008 護衛の仕事
ハワード一向は街に戻って、英気を養っていた。宿に泊まり、酒を飲み、続けて宿に泊まり、また飲む。その繰り返しをもう3日も続けていた。最初はやけ気味に明るかった酒の場だが、今は通夜のように静かだった。
ヴィハンとハワードの二人は、テーブルに並べられたグラスを睨みつけ、不機嫌そうに酒を煽っていた。美味しい料理に喜んでいたホイザーも、二人の空気に当てられて今は口を噤んでいる。
「あの、残りのお金、もうほとんどないですよ……」
ホイザーが恐る恐る声をかける。その言葉に、ヴィハンはグラスをテーブルに叩きつけるように置き、乱暴に頭を掻いた。
「わかってる……わかってるんだ……」
ヴィハンの声は、言葉とは裏腹に、珍しく苛立ちを隠せていない。
「あー、……別に、遊んでるわけじゃねぇんだよ?」
ハワードもまた、無言でグラスを傾けながら、ホイザーに顔を向けずにポツリと呟く。
あの場所のことは、誰も口にしない。しかし、三人の脳裏には、あの夜、オリジンライトから現れた巨大な生命体の姿が焼き付いていた。桁違いの獲物を前にしながら、手も足も出なかった悔しさが、この荒れた酒の席を作り出していたのだ。
連邦保安局に報告したところで、握り潰されるのは目に見えている。あまりにも常識外れの事案は、そう簡単に信じてもらえない。それに、あの場所はまだ誰にも知られていない。知られたという噂も聞いたことが無かった。
「今は、大人しく金を稼ぐしかないな。そのうえで、あの場所を攻略する」
ヴィハンがそう言うと、ホイザーはホッとしたように息をついた。二人の空気が悪かったので、正直居場所が無かったのだ。
「なら、新しい機体も手に入ったことだし、手っ取り早く賞金首でも狩りに行きますかァン?」
ハワードの空元気を出した提案に、ヴィハンは同意する。
「賞金首……、どれを狙いますか?」
ホイザーが尋ねる。
「異常生命体だな。人に手をかける必要もねぇし、デッドオアアライブで気兼ねなくやれる」
ハワードはそう答える。確かに、今のリーパーの武装なら、切断のみで素材を綺麗に捌くことも可能だろう。だが、ヴィハンは眉間に皺を寄せた。
「手配されるのは多くがイレギュラーの異常生物で、そういうのは大抵、裏で作成者のならずものがいる。さらに言えば、異常生命体を作るのにオリジンライトが必須だから、それもそこにある。」
「なら、俺に良し、お前に良し、みんなによし、じゃねーか」
ハワードは皮肉めいた笑みを浮かべる。しかし、ヴィハンは真剣な顔で首を横に振った。
「賞金首のポスターの裏に、目に見えない敵が多いってことだ。慎重にいかないと、こっちがやられる。異常生命体に加えてデューンウォーカー乗りが居た日には、キャパ超えるだろう。どう考えてもな」
退屈そうにスプーンを口にくわえたまま、ハワードが喋り出した。
「じゃあ、暴走機械にしようぜ。この間のダイダラみたいなやつだ。ただ倒すだけなら簡単だろう?」
「お前なぁ……あの時、自爆して街ごと焼野原にしたヤツ、覚えてないのか?おかげで賞金はパアになったし、あの時のブロンコの足の遅さはマジで死ぬかと思ったぞ」
ヴィハンの言葉に、ハワードは妙に納得したように頷く。あの時は非常に追い詰められていた。何せ、倒したと思った瞬間から600秒のカウントダウンが始まって、街に近いところで倒したこともあり、街は未曾有の大混乱へと陥った。あの経験があって、ハワードは今回リーパーに機動力を与えたのだった。
「確かに、あのときゃヤバかった。今回リーパーの足回りを弄ったのだって、アレが元だからなー」
ハワードがぼやくように呟いた。記憶に残っていたらしい。
ホイザーが二人に最後の提案をする。
「シンプルに、悪党を倒すっていうのはどうです?」
その言葉は、確かに魅力的だった。相手は、異常生命体のようなわけのわからない怪物ではない。人間だ。しかし、人間だからこそ、厄介なのだ。
「デューンウォーカーに乗ってる奴らは、逃げ回るのが仕事みてぇなもんだからな。追いかけるのが面倒くせぇ」
