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第四話 武神、異世界にて魔獣退治2

「グルルルル」

 魔獣はゆっくりと歩みを進める。

 目の前に立つシェンなど気にも留めず、ただ村の中心へ。

 立ちふさがる彼を、まるで道端の小石ほどの存在にすぎないとでも言うように。

「止まれ」

 声を上げるも、魔獣は見向きもしない。

 次の瞬間。

 シェンは魔獣の顔の高さまで飛び上がった。

 身体を大きく反らし、踏ん張れない空中で力を存分に溜め――

――ドッ――ゴォッ!!

 魔獣の横顔へ拳を叩きつけた。

 体格差など感じさせぬ一撃は、魔獣をよろめかせる。

 そして、金色の瞳が初めてシェンを捉えた。

「ようやくこっちを見たな。そうだ。貴様の相手は俺だ!」

 シェンは再び飛び上がり、飛び上がった勢いそのままに、今度は鋭い前蹴りを顎へと叩き込む。

 しかし、確かな手ごたえがあったにもかかわらず、魔獣はひるむ様子すら見せない。

 それどころか、金色の瞳がより強く、シェンを睨みつける。

「手応えはあるが……ダメージらしいダメージは無いな……」

 シェンの着地と同時。

――ブォンッ

 魔獣の腕が、目の前の羽虫を払うかのように軽く振るわれる。

 しかし、それだけで凄まじい衝撃が起きる。

 シェンはガードごと吹き飛ばされ、民家を突き破った。

 逃げ遅れている村人たちの悲鳴が響く中、崩れた家の瓦礫の中から――

「カッカッカッ!」

 笑い声が響いた。

「巨体なだけはある! 一撃もまともに喰らえんなぁ!」

 シェンは瓦礫を跳ね飛ばし、嬉々として立ち上がる。

 今の一撃、過去に戦ったどんな達人の一撃よりも重かった。

 だが、それがいい。

 技の掛け合い。虚実の牽制。間合いの均衡。呼吸の読み合い。

 人同士。武人同士だからこその張り詰めた戦いとは違う。

 純粋な力のぶつかり合いが。

「さぁ、続きだ――ん?」

 シェンの目が細められる。

 破壊した家の奥。崩れた壁の向こうに――幼い少女が一人、震えていた。

「チッ!」

 小さく舌打ちし、即座に視線を戻す。

 魔獣はすでに次の一手を打つため、身構えていた。

 振り上げられた前脚。

 その爪は鋭利な刃の様に月光を反射し、鈍く光る。

――ボッ

 空気を無理やり押し破る音とともに、前脚がシェン目掛け叩きつけられた。

 爆音とともに瓦礫が吹き飛び、土煙が巻き上がる。

 だが、そこにシェンの姿は既になく――

「今のうちに早く逃げろ。死にたくなければな」

 少女を抱え、いつの間にか後方へと跳んでいた。

 地面に降ろされると、少女は涙を拭い、小さく頷く。

 そして、ちいさな足で必死に駆け出した。

 シェンは煙の中、小さく息を吐く。

「……フッ」

 背後で小さな足音が遠ざかるのを確認すると、静かに腰を落とす。

――瞬間、影が走る。

 次の瞬間には魔獣の間合いへと踏み込んでいた。

「ガウッ!」

 迎撃せんと、咆哮とともに魔獣の巨腕が振り下ろされる。

 しかし――

「遅い」

 振り下ろされた腕を踏み台に、一気に跳躍。

 舞うように宙を駆け、そのまま魔獣の眼前へと迫った。

「いくらお前でも、生物としての急所はそう変わらんだろ?」

 シェンはそう呟くと、魔獣の肩に両手をつき、一気に身体を回転させた。

 独楽のように回転しながら、遠心力を最大限に乗せた蹴りが放たれる。

 狙いは、金色に輝く魔獣の瞳。

――パァンッ

 直撃した瞬間、魔獣の咆哮が夜の村に響き渡った。

「グォォォォッ!!」

 蹴りを受けた魔獣は、巨体を揺らしながら後退する。

 眼球。生物の中でも最も防御の薄い部位の一つ。その急所を貫いた一撃は、魔獣の警戒を一瞬奪う。

 その一瞬の隙を見逃すシェンではない。

 彼は魔獣の肩から軽やかに飛び降りると、すぐさま地面を蹴る。

 瞬間、風を切り裂く音と共に、シェンの身体が弾丸のように加速した。

 次の狙いは膝の急所。

 全身の力を総動員し、身体ごと体当たりするように肘を叩き込む。

――メキッ

 骨の軋むような音が響き、魔獣の膝がわずかに折れる。

 だが。

「ちっ……硬いな……」

 想像以上の強度に砕き切れず、魔獣は地面に膝をつく直前で踏みとどまった。

 反撃に備え、シェンはすぐに距離を取る。

「――スゥ」

 同時。魔獣が大きく息を吸う様な行動をし。

「ボァァァァ!!」

 咆哮した。

 その声と共鳴するように。

――ドンッ……ドンッ……ドンッ!!

