第十九話 気配
屋敷の中、研究に没頭するルイスとリャンメイ。
そんな中で、ふと──。
ルイスが視線を上げる。
「検知魔術に何か引っかかったな……すまない。リャンメイ様子を見てくれ」
手を離せない様子のルイスがリャンメイに頼む。
「はい!」
リャンメイはすぐに立ち上がり、急いで玄関へと向かった。
扉に手を掛けた、その瞬間──。
「リャンメイっ!」
勢いよく扉が開き、ミアが飛び込んできた。顔色は蒼白で、息も絶え絶えだ。
「ミアさん!? どうしたんですか!」
リャンメイが慌てて支えると、ミアはわずかに震える声で告げた。
「カンダータに……ゴッディスの兵が軍勢を率いて押し寄せてきたの! 緑髪の女を引き渡せって……!」
「……!」
リャンメイの心臓が、強く跳ねる。
ミアの手には、くしゃくしゃになった手配書が握られている。
「手配書は見た。間違いない……リャンメイ、あなたのことよ」
その言葉に、リャンメイの胸が冷たくなる。
けれど、同時に浮かんだ疑問を、彼女は口にせずにはいられなかった。
「──どうして、私を軍に差し出さないんですか?」
これだけの大軍だ。従わなければ、ミアやこの街の人たちにまで危害が及ぶかもしれない。
それでも、ミアはきっぱりと言った。
「私もいままでいろんな人を見てきたからね。だから分かるの。あなたは、そんなことをする子じゃない。何かの間違いだって」
その瞳は、まっすぐで、揺るぎなかった。
「さあ、リャンメイ! 早く逃げなさい!」
「……ミアさん……」
胸に込み上げるものを感じながら、リャンメイは小さく頷いた──その時だった。
「この屋敷だ!!」
怒声が屋敷に響き渡った。
「っ!」
ミアが身をすくめる。リャンメイも咄嗟に身構えた。
──そして、奥の研究室から、ルイスが悠然と姿を現す。
「まったく……人の研究を邪魔しに来るとは」
ルイスは冷ややかに笑うと、詠唱もなく、軍団向け手をかざす。
「風神の息吹」
瞬間、目に見えない暴風が、屋敷の周囲を駆け抜けた。
突入してきた一般兵たちは、なすすべもなく吹き飛ばされ、門外まで叩き出される。
「やるねぇ」
ミアが思わず目を見開く。
リャンメイも、その威力に息を呑んだ。
──だが。
吹き飛ばされた兵士たちの奥から、今度は、明らかに一般兵とは違う、鋭い気配をまとった一団が姿を現した。
屈強な男、黒いローブの魔術使い、仮面をつけた異様な存在。
彼らは無言のまま、重々しく、確実に屋敷へと歩を進めてくる。
「……なるほど、あれが本陣か」
ルイスは不敵に笑った。
「リャンメイ。覚悟を決めろ」
「……はい!」
力強く返事をし、リャンメイは一歩を踏み出す。
「ぐはぁ!」
「ぐぉ!」
――ドサッドサッ
不意に、屋敷の脇から兵たちが飛んでくる。
「まだ隠れてるのが居た」
そう言いながら現れたのは。
「シェンさん!? どうしてここに……」
それは、別れたはずのシェンだった。
「たまたま通りかかってな。そんなことより……来るぞ」
屋敷の目の前には一目で分かる強者が立ちはだかる。
「よう! また会ったな……今回は”生身”だぜ?」
「ふん。久しいな。あの時の決着……今日ここで付けよう」
シェンはアトラスの前に躍り出た。
だが。
「悪いが今日は遊ぶ気はない。全隊長を連れてきている。全力を持って『悪魔の子』を連れて帰る為にな」
そう言うと、シェンの周りを隊長と呼ばれた者たちが取り囲む。
「隠密部隊隊長、サスケ」
「殲滅部隊隊長、マーリン」
「拘束部隊隊長、ガドム」
「防衛部隊隊長、アッシュ」
「改めて。私が護神兵団団長アトラスだ。お前さんが一番厄介なのは身をもって知っている……まずはお前さんから処理させてもらう」
その言葉と同時、シェンの周りに光の壁が現れる。
「悪いが閉じ込めさせてもらう」
そう言ってアッシュが手をかざし、結界を張る。
「この程度の壁で止まるか」
シェンは狭い空間で地面を蹴り、回転の勢いで結界を叩き割る。
「なっ!? 魔術結界を素手で!?」
「……拘束魔術。罪人を縛る暗黒の鎖」
結界を壊す隙に詠唱を終えたガドムの魔術。
地面から湧き出す鎖がシェン目掛け、襲い掛かる。
「捕まらなければなんてことはないな」
うごめく鎖を華麗に躱しながら、シェンは包囲を抜ける。
「空中では躱せないでしょ? ――飛翔する氷槍」
続けて、マーリンの魔術。氷の槍がいくつも生成され、シェンに襲い掛かる。
しかし。
「熊の石柱と変わらんな」
シェンは槍すらも足場のように利用し、体勢を整える。
そして、地に足付けぬまま。
「あの時の礼だ」
アトラス目掛けて蹴り込んだ。
「はっはっは! 見ただろう、お前ら。こいつは個々の魔術など乗り越えてくるぞ」
アトラスは蹴りを片手で受け止め、ニヤリと笑う。
瞬間。
――ガシッ
アトラスの両腕がシェンを抱き込む。
「今だ! やれぃ!!」
その声と共に、各隊長たちが魔術を行使する。
「雷神の抱擁」
「不可侵の巖獄」
「守護の光壁」
シェンはアトラスに抱えられたままに。
雷に焼かれ。
拘束され。
閉じ込められる。
アトラスの腕からは解放されるも、身動きは一切できず。
「暗影の深淵」
最後に、サスケが魔術を行使すると、シェンは拘束されたまま影の中に引きずり込まれ、姿を消した。
残ったのは地面に波打つ影だけ。
「シェンさん!」
その悲壮の叫びが木霊した。




