどこだ? あいつらはなんだ?」


 龍堂からは感じたことのない圧を感じつつもそこに敵意などはなかった。弥生の質問にも丁寧に返してくれる。


「ここは貴様らが暮らしている『現界』とは違う世界、『魔界(まかい)』。やつらは侵略存在(インベイダー)、魔人だ。貴様も『軍』の関係者ならば聞いたことぐらいはあるだろう? この世界こそが、『軍』が日帝皇国を狙う侵略存在(インベイダー)と戦う場所なのだ」

 

 龍堂の説明は不思議と疑問を持つことなく受け入れた。なぜなら父らが参加する、京都で開かれる会議、一度だけ弥生は出席したことがあるが、そこで話された内容が龍堂が言った説明そのものだからだ。


「さて、質問があろうがなかろうが、我々はここから動かなければならない。魔人がまたいつ攻めてくるかわからないからな」


 そういうと龍堂はふたりに近づく。そして刀のようなごつごつとした岩石でできた棒を地面に突き刺す。


()()()()()・岩胎」


「なっ⁉」


 龍堂の呪文で三人は岩に包まれる。暗闇の中、岩がなにやら高速で動いていることはわかった。

 移動の最中、弥生は再び龍堂へ敵意を向ける。


「おまえ、陰陽だと? 安倍家の関係者か⁉」


「違う、陰陽道が使えるだけだ。それとむやみに動くな。岩胎の速度が下がる。私ははやく帰りたいのだ」


 ***


 数分後、三人を覆っていた岩が花のように開く。

 彼らがいたのは先ほどの荒野ではない。見えるのは重々しい壁に張り巡らされた鉄のパイプ。付近を歩き回る軍人、まさに軍事施設であった。

 吹き抜て見える赤い空が、ここがやはり魔界なのだと理解できる。

 

 唖然とする桜と弥生を無視し、龍堂は建物の中に入ってしまう。

 同時に建物から出てきた人間が一人、琉判だ。


「申し訳ございません。まさかあんなタイミングで魔界への門が開くとは思わず……」


 常に余裕を感じさせる雰囲気をまとっている琉判には珍しく、動揺しているようだ。

 しかし背筋を伸ばしたと思えばすぐにいつもの様子に戻る。


「謝るのはこれくらいにして、禁領での続きをしましょう。君たちに残された道はひとつ、我々『軍』に協力することです」


「協力ってことは、魔人と戦えってことか? それが俺たちを結ぶとは思えないが……」


「話は最後まで聞くものですよ。あなた方が戦い、功績をあげれば『奏上権』が与えられます」


「奏上……日帝と話す権利ってことかい?」


「はい。そこで陛下に、自分たちの関係を認めてください、と申し上げるのです。それが認められれば、あなたがたは晴れて公に付き合うことができるのです。例え安倍家であろうと、2人を邪魔することは無いでしょう。邪魔をすることはすなわち、日帝陛下に逆らうのと同じなのですから」


 軍、日帝陛下、諸々は2人に取って突拍子もない情報の連絡であったが、否定することは出来なかった。それはお互いの常識の縁に届いており、信じることが出来たのも大きい。

 2人にとって琉判の提案は蜘蛛の糸どころか、鉄でできたハシゴにも感じた。


「どうです? もちろん訓練はきついでしょうし、戦うということは死ぬかもしれませんが......」


「関係ない」

「関係ないね」


 同時にふたりが口を開いた。一切恐れている様子はない。


「俺は桜さんと一緒にいたい。そのためなら命だってかけてやる」


「私もせっかく戦える力を手に入れたんだ。守られてばっかじゃ私の魂が許さない」


「桜さんを守る」

「弥生を守る」


「それが俺の義務だ!」

「それが私の義務!」



 同時にふたりが叫ぶ。意志には迷いも、不安もない。彼らの決意を聞いた琉判は満足そうに頷く。


「魔人を倒す力、揺るぎない義務、軍に入る義務は果たされました。2人の入隊を許可しましょう」


 そう言って琉判は2人に銀色の指輪を渡す。一見どの指にも合わない大きな指輪であったが、不思議なことになんと指にはめると大きさが変わった。


 ファンタジーのような出来事に驚きながら、桜は琉判に質問する。


「そういえば軍って正式名称とかはあるのかい?」


 それを聞くと琉判はニヤリと口角を上げる。もちろん髭がそう動いていた気がしていただけだが。


「私たちは、この日帝皇国のシンボルである『紅き丸』を守るという意志を持って、こう名乗っている」


 ふと、二人の視界にとある紋様が映った。


 燃え盛るような赫い丸。


 故に琉判から発せられた言葉には妙に納得がいった。

 

 「……大日輪皇國軍だいにちりんこうこくぐん

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