 と地面が爆ぜ、その爆風がシェンに襲い掛かる。

「くっ……」

 土煙に視界を奪われるだけでなく、巻き上げられた小石や瓦礫がシェンを打つ。

「鬱陶しい技だなぁ!」

 しかし、そんなものはものともせず。

 爆煙をかき分け前に出る。

「ガァァァァァ」

 再び魔獣が咆哮すると。

 魔獣の足元の地面がボコボコと盛り上がり。

 無数の弧を描く石柱となり、それぞれがシェン目掛け襲い掛かる。

「カッカッカッ! これも魔術とやらか! いいねぇ」

 笑いながら、迫る石柱の群れを華麗に躱していく。

 わずかな隙間をすり抜け、跳び、回転し、ときには拳や蹴りで叩き割りながら、一直線に魔獣へと迫る。

 そして、すべてを突破し、本丸に到達した瞬間――

「ハァァッ!!」

 闘気をまとった飛び回し蹴りが、魔獣の首を打ち抜いた。

「ガァァァ!」

 しかし、魔獣もただやられるだけではない。

 太い腕を振り回し、猛然と反撃に出る。

「悪いがもう当たらんさ」

 先の攻防にてすでに魔獣の動きを見切っていたシェンには当たらない。

 だが――

「ゴガァァァ!」

 魔獣が咆哮すると同時。

 大地が裂け、無数の石柱が勢いよくシェンに襲い掛かる。

「ちっ……またこれか」

 だが、さっきとは決定的に違う点があった。

 それは、シェンが空中にいるということ。

 回避の自由が限られる状況で、下から迫る無数の石柱。

 普通なら絶望的なこの状況でさえ――

 一瞬の隙を見極め、石柱を踏み台にしながら次々と跳躍する。

 流れるような動きで障害を突破し、無傷のまま地面に降り立った。

 そして、シェンはふっと息を吐き、ゆっくりと足を開く。

 腰を深く落とし、右手を顎元に、左手を前へ――。

 ここにきて初めて、構えを取った。

「さて、そろそろ――」

 目を細め、不敵に笑う。

「――死舞(しま)おうか」

「ガウッ!」

 魔獣が咆哮とともに襲いかかる。

 太い腕が唸りを上げ、削岩機のような連撃が繰り出される。

 しかし――

 シェンはそれらを難なく躱す。

 地面が炸裂しようが、瓦礫が飛び散ろうが、もはや彼の足を止めることは叶わない。

 一歩、また一歩と間合いを詰め――そして跳ぶ。

 狙うは、分厚い毛皮に覆われた首や腹部ではない。

 神経の集まる急所、顔面――。

 右拳が、正確に鼻先へと叩き込まれる。

「ボァァァァァッ!」

 魔獣の呻きなど意に介さず。

 続けざまに左鉤突き、右手刀、左正拳、右鉤突き――

 一撃ごとに必殺の威力を宿し、まるで舞うように拳が繰り出される。

 巨体が無防備なまま、壁へ、地面へと叩きつけられ――

「グ……ガァ……」

――ドスン……

 魔獣は地に付し、ピクリとも動かない。

 シェンは拳を軽く払い、倒れた魔獣を一瞥する。

「まぁ……そこそこは楽しめたぞ」

 呟くと、何事もなかったかのように村の中央へと歩き出す。

 その途中。

 進行方向から駆けてくる小さな影があった。

「シェンさん! 大丈夫でしたか!?」

 小さな影――リャンメイが息を切らせて駆け寄ってきた。額には汗を滲ませて。

「なんの問題もない。そっちは?」

 シェンが問うと、リャンメイは意味深な笑みを浮かべ、グッと親指を立てて見せた。

 その仕草に、シェンはふと魔獣が侵入してきた空を見上げる。

