010 新たな仲間
夜も更け、砂漠に寒さがやってきていた。キャリアカーの中は空調が行き届いているため、凍えるようなことは無いが、外気はとても眠れるものではない。
そんな中キャリアカーの内部では、一晩かけての大規模な修復作業が始まっていた。墜落した宇宙船に搭載されていたというロストテクノロジー、その原理は「時間の巻き戻し」に近い。オリジンライト・ダストをエネルギー源に、キャリアカーのトレーラー部分に横たえられたリーパーの脚部に虹色の光を投射し、ゆっくりと、しかし確実に元の姿を取り戻していく。
ヴィハンは一人、その修復状況を見守っていた。モニターに映し出される数値は、徹夜作業になることを示している。光の波長が少しでもブレると意味のない光を送り続けることになるため、退屈ながら目を話すことが許されない作業だった。
「まったく、骨が折れるな」
彼は小さくため息をつきながらも、その表情には職人の誇りが浮かんでいた。
一方、キャリアカーのキッチンでは、ハワードがホクホク顔でハンバーグを口に運んでいた。足一本をダメにした悔しさはあるが、それを補って余りある戦果があった。ジャガーノートを撃破したことで得られる一億五千万¥の賞金。そして、ほとんど無傷で手に入れたジャガーノートのパーツは、安く見積もっても一億¥は下らないだろう。
「この調子なら、デューンウォーカー乗りをもう一人雇ってもいいんじゃないか?」
ハワードの頭の中には、新たな戦略が浮かんでいた。遠距離担当と近距離担当で役割を分担すれば、かなりの戦力アップになるはずだ。
「さすがにホイザーちゃんをパイロットにするわけにはいかないし、これは雇用するしかないか」
フォークにハンバーグを刺したまま腕を組み、一人で考え込む。しかし答えが出ないため、ヴィハンの手が空いたら相談してみようと決めた。
ウィンディは、自分のトレーラーから離れ、ホイザーの優しい心遣いでキャリアカーのキッチンに招かれていた。
「ヴィハンさん、残念ですねぇ」
ホイザーがそう言うと、ヴィハンの代わりにホイザーの向かいに座ったハワードが口を開いた。
「こういう時、貧乏くじ引いちまうんだよな、ヴィハンの場合」
そう言いながら、ホイザーは人間向けに味を調整したデミグラスハンバーグを各自の前に置いた。デミグラスソースの再現には少々戸惑ったが、自信作だった。
「うは!美味いねコレ!!」
ハワードが目を丸くして叫ぶ。先ほど自分用に焼いてもらったシンプルな塩と胡椒によるものも美味しかったが、こちらも絶品に仕上がっていた。ウィンディもまた、上品な仕草でハンバーグを口に運び、感動の表情を見せた。
「確かに美味しいわ。あなたが作ったの?素晴らしいわ」
頬をかきながら、ホイザーは照れくさそうに喜んだ。付け合わせの白米とパンは、各自の好みで選べるようになっていた。旅先では手軽に炊ける白米が人気だが、パンもまた根強い支持を得ている。
楽しい食事を終えると、ウィンディが申し訳なさそうな表情で切り出した。
「あの、夕方に言ってたことなのだけれど。ワイルドファング団の焼き印があるってことは、あなたは関係者なの?」
ホイザーは静かに首を振った。
「いいえ、今は無関係です。ワイルドファング団に奴隷として買われて、焼き印をされたことがありますが、その後ボーリングの街に売られたので、そこで関係は切れてます」
その言葉を聞いたハワードは、顔色を変えて激怒した。
「ホイザーちゃんを奴隷扱いするとはなぁ!そのなんたら団とかいうの、必ずこの砂漠から消してやるッ!」
今にもリーパーに転送して暴れかねない雰囲気を出すハワードをなだめながら、ホイザーはそんなハワードに感謝の眼差しを向けつつ、過去を語り始めた。
「私が居た頃のワイルドファング団は、長兄のダミアン、姉のセラフィナ、末弟のジュリアンが幹部をしていて、他10数名程度の人間が居たと思います。そこでは、異常生命体を作ることに特化した端末があって、オリジンライトからいくつもの異形を生み出していました。ケモは生み出せないみたいで、私は労働力として買われました。炊事から力仕事まで何でもやらされましたが、あの一団は動物に対して一線を引いていたので、私がそういう対象として見られないで済んだことが唯一の救いでした」
