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第十一話 旅立ちの準備

 翌日――。

 二人は朝早く、再びギルドのカウンターを訪れていた。

 目的はもちろん、大百足討伐の報酬を受け取るためだ。

「すみません、大変お待たせしました」

 受付嬢が明るい声で言いながら、布袋を二つ、カウンターの上に並べた。

 それを見たリャンメイの目が丸くなる。

「すごい! こんなに」

 どちらもずっしりと重く、手のひらで持つと金属の音がかすかに鳴った。

 前回の赤い大百足のときと同じくらいの重さが二袋。

「討伐数は合計三十七体。そのうち、損傷がひどく素材として引き取れないものもありましたが、可能な限り高値で買取らせていただきました」

「ありません! 大丈夫です」

「それでは、こちらの受取書にサインと、ライセンスのご提示をお願いします」

 リャンメイがペンを手に取り署名を済ませる。

 その間に、シェンが二人分のライセンスを差し出すと、受付嬢はそれを水晶のような端末にかざし、あっという間に処理を完了させた。

「はい、手続きは以上です。素材の納品、またいつでもお待ちしております!」

 ギルドでの手続きは拍子抜けするほどスムーズに終わり、リャンメイは足取りも軽く、シェンの隣を歩く。

「良いお金になりましたね。これでしばらくは大丈夫だと思います! さ、次はハイストさんのお店に行きましょう! 楽しみだなー」

 陽気に声を弾ませるリャンメイの横で、シェンは無言のまま歩く。

 二人が大通りを抜けると、すぐにお目当ての店が見えてきた。

 既に数人の冒険者が出入りしており、武器を吟味している姿が店の外からでも見える。

――カランカラン

 扉を開けると来客を告げる音が店内に響く。

 その音に反応して、奥の工房からガタイのいい男が顔を出した。

「……おぉ、あんたらか! 待ってたぜ。さぁこっちだ」

 ハイストは満面の笑みで二人を迎え、そのまま奥の工房へと案内する。

「さぁねぇちゃん。どっちが好みだ?」

 目の前に並べられたのは、対照的な二着の装備。

 ひとつは無骨で実用重視の鎧風装備。もうひとつは、一見すると防具とは思えない、フード付きの柔らかな服。さりげなく可愛らしい装飾が施されている。

「うわぁ……すごい……」

 リャンメイは思わず見とれて声を漏らした。

「こっちの鎧風の方は無駄を削ぎ落したシンプルな見た目だが、あんたらが狩ってきた赤い大百足の素材を最低限の加工で使ってる。その斬撃耐性、衝撃耐性、魔術耐性は随一だ。接合部や合材なんかにも赤い大百足を使ったから魔力の淀みもねぇ。魔術に変な影響を与えることはまずないぜ」

 続いて、もう一方を指差し説明を続ける。

「で、こっち。見た目は軽いが、素材は同じく赤い大百足。わざわざ細い糸状に加工して使ってる。だからこそ鎧らしくない、普段使いすらできそうな様相に仕上げられた。糸という素材の性質上、衝撃耐性はあまり無いが、斬撃耐性、魔術耐性はこっちの装備に引けは取らねぇ。糸への加工は魔力の残滓が残ってない素材だからこそ出来た。まさに今回限りの逸品だな」

