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第九話 初依頼

 ギルドの受付へと戻った二人は、依頼が張り出された掲示板の前に並び立ち、じっくりと紙を見比べ始める。

「んー……商人の護衛とか、荷物の運搬とか……報酬はいいですけど、目的地まで数日も拘束されちゃいますね。私たち、この国で情報収集もしなきゃですし……できれば周辺で済んで、すぐお金になる依頼がいいなぁ」

 しかめっ面で依頼書を見比べながら、ブツブツとつぶやくリャンメイの隣で――

「……なんでもいいだろ。早く決めてくれ」

 と、シェンは気だるげに言い放つ。

 まるで他人事のように。

「もー、そんなこと言わないでくださいよ……あ、これ!」

 突然、リャンメイの顔がぱっと明るくなる。

「これにしましょう!」

 意気揚々と選んだ依頼書を手に、受付へ向かう。

 差し出された依頼書を受け取った受付嬢は、書面を確認しながら穏やかに口を開いた。

「――はい。赤い大百足の狩猟ですね。最近この辺りに現れる“大百足の群れ”の中に、赤い個体が混じっているとの報告があり、依頼主様はその素材を求めていらっしゃいます」

「赤い個体……?」

 リャンメイが首を傾げると、受付嬢はうなずいた。

「ええ。通常の大百足とは異なり、外殻が赤い個体です。この国の北側にある森。その奥に位置する洞窟に巣をつくっていると思われます」

 受付嬢は二人の冒険者ライセンスを水晶のような器具にかざした。

 淡い光が瞬き、依頼の登録が完了する。

「はい、登録完了です。国の門を通る際は、必ずこのライセンスを提示してくださいね。それでは、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 手続きはあっという間だった。

 二人はそのままギルドを後にし、再び門へと向かう――

 先ほどとは違い、今度は冒険者ライセンスを提示するだけで、守衛もあっさりと通してくれた。

「……ふぅ。緊張しましたね」

 リャンメイは無事門を通り抜けられたことにほっと胸をなで下ろし、小さく息を吐く。

「で? なんだ、その赤い大百足ってのは。強いのか?」

 シェンが歩きながらぼそりと尋ねる。

 リャンメイは手にした地図を広げながら、口を開いた。

「うーん、見た目は名前の通りですね。大きな百足の魔物で、外殻が赤いそうです。ただ強いかは……大百足自体は倒したら初心者卒業。なんて言われるレベルらしいですけど……」

「……曖昧だな」

「だって、私も現物は見たことないですもん。冒険者の防具や武器の素材として使われることがあるらしくて、ギルドでも普通の大百足の素材ならよく流通してるみたいですけど、赤い個体はそうそう出回らないんですよ。だからあんまり情報が無いんですよね……」

 それを聞いたシェンは、ふと眉をひそめる。

「……そいえば魔獣は強いんじゃなかったか?」

「シェンさん、魔獣と魔物は別物ですよ」

「……はあ、またそれか」

 シェンは面倒くさそうにため息をつく。

 以前、魔術と魔法の違いを聞かされたことを思い出して。

 だが、そんな彼の態度など気にも留めず、リャンメイは嬉々として説明を続ける。

「魔獣っていうのは、もともと普通の獣だったのが魔力を浴びすぎて変異した存在です。魔術を使う個体もいますし、凶暴で強力な個体も多いです。ただ、突然変異体なので繁殖して増えることはありません」

「ふむ」

「一方で魔物は、最初から魔力を持った“種族”として存在してるんです。姿形は獣っぽいのもいますけど、基本的には生態があって、繁殖もするし、魔法を使って生活してる種もいます。魔獣ほどの戦闘力はないですけど、一般人には十分危険ですね」