 だが、何も見えない。

「……直ったのか?」

 疑問を口にすると、リャンメイは呆れたように首を振った。

「結界は見えるものじゃないですから、空を見たってわからないですよ」

「……そうか」

 短く応じたところで、村の中央から村長が遅れてやってくる。

「はぁ、はぁ……ま、まさか本当に……魔獣を一人で倒してしまったのか?」

「あぁ。あっちに転がしてある。あとは好きにしろ」

 シェンが顎で示すと、村長は目を見開き、やがて深々と頭を下げた。

「あぁ……ありがとう。本当にありがとう! お二人には感謝してもしきれん! 村を救ってもらったこと! 村人を代表して礼を申し上げる!」

 その声に呼応するように、避難していた村人たちが次々と駆け寄ってくる。

「あ! さっきたすけてくれたおにいちゃんだ!」

 そう叫んだのは、先ほどシェンが魔獣から逃がした少女だった。

 その傍らには、両親と思しき男女の姿。

 二人は娘の言葉を聞くなり、シェンの元へと歩み寄り、深く頭を下げた。

「娘から話を聞きました。混乱の中ではぐれたところを助けていただいたと……本当にありがとうございました!」

 感謝の言葉に対し、シェンは――

「戦いの邪魔だったからな……」

 と呟くだけだった。

「あれ? もしかして照れてます?」

 その様子を見て、リャンメイが茶化すように笑った。

「ふん……」

 シェンはそっぽを向くが、その態度がますます怪しい。

――魔獣が倒され、結界も修復された。

 その知らせは瞬く間に村中へ広がり、気がつけば二人の周りは村人たちで埋め尽くされていた。

「ありがとうございました!」

「命の恩人です!」

「本当に、本当に感謝します!」

 滝のように浴びせられる感謝の言葉。

 終わりそうにない歓声と称賛の波に、シェンはそっと溜息をつく。

 すると――

「皆の者! 鎮まれぃ!」

 突然、村長の張り上げた声が響き渡った。

 いつの間に上ったのか、近くにあった高台の上から。

「お二人は長旅の直後に、更に村を救ってくださったのだ! 大変にお疲れじゃろう。改めて場を用意する。今はお二人を休ませてあげなさい」

 村人たちはハッとしたように口を閉じ、少しずつ落ち着きを取り戻していく。

「さぁ、家が残っているものは家に帰りなさい。住まいが被害にあったものは村の集会所を使うとよい」

 村長の指示に従い、村人たちは名残惜しそうにしながらも、それぞれの場所へと散っていった。

 最後にもう一度「ありがとう」と呟きながら。

 やがて、残ったのはシェン、リャンメイ、そして村長だけ。

「お二方。本当にありがとう。この礼は明日、改めて行わせていただく。今はお疲れじゃろうて、休んでくだされ」

 そう言って、村長は改めて二人を自宅へと案内した。

 そこで簡単な食事をとり、ようやく一息ついたシェンは、静かに目を閉じた。

――長い一日が、ようやく終わりを迎えた。

ここまで読んでくださってありがとうございます!


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それでは、次回からもよろしくお願いします!

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