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「あ〜、ひどい人生だった」


 僕は中学の時に筋萎縮性側索硬化症(ALS)が発症した。この病気は発病すると、手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力がなくなっていく病気だ。最後は心臓の筋肉が動かなくなるか、呼吸ができなくなるか、いずれにしろ早死にする。

 外で遊べなくなって不憫に思ったお父さんとお母さんが、最新式のVRゲーム機を誕生日にくれた。ゲームの世界では自由に動けるし、仲間を作って冒険ができた。僕は夢中になって、一日中ゲームの世界に入って行った。このゲームは主人公の職業、ストーリーが何百通りもあるように設定されていた。しかし何10周もゲームをこなす内に設定されたストーリーではなくて、自分のストーリーがしたいと思うようになった。

 

「アインちゃん、ゲームは面白い?」

 病室を訪れたお母さんが聞いた。

「このゲーム、・・主人公が英雄になる・・・ゲーム・・・だよね?」

「全然、強く・・・・ならないし・・・・途中で・・・・死んじゃ・・・うんだ」

「今、人気のゲームだそうよ。難易度が高いゲームなのよ。クリアするといいわね」

(そうかなあ。お母さんには言えないけど、クソゲームだと思うけど)


 ああ、僕の残された時間がなくなってきた。ベッドの横に機械があって、身体のところどころにコードが貼り付けてあった。僕の心臓の音が小さいスピーカーで聞こえた。結局ゲームはクリアできなかった。

「ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピーーーーーーー」

・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・・・・


「アイン、起きなさい。朝ごはんよ」

「はーいお母さん」

 2階の部屋から階段で1階のキッチンに入った。

「お兄ちゃん、遅いぞ」

 妹のセシルがいった。

「お父さん、おはよう」

「おはよう、アイン」


 お父さんの名前はロダン、お母さんがイルマ、7歳の妹のセシルだ。俺の名前はアインハルト、通称アインで9歳だ。でも、本当の親子ではない。僕の実父のカールとおじさんのロダンは狩人兼農民で、僕が小さい頃、いるはずのない強い魔獣に遭遇してお父さんのカールが死に親友のロダンおじさんは重症を負った。病弱な実母のアルマお母さんもお父さんのカールの後を追うように亡くなってしまった。お母さんのアルマとイルマおばさんも親友で小さい時から仲が良く、僕達は家族付き合いをしていた。両親が亡くなって、僕はたった1人になってしまった。家族同士が親友のロダンおじさんとイルマおばさんが、僕を不憫に思って養子にしてくれたんだ。2歳年下のセシルと僕は、小さい頃から兄妹の様に育てられた。


 1階のキッチンのいつもの椅子に座った。

 お母さんのイルマがホワイトスープと硬いパンを僕の前に置いた。

「ありがとう。いただきます」

「うまい!」

「いつものスープよ」

 骨からとった出汁に柔らかいポテトと玉ねぎが甘くて美味い。美味しそうな匂い。

(なんで?匂いと味なんてゲームで感じないのに)

(ステータス!)

 僕の目の前にステータス画面が現れた。ゲームと同じだった。

名前:アインハルト

職業:村人(Lv1)

HP:1

MP:1

知力:70

攻撃力:1

防御力:1

魔法:なし

スキル:鑑定(Lv1)、使役(Lv1)、魔力操作(Lv1)


「ご馳走様!、行ってくるね!」

「遠くに行くなよ、森の中には魔獣がいるから柵から外に出るなよ」

「わかってるよ」

 僕はお父さん(ロダン)に作ってもらった弓と木の剣を持って出かけた。

 ゲームの世界では成長しないと立ち入れない場所や、ゲームが進まないと入れない場所があった。でも、もしかすると、ここはゲームの世界じゃないかもしれない。


 森の中に入って行くには目の前の柵を越えなければならない。9歳の僕ではゲームの制約があって柵に近づくことさえできない。でも、一歩づつ柵に近づいた。

「えっつ」

 柵に近づけた。

「よしっ」

 柵の木の棒を両手で掴んで、足を柵に掛けた。2メートル位の柵を登るのは怖かったけど、下を見ないでなんとか超えることができた。

「ふ〜」

 地面に降りてホッとした。森の中をどんどん歩いて30メートルくらい入った。9歳の僕にとって森は暗くて怖い。大きな木の下を探すと、直径2センチ程の小さな穴があった。その前に豆を置いて小さなカゴを木の枝でつっかえ棒にして斜めに立てかけた。5メートルほど離れて待った。

