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002 ハワード西へ行く

 ハワードたちは西へ向かっていた。

 正直なところ、そこにはこれといった目当てもない。ただひたすらに、砂と岩が広がる荒野を進むばかりだった。

 道中の街で、食料と水を補給することが唯一の現実的な目標だった。この惑星では、水と食料はほぼオリジンライトの力によって賄われている。

 オリジンライトは砂漠の荒地でさえ根付く植物や、過酷な環境を生き抜く生物を生み出す、生命の源とも言える存在だ。

 光の波長によって生み出される生命の姿は決まるが、そのわずかな加減ひとつでまったく異なるものが出来上がってしまう。現在は連邦法によって、比較的安全な波長を使用することが定められている。

 しかし、ひとたび無法者がオリジンライトを手にした場合、人体改造を始めとして、決して真っ当な使い方はされない。この世界に溢れる異常生物の多くは、彼らが作り出したイレギュラークリーチャーズなのだ。


 そんなイレギュラークリーチャーズに追われているのが、ハワードの乗るキャリアカー「スヴァルニム・ジャーハーズ」だった。

 キャリアカーは、巨大なミミズの群れに襲われていた。ワーム状の、体長6メートルはあろうかという巨大なミミズたちは砂を潜航し、車体の下から食らいつこうと絶えず迫ってくる。彼らの速度はさほど速くはないが、砂地を進むスヴァルニム・ジャーハーズもまた、速度が出せないでいた。

 キャリアカーのルーフには、仁王立ちになったあの男の姿があった。ハワードの乗ったブロンコだ。彼は手に持ったロングレンジガトリングを咆哮させ、迫りくるワームの群れに無数の弾丸をばら撒いていた。


 埒が開かないと思ったハワードがヴィハンにこめかみに血管を浮き立たせながら怒鳴った。


「ヴィハン!弾が持たねえぞ!早く振り切れ!!」


「すまんが、もう少し相手の数を減らしてもらえないか。ここは砂地で足を取られがちだ。スピードが出ないんだよ。」


「そんな呑気なこと言ってる場合か!?くそ!クソクソクソッ!!」


 そう言いつつもブロンコの持つガトリングから放たれる銃弾は吸い込まれるように異常生物に当たっていく。これだけ正確に攻撃しているのに、呆れたことにワームたちは驚異的なタフさで追いつこうとしている。ダメージを受けて脱落したワームは無事な体を他のワームへとなすりつけるようにすると、その部分がベラりと剥がれ、ワーム同士が融合する。このワームたちはまるで群体生物のような生態をしているようだった。


「ダメージ与えてもキリがないってどう言うことよ!?」


 ハワードが泣き言をこぼす。残りの銃弾はこの調子だとあと2分も持たずに尽きることになる。この群れ相手に弾切れは想像したくない事態だった。


「そいつら、目はあるのか?閃光弾を使ってみるか?」


 ヴィハンがダメもとで提案する。異常生物には有効な阻害方法の閃光弾は割とポピュラーなサブウェポンだ。


「みたところ、目はないか退化してて、使い物になってないっぽいな。」


 被りを振ってヴィハンにリアクションするハワード。冷静に状況を把握しているからこそ、弾切れを起こした後をどうするかを必死に考えている。


「そうか、俺たちには異常生物に詳しい奴がいないから、こう言う時に困るな。」


 助手席に座るヴィハンは、悔しそうに表情を曇らせながら、大きめに舵を切った。砂地が途切れ、荒地が出てきた。これで、連中とおさらばできるかもしれない。

 その時、最後に食らいつこうとしたワームの一際大きいものが、キャリアカーの上に躍り出てきた。ハワードは冷静にガトリングを脇に置くと、キャリアカーにマウントしてある両手剣ハードブレイカーを抜き、ワームめがけて大きく振りかぶった。

 鈍い肉を切る盛大な音と、紫色の血飛沫を大量に撒き散らしながら、巨大ワームは絶命した。

 一番大きなワームが倒されたことで、他のワームたちは足掻くのをやめ、砂漠の中へと戻っていった。荒地となった地面まではさすがに追ってこないらしく、ようやくキャリアカーのエンジンの音だけが鳴り響く、静かな光景が戻ってきた。


