003 ボーリングの街
キャリアカーで荒野を進んでいると、異常生物との遭遇率が増えてきた。「さっきので何匹目だ!」とハワードが喚いた。
ボーリングの街に近づくにつれ、ワームに似た異常生命体が大量に発生していた。可能な限り回避していたが、どうしても興味を引いてしまい、戦闘になる場面が何回もあった。
今も、ハワードはロングバレルガトリングを構えてキャリアカーの上に陣取り、近づくワームに対して弾丸をばら撒いている。
「あちらの方にいくと、ボーリングの街の入り口です」
運転席の後部座席にしがみつきながらホイザーが言った。その方向には、かなりのワーム型異常生命体がひしめき合っていた。
「なんて数だ。面倒なんてもんじゃないぞ」
ハワードが呟く。それに対し、ホイザーは必死に頼み込んだ。
「お願いします。街を助けてください。お礼なら、頑張って払いますから!」
ホイザーに頼まれ、ハワードはまんざらでもない様子だった。
「大丈夫だ、俺がついてる。ってな」
そう言うと、「オラオラ、ワームどもぶっ潰れなっ!」とロングバレルガトリングから弾をばら撒き、血路を切り開いていく。
生き物としての本能があるのか、銃声が響き渡ると我先にと逃げていく個体が多い中、異常な事態に対して突っ込んでくる個体も数体いた。ハワードはそれに対し、遠慮なく弾丸を命中させていく。数秒も置かずにミンチになっていく。街が見えてから5分もかからずに、キャリアカーは街へと突っ込んでいった。
街に入る前、ハワードは作戦を立てた。街の外にいる異常生命体はワームの群れだ。各個撃破するのは弾丸の残量から難しいと判断し、一気に街を奪還し、街の勢力と協力して迎撃する。街への道は幸い、ワームが比較的少ない。
「そろそろだな」とハワードが呟き、後部へ続く扉を開けようとした。不安げに覗き込んでくるホイザーに対し、ハワードは落ち着かせるように優しく頭に手を置く。
「心配するなって。ささっと片付けてくるぜ」
そう言って、ハワードはキャリアカーのトレーラー部分へと移動し、愛機ブロンコに乗り込む。
「やっぱりロボに乗る時は普通に乗るに限るな。転送は便利だけど、なんか一瞬死んだ気がするんだよな」
そうぼやきながら、コックピットに乗り込み、体をシートに沈み込ませて固定する。前方から伸びてきた大きなグローブのようなものがハワードの腕全体を飲み込んでいく。上部からは大きめのヘルメットが降りてきてハワードの頭部を包み込み、頭の形に合わせて調整された。
視界が愛機ブロンコのものに置き換わり、目の前の左右の腕を握ったり開いたりして動作確認を行う。動作に問題はない。今日もブロンコは絶好調だ。
「よっしゃ、ロック解除してくれ、ヴィハン」
「了解した。やってこい」
その言葉に続いて、ホイザーが不安そうに声を上げた。
「あの、よろしくお願いします!」
ハワードは笑いながら応えた。
「もちろんだぜ、ホイザーちゃん。その車の中で安心して待っててくれよ」
ロックが解除され、仰向けに寝ていたブロンコは上半身を起こし、片手をついて立ち上がる。そのままウェポンラックからロングバレルガトリングを掴み上げ、その連射で一気に街への道を切り開いていった。
巨大なビルすらも瞬く間に瓦礫と化すほどの弾丸の嵐が、道を邪魔するワームの群れを薙ぎ倒していく。ワームたちを蹴散らしながら、ブロンコは街の入り口に辿り着いた。
街は強固な壁に覆われ、外敵は入れないようになっている。しかし空への防備はなかったようで、巨大な飛行生物がやってくることは想定していなかったようだ。近づくワームを自動迎撃システムの対地レーザーが焼き払っている。うっかりすると巻き込まれかねないが、ホイザーから教えてもらった一時解除ナンバーを使い、音声システムで解除を試みる。
「システム解除、ナンバー1301、6487、2520」
音声認証が成功し、ハワードは無事にシステムを解除させた。周囲のワームを倒し安全を確保してから、街中への入り口の扉を開けてもらう。街に入ると、再び背後でレーザーが照射された。
街の中に入ると、激しい音が聞こえてきた。竜が街の教会を破壊しようとしている。竜は建物一頭ほどの大きさで、4対の足と2対の翼を持っていた。翼は広げると凄まじい大きさで、建物3棟が隠れそうな大きさだった。
教会の中からは非常用のバリア発生器が作動し、竜の攻撃を防いでいるが、どれほどもつかわからない。竜は苛立たしげにバリアを攻撃するが、触れると凄まじい衝撃に襲われるため、攻撃を躊躇していた。
「おいおい、まずいことになってるな」
ハワードは呟く。あの中に人間が避難しているなら、まさしく最後の砦なのだろう。なのに攻撃的な備えがないのが丸わかりだ。反撃はバリアに触れた時のみなど、反撃のうちに入らない。
「緊急用のバリアだな。時間が後どれくらいもつかは分からんが、急ぐに越したことはない」