 ゲームの時に大きくなってから森に入れる様になって、家の周りに何かないかを探して歩き回ったから、よく知っているのだ。


「やったー」

 カゴに袋を被せた。小さな生き物を捕まえた。豆リスだった。大事に家に持って帰って自分の部屋に入った。

 袋の中に左手を入れて、小さな豆を手の平に乗せた。豆リスをゆっくり優しく両手で包んだ。豆リスは僕の手の中で豆を食べていた。僕はゲームの世界の知識で使役の呪文「テイム」を唱えた。僕の魔力が豆リスを包むと淡く発光した。ステータス画面を見ると豆リスの使役が成功していた。レベル1の村人でも自分よりも弱い小動物なら使役できると思った。

 ゲームの世界ではまだ森の中に入れないから、ゲームの世界の僕はこの頃、家にいるクモを使役していた。


「豆リスでミニだから、お前の名前はみーちゃんだ。よろしくな」

「チュッ」

 豆リスは半魔で最弱の生き物だ。

「お兄ちゃん、お帰り〜」

「エッ、かわいい〜、お兄ちゃん、どうしたの?」

「俺の従魔、豆リスのみーちゃんだ」

「いいな〜、触ってもいい?」

「手を出してみな」

 僕は小さいセシルの手の平に豆粒を一つを乗せた。

 みーちゃんが僕の顔を見てから、恐る恐るセシルの手に近づいた。

 みーちゃんがセシルの顔を見た。セシルはニコニコと微笑んでいた。

 みーちゃんがセシルの手に乗って豆粒を齧り始めた。

「テイムって言ってごらん」僕は小さな声で言った。

「テイム」

 セシルが呟くように言うと、みーちゃんが淡く光った。セシルのステイタスを見ると、

  使役:豆リス・みーちゃん(Lv1)と表示されていた。

「セシルも使役に成功したぞ」

「本当?」

「よろしくね!みーちゃん!」

「チュッ」

「えらいわね〜、お返事できるのね」

「これから、あたしがあなたのお母さんよ」

「チュッ」

「お兄ちゃん、あたしが世話していい?」

「昼間は一緒に出かけたいから、寝る時に一緒に寝たらどうだ?」

「うん、わかった」


 1年後、父さんが生まれたばかりの犬を持って帰って来た。

「あなた、どうしたの」

 ロダンの防具が血で濡れていた。

「実はな・・・・」

 ロダンがイルマに説明をした。


「ガウォ〜、ファー、ファー」

「バキバキ、ダン、バギィ」

「ドガッツ」

「ガチュ、グチュッツ、ガウォ、ガウォ」

「ガウォ、アウォー」

 ロダン達、村の狩人は5人がチームになって、鹿、猪、鳥の魔物を狩っていた。偶然その日は魔獣同士の争いに出くわしたのだ。森の主である5メートルくらいの巨大熊に3メートルくらいの白い一角狼の2頭が戦っていた。

「なぜ一角狼がここにいるんだ?」

 ロダン達が木の影からそっと戦闘の成り行きを見ていた。

「ドガッ〜、ズシャ」

 巨大熊がオスの一角狼を20メートルも吹っ飛ばした。巨大熊が走って一角狼の上に乗って首に噛み付いた。後ろからメスの一角狼が巨大熊に飛びかかったが、黒くて太い腕の爪でザクっと刺されて吹っ飛ばされた。まだオスは生きていたが、暫くすると息絶えた。


