表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/14

007 巨大オリジンライト

 あれから一週間、ハワードたちは、険しい渓谷の荒れ地を進んでいた。キャリアカーは、巨大な車体を揺らしながら、ごつごつとした岩場を乗り越えていく。両側から迫る錆色の岩肌は、まるで巨人の口のようだった。砂埃が舞い上がり、窓の外の視界を遮る。ヴィハンはハンドルを握りしめ、時折、大きな石に乗り上げては、「チッ!」と小さく舌打ちをした。道のりは険しく、車の底を不規則な音が叩き続ける。この先には、オリジンライトが眠っているはずだ。その希望だけが、彼らを前へと突き動かしていた。なぜならこの方角に走り続けて以来、異常生命体が多く出現していたからだ。

 

 この世界では、異常生命体はオリジンライトから自然発生しており、その発生地点こそがオリジンライトの存在を期待できる場所だった。

 異常生命体には「レギュラー」と「イレギュラー」の二種類が存在し、レギュラーはある程度系統立てて研究が進んでいる

 レギュラー種は生命を模倣した存在が多く、宇宙船の中に記録されている生物と酷似している。その生物としての多様性は様々で、哺乳類から昆虫類のようなものまで模倣していた。しかし、サイズに関しては実物とは違い、2m~4mになることが多く、何も用意せずに近づくことは危険な存在であることは確かだった。

 

 そして今、彼らの行く手には、まさにそのレギュラー種の異常生命体が発生している。確認できた範囲では、バッタ、ゴリラ、豹などがいた。

 

「おいおい、ヴィハン!この異常生命体、全部レギュラー種みたいだな。どっかの馬鹿どもが弄り倒したイレギュラー種じゃなさそうだぞ!?」

 

 ハワードの声が、無線を通して弾んだ。集めた情報から、レギュラー種のみが発生している場所は、オリジンライトが自然な形で存在している可能性が高い。

 

「うむ。ツキが向いてきたようだな。落ち着いて行けよ、ハワード!」

 

 ヴィハンが冷静に返事をしながら、キャリアカーのハンドルをしっかりと握りしめる。

 

「がんばってくださいね、ハワードさん!」

 

「任せといて!ホイザーちゃん!!」

 

 後部座席からホイザーの明るい声が響く。彼女の励ましは、いつもハワードの心を奮い立たせた。

 異常生命体が多くなり、キャリアカーに襲い掛かってくるようになるとハワードはリーパーへと乗り込み、キャリアカーと並走しながら邪魔になる異常生物を切り捨てていった。

 切り捨てた異常生物の死骸を見やりながらハワードがヴィハンへと口を開いた。

 

「肉はダメにしちまうだろうけど、あとで皮とか取れるところは持って帰ろうぜ」

 

「余裕があればそうしよう」

 

 進むにつれ、異常生物の数は増していくが、リーパーの大鎌の敵にはならない。大きさも3m程度のもので、囲まれたとしても一薙ぎに切り伏せることができていた。

 

 そして、その時は唐突に訪れた。渓谷が開かれた場所になり、まばゆい光がその場所に満ちていた。

 

 その光景は、まさに神話のようだった。

 

 砂漠の真ん中に、塔のようにそびえ立つ巨大なオリジンライト。太陽があたり、その表面から放たれる光は、まるで七色の虹のように屈折し、角度によって様々な異常生命体を生み出していた。透過した光が地面に当たると、そこからワームがうごめき、巨大な甲虫が羽化し、ラクダの様なコブを持つ狼が産声を上げる。さらには、空へと放射された光が雲に当たると空を泳ぐ巨大なクジラのような生き物まで生み出されていた。まさに、想像を絶する生命の生産が目の前で繰り広げられていた。

 

「おいおい……とんでもねえ大当たりだぜ!」

 

 ハワードは興奮を隠せない。これほど大規模なオリジンライトなら、ハワードの刑期を帳消しにするどころか、謝礼金のお釣りが来るほどの価値があるかもしれない。

 

 愛機「リーパー」を駆り、ハワードはキャリアカーを置いてオリジンライトに近づく。しかし、周囲にいた異常生命体が、彼らの存在に気づいた途端、一斉に敵意をむき出しにして襲い掛かってきた。

 

「まぁ、そう簡単にはいかねぇわな!」

 