ホイザーは俯き、言葉を続けた。
「ワイルドファング団は、なかなか表に出てこない奴らなのです。その多くの悪事は飼っている異常生命体に行わせているから、その陰に隠れているんです。滅多に表立ってこない。知ってる人間も私みたいなわずかな存在で、賞金首にしようにも、そこまでの賞金をかき集められないのが現状です」
「一応、賞金首になってるのはこのダミアンか。なるほどな、賞金額が3000万¥ときた。割に合わない連中ってわけか……」
ポツリとハワードがつぶやく。ホイザーは、不安そうな表情でハワードを見つめた。
「もしかしたら、ボーリングの街でハワードさんが目を付けられてしまったのかもしれません。理由はわかりませんが、もしかしたら私がいることが原因になっていたら、どうしよう……」
ハワードはまっすぐホイザーの目を見て、力強く言い放った。
「大丈夫だよ、そんなことで俺はホイザーちゃんを守ることをやめたりしない。むしろ、連中を返り討ちにしてくれるッ!」
火でも吐きそうなテンションのハワードが雄たけびを上げるように叫んだ。狭い車内ではよく響き、ヴィハンから「うるさい」とお小言をもらう顛末であった。
食事も終わり、各自で片付けやらにいそしむなか、キャリアカーのトレーラーの上でハワードは一人でニヤリと笑みを浮かべていた。
「オリジンライトもちの悪党。なかなかおあつらえ向きなのが来たじゃねぇ?」
その夜は予想された生物の襲撃も悪党の襲来もなく、無事にリーパーの脚は補修を完了した。
「いやぁ、光に当て続けるだけで治るってのは何回見ても不思議だねぇ」
「お前は殆ど見てないだろうに。まぁ、これが治るメカニズムは解明されてないからな。先代の技術者たちが見つけ出したロストテクノロジーに感謝する他ない」
現状、完全新規のデューンウォーカーの作成というのは不可能とされている。フレームの選択、パーツの選択、出力の選択、などなど部品単位で大雑把な選択でセミカスタムはできるが、完全なオーダーメイドは不可能なのだ。作るための基礎技術が失われて久しく、デューンウォーカーを動かせてるだけでも、奇跡に近い。
実際の所、動かせるだけでダイダラとそれほど中身に対する理解は変わらないものなのだ。
そのため、デューンウォーカー乗りは尊敬と忌避の目で見られることも多い。現代に生きる騎士であり、悪魔でもあるように取られている。
夜が明け、灼熱の太陽が再び砂漠を照らし始めた。昨夜の激闘と徹夜の修復作業で疲労困憊のヴィハンは、仮眠をとると言って眠りについていた。しかし、キャリアカーはオートパイロットモードで問題なく稼働し、ウィンディのトレーラーの護衛に加わって、その後ろを静かに追走する。
もちろん、先頭に立つのはリーパーに乗ったハワードだ。コックピットの中で彼は、早朝の砂漠を鋭い目で見つめていた。頼りになる高性能スキャナーはキャリアカーに積まれているが、そちらはホイザーがしっかりと監視している。
「何かあったらすぐ連絡します!」
ホイザーの元気な声が無線から聞こえてくる。その声に安堵を覚えながら、ハワードはリーパーの操縦グローブを握りしめ、前方の砂漠に目を凝らした。
それからはヴィハンが起きるようなこともなく、無事に砂漠を進んでいった。途中、砂嵐に巻き込まれることもあったが、それで行き先がわからなくなることもなく、無事に隣町のミッドポイントにたどり着いた。
ウェンディがトレーラーから降りてきて、ハワード達に礼を言う。
「本当、あなた方のおかげで助かった。積み荷も全部無事で言うことなしよ。専属で雇いたいくらいね。」
「残念だがお嬢さん、俺たちは根無し草なのさ。次会うときにまた御贔屓にしてくれよな!」
「はいはい、それじゃあ報酬の3000万¥よ。賞金首の金額に比べると見劣りしちゃうでしょうけど、あなた達のためになるように使って」
「労働は尊いものだぜ。有難く受け取るよお嬢さん」
カッコを付けつつ、ハワードが代表して報酬を受け取る。すでに賞金首の1億五千万の報酬も入っている端末の残高が、かつてないほどに膨れているのに対し、どうしても表情が緩んでしまうハワードだった。