「ガツッ、ガッツ、ガッツ」

 巨大熊がオスの一角狼を食べ始めた。オスが息絶えたのがわかるとメスに近づいた。

「ガツッ、ガッツ、ガッツ」

 メスの一角狼の首に喰らい付いた。

 メスが死ぬと、巨大熊はオスを口に咥えて巣穴のある洞窟の方に去っていった。


「ロダン、どうする?」

「熊が戻ってくる前にメスの方を手に入れるぞ!」

「一角狼なんて一生手に入れられないぞ、毛皮、角、牙、爪、どれも大金になる」

「内臓を出して軽くしよう」

 メスの一角狼はまだ生きていた。 

「悪く思うな、今、楽にしてやる」

 ロダンが心臓を槍で刺した。メスの狼の首がダランと垂れて、胸から血が流れ出て地面を濡らした。


「内臓を取り出すぞ、心臓とレバー以外は捨てていこう」

 手早く腹を割いて内臓を取り出して行く。

「妊娠していたのか」

「子宮を裂くと、生まれる前の一角狼の幼体が生きていた」

「みんな、この子供をもらってもいいか?」

「誰も取らないから、好きにしろ」

「それより、熊が戻る前に早く帰ろう!」

 5人で一角狼の死体を担いで走った。途中、川を渡って血の匂いを消した。

「ハア、ハア、ハア」

「もう走れねえ」

「もうすぐ村だ、ここまでくれば熊も追ってこない」

 アインが豆リスを使役していたから、ロダンはひょっとしたらと思って、一角狼の幼体を持ち帰っていた。

 

「アイン、起きているか?」

「お帰りなさい、お父さん」

 ロダンが狼の幼体の入った袋をアインに手渡した。アインが袋の中を見ると、小さくてピンク色の生き物がいた。

「これ、どうしたの?」

「生まれる前の狼の赤ん坊だ。お前なら育てられるんじゃないかと思って連れて来た」

 ピンク色の皮膚の狼の赤ちゃんが布に包まれていた。まだへその緒がついていて、震えていた。

「アイン、頼んだぞ」

「お父さん、ありがとう」

「狼の赤ん坊なんてゲームにはなかった。初めてだ」

 ゲームの世界と違う展開になっていた。


「お兄ちゃん、ミルクを持って来たよ」

 妹のセシルが皿に入ったミルクを運んできた。

「スプーンで1滴づつミルクを飲ませるんだ」

「俺は魔力を注ぐ」

 セシルの前では「僕」は格好が悪いから自分のことを「俺」にしている。


 この世界に満ちる魔力が生命の源だ。動物は体内に魔力を巡らせ、成長するに従って胸に魔核を作る。強い生物は魔核が結晶化して魔石になる。生物の強さは魔石の大きさに比例する。知力が発達すると額に魔力が集中して結晶化の後、額にも魔石が宿る。人間の場合、知力が発達して賢者になると、額と胸に魔石があるのだ。長く生きた魔獣は額に魔石を作り、知能が高く、人語を話し、魔法も使うことができる。神代の時代から生きているとされる神龍は想像もできない力を持つとされている。


 僕は狼の赤ちゃんの胸に魔力を注ぎ、魔核を形成させていく。魔力を注ぎ続けなければ、いつ死んでもおかしくない。本当に小さい、僅かな意識を感じた。

(気持ちがいい、あったかい)