 空から急降下してきた巨大な甲虫が、リーパーの頭上に迫る。ハワードはとっさに大鎌の柄で防御するが、甲虫の鋭い鎌のような前足がリーパーの柄をガリガリと削り、火花を散らした。衝撃で機体が大きく揺れ、ハワードは操縦席の中で歯を食いしばる。

 

 その隙を見逃さなかったかのように、地上からは4メートルを超える巨大なコブオオカミが襲い掛かる。その異様な唸り声は、砂漠の空気を震わせ、リーパーのセンサーにノイズを走らせた。コブオオカミは、リーパーの脚部に狙いを定め、巨大な牙を剥き出しにして噛みつこうとする。

 

「くっそ、挟み撃ちか!」

 

 ハワードは叫び、コブオオカミの動きを予測して機体を傾ける。コブオオカミの牙はリーパーの脚をかすめ、砂漠の地面に深い溝を刻んだ。しかし、体勢を立て直そうとした瞬間、再び甲虫が頭上から襲い掛かり、リーパーの装甲が深くえぐられる。

 

「こなくそ!軽量化したから、装甲は分厚くはねぇんだよ!!」

 

 ハワードは新兵器の大鎌を振るい、縦横無尽に暴れ回る。高速振動する鎌は、ワームも甲虫も一瞬にして両断した。だが、押し寄せる数は一匹、二匹ではない。ひっきりなしに押し寄せてくる敵の波に、ハワードは次第にしびれを切らし始める。

 

「キリがねえな……このままだと、機体のエネルギーがもたねえ。」

 

 ヘルメットの拡張表示には機体のエネルギー残量は現在8割を切っていた。まだまだ余裕に思えるが、しかし、この数。この狂った数を相手に、残り全ての敵を殲滅し、無事に帰還できるか。

 

「ヴィハン!いったん撤退する!!この数相手に、いつまでも出てくる連中を掻っ捌き続けてもキリがねぇ!!」

 

「了解した。一度立て直そう。」

 

 ヴィハンの足が、アクセルペダルを床まで踏み抜く。轟音とともにキャリアカーが咆哮を上げ、車体が跳ねるように加速した。目指すは、目前に口を開ける巨大な峡谷。タイヤが砂埃を巻き上げ、後方に白い帯を描いていく。

 

 バックミラーに映るのは、オオカミや甲虫の異常生命体。その群れが、恐ろしい速度で迫ってくる。だが、ヴィハンは振り返らない。

 

「ハワード、頼んだぞ!」

 

 通信機から叫ぶヴィハンの声に、間髪入れずにハワードの応答が響く。

 

「任せろ、ヴィハン! ここは俺に預けな!」

 

 キャリアカーのウェポンラックから、ロングレンジガトリングを持ち上げたリーパーが機関砲の火線を閃かせた。ハワードは迫りくる生命体を冷静に狙い撃ち、次々と撃破していく。撃つたびに上がる炎が、夕暮れの空を赤く染め上げた。キャリアカーは、その炎の光の中を、ただひたすらに前へ前へと突き進んでいく。

 

「ここまで来ると追いかけてこないみたいだな。なぁヴィハン。賭けに出てみないか?」

 

「おまえが賭けというのは、大当たりか大外れしかないのだがな。なんだ?」

 

 ハワードは一つの賭けに出た。夜になり、光源が無くなればあの無尽蔵な異常生命体の発生は無くなるんじゃないのかと。

 

「なるほど、その間に何か覆い隠すものでも掛ければいいか。そのくらいの大きさのカバーならキャリアカーにあるな。レギュラー種は発生と同時に、オリジンライトから散開していく性質があると聞いた。夜になれば、散って数も少なくなっている可能性があるな。」

 

「へへっ、やってみる価値はあるだろう?」

 

 

 夜が訪れ、広大な空には無数の星々が瞬いていた。その光は、まるで遠い昔の物語を語りかけるかのように静かに瞬いている。

 

 天空に浮かぶ月は、柔らかな光を放ち、周囲を銀色に染め上げていた。その光は、地上のあらゆるものを優しく包み込み、まるで世界全体が静かな眠りについたかのようだ。

 

 オリジンライトの周囲は、不気味な静けさに包まれていた。昼には激しい戦いの場であり、無数の命が散った場所だ。しかし今、その喧騒は遠い過去となり、ただ静寂だけが広がっている。

 

 風が優しく吹き抜け、砂がさざめく。その静寂を破る唯一の音だった。

 

 その静寂は、あまりにも唐突に破られた。

 

 風のざわめきに紛れて、キュイィィィィィン!と、重く大きな吸気音が響き渡る。それは、まるで得体のしれない化け物が獲物を吸い込むかのような、不気味な音だった。

 

 次の瞬間、峡谷の暗がりから、漆黒の影が飛び出した。月明かりを浴びて、その姿がはっきりと浮かび上がる。鋭利な刃を持つ大鎌を、まるで自らの体の一部であるかのように構え、その身を覆う黒い装甲は、闇夜に溶け込む。その姿は、まさしく伝説に語られる死神そのものだった。

 

 死神は、爆炎を轟かせながら凄まじい速度でオリジンライトへと急接近してくる。その動きには一切の無駄がなく、ただ獲物に向かう捕食者のようだった。

 

 背中には自身に被せるカバーを背負い、近づいたらすぐにこれをかぶせて無効化する手はずだ。しかし、何か嫌な予感がハワードの中で渦巻いていた。直後、その正体が露見する。

 

「マジかよ!野郎、月光でも生成できるってのか!!」

 

 夜空に浮かぶ月光すらも、オリジンライトはエネルギーに変えていたのだ。昼間のような大群ではないが、発生した異常生命体は、どれも全長5mにも及ぶ大型のデューンウォーカーに匹敵するサイズのものばかり。彼らはリーパーに警戒心をむき出しにしているが、どうやら特定の距離まで近づかない限り襲い掛かってはこないらしい。

 

「昼間と違って少数精鋭か……。やってみるしか!」

 

 5メートルを超える巨体。それは、まるで神話から抜け出してきたかのような熊と鹿の姿をしていた。合計5体。その瞳は虚ろだが、放つ威圧感は圧倒的だ。大地を揺るがしながら、彼らはゆっくりとハワードへと歩み寄ってくる。

 

 リーパーを駆るハワードは、両手に構えた大鎌で果敢に立ち向かう。鋭い一撃が鹿の巨体を切り裂き、その場に肉塊へと変えていく。しかし、その隙を突くように、別の熊の巨体が突進してきた。

 

 回避しきれず、リーパーの機体に強烈な一撃が突き刺さる。装甲が悲鳴を上げ、火花を散らす。ハワードにも受けた胸部に殴られたような痛みが走る。ヘルメットに表示される機体の損傷率は瞬く間に50%を超えた。

 

「くそっ…!一撃でこれかよ。」

 

 呻き声と共に、その後に続く致命的な一撃を何とか受け流す。しかし、すでに機体は満身創痍。残るは4体。このままでは、ジリ貧だ。

 

 通信が入り、冷静なヴィハンの声がヘルメットに響く。

 

「ハワード、命あっての物種だ。」

 

「ちくしょう、諦めるしかねえか……」

 

 ハワードは歯を食いしばり、損傷した機体のコクピット内で、深く息を吐いた。モニターに表示される残り4体の巨大な生命体。5メートルを超えるその巨体は、リーパーの機体を嘲笑うかのようにそびえ立っていた。

 

「くそっ……!」

 

 ギリッと奥歯を噛み締め、ハワードは苦渋の決断を下す。今は、勝てない。1体を倒すのにあれだけの深手を負った。この状況で残りの4体を相手にするのは、無謀な行為だ。このままでは、リーパーごと破壊される。

 その光景を目にしたまま、残った四体の奥の方で、また一匹の熊が月光から生成された。これにはさすがのハワードも心が折れた。逆に心が軽くなる。

 

「あ、もう無理。ヴィハン帰るわ。」

 

 悔しさに、目頭が熱くなりかけたが、すぐに引っ込んだ。もう、ここまで来ると生きて帰ることが最優先だ。潔くオリジンライトを見送ることに決めた。ヘルメットの中のハワードの目は虚無を示している。

 

「ハワード、離脱するわ」

 

 通信機から力の無い声が響き渡ると、ハワードの心情を察したヴィハンは、何も言わずにキャリアカーのエンジンを再始動させた。唸りを上げるエンジン音は、ヴィハンの心かハワードの心情か。

 

 キャリアカーはゆっくりと、オリジンライトから離れていく。背後で、巨大な光が輝き続けている。それは、まるでハワードの敗北を嘲笑うかのように、遠ざかるキャリアカーの行く手を照らし続けていた。

今回の話を読んで、何か思ったことや感じたことがあれば是非ともコメントや感想を残してください。

イイネ!ブックマークも大歓迎です!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