009 ゴリラと戦う
黄昏時の砂漠に差す夕日に彩られた漆黒のシルエットが破壊された輸送車の残骸の上に、静かに佇んでいた。その異形は、六本の脚を持つデューンウォーカーだった。そのコクピットから降りてきたのは暫く手入れをされていない伸ばし放題の髪の毛に、伸びきった髭を持つ男だった。服装は東部の軍服と思われたが、襟章などは無理やりに引きちぎったあとがあり、長い生活からいたるところが綻んでいた。
この男は賞金額1億5千万¥の【破砕のジョー】と呼ばれる男であり、乗っていた機体こそ愛機のジャガーノートだ。ジャガーノートのそれぞれの脚の先端にはレーザーカッターが備え付けられ、破壊された車両の金属を無残に切り裂いた痕が残っている。
元軍人でありながら、今は路上強盗として生きるジョーは、今日も輸送車を襲撃したばかりだった。軍の規律になじめず、この作業用デューンウォーカーを奪って東部から西部へと流れ着いた。器用な手先と良く回る悪知恵が功を奏し、この西部で生き続けられている。
今は、無惨な姿になり果てた輸送車の内部から、使えそうな資材や食料を調達している最中だ。機体の修復や燃料になりそうな物は確保できたが、決定的なモノが欠けていた。
「食い物が足りないな……」
ぼそりと呟くジョーの声が、破壊された車両の立てる金属音に掻き消されながら響く。次は食料輸送車を狩りに行くか。そう決意を固めると、ジャガーノートは残骸を後にし、夕闇が迫る砂漠の彼方へと消えていった。
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広大な砂漠の真ん中を、ウィンディ商会のトレーラーが力強く進んでいく。その前方に、ハワードが操縦するリーパーが駆け足気味に走っていた。トレーラーの後ろにはヴィハンとホイザーの乗るキャリアカーが追走している。灼熱の太陽が容赦なく砂漠を照りつけ、風が巻き上げる砂塵が視界を遮る。
ハワードはコックピットの中で、熱で歪む外の景色をモニター越しに眺めていた。今のところはシステムは異変らしいものは検知していない。ヴィハンの方でも、より強力なスキャナーを搭載しているが同様の結果だった。
砂漠を移動するのは、変化の乏しい景色が続き、どうしてもやる気が削がれる。ハワードはあまりこういった仕事には向いていなかった。楽な仕事に部類されるか、いつでも気を引き締めていなければいけない分辛い仕事であるか、ハワードはこの仕事を前車として捉えていた。
トレーラーの運転もしているウィンディ商会の一人主のウィンディは後者として捉えている。こんな危険な場所で輸送の護衛を引き受けるのは、決して楽な仕事ではない。だが、隣町に物資を届けるこの仕事が生活に関わる大事な仕事だと思い、気を張って運転していた。
「どう?何か異変はないかしら?」
「今の所、なにもありゃしないね。何かあったらバッチリ守るから安心してくれ、ウィンディ」
無線でやりとりする短い会話が、単調な旅にわずかな変化をもたらす。ハワードは、いつ襲撃者が現れてもいいように、神経だけは研ぎ澄ませていた。
砂漠を順調に進んでいたトレーラーだが、突然に鳴り響いた警報で前進を止める。前方の砂漠が盛り上がり、6本脚の異形のデューンウォーカーが現れる。それに呼応し、ハワードのリーパーも大鎌を構える。
「おいでなすった!デューンウォーカーだ、デケェぞ!!映像を送る。何か分かるかヴィハン!?」
砂漠の中から現れた巨大なデューンウォーカーの映像を解析し、ヴィハンは賞金首の【破砕のジョー】にたどり着く。
「そいつは1億5千万¥の賞金首のジョーだ!6本脚のそれぞれに武装がついているはずだ、気を付けろ!」
砂塵を巻き上げながら、その六脚の影は猛烈な勢いで迫ってくる。
ハワードのコックピットに警告音が鳴り響く。
「野郎、遠距離できんのかよ!?」
彼は叫び、リーパーの高速振動サイズを構えた。ジャガーノートは躊躇なくレーザーカッターから光線を放ち、トレーラーの側面を焼き切ろうとする。ハワードは即座にリーパーのブースターを轟かせて接近し、その軌道を逸らした。