ハワードがぼやく。その通りだった。砂漠の海を縦横無尽に走り回るデューンウォーカー乗りを追いかけるのは、途方もない時間と労力を要する。彼らは逃げながら次の犯罪を犯すため、追いかけること自体に意味はあるが、決定的な一撃を加えるまでが難しい。
「アジトにいる連中もなぁ…近隣の村や街を人質にするから、下手に手が出せない」
ヴィハンが続ける。組織だった悪党は、必ずと言っていいほど、無力な人々を盾にする。賞金首を倒したとしても、その代償として罪のない人々の命が奪われる可能性を考えると、迂闊には動けない。
ホイザーの提案は、シンプルながらも、その奥に複雑な問題を含んでいた。三人の間に再び沈黙が訪れる。それぞれが、どの選択肢が最も効率的で、そして安全であるかを模索していた。しかし、どの道を選んでも、一筋縄ではいかないことは明らかだった。
「結局、どれがいいんですか?」
ホイザーの問いかけに、二人は押し黙る。荒れた酒の席は、再び静けさに包まれた。
ホイザーの脳裏に、一つの考えが浮かんだ。単純に人手が足りないのではないか。自分もデューンウォーカーに乗って戦力になれば、状況は変わるのではないか、と。
「私もデューンウォーカーに乗れますか?」
恐る恐るそう尋ねるホイザーに、ヴィハンはため息混じりに答えた。
「乗るだけなら、な。だが、乗りこなすとなると話は別だ」
ハワードもそれに続く。
「それに、デューンウォーカーはそれなりの金がかかるんだよ。まともに動く機体を買おうと思ったら、今の俺たちの金じゃ足りねぇ。その金がないんだよね、ホイザーちゃん」
ホイザーは言葉に詰まってしまう。確かに、機体を手に入れるには莫大な費用がかかる。その資金をどこから捻出するのか。問題は堂々巡りだった。
「わたしにも出来ることがあればなぁ……」
ホイザーは独り言のように呟く。それに対して、ヴィハンが思いついたことを答えた。
「デューンウォーカーは高くて買えないし、向き不向きの問題もある。キャリアカーに火力支援用の砲座を備え付けてみるか」
「あー、ん?なるほど、それなら戦場から遠ざけておいてなおかつ自力でキャリアカーも身を守れるようになって一石二鳥かもしれないな。」
ハワードはホイザーを戦場に連れて行くことに、内心では反対だった。しかし、ホイザーの提案には素直に頷いた。
確かに、デューンウォーカーが戦闘している間、キャリアカーはほとんど無防備になる。回避行動をとるのが精一杯で、まともな反撃手段がない。だが、ホイザーがキャリアカーの銃座に座れば、状況は一変するだろう。
「そうだな…キャリアカーに使ってないロングバレルガトリングを積むか。いくらか改造費用が必要だが、デューンウォーカーを買うよりは安く済む」
「良いんじゃない?ホイザーちゃんの支援を受けながら戦う。悪くないな。火器管制システムは車内においておけば、いくらかは安心できるし。」
ヴィハンが呟くと、ハワードも頷いた。
キャリアカーに新たな武装を施すことで、戦闘における選択肢が増え、より安全に戦うことができる。何より、ホイザーも無抵抗なままではない。彼女自身が戦力となることで、チーム全体の生存率を高めることができる。
ホイザーは自分の提案が受け入れられたことに安堵の表情を浮かべたが、その瞳には強い決意が宿っていた。
「そうと決まれば、まずは資金繰りからだな!てっとりばやく、賞金首探そうぜ!!」
先ほどまでの停滞感はどこへやら、ハワードはさっそく街中の賞金首のビラを何枚か集めてきて、真剣な表情で読み始めた。
「こいつなんかどう?ジョー・ロック・べへモス。近くの補給線となってる輸送車強盗してるやつ。生死問わずで1億5千万¥だぜ。改造費には十分だろ?」
でかい図体に似合わず、6脚を生かした俊敏な行動と各足に備えられたレーザーカッターが得意な近距離仕様のデューンウォーカーに乗った男らしい。元は軍属で、デューンウォーカーはその時に乗り逃げしているらしい。
「単独犯か。悪くないな、神出鬼没なのが問題だが、地道に護衛業も手を出してみて、ヒットを狙う感じになるな」
ヴィハンの冷静な指摘で、結構待ちの時間が増えそうだなと思ったハワードだが、顔に出すだけ出して声には出さなかった。