「……なるほどな。つまり、魔獣は暴走した怪物で、魔物は普通に暮らしてる“魔法を使える動物”みたいなもんか」

「おおっ、合ってます! さすがシェンさん、飲み込み早い!」

 リャンメイは嬉しそうに笑いながら手を叩いたが――

 シェンは相変わらず無表情のまま、一言も返さずに前を向いて歩き続けていた。

 目的地まではあっという間だった。

 歩いていた時間は一時間も無いだろう。

「シェンさん! あそこです。あの洞窟が大百足の巣です」

 森の奥、木々の間からぽっかりと口を開けた真っ黒な洞窟が見える。

 その奥から吹き出してくる冷たい風に、リャンメイは思わず身震いする。

 だが、シェンはまるで何も感じていないかのように、すたすたと洞窟の中へ足を踏み入れていく。

「ちょ、ちょっと待ってください! 今、灯りを出しますから……!」

 リャンメイは慌てて後を追いながら、手を前にかざす。そして、呪文を紡ぐ。

「――荒れた大地、広がる闇。調べもなく、振り返ることもなく。我、挑むものなり……光よ」

 詠唱の終わりと共に、リャンメイの掌の横にぽうっと光球が現れ、やわらかな白光が洞窟の内部を照らし出す。

「それも魔術か?」

シェンがふと振り向き、光球を見上げて問う。

「ええ。便利でしょ? 魔術って戦うためだけじゃないんですよ」

どや顔で説明するリャンメイに、シェンは一言だけ「そうか」と返して再び前を向いた。

 その時だった。

 ゴゴゴ、と地面がわずかに揺れた。

「……っ! い、今の、何か……!」

 リャンメイが言いかけた瞬間。

 洞窟の奥。光も届かぬ闇の中から、ぞわりと蠢く音が広がる。

 無数の脚を蠢かせながら、巨大な影が滑るように現れた。

 その体はざっと五メートルを超える巨体。

 黒光りする甲殻に覆われ、節ごとにくねる胴体。。

 そして、ぎらりと光る無数の目と、鋭く尖った二本の大顎。

――大百足。

 魔物特有の重苦しい魔力の気配が、洞窟内を満たしていく。

「大百足です! シェンさん、気をつけてください!」

 リャンメイが叫ぶと同時に、大百足が甲高い鳴き声を上げ、猛然と襲いかかってきた。

 飛びかかってくる大百足。

 その巨体が弾丸のように一直線に突進してくる。

「危なっ――!」

 リャンメイが叫ぶより早く。

 シェンは一歩、踏み出していた。

 侵入者を排除すると言わんばかりに突進してきた大百足の巨体に退くことも無く。

 巨体が寸前まで迫った瞬間。

――ドンッ

 まるで爆発したかのような衝撃音。

 シェンの前蹴りが大百足の頭部を下から蹴り上げ、巨体は紙くずのように宙を舞った。

 天井に叩きつけられた大百足がぐしゃりと潰れ、そのまま動かなくなる。

「い、一撃……?」

 ぽかんと口を開けるリャンメイ。

 その視線の先、シェンの背には、戦闘の余韻などまるで無く、ただ静けさと沈黙だけがあった。

「赤くないな……ってことはハズレか」

 小さなため息とともに、シェンは再び洞窟の奥へと歩を進めようと踏み出す。

 その瞬間。

 洞窟の奥、深い闇がうごめき出す。

 一匹、また一匹。いや、それ以上――数えきれない数の大百足たちが、ぎしぎしと不気味な音を立てながら姿を現した。

 洞窟の天井、壁、床を這いながら、まるで波のように。

 それらを意にも介さず、シェンはまっすぐに踏み込んだ。

 次々と襲いかかってくる魔物たち。

 だが――

「ギィィ!」

「ギィイイ……!」

 拳が甲殻を砕き、回し蹴りで複数の体節がちぎれ飛ぶ。

 貫手が頭部を貫き、手刀が牙を叩き折る。

 足場も関係なく。

 空中に飛び上がったかと思えば、降下と同時に地面ごと踏み抜き、周囲の数体を一気に粉砕する。

 それはもはや戦いではなく――蹂躙。

「強い……」

 呆然と呟くリャンメイの隣で、光球だけが冷静に洞窟の内部を照らしていた。

 そのとき――

 ズズズ……と、洞窟の奥がさらに揺れた。

 現れたのは、ひときわ巨大な影。

「赤い! あれです! シェンさん!」

 全長は優に七メートルを超えていた。

 甲殻は鮮やかな紅に染まり、異様な光沢を放っている。

 触角は鋭くうねり、節々から立ち上る毒気が空気を濁らせる。

――ドロォ……ッ

 唾液のように口から垂れたそれは、地面に落ちた途端、ジュッと音を立てて石を溶かす。

「毒液!?」

 リャンメイが警戒の色を強めるが、シェンは構えることすらしない。

 じっと赤い百足を見つめたまま。

「キシェェェェェェェ!!!」

 赤い大百足が甲高い悲鳴のような鳴き声を上げると、空気が圧を帯びて震える。

 そして、まるで弾丸のような速度で赤い巨体がうねりながらシェンに襲いかかる――が。

 次の瞬間。

 赤い巨体が、宙を舞った。

 シェンの掌底によって、あまりにもあっさりと。

 巨体が壁に叩きつけられ、地響きを立てながらずるずると崩れ落ちる。

 いくつもの動かない足。

 体液を漏らすひび割れた甲殻。

 その動きには、もはや鋭さも迫力もない。

「まだ動くか」