「なんだってんだよ。全く。何かしたのか、ヴィハン?」


「何もしてない。強いて言うなら、うっかりと巣に突っ込んだんだろう。連中の巣の上を走ったんだろうな。」


「くそ、標識くらい立てやがれってんだ。って、前に何かいるぞ!」


 ハワードが静止の声を叫ぶと、ヴィハンも急ブレーキをかけた。

 その進路上には、倒れ伏した少女らしき姿が見えた。


 ブロンコを操作して、キャリアカーから飛び降りたハワードが相手の正体を探ろうとする。

 少女は気絶しているが、どこからか逃げ出してきたようだ。砂漠を旅するような装備をしておらず、まるで今家の中から出てきた、といったような風体であった。


「おいおい、この子ケモじゃない?俺、別の街で見たことあるぜ。」


 ケモ。それは、オリジンライトによって強化された人間の総称だ。彼らの多くは獣の姿形を色濃く現しており、この惑星のテラフォーミング期に外界での作業に適した新人類として生み出された。しかし、黎明期が過ぎると、その地位は一転。今では人間以下の存在として、力作業や汚れ仕事などに就き、真っ当な仕事に辿り着ける者は少ない。

 目の前のケモの少女は、一見するとウマと呼ばれる生物の様相を身に宿していた。大きな耳を頭に生やし、足は蹄となっている。彼女は風を浴びて砂を被っている。ここまで駆け抜けてきた蹄の跡が荒地に点々と残っていた。


「どうやら、行き先の街からここまで来たようだな。何があったと思う?」


 言外に、トラブルはゴメンだ。と滲ませながら、ヴィハンがハワードに問いかける。


「さぁてねぇ。そこら辺は、このお嬢さんに聞くしかないんでないの?」


 ブロンコから降りたハワードは軽々と少女を抱きかかえて、キャリアカーに乗った。ひとまず、ソファに横たわらせて、様子を見る。

 上下する胸は特別、乱れた動きはせず規則正しく上下している。外傷らしきものも見当たらない。

 起きる様子もないし、特に医療の知識があるわけでもない二人はとりあえず眠らせておいて、起きたら事情を聞くことにした。


 車内で一泊するため、普段はソファベッドをハワードが占拠しているのだが、今はケモの少女が横になっていた。


 仕方なく、こんな時のためのハンモックを吊るして寝ることにする。ハンモックはフワフワとした寝心地が実は苦手なのだが、他にないのだからどうしようもない。

 ちなみに、ヴィハンは運転席を横に倒して寝ている。


「うーん、この子が起きたとしても俺の寝る場所は変わらんのだから、ここで誰かを恨むのは筋違いってな。……ヴィハンしね。」


 何やら不吉な言葉を吐きながら、自身も就寝しようとハンモックの上に乗った。ゆらゆらと揺れるのが気に触るが、今日1日のことだけだ、と自分に言い聞かせて寝ようとする。


 夜になり、キャリアカーの車内は最低限の照明だけが灯されていた。

 深夜、皆が寝静まった頃、ケモの少女が静かに辺りの様子をうかがっていた。彼女は、自身が荒地の真ん中で倒れたところまでは覚えていたが、なぜこのような車の中らしきところの中にいるのかが分からなかった。ボーリングの街から必死に逃げて、逃げて、ここまで辿り着いたのに。

 周囲を見れば、ハンモックにハワードが眠っている。少女はなんとか彼を起こさずに逃げられないか考えていると、突然ハンモックの中から男の声が聞こえた。


「あ、起きた?やっぱハンモックは寝れねーわ。とりあえず、君の名前を教えてくれないか?俺の名前はハワード・ヒューズだ。ハワードで構わないぜ。」


 無駄ににこやかな笑顔を作る男に面食らいながらも、彼女も自己紹介をした。


「わたしの名前はホイザーです。この先の街、ボーリングからやってきました。」


「まるで、逃げてきたような様子だったけれど、何かあったの?」


 多少、疑問をぶつける形でハワードがホイザーへと問いかけた。


「実は、ボーリングの街で異常生命体が巣を作ってしまったのです!それで、どうにかできるデューンウォーカー乗りさんを探しにわたしは、皆を置いて走ってきたんです……。」


