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第九話 「運命は無慈悲なり」

 弥生十六歳。

 許嫁を紹介されてから一ヶ月。

 彼の心に平穏はなかった。成人にもなっていないのにすでに結婚相手が決められたのだから。

 それも全くの赤の他人。

 いや、彼女のほうは弥生のことを知っているらしい。というのも父に沙耶香を紹介されたとき彼女が、


(ワタクシ)あなたの刀に惚れましたの」


 と言ってくれたのだから。異性に刀を褒められたのは初めて。桜からも言われたことはない。彼女の美貌とその一言で沙耶香は弥生にとって忘れられない人になった。


 鍛錬を終えて弥生が見ているのはスマホのトーク画面。


「桜さんどうしたんだろう?」


 二人はほぼ毎日のようにメール、ときには電話で桜と繋がっていた弥生だったがここ数日まったく彼女からの連絡がこない。

 もちろん彼女にも用があって連絡が取れないという可能性もあるだろう。何度かそんなことがあった。

 けれど今回は今までとは違った。


 なぜなら彼女から最後に送られてきた言葉が、



「もう会えないかも」


 

 だったからだ。

 この一文を読んでから弥生は不安で不安でたまらなくなった。彼女にうそをつかれたことはない。彼女と会えなくなるという不安は日に日に増していく。迷いは剣にも浮かんできたのだろう。

 日課の修行中に剣の先生より、


「剣筋がブレていますね。もう少し落ち着きましょう」


 と言われたのだから。

 しかし弥生が自分一人で落ち着くことなどできるはずはない。一向に連絡が取れない今、不安を払しょくする解決方法は一つしかないのだ。

 そのために弥生はひとり軽い荷物をもってホームに降りる。

 階段を下りて改札を抜けると一年ぶりの、いや一年前は別の駅で降りたから、およそ二年ぶりの京都の街並みが弥生の目に飛び込んできた。


 京都に訪れたのはもちろん桜と会うため。メールのあの一言の意味を知るためだ。許嫁の件もなにかしら決心がつくかもと、淡い期待を込めながら。


 桜の実家は京都の支配者である安倍(あべ)家。

 家の場所ももちろん京都の中心にあるらしい。らしい、というのは桜は弥生に実家についてあまりしゃべりたくなさそうであり、家に行くこともなかった。近づきたくもなかったようであった。


 約30分後。

 ようやく桜の実家である安倍家の本邸へとたどり着くも、


「でっかい……」


 本邸というよりもそれはもはや城であった。天守閣などはないものの、落ちたらもう上ることは不可能であろう堀で囲まれ、対岸に生えた木の隙間から見える建物はもちろん木製。屋根の瓦や漆の具合からまさに1000年前からあったものだろうと察することができる。

 堀を十何分もかけてぐるりと回ってようやく内側へと続く橋を見つけるも車が通るのだろう、コンクリート製の道路が橋の上にあり、奥には巨大な門が佇んでいる。


 弥生は何をすればいいかわからない。

 というのも目の前の家にはインターホンらしきものがなく、かといって直接門をたたくのもはばかられるからだ。


 それでも桜に会いたい。

 決意を固めて橋を渡ろうとしたそのとき、


「もし、金色の髪をした少女を探しているのですが、ご存じです?」


 弥生の後ろから彼に声をかける人が。振り返ってみれば一人の初老の老人が立っていた。まるで執事のような様相で、鼻の下から生えた髭は口を隠しまるで習字の筆のような形だ。

 弥生にとって老人の姿はどうでもよかった。なぜなら彼が言った質問が明らかに……


「さ、桜さんを知っているんですか⁉」


 桜の手掛かりらしきものを見つけ興奮気味に聞き返す弥生。老人も驚きながら彼に返答。それは老人が捜しているのが少年が口にした名前と同じだったことを意味する。


「はい。あなたは?」


「弥生……と申します。武御雷弥生」


 少年の名前を聞いた老人はひどく動揺している様子だ。


「そうですか。あなたが……失礼。私は或世(あるせ)琉判(るはん)と申します。安倍桜(あべのさくら)の従者のようなことをやっております。あなたのことは彼女から聞いていますよ」


「琉判、さん。桜さんは、いなくなったのですか?」


「はい、今朝から姿を消しておりまして。ここ数日ずっとそうなのです」


 桜がいないことはともかく、どうやらけがなどして彼女の身に何かあったというわけではないことに安堵する弥生。

 一方琉判のほうは神妙な面持ちで黙っている。言葉を考えているようだ。

 しかし言わなければいけないこと。


「大変残念ですが、あなたは桜様とはもう会えないのです。そして会おうとすることもおすすめしません」


「え?」


 琉判の言葉はもちろん弥生が理解することはできない。冗談かと受け取る。


「それは……どういう意味です?」


「まずあなたが武御雷(たけみかづち)家の人間だからです」


「俺の家が……どうしたんです?」


 弥生は自分の家が特別だということは知っている。しかしなぜ家名が彼女と会えない理由となるかわからない。


「まず陰陽師と侍の関係の歴史について話さなければいけませんね。それは千年前にさかのぼります。かつて日帝という国に表立ってはびこっていた妖魔。彼らを退治すべく生まれたのが、自然の運命(流れ)を操作する職業、陰陽師です」