ヴィハンが通信で応えた。緊急用のバリアがどのくらい前から起動しているかはわからないが、多くの緊急用バリアは1日持たないはずだ。あと数時間も持てばいいほうだろうと判断し、助けるなら今しかないと決断した。
ハワードの乗ったブロンコがロングガトリングを構えながら徐々に近づいていく。ジリジリと近づいていったが、竜はブロンコの到着に機敏に反応し、敵対姿勢をとる。
「チッ、敏感な野郎だな。もう少しそっちで戯れてなさいよ」
ハワードはそう言いながら引き金を引く。ブロンコが持ったガトリングから、強烈な威力を伴った弾丸が吐き出される。叫び声を上げた竜は翼を折りたたみ、急降下して弾丸の嵐から身をかわした。建物一棟に等しい大きさにも関わらず、その敏捷な動きで着地後も追い立てる弾丸を避けていく。
「おいおい、バケモノだな。その図体でそれは反則だろーよ」
瓦礫だらけの足場をものともせず跳躍を繰り返して急接近する竜が、不意に口を開いてブレスを吐き出してきた。雷球が激しい破裂音を立てながらブロンコに命中する。
「うぉぉ!?ビリッ!!っときた!!」
デューンウォーカーは各部のダメージを痛覚にして搭乗者へとフィードバックしている。もちろん、その痛覚で操作に支障が出ないように、非常に小さな痛みに自動調整される。ハワードへフィードバックされた雷撃は、せいぜい静電気を感じたレベルの痛みだった。
ダメージの程度は、視界内に拡張表示された数値で正確に詳細を知ることができる。数値によれば、2割の装甲がダメになり、8%近くの運動能力が低下している。
「ゲッ、直撃するとマズイな!早めに勝負を決めさせてもらうぜ!!」
ハワードはロングバレルガトリングを構え直し、竜にお見舞いする。全弾命中すれば、大きめのビルでさえ瓦解させる威力を持った弾丸を、竜は発達した片方の前足で防御して防いだ。信じられないことに、ガトリングの弾丸はほぼ命中したのに、その前足だけの犠牲で事を済ませた。
「マジでかよ。このバケモノトカゲめ!押し切ってやる!!」
ハワードはガトリングをそのまま連射し続ける。砲身が焼き付いて赤く染まっていく。竜は残った片方の腕で弾丸を防ぎながら、ブレスを吹こうとしていた。脳裏に「まずい!」という言葉が浮かんだが、ガトリングを叩き込んでいるハワードにはそれ以外にどうすることもできない。できることは、ブレスを浴びても、戦闘力を失っていないことを祈るくらいだった。
その絶体絶命のピンチを救ったのは、唐突に戦場に突き刺さった巨大な刀身だった。幅広の刀身は電撃のブレスを受けてもびくともせず、その電流を大地へと流し込んでいった。その刀身、ハードブレイカーはヴィハンがキャリアカーのウェポンラックから状況を予測し、射出しておいたのだった。
「支援できるのはここまでだ、あとはどうにかしろよ、ハワード」
「適切な援護、サンキューなっ!」
突き刺さった巨大な剣を両手で引き抜き、そのままの勢いで竜の翼を叩き切る。斬られた翼から鮮血が流れ出し、竜が悲痛な叫び声を上げた。竜がお返しだと言わんばかりに雷球を吐いてくるが、さすがに前兆の動きを見切ったハワードは身をかわした。恐ろしいのは雷球だが、さすがに2度目を受けて無事でいられる保証がないので、気合を入れてかわす。
竜がその牙で襲いかかってきたが、それは悪手だった。カウンター気味にハードブレイカーをその口へ突き入れて、そのまま脳髄まで刀身を貫通させる。
いかな異常生命体とはいえ、脳部を破壊されてはさすがに絶命する。
「ふう……」
ハワードは一息吐き、終わりだとばかりに刀身を地面に突き刺した。
「おーい、聞こえてるかー?竜は退治した。こちらには特に害意はない。ホイザーちゃんに礼でも言ってくれれば、あとはメンテ費用と当座の食料と水を分けてくれれば、贅沢は言わないつもりだ」
ブロンコからスピーカーを通じてハワードは話しかけた。しばらく待つと、バリアが解除され、教会から武装した男が数人出てくる。武装とは言っても、万が一に備えての意味程度で、真っ向からデューンウォーカーと戦えるものではない。
貫禄のある男が口を開く。
「私はこの街の町長、ライナスというものだ。ホイザーと言ったか、あの娘がお前さんを寄越したと?ふん、あのケモ娘でも役に立ったか」
コクピット内でヘルメットの中のハワードの目に軽い殺意が芽生えた。
「なんだぁ?あの子が居たから助かったくせに、何を偉そうに」
「はっ、我々のために生きるのは当然だろう。ケモが人間のために生きるのは当然だ」
どうも、あの男がこの場で最も偉い立場にいるようで、他の男たちは何も口答えすることもなく、静かにライナスのいうことを聞き黙っている。
町長のご高説を聞いて、苦虫を噛んだかのような顔をしたハワードはヴィハンに話しかけた。
「あー、あー。俺とは話が合わねぇ人種だな。貰うもん貰って、とっととこんなところズラかるぜ、ヴィハン」
「仕方ないな。包囲している異常生命体の殲滅も手伝おうと思っていたが、お前が面倒ごとを起こす前に撤退しよう」