 誇らしげな口調で説明するハイストに、リャンメイは遠慮気味に指差した。

「……その、こっちが……いいです」

 選んだのは、柔らかな布地の方だった。

 その時、奥から元気な声が飛んできた。

「ほれ見い、親父! あたしの勝ちじゃろ? 冒険者でも女の子は女の子、可愛さがあった方が絶対いいんよ!」

 現れたのは、明るい瞳が印象的な小柄な少女。

「うるせぇ! いいからお前は下がってろ!」

「やーじゃ!」

 ふたりはそのまま店の奥で睨み合う。

「え、えっと……こちらの方は?」

 困惑気味に尋ねるリャンメイに、女の子はにっこりと笑った。

「あたし、へスティ! このおっさん――ハイストの一人娘なんよ。よろしくな!」

「リャ……リェンって言います。こっちはシェンさん。こちらこそよろしく!」

 するとハイストが肩をすくめながら言った。

「実はな、ねぇちゃんらの話をしたら、こいつが自分も装備を作りたいって言い出してな……その、ねぇちゃんが選んだ装備はこいつが作ったんだ」

「えっ……すごい!」

 驚くリャンメイに、ヘスティは得意げに胸を張る。

「だが安心してくれ、デザインやところどころはやらせたが、重要な部分は俺が仕上げてる。装備としての不備はねぇ」

「でも、これで分かったじゃろ? 女子向けの可愛い装備もちゃんと需要あるんよ!」

 ヘスティが勝ち誇った顔で父親を睨みつけると、ハイストは小さくため息を吐いた。

「お前の言い分は分かってる。だがな、何度も言っているが問題があるんだよ」

「私も可愛い装備はあった方が売れると思いますけど……問題……ですか?」

 その言葉にリャンメイが首をかしげる。

「あぁ、冒険者ってのは大なり小なりどうしたって魔術を使う。その為には装備が魔力の流れを阻害しちゃぁならねぇんだ」

 魔術を良く知るリャンメイはうんうんと頷く。

「だが、こてこてした装飾を足すと、そのぶん繋ぎ目が増える。繋ぎ目は魔力の流れを乱しやすくてな……多ければ多いほど魔術の発動に支障が出る」

 そこまで聞いてリャンメイは理解した。

「なるほど、だから後方魔術師の装備ってシンプルなものが多いんですね……」

 リャンメイの頭に浮かんでいたのは後方魔術師の姿。

 わざわざ防御力などなさそうな黒いローブや薄い装甲でなぜ冒険に出るのだろうという、幼い頃の疑問が解決された瞬間だった。

「そういうこった。俺の装備に命を預ける冒険者がいる以上、無駄なものは極力削らなきゃなんねぇ。分かったか、ヘスティ!」

「分かったって。もう何回も聞いてるよ……」

 口ではそう言いながらも、ヘスティの顔にはどこか不満げな色が残る。

「今回は兄ちゃんのおかげで特殊な素材が手に入ったからな。糸状にできた事。更には全身の繋ぎ部分にも赤い大百足の素材を使ったから魔力の流れをほとんど阻害しない。だからこそ付けることができた装飾ってわけだ。普通の素材ならこうは作れねぇ」

 そう語るハイストは、どこか満足げだ。

「ま、鍛冶の話はこのくらいにしとこう。さぁ、ねぇちゃん。持ってってくんな」

 そうして手渡された装備にリャンメイは袖を通す。

 髪を隠していた布を外し、代わりにフードを深くかぶる

「……どうですか、シェンさん。似合います?」

 指を頬に添え、少し照れくさそうにシェンを見上げる。

「……ああ」

 だが、シェンの表情を崩すことはできなかった。

「似合ってるぜ、ねぇちゃん。装備も喜んでらぁ」

「うん! さすがあたしのデザイン! 完璧だぜ!」

「えへへ。ありがとうございます!」

 フードの下からはリャンメイの眩しい笑顔が溢れていた。

 その後、リャンメイは改めてハイストとヘスティにお礼を告げ、店を後にする。

「さぁ! 次は買い出しですよ」

 新しい装備に身を包んだまま、リャンメイは楽しそうに街へ出る。

 明日に迫ったファルツァランドへの旅に備えて、必要なものを揃えるために。

 書店で冊子になった大陸地図を購入し、続いて冒険者向けの店では保存のきく食材をまとめて買い込んだ。

「魔法の容量と私の魔力量的に……このくらいの食料と、今ある毛布とかの備品なら、問題なく運べそうですね。あと少しくらいは、余裕あるかも……」

 リャンメイは両手いっぱいの袋を抱えながら、独り言のように呟く。

 そして、そんな荷物を抱えての帰り道。

「あ、シェンさん。見てくださいこれ『共鳴石』ですよ」

 大通りに並ぶ露店のひとつ。

 そこに飾られたアクセサリーの一つを見て、リャンメイが嬉しそうに駆け寄った。

「なんだ、それは」

「この石、魔力を通すと光るんです。で、面白いのが……」

 そう言って、リャンメイは店主に声をかけて許可を取り、ネックレスと、その隣にあったイヤーカフを手に取った。

 そして、イヤーカフの方をシェンに手渡す。

「見ててくださいね。こうやって魔力を通すと――」

 リャンメイはネックレスを両手で包み込むようにして、静かに魔力を流し込む。

 すると――

「……なるほど、だから共鳴石か」

 ェンが手にしていたイヤーカフの石が、淡く、ほんのりと光を帯びた。

「面白いでしょ? まぁあんまり距離が開くと光らなくなっちゃいますし……まぁ、子ども向けのおもちゃって感じなんですけどね」

 そう言いながら、リャンメイは店主にお金を支払う。

「そのイヤーカフはシェンさんにあげます。それなら戦いの邪魔にはならないですよね?」

 ぱっと笑顔を向けるリャンメイ。

「いや、俺は別に――」

「いいから貸してくださいっ。つけてあげますから。はい、しゃがんでください……よし、うん! 似合ってますよ。えへへ、お揃いですね」

 そう言って、リャンメイもネックレスを身に着ける。

 魔力を込めずとも、その石は夕日に淡く輝いていた。

 その瞬間。

――ヒュゥ

 小さな風が通り抜け、ふわりとリャンメイのフードをめくり上げる。

「あっ――」

 風に揺れる、鮮やかな緑の髪。夕陽に照らされ、まるで宝石のように輝きを放つ。

 リャンメイは慌ててフードを被り直した。

 けれど、その一瞬――

「今の髪の色……まさか……」

 通りの影から現れた兵士の一人がそれを見ていた。

 だが、シェンとリャンメイはその視線に気づかぬまま、帰路につく。

 宿に戻るころには、すでに日は落ち、夜の帳が静かに街を包み込んでいた。

「ふぅ……けっこう買い込みましたね」

 リャンメイは荷物を床に並べ、満足げに息をついた。

「これでしばらくは大丈夫でしょうけど……ファルツァランドまでは持たないと思うので、途中でまた補給しましょう」

 そう言って、彼女はざっくりとした大陸地図を広げる。

「今いるのがこのライブラリアン、で……目的地のファルツァランドは――ここですね。私たちが出会ったゴッディスがこの辺りだから、倍くらいの距離を旅することになりますね。途中、カンダーダって国があるみたいなので、ここで補給できるかと」