 ホイザーという少女が嘘をついているようには思えなかった。もっとも、ハワードは女性の言うことの裏をとることは滅多なことではしないのだが。

 ハワードはとりあえず、腹でも減ってるんじゃないかと、キャリアカーの冷蔵庫の中を漁り始めた。食料を補給しに行くところだったので、マシなものが少ないが、簡単なスープとパン程度なら出せた。


「悪いな、今はちょうど品切れでさ。こんなのしか無いんだけれど、よかったら食べてくれない?」


「ありがとうございますー。いただきまーす。」


 そういうと、ホイザーは勢いよくスープを飲み、合間合間にパンを食べていく。瞬く間に、用意した食事がなくなり、おかわり!という言葉に釣られて残り少ない食料をテーブルに出していく。瞬く間に、4人分の食事を平らげて、腹6分目と言うところらしく。人心地ついたと言わんばかりに、今はお茶を飲んでいる。


「あー、美味しかったです。ごちそうさまでした。」


「いや、なんて言うかもう。いい食べっぷりだね、惚れ惚れするよ!」


 半分やけになったハワードがホイザーに賛辞を送る。素直に賛辞を受け取り、テヘヘ、と照れる彼女は間違いなく可愛かった。やだ、これって……(トゥンク)とわざとらしい一人茶番劇をして、少し落ち着くハワード・ヒューズであった。すると運転席側から物音がして、ドアが静かにスライドした。


「騒々しいな、起きてきたのか。って、なんだこりゃ。残りの食い物が殆どないじゃないか。どうなってるんだ、ハワード!?」


 額に血管を浮かべながら、静かにヴィハンが聞いてくる。その怒りを知ってか知らずか、ハワードは答えた。


「ぇー、俺様知らないー。」


 明らかに小馬鹿にしたような言い分に、さらに一本血管を浮かせつつ、ヴィハンはハワードに宣言した。


「この分は、貴様の分から天引きしておくからな。覚えておけよ。」


「はーいはい。」


 全く、反省の色がない男の声がした。実際、ハワードはこの手のトラブルをよく起こし、その度に反省はされることがないのが常である。

 ヴィハンも慣れたもので、それ以上の追求はしない。最終的に、益があればいいのだ。彼女の話を聞けば、問題が起きている街のようだ。ブロンコを突っ込ませて、異常生命体を潰させれば、礼も金も手に入るだろう。少なくとも、食糧と水は確保できるはずだ。


 ヴィハンは改めて、彼女に何が起こったのかを尋ねた。

 ホイザーは震える声で、街中に突如として現れた竜のような異常生命体について語った。そいつは街の真ん中に飛来し、周囲を電撃のようなブレスを吐いて破壊し尽くしたという。恐ろしいことに、街の周囲にも他の異常生命体が集まり、街を包囲しているらしい。通信機も壊れてしまい、街で一番の走力を持つホイザーが、救援を呼ぶために走ってここまで来たのだという。


「ここら辺は安全なのかい?途中にも異常生命体に出会したんだが。」


 疑問に思ったことをハワードがホイザーへぶつける。


「いえ、そんなことはないんです。ここら辺はかなり安全なところで、出てくる生物も異常生命体なんかじゃなくて、牧畜のウシとか、そのくらいで。」


「なんか、引っかかるんだよなぁ。なんでそんな異常生命体がいきなり現れたんだ?」


 ハワードは足を組んでハンモックに揺られながら、自分の中の疑問を口にだす。


「同感だな。街にはオリジンライトがあると言うわけではないのか?」


 ヴィハンがホイザーに向かって質問する。すると、彼女はこう言い返してきた。


「ボーリングの街はなんの変哲もない、テラフォーミングが完了した土地を使った普通の街です。オリジンライトなんて、そんなものないです。」


 ヴィハンはしばし考えるが、彼女がないと言うことなら無いのだろう。あったとして、それを秘匿する意味も薄い。

 ハワードはもう最初から疑うことを放棄している。今はどう彼女と仲良くなろうか、と言うところで頭が一杯である。


 とにかく、街に行って異常生命体を倒すことには納得したハワードは、出撃ギリギリまでホイザーと話を続けるのであった。

今回の話を読んで、何か思ったことや感じたことがあれば是非ともコメントや感想を残してください。

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