「テイム」

 自分のステータスを見た。使役:一角狼(幼体) とあった。

「お前の名前は・・・」

 白だからホワイト、安易だし、希望を込めた名前にしよう。

「お前の名前はシルバーだ。いずれ白から銀に進化して狼の王になれ」

「シルバー、死ぬなよ」

 僕とセシルは徹夜で看病した。交代でミルクをやった。3日もすると峠を越えたようだ。まだシルバーは目を開けられない。


「お兄ちゃん、生き物は最初に見たものを親だと思うのよね?」

「そうだ」

「だったら、お兄ちゃんとあたしがこの子の親になるのよね」

「そうだ」

「お兄ちゃんがお父さんで、あたしがお母さん・・・」

「大きくなったら、あたしをお兄ちゃんのお嫁さんにしてくれる?」

・・・・・・・・・・

 ゲームの情景が浮かんだ。

「いいよ」

「えっ」

 セシルの目が大きく見開いた。そして嬉しそうに微笑んだ。



 冒険者になった18歳の僕と16歳のセシルが山の斜面の峠道を歩いていた。

「あともう少しで隣町だ。そこで今夜は泊まろう」

「ガラガラ、ガッツ、ゴンッツ」

「お兄ちゃん、危ない!」セシルが僕を突き飛ばした。

「ズシャ」

「フー、危なかった」

 後ろを見るとセシルが崩れ落ちた大岩の下敷になっていた。

「セシル!死ぬな〜〜〜!」

「お、お兄ちゃん、良かった・・・」

「ゴフッ」セシルが口から血を吐いた。

 僕はセシルの手を握った。セシルが何かを言おうとして口を動かしていた。セシルの口元に耳を近づけた。

「生まれ変わったら、、あたしを、お兄ちゃんの・・・・お嫁さんに、してね」小さく掠れた声だった。

「もちろんだセシル、必ずお前をお嫁さんにする!」

 セシルが僕の手を強く握り締めた。そして、フッと力が抜けた。

 僕はセシルの手を握りしめて、セシルにそっと口付けをした。

「必ずだ、セシル」


 僕とセシルは冒険者として商人の荷馬車を護衛していた。

「盗賊だ!」

「陣形を整えろ」

「馬車の上から矢を放て!」

「ド、ド、ド、ド、そりゃ〜、死に晒せ!」

 4頭の馬に乗った盗賊が近づいて来た。後ろから走ってくる盗賊が何人もいた。護衛は4人だ。盗賊は3、4倍いそうだ。

「セシル、俺の前に出るなよ!」

「セイヤ!」

「オリャ」

「キンッ、キンッ」

「ハー、ハー、ハー」

「女は殺すなよ、後のお楽しみだ」

「俺が先だ」

「馬鹿野郎、俺だ」

「早く死ね!」

 僕の後ろから槍が投げられた。

「お兄ちゃん!」

「ドス」

「えっ」

 僕が振り返ると、妹のセシルの胸から槍が突き出ていた。僕はセシルを抱き抱えた。

「馬鹿野郎、女は殺すなよ」

「すまない、ドジっちまった」

「お前も死ね」

「ザンッツ」

 セシルを抱き抱えた僕は、後ろから首を切られた。



 何度もゲームを繰り返した。王国の兵士になった時も、商人になった時も、鍛冶屋、八百屋、花屋、魚屋、ヤクザ、何になってもセシルが僕を追いかけて来た。そして必ず僕を庇って死んでしまう。僕と一緒にいるから死ぬんだ。

 僕は王国を抜け出して帝国の冒険者になった。

(もうセシルは死ぬ事はないだろう)

 帝国領を冒険者として大きな商人の隊列の護衛の1人として雇われていた。旅の途中で隊列が昼食を取っていた。

「お兄ちゃん」

 振り向くとセシルがいた。

「なんでお前がここにいるんだ?」

「えへへ、お兄ちゃんを追いかけて来ちゃった」

「料理の下働きに雇ってもらったのよ。まだ仕事の途中だから、また後でね」

 ニコニコっと笑顔でバイバイをして走っていった。

 僕はセシルの一途の思いに知っているし、会えて嬉しかった。でも、また死んでしまうかもしれないと思うと、心配でならなかった。


 護衛の旅が無事に終わった。セシルは死ななかった。護衛の報酬を受け取った後、セシルと酒場で夕食をとった。

「お前、よく帝国に来られたな。お父さんとお母さんは許してくれたのか?」

「お兄ちゃんが冒険者になって帝国に行っちゃってから、あたしは街の料理店に住み込みで働いて、料理の手助けをしてたんだ。料理の腕が良かったから、お店であたしも料理を作るようになったある日、お金持ちの商人が食事に来て、あたしが作った料理を直接その商人に出したら、褒めて下さって、雇ってもらったのよ」

(お父さんとお母さんの許しの話はどうなった?誤魔化したな)


