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第3話 微かな動き

「セド王子。温かい紅茶を入れました」


 マグカップを置きながら、王子に語り掛けるレイア。

 王子は今日も、カーテンを閉めて、ベッドのわきに座っている。

 レイアは無理にカーテンを開ける気になれない。


 彼は今も暗殺の恐怖を抱いている。

 外の世界を見せるには速い。


「失せろ」


 懇願するように、セド王子は告げた。

 母や従者が死んだのは、自分のせいだと思い込んでいる。

 言葉こそ冷たいが。誰も寄せ付けないのは、彼なりの優しさなのだろう。


 ――今はこれで良い。

 レイアはお辞儀をして、部屋を出る。

 深く干渉すべきではない。自分だからこそ分かる。


 レイアは廊下を歩き、溜息を吐いた。

 現在王宮内は、政治的に混乱している。

 唯一の跡取りが、継承権を放棄したのだから。


 王家の血を継ぐ者が、こぞって跡目争いをしてる。

 勿論表立って、武力行使はしていないが。

 水面下で各勢力による、欲望が渦巻いていた。


「こんな醜い世界。王子に見せない方が良いわね……」


 今のセド王子に見せれば、再び人間に絶望するだろう。

 醜いだけが人間じゃない。彼にはそれを教えたい。

 王子の事を考えているレイアだが。彼女も自身の事で悩みがあった。


 リハビリと軽いトレーニングをしているのだが。

 その際、自分を快く思わない者から邪魔が入る。

 下級貴族が王族の世話がかかりになった。


 事情を知らなければ、棚から牡丹餅状態だろう。

 自分への悪口を耳にすることも、少なくない。

 溜息を吐きながら、彼女は王宮の地下に向かった。


 王族が住む場所だけあって、王宮には様々な施設がある。

 地下にはちょっとした町があり、商店が開かれている。

 その中で、彼女が唯一落ち着ける店があった。


「いらっしゃい。レイアさん」


 マグカップを拭きながら、エプロン姿の男性が挨拶をする。

 王宮にある小さなカフェ。静かな場所を好むレイアに、ピッタリな場所だ。


「良く私だと分かりましたね。マスター」

「足音と時間帯で分かりますよ。人にはリズムがありますからね」


 レイアはマスター。"ビャッコ・セイリュウ"に勝てないなぁっと苦笑い。

 ビャッコマスターは、王宮で数少ない味方の一人だ。

 落ち着いた物腰で、いつもレイアにアドバイスをくれる。


 王宮政治に慣れていないレイアに、内情を教えてくれる情報通でもある。

 彼のおかげで、レイアは現状の悪さを理解できた。


「足音には個人差があります。リズムを聞けば、振り返らずとも分かりますよ」

「私はどんなリズムなの?」

「そうですね。歩調を合わせる。安心感のあるリズムですね」


 どんなリズムよっとレイアが思っていると。

 マスターがコーヒーを運んできた。

 何も言わずとも、彼はレイアの気分と好みを当てる事が出来るのだ。


「お苦労されているようなので。本日は甘めのブレンドで」

「ありがとう。脳の栄養になるわ」


 レイアはホッと一息ついて、コーヒーを啜った。

 気持ちが落ち着く。先ほどまでの陰口が嘘のように消えていく。

 レイアはこのクラシカルな雰囲気が好きだった。


「それでどうです? 王子の様子は?」


 マスターは納豆を持って、レイアに尋ねる。

 彼なりにセド王子を心配しているようだ。


「ダメですね。口を開けば、"失せろ"だの、"消えろ"だの」

「ハハ。これは随分と大変な世話係ですね」

「まったくですよ! まぁ、自分で買って出たのだけど……」


 レイアは納豆をご飯にかけた。


「でも。今はこれで良いと思っています」


 レイアは手を止めて、マスターを見つめる。


「マスターも言いましたよね? 人にはリズムがあると」

「ええ。調子の良し悪しも、リズムで分かります」

「きっと王子は。リズムが崩れた状態なんだと思います」


 一日中真っ暗な部屋に閉じこもって。

 もう昼か夜かも、分かっていないだろう。


「なら少しずつ、あの人のリズムを取り戻せば良い。そんな気がします」


 レイアの言葉を聞いて、マスターは微笑んだ。

 マグカップを受け取り、台所に向かう。


「生物には干渉と言うものがあります。イライラしている人と共に居ると自分もイライラするように」


 マグカップを洗いながら、マスターは語り続けた