「そのあたりは任せる。好きにやれ……俺はもう寝る」

 ぶっきらぼうにそう言い残し、シェンが寝床に向かおうとした、その時だった。

 何かがおかしい。

 ふと違和感を覚えたシェンは窓際へと足を運び、外の様子を静かにうかがう。

「……何か見えます?」

 リャンメイもつられるように窓に目を向けるが、街並みは夜の闇に溶け、何も見えない。

「……囲まれているな」

 低く落ち着いた声で、シェンがそう呟いた。

「え……?」

 リャンメイの顔がみるみると青ざめていく。

「ど、どうしよう……」

「すぐに荷物をまとめろ。出るぞ」

「は、はいっ!」

 リャンメイは慌てて荷物を掴むと、次々と魔法空間へ放り込んでいく。

 あっという間に部屋が片付けられた、その瞬間。

――ガン!

 扉が乱暴に叩かれた。

「中にいるのはわかっているぞ! 開けろ、悪魔の子め!」

「チッ……行くぞ」

「行くって、どこに――」

 言い終わる前に、シェンがリャンメイの腕を引き寄せ、そのまま抱き上げる。

 そして、一気に窓際へ。

「え、まさか……」

「舌を噛む。口を閉じてろ」

 リャンメイは咄嗟に両手で口を押さえた。

 ちょうどその時、扉が蹴り破られ、兵士たちがなだれ込んでくる。

「捕らえ――」

 その命令が終わるより早く、シェンはリャンメイを抱えたまま窓枠に足をかけ――跳んだ。

――トンッ

 人を抱えて二階から飛び降りたとは思えないほど、静かな着地。

 だが、そこは兵士たちのど真ん中だった。

「逃がす――」

 すぐさま兵士が襲い掛かるが、シェンはリャンメイを抱えたまま片足で一人の胸板を蹴り抜く。

 もう一人は顎を蹴り上げ、更には後ろ回し蹴りでもう一人。

 兵たちを次々に蹴り倒し、道を切り開き、シェンは難なく突破した。

「このまま国を出るぞ」

 言いながら、彼は迷いなく門を目指した。

 だが。

「……流石に邪魔が多いな」

 門の前には、盾と槍を構えた兵士たちがびっしりと列をなしていた。

 迎え撃つ構えにて通す気は一切無いとその光景が物語る。

 シェンは舌打ちし、進路を変える。

 壁を蹴り、軽やかに屋根へと跳ね上がると、そのまま屋根から屋根へと跳び移り、夜の街を駆け抜けていく。

「……あれだな」

 鋭い眼差しが、ひときわ高い建物――時計塔を捉えた。

 あっという間にたどり着くと、壁を蹴り、小窓を蹴り、リャンメイを抱えたまま駆けあがっていく。

「時計塔……?」

 リャンメイが小さく呟くが、シェンは答えず、ただ無言で上を目指す。

 そして、ようやく辿り着いた塔の頂上。

 辺りで一番高い場所から見える景色は絶景。

 ところどころ見える民家から漏れ出る光が幻想的に街を彩る。

 しかし、そんな感傷に浸る余裕も無く、リャンメイは怯えていた。

「……シェンさん……? ねぇ……まさか……」

 小さく震えながら指さすのは、国を囲む防壁。

「しっかり掴まってろ」

 その一言だけを残し、シェンは躊躇なく走り出す。

 そして――跳んだ。

 防壁めがけて。

「――っ!!」

 リャンメイは言葉にならない声をあげ、必死でシェンの胸にしがみつく。

――ザシュッ

 リャンメイの不安をよそに、シェンは難なく防壁の上に着地した。

 外の世界が、目の前に広がっている。

「……ゴッディスから逃げた日もこんな夜でした」

 震える声で、小さくリャンメイが呟く。

 シェンは何も答えない。

「あのときは、ただ不安で……すぐ捕まるんじゃないか、魔物に殺されるんじゃないかって。怖くて仕方なかった。でも、今は――」

 リャンメイは、シェンの顔を見上げる。

「でも、今は大丈夫。シェンさんと一緒だから!」

「……行くぞ」

 その言葉とともに、彼は再び跳んだ。

 夜の闇へと。

「追え! 外だ! 絶対に逃がすな!」

 怒号が、静かな夜にこだました。

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