ホイザーはそれならばと、この店の会計を先に支払い、残った金で今後の食糧などを買う算段をつけていた。なんらかんらいって、一行の行動に慣れてきたホイザーであった。
翌朝、ハワードたちは酒の残る頭を振りながら、賞金首狩りに出かけるのであった。ヴィハンがキャリアカーの端末をいじって、適当な仕事を探す。隣町までの移動程度で、護衛を必要としているものを検索にかけて、良さそうな条件を拾う。
ウィンディ商会のトレーラー護衛というものを請け負うことにした。条件もなかなか良く、拘束期間が短めなのも気に入った。ヴィハンは仕事を受けたことをハワードへと連絡する
「とりあえず、護衛の仕事は受けておいた。護衛対象を間違えるなよ、ハワード」
「そこまでの酔いは残してないっての。んで、俺が守る相手はどこのどいつだ?」
「……頼むぞ?街の入り口にもう着いているはずだ。相手の名前はウィンディ商会と言ってたな。」
嘆息しながらも、ヴィハンはこれから守る護衛対象の名前を告げて、簡単なプロフィールのデータをハワードへと送り届ける。ハワードはいつも通りに斜め読みしたのち、とりあえずウィンディなる女依頼主の顔だけ覚えておくことにした。
街の入り口にたどり着いたハワードたちを待っていたのは、ヴィハンのキャリアカー「スヴァルニム・ジャーハーズ」をさらに二倍ほど長くしたような、巨大なトレーラーだった。砂漠のど真ん中、その異様な存在感は否が応でも目を引く。
「でっけぇな!俺たちのキャリアカーよりデカいぜ!!何を運ぶんだこれ?」
「大それたものじゃないわ、日用品と食料品が主な商品よ。」
トレーラーの運転席から降りてきたのは、20代後半と見られる女性だった。長く伸びたブロンドの髪をポニーテールにまとめ、作業着を着こなした彼女は、腕を組みながらハワードたちを観察するように見ていた。
「あなたがハワード?トレーラーを護衛してくれるって聞いたわ。私はウィンディ。よろしくね」
ウィンディはハワードの顔を見ると、にこりと微笑みながら自己紹介した。ハワードもリーパーのコックピットから降り、彼女に手を差し出す。
「ああ、俺がハワード・ヒューズだ。こっちは相棒のヴィハンと、新入りのホイザーちゃんだ」
ホイザーは自分の番が来ると、少しばかり緊張した表情で自己紹介を済ませる。ケモであることがばれると、街の町長のように差別されるかもしれない。そう不安に思っていたホイザーだったが、ウィンディは特に気にする様子もなく、「ホイザーちゃんね、よろしく」と笑顔で挨拶した。
「さっそくで悪いんだけど、護衛の詳細を話してもいいかしら?」
ウィンディはそう言って、トレーラーの後部へとハワードたちを促した。そこには、食料や日用雑貨などの大量の荷物が積まれており、彼女が商売をしていることが一目でわかる。
「私は隣町までこのトレーラーで商材を運んでいるの。あなたたちには、その護衛をお願いしたいわ」
「任せてくれ。俺のデューンウォーカー、リーパーがどんな奴が来ても追い払ってやるさ」
ハワードが胸を張って答える。しかし、ウィンディは表情を崩さず、冷静に続けた。
「ええ、頼りにしてるわ。でもね、最近このあたりは、厄介な輸送車強盗が現れているの。護衛を雇っても、トレーラーに被害が出てしまうことが多くて、うんざりしているのよ」
ウィンディの言葉に、ハワードは少しばかりむっとした表情を浮かべる。
「大丈夫だって!俺がついてるんだから、絶対にこのトレーラーに指一本触れさせないさ!」
ハワードがそう言うと、ウィンディはふっと笑い、契約書を取り出した。
「そうね、あなたの言葉を信じるわ。ただし、トレーラーに被害が出た場合、その被害率に応じて護衛料から差し引かせてもらうわよ」
ウィンディはハワードに契約書となるホログラフを空中に描き、にっこり笑った。その言葉に、ハワードはがぜん気合いを入れて契約する。
「上等だ、10¥傷一本もつけさせやしねぇよ」
ハワードはコクピットに乗り込むと、ウィンディにそう言い放った。ウィンディは笑顔で「期待しているわ」と言ってトレーラーの操縦席に乗り込んだ。
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