「逆に心を落ち着かせる人もいます。私はこれを浄化と呼んでいます」


 綺麗になったマグカップを見せながら、マスターは言った。


「誰かのリズムに自分が乗せられるという事ですね」


 洗われたマグカップを見つめて、レイアは思う。

 自分は浄化をできる様な、人間なのだろうかと。


「セド王子も……。私のリズムに乗ってくれるでしょうか?」

「さあ、どうでしょう。でも私の見立てでは。貴方達は似た者同士だと思いますよ」


 ――似た者同士か……。レイアは魔道具を見つめた。

 お互い魔道レースに情熱を注いだ。

 レーサーとファンと言う違いはあったが。気持ちは同じはずだ。


「そうだ。中継でも良いので。次の魔道レースを観戦したらどうでしょうか?」


 魔法の水晶を、マスターが手渡しした。

 水晶は遠くの様子を映し出してくれる。

 マスターが専用カスタマイズをして、魔道レース専用となっている。


「今のレーサーを知る事も、貴方達には大事でしょう」

「マスター……。ありがとうございます」


 レイアは水晶を受け取って、カフェを後にした。

 どういう訳か、マスターと会話すると悩みが吹き飛ぶ。

 彼はどこか、父親似ている気がした。


 レイアは気を取り直して、王宮の中庭に向かう。

 セド王子の部屋が見える位置に立ち。魔道具を装着した。

 

「せめてあの人が見える位置に……」


 レイアは目を瞑り、仮想空間を作り出す魔法を使った。

 精神世界にコースを作る。イメトレの強化版を行う。

 

「ベストコンディションには程遠いけど……」


 彼女は走る感覚を忘れないため、練習を欠かさない。

 精神世界での様子を、頭上に表示する。

 師匠が自分の走りを見るための魔法だが。


 今は自分の走りを見せたい人が居る。

 レイアはローラーシューズを使って、走り出した。

 フルスピードはおろか、通常スピードにも満たない速度。


 精神世界とは言え、体に負荷がかかる。

 怪我の様子も反映されるので、リハビリにもなるのだ。


「くっ……」


 レイアはインコースに入れなかった。

 やはり曲がる時、体幹に痛みが走る。

 これではブーストも行えないだろう。


 それでも。彼女はせめて走り切ろうと、足を止めない。

 タイムが縮まらなくても、最後までやることに意義がある。

 全体の基礎を掴むこと。それが師匠の教えだ。


「ふぅ……」


 レイアは短いコースを一周して、練習を終えた。

 無理をしたら、却って体を壊す。

 これがリハビリなのを忘れてはいけない。


 レイアは水を飲みながら、セド王子の部屋を見上げる。

 光を通さないカーテンが、部屋の中を隠す。

 ――見てくれている訳ないか……。


 そう思って矢先。カーテンが少しだけ動いた気がした。

 部屋の窓は閉まっている。風で動くことはない。

 レイアはフッと笑って、手を上げた。


「これで良いんだ。私のやり方は、これで」


 セド王子の心を開くには、時間がかかるだろう。

 時間が変えてくれる事がある。でも時が経てど変わらないものもある。

 レイアはその両方を信じている。


「さてと。トレーニングの後は、休息っと」


 レイアは休憩のため、自室に戻る。

 チラリと再び窓を見上げる。もう一度だけ。

 カーテンが開いて、自分を見つめる視線を感じた。

~ビャッコ先生の解説教室~


やあ。遂に私が登場した第三話、面白かったかな?

今回は王宮の地下街について、解説しよう。


元々王宮は王都と呼ばれる、大都会にあるんだけど。

先代国王の従者が、買出しが面倒と言う理由で、地下に丸ごと町を作っちゃった訳ですね~。

地下街は王都とも繋がっており、地下に限り出入り自由らしいですよ。


勿論、一階に続く階段は厳しい警備が敷かれています。

最初は食料品と衣服のみ売っていたんですが、地下と言う雰囲気をみんな気に入っちゃって。

すっかり小さな都市になっちゃった訳ですよ。


雨が降っても、人が来てくれますしね~。

先生のカフェは地下街の一番目立たない所にあるんですよ。

静かな場所で落ち着きたい人が、集まる様に先生が自ら選んだわけです。


わざわざここを見つけるなんて、レイアさんは意外と通ですね。

それでは皆さん、ごきげんよう~。

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