二人が通信でやり取りをしていると、ホイザーが耳を伏せ気味にして話に入ってきた。
「あの、私も一緒に行くわけにはいかないでしょうか?」
「おっと。そらまた、どうして?」
ハワードが当然の疑問を口にする。この街で育ったなら、家族や知り合いがいるはずだ。それらを捨ててまで、なぜここに留まりたくないのか。
「私の家族は、前の異常生命体の襲来の時に亡くなりました。今は、仕事での知り合いならいますが、その人たちも私のことをケモとしか見ていません。私は、この街以外のところに行ってみたいんです。できることなら、なんでもします!お願いです、連れてってください!!」
そう言って、ホイザーは深々と頭を垂れる。耳までフルフルと震えながら垂れているところを見ると、彼女の本気度が伝わってくる気がした。
「んー!そういうことなら、仕方ないな!と、俺は思うわけだが!!ヴィハン?」
「俺からは否定材料は特にないな。強いて言うなら、ホイザーさん。君はハワードに気をつけたほうがいい」
「なんでよ!?俺様、超紳士じゃん。そこらの野郎じゃ相手にならないくらいの紳士様じゃね!?」
「まあ、そういうことにしておいてやる。それじゃ、物資の補給が終わり次第、行くとするか。次はどこへ行く?」
「オリジンライトのありそうな場所ならどこでもー」
「なら、適当に行くとしよう。どうせ街として成立しているところにはオリジンライトの権利は転がってないだろうからな。しばらくはキャンプできるから、未開のエリアに行ってみるか」
街の人間とのやりとりはほぼ全てをヴィハンが担当し、消費した弾薬、この先に必要になる食糧、水などの必需品を先ほどの異常生命体の討伐と引き換えに手に入れた。ついでに、デューンウォーカーを動かすための燃料のオリジンライトから生成されるオリジンライト・ダストもかなり大量に手に入れた。これにはボーリングの街の防備にも関わってくるから、かなり渋られたがヴィハンの交渉力でもぎ取った。
「オリジンライト・ダストまで持ってくだと!?銃弾や装甲板だって、タダじゃないってのに。挙げ句の果てに、燃料まで持ってくとはどういうことだ!?」
ライナスが怒りながら、ヴィハンへと口角から泡を飛ばしながら抗議した。冷ややかな目でそれを見つつ、適当に勢いが弱まったところでヴィハンが畳み掛けた。
「俺たちが助けなければ、残った資源全部掻っ攫っていっても良かったわけですが、それをしなかったんですよ。むしろ、私たちは一番、実入の少ない方法を選んだ。その中で、あなた方に最大限の譲歩をしていただきたい。私たちもタダでとは言いません。今から私たちは西へ向かって進みます。そちらの方向のワームどもはこちらでキッチリと殲滅していきましょう。悪い話ではないと思いますが?」
「むぐぐっ」
「それとも、俺たちが無法者だったと仮定して、勝てる算段があるというのなら、話は反故にしてもらっても結構ですけれどね。最も、俺たちは無法者じゃない。そこんところは弁えているつもりですので。」
ヴィハンの言いくるめで、予定外の燃料も手に入れて、しばらくの余裕ができたキャリアカーの備蓄にホクホク顔で戻ってきたヴィハンだった。
「開けるぞー!」
街の人間が大声で叫び、街のゲートを解除する。そのタイミングで、キャリアカーを発進させる。開けてもらった街のゲートを潜ると、行きと同じようにワームの群れをハワードがロングバレルガトリングで殲滅するのを確認し、ヴィハンは西へとハンドルを切った。そのまま、見えなくなるまでガトリングの発射音が途切れることなく続いていった。
ハワードたちのキャリアカーが去った後、舌打ちをする男が街の隅にいた。
(何なんだ、あの男のデューンウォーカーは。雷竜を退けるどころか、倒しちまうなんてメチャクチャだろう。街の包囲もあっさりと通っていきやがった。)
男は街の役場跡が見えるところから忍んでその戦いぶりをみていた。時期を見て、降参を促してこの街を手に入れようとしていたのだ。男はこの世界でも珍しいビーストテイマーで、先の戦いで死んだ雷竜は、彼が卵から孵して育てた最強の異常生命体だったはず、だった。
まさか、デューンウォーカーが来ても問題はないと思っていたが、雷球を喰らっても爆散せず、その後は雷球をものともしない回避性能を見せつけ、おまけに一太刀で雷竜を殺せるほどの強力な武器と、それを扱うことができる驚異的な出力。
(一体、何者なんだ。とにかく、この状況は兄貴たちに教えなくては。オリジンライトで強化した異常生命体たちの楽園に戻らなくては。)
そう判断すると口笛を吹き、外のワームを一つの塊へと変貌させていく。街の中が騒がしくなるが、気にせず男はそのワームの中に身を委ねると、ワームが一つになると同時に砂の中へと潜っていった。
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