静かだった砂漠に、金属と金属がぶつかり合う激しい音が響き渡り、二つの巨大な機体が火花を散らしながら、死闘を繰り広げ始めた。
一見すると、互角に見える戦いだが実のところ、ハワードは焦りを感じていた。レーザーカッターによる攻撃と防御は高速振動の大鎌との相性が悪く、攻撃するたびにサイズが破損していった。対するレーザーカッターは発生器に損耗を与えられず、じりじりとこちら側のみが消耗していくだけだった。
「バチバチやりあうのも悪くねえけどよ、本気出して行ってみますか!」
激しいレーザーの閃光と金属が擦れる音が響く中、ハワードは冷静に状況を判断した。このままでは武器が持たない。彼は一瞬の隙をついてジャガーノートから距離を取り、リーパーの各所に増設されたブースターを一斉に噴射させた。
轟音と共に機体は一気に宙を舞い、砂漠の上空を縦横無尽に飛び回る。ブースターが生み出すジェット気流が砂塵を巻き上げ、ジャガーノートの視界を遮った。
「どうだ!ついてこれるかいッ!?」
ハワードは叫び、ブースターの出力を調整してジャガーノートの周囲を攪乱する。地上を這う六脚兵器と、空中を舞うリーパー。戦いの舞台は一変し、リーパーの高速機動がジャガーノートを翻弄し始めた。
「ちくしょぉ!なんてデタラメな機動力なんだ、あの野郎!」
その巨体からは想像もつかない機動力でジャガーノートは応戦するが、空を自在に舞うリーパーの敵ではなかった。
地上から全方位に向け、レーザーカッターを絶え間なく照射する。だが、リーパーはそれをまるで舞を踊るかのように軽やかにかわし、ジャガーノートの攻撃は虚空を焼き焦がすだけだった。
「くそっ!」
焦燥を募らせるジョーをよそに、ハワードは冷静にリーパーを操り、一本、また一本と、確実にジャガーノートの足を切り落としていく。鈍い金属音が響き、地に落ちた脚が砂塵を巻き上げた。
すべての脚を失い、無残な姿で砂漠に崩れ落ちたジャガーノートは、もはや動くことも攻撃することもできない。機体のハッチがゆっくりと開き、ジョーは敗北を認め、静かに降参の意を示した。
ヘルメットを通して相手の損害状況を推測し、もう何も起こらないと確信したハワードがコクピットの中でつぶやいた。
「戦う相手が悪かったな。1億5千万¥の賞金確保だぜ。」
ジャガーノートを確保するため、ハワードはリーパーをゆっくりと降下させた。だが、その瞬間、静寂を破って大地が激しく震動し、砂漠の地中から巨大なワームが咆哮を上げながら飛び出してきた。それに続くように、金属の皮膚に覆われた体長五メートルほどのゴリラがリーパーに襲い掛かる。
「なんだよ、こいつらッ!?」
ハワードは困惑した。ジャガーノートとの戦闘とは全く異なる、明らかな異常生命体の襲撃だった。
ワームの群れが次々とリーパーへと牙を突き立てる。金属が凹む音がして装甲板が穿たれていく。このまま機動力を奪われては不味いと思い、即座にリーパーは多少の損壊を無視して高速振動サイズを使ってワームを切り裂いていく。そのまま、一気にブースターを加速させ、その場を離脱する。
直後、リーパーが居た場所へ金属ゴリラがその両腕を振り下ろした。間一髪で拘束されるピンチを乗り越え、そのまま上空に待機する。どうやら、現れた異常生命体は理由は不明だが、リーパーのことしか狙っていないみたいで、荷物を搭載しているトレーラーには見向きもせず、大破したジャガーノートにも反応を示さなかった。
「何が狙いだ?俺はお前らみたいな知り合いは居ねぇんだ。さっさとどっかいけっての。」
コクピットで悪態をつくハワードだが、依然として敵はこちらを凝視している。
「こんなときのために遠距離武器は必要かもなぁ。でもガトリングは過積載で飛べなくなるしな」
などと余裕を持っていると、切断されたジャガーノートの脚をおもむろに掴んでこちらへと振りかぶる。
ハワードが「まさかな」と思っていると、そのまま上空のリーパーへと投げてきた。その精度は高く、回避行動を取らなければ、命中をしていた。回避した後、ハワードの顔に冷や汗が垂れる。