「おいしかったよ、この店はいい店だね」

 食べた食器を片付けるセシルに商人が声をかけた。

「私が作ったんです」

「ほほう、まだ若いのに大したものだ」

「お客様はいろいろな街に行くんですか?」

「ああ、これから帝国領の方に行くよ」

「あの〜、私を雇って頂けませんか。どうしても帝国領に行きたいんです」

「そうだね、下働きでよかったらいいでしょう」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


「そうか〜」

 僕はセシルの行動力を大したものだと思った。

「あたしは決めたんだ。お兄ちゃんについて行くって」


 酒場を出て、暗い夜道を僕とセシルは腕を組んで宿屋の方へ歩いた。

「おい待てよ!」

「何か用ですか?」

 護衛の中にいた野蛮な男達の4人組が路地裏から出て来た。待ち伏せをしていたのだ。

「弱っちい小僧がいい女を連れてるじゃねえか。お前には勿体ねえぜ」

 4人が剣を抜いて斬りかかってきた。

「キンッ」

 僕は咄嗟に剣を抜いて一撃を防いだ。

「ザシュッツ」

 横から別の男が僕の腹を斬った。

「誰か〜、助けて〜」セシルが叫んだ。

「終わりだ、小僧」

 後ろから剣で刺そうと、男が突っ込んで来た。

「ズン」

 セシルが僕の前に立って、自分の腹を刺し貫かれていた。

「セシル!」

「ザンッツ」

 僕も後ろから肩を胸にかけて袈裟斬りされた。

「お兄ちゃん」

 セシルが苦しそうに掠れた声を吐き出した。

「ズシャ」

 セシルが倒れ込んだ。


「おい、金を取って飲み直そうぜ」

「女は惜しい事をしたな、楽しんでから殺せばよかったのによ」

「後で娼婦宿に行けばいいだろ」

「それもそうだな」

「ハ、ハ、ハ、ハ」


 声を出せなくても、セシルの口が動いていた。僕は最後の力を振り絞ってセシルに近づいた。

(今度、生まれ変わったら、お兄ちゃんのお嫁さんにしてね)

「わ、かっ、た」

「ご、めんよ、お前、、を、守れ、、なくて」

”もっと強くなってやる“

”今度こそセシルを殺させない“

 僕は意識が途絶えて死んだ。


 セシルは13歳〜18歳のどこかで必ず死ぬ。何度もゲームをやり直しても、いつも僕を庇って、自分を犠牲にして死ぬんだ。そして、死に際の言葉が「生まれ変わったら、お兄ちゃんのお嫁さんにしてね・・・・」だ。何度も何度も何度も、どんなに、どんなに努力しても、助けられなかった。このゲームの僕が住む王国の人間は、人の価値を身分と出生で判断する。僕が生き残ったとしても、僕が出世して出会ったこの国の上流階級の女達は、性格が最悪だった。その後の僕はクソみたいな人間にしか出会うことがなかった。結局、僕はゲームの世界でも一生独身だった。



「あたしをお兄ちゃんのお嫁さんにしてくれる?」

・・・・・・

「いいよ」

 セシルが目を見開いて、それから嬉しそうに微笑んだ。

「もちろんだ」

”今度こそ、死なせはしない“

”僕も強くなる“


「セシル、この子の名前をシルバーにしたんだ。呼びかけてみてくれ」

「シルバー、元気に育ってね」

「テイム」

 セシルが魔法の言葉を唱えると、シルバーが淡く光った。

 セシルのステータス画面を見ると、使役:一角狼・シルバー(Lv1)とあった。

「ちゃんと使役できたぞ、これで簡単な意思疎通ができるはずだ」

「本当?、やったあ!」

 セシルが嬉しそうにガッツポーズをした。


 この世界では14歳〜15歳に教会で神託の儀を受ける慣わしがある。この時、一生を左右する職業と上限のレベルが決められる。この神託の儀は運で決まるのではない。神託の儀の瞬間に所有している物に影響を受けるのである。例えば剣士ならば剣、魔法使いならば杖、農具ならば農民、金勘定の道具ならば商人、神様に関するものならば神父、レベルの上限は鉄の剣ならばLv50、ミスリルならばLv70、オリハルコンならばLv90となる。それぞれレベルによって下級剣士、中級、上級、王級、帝級、神級となっているが、例えミスリルの剣で神託の儀を受けても一生をかけてLv50まで到達する者はほんの僅かである。お父さんのロダンは木の弓と鉄の槍で狩人の職業を得て、Lv38になっている。ベテラン狩人である。この国の腐っているのは、ミスリル以上の剣の所持は貴族以上で独占している。上級剣士は貴族しかいない。一般国民は高価なミスリルの剣を買えないのである。しかし将来侵攻してくる帝国は実力主義の国で、教会に保管されているミスリルの剣が貸与されて神託の儀が執り行われる。王国の剣士が下級剣士ならば、帝国の剣士は、周辺の農家の農民も中級、上級剣士なのだ。国同士の戦争は総力戦だ。帝国が侵攻すれば瞬く間に王国は蹂躙される。王の権威は何か?王の証である金印で神託の儀が執り行われ、王位の継承者が決まる。