 それでも再び立ち上がろうとする赤い巨体に、シェンは眉をわずかに寄せ――

 宙へ軽く跳躍。

 一回転し、踵に勢いを乗せて振り下ろす。

 回転の威力を乗せた彼の足が赤い大百足の頭部に叩き込まれる。

 雷鳴のような轟音とともに、大地が揺れた。

 長い胴体が痙攣し、やがて動かなくなる。

「うわあ……す、すご……」

 リャンメイが呆然と呟きながら駆け寄る。

 赤い甲殻は砕けずともひびが入り、毒液の残滓があたりにこびりついている。

「これで依頼達成ですね! ただ、流石に大きすぎて私の魔法では運べないですね……少しでも切り分けるしかないかぁ」

 死体をどうするか悩むリャンメイのことなど気にも留めず。

「帰るぞ」

 シェンはそう言うと、倒れ伏した赤い大百足の死体を躊躇なく掴み上げた。

 その全長は七メートルを超える巨体。

 それを軽々と肩に担ぎ上げる姿に、リャンメイは目を丸くする。

「えっ、帰るって……それ、丸ごと持って帰るんですか!? 切り分けとか……!」

「面倒だ。まとめて渡せばいいだろ」

 そう言って洞窟を引き返すシェンの背を、リャンメイは慌てて追いかけた。

 赤い大百足――その巨大な死体を肩に担いでギルドへ戻ると、ギルド内にいた冒険者たちの視線が一斉に集まった。

 どよめきが広がる中、シェンは無言で受付へと歩み寄り、そのまま大百足の死体をドサリと投げ捨てる。

「ほら。これで依頼は終わりだろ」

 吐き捨てるような口調で言い放つ。

「あっ、依頼の赤い大百足です! ご査収ください!」

 リャンメイが慌ててフォローしながら、依頼達成の手続きを進める。

 受付の職員が呆然とした顔で死体を確認し、ぽつりとつぶやいた。

「た、確かに……それにしても早かったですね。三時間も経ってないなんて……」

 信じられないといった表情のまま、彼女はリャンメイとシェンのライセンスを水晶にかざし、処理を進めていく。

「それと……もう一つ報告があるんです」

 リャンメイが小声でおずおずと口を開いた。

「大百足の巣、多分……壊滅させちゃいました……」

「……え?」

 受付嬢が一瞬止まり、目をぱちぱちと瞬かせる。

 だがすぐに状況を把握し、慌てて奥へと声を飛ばした。

「すぐに調査班を北の洞窟へ! 大百足の巣が壊滅した可能性があるわ!」

 その指示を受け、職員たちがバタバタと走り出していく。

「……失礼しました。巣が壊滅となると、生態系や周辺への影響調査が必要になるんです」

「あっ……そ、そうですよね。勝手なことしてしまって、すみません」

 リャンメイがしゅんと肩を落とす。

「いえ、大丈夫です。大百足は最近数が増えすぎていて、いくつかの地域では被害報告も出ていたくらいですから。今回の件は、ギルドからの討伐依頼があったという形で処理しておきます」

「ほんとですか!? ありがとうございます!」

「ただし――魔物の乱獲は罪に問われる場合もあります。今後はくれぐれも注意してくださいね」

「は、はい……以後気をつけます……」

 しょぼんと落ち込むリャンメイの後ろで、壊滅させた当の本人は我関せずの態度でギルドの長椅子に腰かけていた。

 そんな二人に、受付嬢が微笑みながら言葉を続ける。

「それから、大百足の死体なんですが……もしよろしければ、ギルドで買い取らせていただいても?」

「あ、いいんですか?」

「ええ。もちろんです。魔物などの素材や鉱石、薬草などはギルドで買い取り、鍛冶師や薬師に販売しています。ですので依頼じゃない素材でもお持ちいただければ買い取らせていただいているんです」

「なら是非お願いします」

「かしこまりました。ただ、調査班の報告を待つ必要がありますので――明日、もう一度いらしてください。その際に買い取り金額をお伝えしますね」

 そう言って、受付嬢は後ろからずっしりとした袋を取り出し、受付カウンターの上に置いた。

「そして、こちらが依頼達成の報奨金です。お疲れさまでした」

 袋を受け取ったリャンメイが嬉しそうにシェンの元へ駆け寄った。

「シェンさん、見てくださいっ!」

 袋の口を開けて中を覗く。

 金貨がぎっしりと詰まっており、見ただけでは正確な額は分からない。だが、それでもざっと目算で十万イェンは超えている。

「やりましたよ、シェンさん! これで……これでようやく宿に泊まれます!」

 リャンメイが満面の笑みで言った、その瞬間――

――ぐぅぅ~~。

 静かなギルドの空気に響く、見事なまでの腹の虫の音。

「……っ!?」

 顔を真っ赤に染めたリャンメイが、慌ててお腹を押さえる。

「さ、先にご飯にしましょう! これだけあれば、おいしいものいっぱい食べられますよ!」

 恥ずかしさをごまかすように、リャンメイは勢いよくシェンの腕を引いた。

 彼女に連れられるまま、シェンは無言でギルドを後にする。

 その夜――

 二人は旅に出てから久しぶりに、屋根のある温かい部屋で布団に包まれ、静かな夜を過ごすことができた。

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