「マジかよ」
通信でヴィハンがハワードに連絡を入れる。
「微妙に投擲物に困ってトレーラーに手を出されるのは勘弁してほしいところだな」
「しかたねぇ、降りて叩っ切るしかねぇな!」
ハワードはブースターの方向を変えて、地上へと降りていくと振り上げたサイズでゴリラの首を狙った。しかし、驚くほどの俊敏性を見せる金属ゴリラは簡単にバックステップで回避した。砂地で足を取られるものと思ったハワードからすれば当てが外れたと言わざるを得ない。おまけに、一撃程度の攻撃なら、金属の表皮部分で受け止める事すらできる頑強さを誇っていた。
「たかがサルだと侮ったわ。これは、この間の竜よりエグイぞ!」
ハワードの焦りが無線越しに響く。リーパーの右足が、巨大なゴリラの強靭な腕に掴まれていた。ミシミシと、金属の装甲板が悲鳴を上げ、嫌な音を立てて歪んでいく。
リーパーの機体を通じて、足に激痛が走る。だが、ゴリラもまた、リーパーの動きを封じることに集中しており、その動きを止めている。やるなら今しかない。
ハワードは叫び、リーパーの出力レバーを全開にした。エネルギーが高速振動大鎌に集中し、刃が白く輝き始める。
「これで終わりだ!」
ハワードは渾身の力を込め、頭上から大鎌を振り下ろした。白く輝く刃が、ゴリラの硬い頭部を真っ二つに叩き斬った。
「なんとかなったか」
ヴィハンの声が通信機越しに聞こえる。リーパーの片足はダメになっていた。早急にメンテナンスの必要がある。
「片足がダメになった。悪ぃがキャリアカーをメンテモードにしてくれ。」
「了解、ドッキングはそちらのタイミングで良いぞ」
「ほんじゃ、10秒後に……、3、2、1、ドン!」
デューンウォーカーをキャリアカーに横たえらせて、コクピットからハワードが出てくる。出てきたハワードを後部座席からホイザーが出迎える。
「ハワードさん、大丈夫でしたか!?」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと握られた部分が痛かったくらいで、俺自体はピンピンしてるよ」
ホイザーに現状報告を軽くして、そのまま運転席側に移動し、ヴィハンに声をかける。
「ヴィハン、修復はどのくらいかかりそうだ?」
「足だけとはいえ、フレームにまでゆがみが入っているようだな。今晩は動けないだろうな。」
「しかたねぇ、ウィンディには悪いがここで足止めだな。」
ハワードは観念した表情でウィンディに通話を入れる。
「ハワードからウィンディ商会へ。悪いが、俺のデューンウォーカーの脚が破損した。補修を全力でやっても今晩一杯かかる見通しだ。朝まで動けなくなる。最悪の事態は無理やり動かして戦うが、何もない事を祈っておいてくれ。」
「わかったわ、こっちも夜通しで運ぶつもりはなかったからある意味ではスケジュール通りだわ。今晩中に動かせるようにしておいてね、頼んだわよ。」
「了解」
ハワードは軽く返すと、最悪が着た時はキャリアカーの上に陣取ってガトリングをぶっ放すしかないか、と思案していた。
倒したゴリラに何か使える素材が無いか確認していたホイザーが顔面蒼白にしてキャリアカーへと戻ってくる。
「あの、この異常生命体なんですけれど……。もしかしたらワイルドファング団の造ったものかもしれません。」
携帯端末に写った焼き印と、ホイザーの背中にある印は同じ物のようだった。
******
現場から遠く離れたところで、ワイルドファング団のジュリアンが歯噛みしながら双眼鏡を覗いていた。
「もう少しペットたちを連れてこれれば、確実に倒せたかもしれない……。いいや、ここは相手の力量を計れたということで良しとしよう。結果を兄貴たちに話して、ワーム以外の強いヤツを貸してもらえば……」
そういうと、ジュリアンはワームに飲まれるようにして内部に収納された後、拠点目指して砂の中を泳いでいくのであった。
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