 この国の厄介なところは、王が服従の指輪を所持して一定の範囲内の人間を支配できるのだ。ゲームでは城に立て篭もる王が城ごと燃やされてしまい、服従の指輪の力を帝国兵に使えなかったのだ。僕はゲームの知識を駆使して窮地の皇太子を脱出させても、所詮は下級剣士なので、結局、帝国の兵士に殺されてしまう。僕はこの国のクソ皇太子を救いたくなかったが、ゲームで次の展開に進む時にそのルートしか選択できないのだ。腐ったゲームだった。

 しかし、今回はゲームの制限がなく自由に行動ができる。今までの鬱憤を晴らしてみせる。


 この世界の人間が力を発揮する時は身体に流れる魔力を使う。しかし世界に満ちている魔素を見ることができない。僕は身体に流れる魔力だけでなく、外部の魔素を見ることができるし、操ることができる。例えば一般の魔法使いは体内の魔力でファイヤーボールを撃つ。しかし僕が強くなれば、その空間にある魔素の全てを使って広範囲の爆発を起こせるはずだ。でも今の僕は村人なので、できるのはせいぜいマッチの火くらいの大きさで、ファイヤーボールは撃てない。

 

 シルバーを育てて2年が過ぎ、僕は12歳になった。僕は毎日、外部の魔素を取り込み魔核を成長させて魔石ができていた。僕だけでなく家族や使役獣のみーちゃんやシルバーにも魔石ができていた。魔力操作で身体強化もできるようになった。

 シルバーの魔石は随分大きく成長した。魔石が大きくなるとシルバーの体格も大きくなった。普通の一角狼が3メートルならシルバーは5メートルの怪物になってしまった。僕は毎日シルバーの訓練をしている。

「シルバー、身体強化でもっと早く走れ!」

「はい」

「蹴る時に地面が硬い印象を持て!」

「はい」

 最近はずっとこの練習をしている。足の下に磁場を形成すれば「神速」のスキルを得られるはずだ。更にその先は、飛び上がった時に足の下に磁場を形成して空を駆け抜ける「天駆」のスキルを習得する事ができるはずだ。

「大分、神足らしくなってきた」


「近くに来い」

 僕はシルバーの角を握った。この角の根元にシルバーの第2の魔核がある。もうすぐ第2の魔石に成長するだろう。

「いいか、これが雷だ。ビリビリとして相手が動けなくなるんだ」

 僕はシルバーの魔力を操作して角から雷を放射した。シルバーは僕よりも魔力量がすごく多い。僕は村人で少ない。

「バリバリバリバリ」

「よし、1人の時は練習するんだぞ」

「はい、お父さん」


 魔物を狩ってシルバーの腹を満たしてから、鹿を1頭お見上げに持って帰った。

「ただいま〜」

「お帰り、いつもありがとうな、シルバーもありがとう」

 シルバーが狩りをして帰るので、お父さんは自分の訓練の時間を増やした。身体強化で神足、目に魔力を集中させて弓矢の命中速度を劇的に上げた。いずれにしろ我が家は裕福になった。

 セシルとお母さんは料理の研究を毎日していた。僕はセシルに防御シールドと治癒の魔法の練習をすることを頼んだ。今度こそ死なせない。


 シルバーが強くなった。

「お父さん、おー母さん、1週間くらい遠出をしてくるから」

「どこに行くんだ」

「シルバーの訓練でどんな魔物がいるか調査だよ」

「アイン、危険な真似はするなよ」

「うん、大丈夫。お父さん、ナイフ貸してくれる?」

「お母さんはフライパン貸して?、あと、塩と胡椒」

「シルバーがいれば食べ物に困らないからね。最近は雷の魔法が使えるから、川で雷を使うと魚がたくさん取れるんだ」

「アイン、帰ったら魚も獲ってな」

「うん、わかった」


 村から200kmくらい離れたグリフォンの巣の近くに来た。300mくらいの絶壁の上の方に洞窟があって、そこに巣を作っている。崖の下は深い森で、小さい雛を間引くために上から落とすのだ。森の葉っぱで落下速度が軽減されて、地面に落ちなければ助かるかもしれない、と思った。シルバーにグリフォンを刺激しないように離れてもらった。間引きされて落とされる雛を、干し肉を齧りながら何日も待った。