 老人の目線の先にある京都最大の城、安倍家本家。その歴史なり陰陽道を弥生は初めて知る。もっとも妖魔という存在自体は弥生も認知している。なにせ現代でも彼らはいるのだから。


「陰陽師の出現によりこの国での妖魔の被害は激減しました。その功績をたたえたのが、かつての日帝(にってい)です。日帝は彼らに京都の守り手という特別な地位をお与えになりました。それ以来安倍家は日帝の庇護を一身に受けつつ京都を守り、支配してきたのです」


「それが、どうして武御雷家との因縁につながるんです?」


「武御雷家、というよりも武士や侍にですね。日帝の配下であり『軍』の前身……『隊』が守護だけでなく、『向こう側』へと侵略するようになったとき、『陰陽師』だけでは戦力が足りないと『隊』は判断しました。そこで彼らが雇ったのが、ちょうど戦乱が終わって仕事がなくなった武士や侍です」


「じゃあ……陰陽師は仲間が増えたってことです? よかったと思いますけど……」


 弥生の純粋な疑問に琉判は笑いながら続ける。


「そう簡単にも行きませんよ。陰陽師たちは侍や武士を雇うと『隊』が決めたときこう考えました。『日帝からの恩寵が減ってしまう』と」


「そんな、子供みたいなわがまま……」


 苦い顔をする弥生に琉判も共感する。


「ですね。そして実際に『向こう側』で活躍する侍や武士に日帝や『隊』の興味は移りました。陰陽師である安倍家は侍や武士をひどく恨み、ねたみました。その侍の頭領である『武御雷家』は安倍家の中でも特に忌むべき存在になっているのです……」


 琉判の説明を聞き終わった弥生は聞いていくうちにどんどんと溜まった感情をぶちまけた。


「ふざけるな!」


 弥生にとって琉判から伝えられたことはまったくもって受け入れられなかった。勝手かつ、くだらない。齢17の弥生ですらそう感じることに大の大人が必死になっていることが。そしてそれで桜さんと会えなくなることが理不尽でたまらない。


 しかし琉判は彼を慰めない。なぜならもっと悲惨でおぞましい現実を目の前に就きつけなければならないのだから。


「もうひとつ、彼女はあなたと会うことはできません。なぜなら彼女にも()()()()()()()()()()()


「………………え」

 

 琉判からきいたすべての情報が吹っ飛んだ。頭の中が空っぽとなり、なにも考えることができない。


 弥生は彼女になみなみならない感情を向けている。それが由来となって弥生を動揺させた。彼女が誰かの者になるということにひどく嫌悪感を覚える。


「うそ、ですよね?」


 初対面の少年にうそをつくはずはない。それでも弥生はそう聞かずにはいられなかった。

 老人は返答しようか戸惑っている。本家をちらりと見ていることからもしかしたら安倍家に関わることなのだろう。いや、もしかしなくてもそうだ。

 

「桜さんがずっと陰陽道を使えなかったということは知っていますね?」


「……はい。取り繕ってはいましたが、彼女はそのことに苦しんでいたことは自分もうすうす感じていました」


 混乱しながらもなんとか老人の質問に返答する。それだけが彼の理性的にさせる唯一のものだった。もしなかったならば弥生は何も判断できなかっただろう。赤信号でも横断歩道を渡ってしまう。

 

「けれど一ヶ月前彼女は目覚めてしまいました。陰陽五行道とは違う第六の()、『()の道』に。陽の道を『辿る』人は実に290年ぶりの逸材。その才能を『軍』は彼女を欲しがるでしょう」


「それって、いいことじゃないんですか?」


 すがるように尋ねる弥生。なぜなら覚醒の要因となったひとつに自分も絡んでいるからだ。もしそれが彼女と離れることができないのならば弥生は彼女に合わせる顔がない。

 すでに罪悪感で押しつぶされそうだ。


「安倍家の()()はそうはおもっていません。なにせ今まで落ちこぼれだと蔑んでいた人間が、『軍』が欲しがる才能を有したのだから。もし彼女が軍で権力を持てば仕返しをしてくるだろうと重鎮は考えているのです。だからこのことが軍にバレる前に彼女を婚約という体で隠してしまおうとしているのです。さらに彼女はその陰陽道で事件を起こしてしまいましたから」


「…………っ!」


 弥生はもはや今心に渦巻いている感情に当てはまる言葉が見つからなかった。

 ただ純然たる怒りと呼べるものだけがあった。勝手な大人の保身のために自分の恩人である桜を消してしまおうというのがもう許せなくてならない。


「彼女は……結婚についてどう思ってるんです?」


「……さあ、それを聞いてから彼女は姿を隠しましたから。夜遅くまで……」


 琉判が最後まで聞き終わることなく弥生は走り出した。

 彼女を探すために。


 彼は走った。


 彼女を探すため。


 彼女と初めて会った寺にはいない。

 

 カフェ『木漏れ日』にもいない。

 

 弥生が初めて出席した会議場にもいない。

 

 どこをさがしても、何時間探しても、やはり彼女はいない。


 しかし彼は京都を回り、彼女との観光を思い出していくうちに桜には秘密の場所があると気が付いた。

 一縷の望みをかけて弥生はそこへと赴く。

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