これから商売に行くということで、ウェンディとはここで別れて、ひとまず落ち着くために酒場に寄った。
ミッドタウンの酒場、錆びついたスパナは名前とは裏腹に美味い酒を飲ませてくれた。
一通り、まともな飯を腹に入れたあと、話はジャガーノートを売り払うかどうかになった。
「もったいねぇ!ほとんどが手つかずの中古品だ!!誰か乗るやつ探して戦力にするべきだ!!」
「どこのどいつか分からんヤツを乗せるより、現状の戦力増強に努める方が有意義だろう。」
ハワードとヴィハンの話は平行線をたどっていた。そこに突然横から話に入って来た男がいた。
「気になる話を聞いちまった。すまねぇが、俺にもその話、聞かせてくれねぇかい」
割って入ってきた男は、ガタイの良い体格と、無精ひげを生やした野性味ある男だった。
「まずは自己紹介だな。俺の名前はガブリエル・アイアンだ。」
「俺がハワード、こっちがヴィハンだ。それで、いきなり何の用なんだ?」
ガブリエルはガバッとその場に土下座すると、そのまま口上を伝えてきた。
「無理を承知で頼みがある!俺にあんたらの方で遊ばせてるデューンウォーカーを預けちゃくれないか!?」
「いきなりだな、とりあえずここでは目立ちすぎる。奥の個室を借りてくるからそちらに移動しよう」
そういって、ガブリエルを立たせてからウェイターに話を付けて奥の席へ移動する。ここなら、他の客の邪魔も入らないだろう。
「すまなかった、取り乱しちまって。俺は今、ある悪党どもを追いかけているんだ。友人の仇で、こいつらを地獄に落とすまでは俺は止まるわけにはいかないんだ。ところが、無いカネをかき集めて用意したデューンウォーカーが先日、連中の下っ端と戦ったことで大破しちまった。再生不可能の状態で、どうにもならん。頼む!俺の目的は最後になってもいいから、デューンウォーカーに乗らせてくれ!!」
ガブリエルの言い分を聞いたハワード達は、どうするかもめ始めた。
「全く知らぬ相手に渡すつもりか?」
「いや、そこは何か細工でもして保険を掛けるとかすればどうよ?」
「此奴のことをどこまで信用するつもりだ?まずはそこからだろう」
「うーん、ガブリエルの言ってる悪党って、検索すれば出てくる悪党だぜ。っていうか、賞金額10億超じゃねえの。こんなん単独で行く気に良くなったな。」
「おいおい、余計話がややこしくなったぞ。見返りがないじゃないか。」
「見返り、見返りねぇ……。」
ハワードとヴィハンのやり取りは、結局の所はこの男を雇うことで得られるメリット。そこに尽きた。
「ならば、俺の経歴を見てもらおう。端末を失礼するぞ。」
そこに並んでいたのは、賞金額こそ大きくはない物の、倒した賞金首は40を超える数だった。その戦歴だけでも、一考の余地が生まれた。さらに報酬の一部額を寄付している形跡も見受けられてた。フェイクとしちゃ、手が込んでいる。
「デューンウォーカー乗りとして得意なのは近接戦闘だが、遠距離も問題ない。量産型から一点ものまでどんなヤツでも乗りこなして見せるさ。」
大柄のガブリエルが腕を組んで答えると、本当に何でも乗りこなせそうな気がしてくる。
「まぁ、良しとするか。イグニッションキーは基本的に俺の方で預からせてもらう。信用できると踏んだら、そちらに預ける。それでいいか?」
ヴァイスが言うイグニッションキーはデューンウォーカーに乗るために必要な鍵のことで、これを持っている人間が操作することができる。鍵は非接触式で、デューンウォーカーの近くにいれば自動的に反応する。コクピットへの転移などもこれをもっていることが文字通りのカギである。
「その条件で構わねぇ……!ようやく、ようやくっ!友の仇を討つ手段が出来た!!こんなに嬉しい事は無い!俺のおごりだ、今日は飲んでくれ!!」
ハワードは不思議と気が合ったのか、べろんべろんになるまでに飲んだ。ヴィハンは鍵を預かる身として、たしなむ程度で席を立った。
その後も、ハワードとガブリエルは今までの戦歴から、お互いの好みのタイプまで喋り通していたが、翌日になると入り口の話は覚えていたが、後の話はサッパリと忘れていた。
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