「あっ、何か小さいのが落ちた」

 僕は布を広げて下で待った。

「バサッ、バサッ、バサッ、ザザッ」

「アッ、落ちてきた」

 布を拡げてキャッチした。速度があるから重い、布が手から離れそうになる。素早く身体を布の下に滑りこませようとして、布を抱きしめたまま地面を転がった。

 布を開けてみた。ピンク色をした痩せた雛がいた。骨は折れてないようだった。

「シルバー、早く来てくれ」念話をした。

「ザッツ」瞬時にシルバーがきた。

「ここを離れよう、川のほとりまで行くぞ」

 僕はシルバーの背に乗った。


 シルバーが狩ってきたウサギの肉をナイフで細かく切って、血をコップに入れた。グリフォンは雛でも肉食だ。僕が小さく切った肉を口の中に入れるとパクッと食べた。血もスプーンで飲ませた。ごくごく飲んだ。口をパクパクし始めた。どんどん肉がなくなっていった。もう心配いらなかった。

「テイム」

 ステータスを見るとグリフォンだった。色は(ブラック)とある。

 使役:グリフォン・黒(Lv1)

 名前をつけようと思うが思いつかない。

「お前の名前はブラックだ」

「キュウ」

 ちょっと安易だがまあいい。心配するからすぐに家に帰ろう。

 ブラックはお腹が一杯になって寝てしまった。


「ただいま〜」

「お帰りなさ〜い」

 お母さんとセシルが台所から出て来た。

「随分遅かったわね、お母さん心配しちゃったじゃない」

「大丈夫だよ、シルバーと一緒にだから」

 僕が両手に抱えている袋がモゾモゾ動いていた。

「お兄ちゃん、手に抱えている袋はなあに?」

 ピンク色をした大きな雛が首を袋から出した。キョロキョロ外を見た。

「まあ、大きな雛なのね」

 お母さんのイルマが言った。

「お母さん、エサをやりたいから、僕の部屋に肉を持って来て」


 お母さんとセシルが大皿に小分けした生肉を載せて僕の部屋に来た。

 2人が揃ったので、僕は袋を開けた。

「えええ〜、この子、鳥じゃないの〜」

「お兄ちゃん、この子はなあに?」

「グリフォン、名前はブラックだ」

「お兄ちゃん、この子ピンクだよ」

「大きくなったら、ブラックになると思う」

「ふ〜ん、そうなんだ」

 セシルが箸で肉をブラックの口に持って行った。

「パクッ」

「テイム」

「あたしがお母さんよ、わかった?」

「キュウ」

「いいお返事ですね〜」

 セシルがブラックを使役(テイム)した。


「お母さんもやってみて?」

 お母さんのイルマがお箸で肉をブラックの口に持っていった。

「パクッ」

「テイム」

「おいしい?ウウウン、あたしは・・・・イルマちゃんよ、わかった?」

 お母さんはおばあちゃんと呼ばれたくなかった。お母さんもブラックをテイムした。


「おお〜い、今戻ったぞ、アインが帰って来たのか?」

 お父さんのロダンはシルバーが鹿を追って走っているの見て、アインが帰って来た事を知った。

「お帰りなさ〜い」

「お父さん!今部屋にいるから来て?」

「ドス、ドス、ドス」

「お〜、アイン、なんだ?この子は?」

「僕の従魔のブラックだよ」

「グリフォンの雛じゃないか、どうやって連れて来たんだ」

「グリフィンの親が子供の目引きで巣から落としたんだ。僕は可哀想だから助けたんだ」

「お父さん、生きているグリフィンの雛なんて初めて見たぞ」

「あなた、ブラックにエサをあげて?」

「それから、アインとセシルがブラックの親だから、あなたはおじいちゃんだからね」

 イルマお母さんが念を押した。

 お父さんが箸で肉をブラックにあげた。

「パクッ」

「テイム」

「ブラック、おじいちゃん、だよ」

「ちゃんとテイムできたよ」

「グリフィンなんて、普通、テイムできないだろう」

「ブラックに、僕の家族になるんだったらテイムされるんだよ、って言っておいたから絶対に大丈夫!」


「アイン、お父さん、魚が食べたいんだ、シルバーと獲ってきてくれないか?」

「うん、いいよ。お母さん、網と大きな袋を貸して?」

「アイン、下処理も頼むな」

「OK!」


 玄関を出ると鹿を獲ったシルバーがいた。

「シルバー、ありがとうな。今度は魚を獲りに川へ行こう!」

「はい、お父さん」

 僕はシルバーの背に乗ると、10分くらいで川に着いた。


 幅10mの川に着いた。長さ5mくらいの2本の太い木の枝をシルバーに取らせた。

「バキッ、バキッ」

 枝を落として先をナイフで尖らせた。長い網を2本の枝に取り付けてネットをつくった。

「シルバー、川の上に磁場を作ってくれ」

「はい」

 僕は川の上を歩いて、川の向こう岸に太い枝を地面にブッ刺した。

「シルバー、地面に刺すんだ。枝が折れないようにゆっくりだぞ」

「ズズズズ」

「よし!」

川の両側に網を張った太い枝の柱を立てた。川にネットができた。

「シルバー、上流で電撃を川に放ってくれ、あそこに魚がいそうだ」

「バリバリ」

「プカ〜、プカ〜」

 30mくらい上から水面の浮いた魚が流れて来た。シルバーが戻ってきて、川の水面に磁場を張った。僕は磁場の上から、ネットに溜まった魚を麻袋に入れた。30尾くらいあった。

 川辺でエラと内臓を取って綺麗に魚を洗った。シルバーがいるとすごく簡単に魚が獲れる。


 家に帰ると、お父さんとお母さんとセシルが鹿の解体をしていた。人間が食べる足の肉と心臓と肝臓を取る。腸や膀胱といった排泄物の臓器は捨てる。残りはシルバーが骨ごと全部食べてしまう。イノシシの方が沢山獲れるが、村の猟師に解体をお願いしている。毛皮と肉の一部を渡して残りを荷馬車で家まで運んでくれる。イノシシは罠で獲るのが普通だが、シルバーが短い時間で簡単に獲ってくるので、村人達も助かっていた。


 その日はお世話になっている村の人達を呼んでバーベキュー大会をした。肉は大量にあるし、今回は川の焼き魚があった。ロダンお父さんが革を町に売りに行って、酒を買ってきていた。最近は村でビールも作るようになった。シルバーがいるからイノシシや魔物に畑を荒らされなくなって、農産物の生産が増えたのだ。


グリフォンの成長は早い。大量に肉を食うが、シルバーが動物や魔物を狩ってくるので心配いらなかった。僕とセシルが交代で餌を与えた。セシルもブラックを使役することができた。僕は雛の頃から毎日魔石に魔力を注いだ。森や大地や空中から魔素を集めて大きな魔石に成長させた。グリフォンの成鳥の大きさは普通5mくらいだが、ブラックは10mくらいの大きさになっていた。お父さんが村人達に頼んでシルバーとブラックの家を作った。僕たちの家よりも大きくて体育館ぐらいの大きさだった。

 グリフォンは胴体の下がライオンで前足から上が大きな鷲の格好をしている。空を飛ぶスピードはかなり速い。肉体の羽の力で飛ぶのではない。羽を使った膨大な魔力で飛翔しているのだ。生まれた時から魔力を使っていた。

 毎日、ポケットにみーちゃん、僕はシルバーの背中に乗って、上空のブラックと訓練に出かけた。3匹の訓練のためだ。当面の目標は、ブラックにソニックビームとサンダーボルトを習得させることだ。ソニックビームは知覚できない超音波で生物の脳を破壊する悪魔的な攻撃だ。数万人の軍隊でも上空からソニックビームを攻撃されれば、全員が死亡する。目に見えない攻撃で防ぐことができないのだ。攻撃されていることを理解できずに死ぬのだ。広範囲攻撃なので、範囲を特定して放つ練習をしている。森に放てば葉っぱが粉々になるので、攻撃範囲を特定できる。

「シルバー、防御シールドを張れ、2重に張ってシールドの間の空気を抜くんだ」

 シルバーが「真空2重シールド」をマスターしてからブラックのソニックビームの練習に入った。

 ブラックの後ろに移ってシルバーに真空2重シールドをかけさせた。真空では音は伝導しない。念話でブラックに指示を出す。

「ブラック、ソニックビームを練り上げて出すんだ」

「はい、お父さん」

「キーーーーン」

「バリバリバリバリ」

 前方の森の木々が粉々に砕け散った。有効射程は1kmくらいだ。

「ブラック、えらいぞ、お前はグリフィンの王になれるぞ」

「次は広げて撃て」

「キーーーーン」

「バババババババ」

 約120度の角度で木々が粉々になった。


 これで準備が整った。僕は14歳、セシルは12歳になった。

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