6. 探偵はフィジカルでやるんだフィジカルで
翌日、再び放課後。
野球部が部活に勤しむ声が薄っすら聞こえる教室で、ぼっちな僕はソシャゲを弄る。
「こんにちは、名探偵です」
どうも名探偵さん。
当然現れたな、どこから飛んできたんだ今。
藤宮さんは犬の様に鼻先をくんくん動かしてから、僕とソシャゲを交互に見る。
「それ、何してるの? また昨日のゲーム?」
「そうだね。今ちょうどスタミナ使い切ったところ」
「おー……私の出したキャラ、強い?」
「戦闘だと弱いかな。編成には入れないかも」
ボックスにいるだけでバフが掛かるから、強いのだ。
「え、弱いの? 弱いのにあんな喜んでたの?」
特大のお団子ヘアが画面との間、視界にぐいぐいと侵食してくる。ええい邪魔だ。
と、その時。
ずっと遠くの廊下で「ふじみやぁあああああ!」と鬼口先生の声が響いた。
「…………」
「…………何したの、藤宮さん」
互いに口を結んだ僕と藤宮さんが、無心で見合う。
「…………柏くん、黒板消しクリーナーを持ったままスキップしたら。どうなるか知ってる?」
「………………それで、僕はなんで今日呼び出されたの?」
僕は、触れないことにした。
だって巻き込まれたくないし。鬼口先生こわいし。
「何でって柏くん、怪盗団の事まだ何も決めてないじゃん」
……冗談であって欲しかったけど、やっぱマジなのかあの話。
「あのさ、やっぱりやめない? 怪盗団の話」
昨日、藤宮さんが出したレアキャラのステータスを眺めながらぼやく。
「なんかこう、僕みたいのじゃなくてもっと陽キャな人を誘えばいいじゃんか」
「いやいや、陽キャの人が出たら一瞬で怪盗の正体がバレちゃうでしょ」
僕なら学校の誰も知らないから問題ないと? ……いや確かに問題ないな。
「ともかく、仲間だよ仲間! 怪盗団なんだから、仲間を集めなきