004 荒野の巨人
新たな仲間、ホイザーを加えてハワードたちの旅は続いていた。
キャリアカー「スヴァルニム・ジャーハーズ」の中は、活気があるものの、どこかぎこちない空気も漂っていた。ホイザーは街での仕事で身につけた家事の知識をもとに、食事の準備をしようと奮闘していたが、勝手が違うようだ。フライパンを振り回しながら、あちこちを汚してしまう。
「あわわわ!ごめんなさい!ハワードさん、ヴィハンさん、私、全然できなくて……」
申し訳なさそうに耳を垂らすホイザーに、ハワードは楽しげに笑いかけた。
「ははは!いいってことよ、ホイザーちゃん!今まで男二人だったから、飯は保存食か、ヴィハンが調達したレトルトを固形燃料で温める程度だったんだ。ちょっと焦げたくらい、なんでもないさ!」
「そうだな。それに、ホイザーさんがいてくれるだけで、車内が明るくなった。感謝しているよ。」
ヴィハンが優しい声でホイザーに語りかける。二人の言葉にホイザーは少しだけ耳を動かし、嬉しそうに微笑んだ。
夜、星が瞬く荒野にキャリアカーを停め、三人は焚き火を囲んで簡単な食事をとっていた。ホイザーが遠慮がちに尋ねる。
「あの……ハワードさん、ヴィハンさん。どうしてこの旅を?」
ハワードは焚き火に薪をくべながら、ヴィハンと顔を見合わせ、楽しげに語り始めた。
「俺は元々、辺境で遺跡を探すトレジャーハンターをやっててな。ヴィハンとは、古馴染みなんだ。こいつは凄腕のエンジニアで、俺がデューンウォーカー「ブロンコ」を見つけた時も、こいつが動かす方法を見つけてくれた。全身が錆びていて、普通なら廃品同然だったが、ヴィハンは古代の技術についてすごく詳しかったからな。コックピットの改造とか、キャリアカーのスヴァルニム・ジャーハーズの修理も全部こいつがやってくれたんだ。」
ヴィハンはハワードの言葉にその通りといったように頷く。
「ハワードが言うように、私は古代の技術に興味があって、その研究をしていた。ブロンコはまさにその集大成とも言える機体だ。私は一人のエンジニアとして、この機体の行く末を見ていたいだけなんだ。ハワードの暴走を止めるのはそのついでだな。」
ニヤリと笑いながら、ハワードへ意味ありげな目線を投げかける。その視線を意図的に無視して、ハワードは続けた。
「俺がブロンコを動かすのに必要なものをヴィハンは必要なだけ用意してくれる。言ってみれば、最高の相棒ってわけだ。キャリアカーのスヴァルニム・ジャーハーズは、その廃墟に置かれていたものを修理した。燃料や物資を積んでいくのに、ロボットだけでは不便だからね。」
「なるほど……それで、どうしてオリジンライトを探しているんですか?」
「あー、それは。まぁ、言っちまえば俺の落とし前の落とし所というか。」
ゴニョゴニョと、あまり要領をえない答えをするハワード。言いづらそうな彼に代わってヴィハンが答えた。
「前に住んでた街で、街を仕切るマフィアがいたんだが、そいつらを正面からやってしまったんだ。悪党4人の殺害だ。悪党とはいえ、賞金がかかっているわけじゃなかった。かなり上手く立ち回ってた奴らだったからな。懲役100年。それが、ハワードの罪状だ。」
ヴィハンがコーヒーを飲んで、一息いれる。
「ふぅ。その罪状をチャラにするために、司法取引をした。それが【オリジンライト3つの確保】だ。罪に問われないなら、手段は自由。期限は1年間。その間に罪になることをしたら、この話はパァだがね。」
「まぁ、そういうわけで手付かずのオリジンライトを探しに西へと旅してるのよ。ホイザーちゃんは西のどの辺りまで行きたい?」
ホイザーはハワードに言われて、改めてどうしたいか考えた。ボーリングの街の待遇の悪さから逃げ出したが、特にどこに行きたいという考えは持っていなかったからだ。
「えっと、ハワードさんたちが住む場所が決まったら、私もそこに住もうかなって。」
「えっ、それって俺と結婚するってこt」
ハワードの妄言にヴィハンが持っていたチタンのマグカップで頭を殴る。コツンという軽い音が響き、ハワードは軽く頭を押さえながら非難の目線をヴィハンへ向けるが、ヴィハンはどこ吹く風だ。
「あははっ」
二人の芝居めいたやり取りを見て、思わずホイザーは吹き出した。二人との関係はホイザーの心をほぐすのにちょうど良い関係に感じた。
翌日、再び西へ向かっていたハワード一行は、遠くの地平線に巨大なシルエットを発見する。それは、蜃気楼が見せた幻かと思われたが、近づくにつれて、それが超巨大な人工物であることがわかった。
「あれは……!まさか、ダイダラか!?」
ヴィハンの声が、いつもより興奮しているように聞こえた。巨大な2速歩行のそのマシンは、全長が1kmを超えるのではないかと思えるほどの大きさだった。荒野の真ん中を歩み、その腹部から光の柱を放ち、周囲の砂漠を少しずつ緑豊かな大地に変えていた。踏んだ足跡はそのまま豊かな水を湛えるオアシスになっていく。
緩慢な動作だが、瞬く間に周囲の環境を一気に変えていっていた。
「すごい……これが、ダイダラ……。噂には聞いていましたけれど。こんなに大きいんですね」
ホイザーは息を飲み、その光景に見入っていた。キャリアカーの窓から身を乗り出すと、その巨大なマシンを見上げて呟く。
「へえ、これが……ヴィハンの言ってたテラフォーミングマシンか。面白いもんが見れたな!」
その無邪気な好奇心に、ヴィハンは呆れたような声で応えた。
「面白いなどと、とんでもない。ダイダラは自律的にテラフォーミングを続けている。あまり近づかないようにしよう。キャリアカーごとテラフォーミングされてはたまらない。」
この過酷な環境は、この遥か昔の入植時代に建造された数機のダイダラが環境を変えていくことで何とか人間が生きていける世界となっている。それでも、完全なテレフォーミングは完了していない。なぜなら、環境を整えても、すぐに使い切ってしまうのが現状だからだ。水は有限で、それに伴って周囲の環境は水が枯渇した途端に砂の世界へと飲まれていく。ダイダラが作り上げた環境に長くて50年ほど住める。人間は仮初の住環境に住んでいる。
「あれが昔、ボーリングの街にも来ていたんですね。あと10年もすると、ボーリングの街もどこかに移住しなきゃいけないとは聞いてましたけれど。実物を見ると、何だか実感しちゃうというか……。」
ホイザーが惚けた顔をして呟く。
「オリジンライトがあれば、そういう悩みとは無縁になるが。あらゆる物質を無限に錬成する奇跡の鉱物。いや、本当に鉱物なのかは俺も知らないが。ただ、特定の波長を当てると、その波長に応じた物質を生成できる。生き物を生成することも可能だし、生き物を変性させることすらもな。」
ヴィハンの言葉に、ハワードは眉をひそめた。
「じゃあ、ホイザーちゃんみたいなケモや、街の外にいたワームどもも、そのオリジンライトってやつで生まれたってことか?」
「ああ。この世界の生物の大多数は、過去の入植時代にこの砂の惑星に適合するように作られた生物が大半だ。そもそもこの星は、人類が住めるような環境じゃなかった。事の始まりは、移民船団が不時着したことだった。彼らは限られた資源をかき集めて、このテラフォーミングマシン、ダイダラを作成した。しかし、それだけでは恒久的な世界は作れなかった。そんな中、探索中に見つけたのが、オリジンライトだった。オリジンライトは、あらゆる資源を生み出す源となり、人類はそれを使って理想郷を築き始めた。しかし…」
ヴィハンは言葉を切った。その声には、どこか苦々しい響きがあった。
「理想郷は、永遠には続かなかった。今から150年前に、惑星を巻き込んだケモの独立戦争が起こった。オリジンライトによって作られたケモたちが、人間たちに反旗を翻したんだ。戦争は凄惨なものだった。人間もケモも、両陣営ともに疲弊し、総人口の50%を失った。そして、多くの技術が失われた。それが、今の『ロストテクノロジー』と呼ばれるものの正体だ。デューンウォーカーもその一つに近いな。元々は労働用のロボットだったが、今では数少ない戦闘力として、我々の生活を支えている。」
ハワードは無言で話を聞いていた。街の町長ライナスのケモに対する蔑んだ眼差しを思い出す。あれは、150年前の傷がまだ癒えていない証拠なのか。
「まったく、面倒な話だな。でも、おかげで少しは腑に落ちたぜ。あの町長が、なんであんなにホイザーちゃんを軽んじてたのか、な。」
「だろうな。だが、感傷に浸っている暇はない。あのダイダラは、そのロストテクノロジーの最たるものだ。俺たちのいるところを感知しているかもしれない。ゆっくりと向きを変えている。これからどうする、ハワード?」
「ハハッ、どうするも、こうするも。そいつは逃げる以外に選択はあるのかよ?」
乾いた笑いを浮かべて、ハワードはヴィハンに答えを返した。
「無いだろうな。今夜は夜通し走るしかなさそうだ。すぐに片付けて、走る準備だ。まだ距離がある、焦る必要はないが急いだほうがいいだろうな。」
ヴィハンは二人にそう言い、片付けを始める。ハワードも焚き火を消し、念の為にブロンコにスタンバイしておく。ホイザーも片付けをあわあわと言いながら手伝い、すぐに出立する準備を整えた。
「おい、ヴィハン。あれ、1時間に一歩くらいしか進んでなくないか?」
ハワードの疑問に、ヴィハンの通信が響く。
「ああ、ダイダラはテラフォーミング機能にほとんどのリソースを割いている。戦闘用の機体ではない。歩みも、ただ移動しているわけではなく、踏み出すたびに足から地中にエネルギーを流し込み、周囲の環境を変えているようだ。あの巨体で、どれだけの重量があるのかは知らないが、一歩を踏み出すたびに地面に陥没しているのが見えるだろう?それでも壊れずに済んでいるのが不思議なものだ。質量と重力の理論から考えれば、とっくに地面ごと崩壊していてもおかしくない」
ヴィハンの言葉通り、ダイダラが片足を持ち上げ、ゆっくりと前方へ踏み出すと、周囲の大地が鈍い地鳴りを上げて震え、その巨大な足が着地した場所の地面が、まるで粘土細工のように深く陥没した。すぐさま、胸元から光が照射され、足元を照らす。乾き切った大地が赤茶色の土に染まり、小さいながらも緑が芽吹き出している。
ダイダラの片足はおおよそ200m近くあった。おそらく、今踏み抜けた地面はそのまま200mのオアシスとなるだろう。
片付けが終わった3人はキャリアカーに乗り込み、大きくダイダラを迂回する方向にハンドルを切って進んでいく。
「まぁ、時速500mそこらと時速60kmは余裕で出せるキャリアカーなら逃げるのはわけないな。」
「テラフォーミングに巻き込まれなければ、問題じゃないからな。最も、巻き込まれたら最後だが。」
その光景を想像したのか、ブルリと体を震わせるホイザー。
「もう、残り何機いるのか。150年前の戦争でいくつか失われたと聞いている。その頃には、今よりも緑に溢れた惑星だったらしいからな。」
運転をしながら、残念そうに首を振るヴィハン。
「嫌だねぇ。何も生まねぇな戦争なんてのは。」
ハワードはコクピットでボヤきながら、遠くになりつつあるダイダラを見ていた。過去の平和の残滓とでもいうべき存在は、今もなお世界を作り直し続けている。
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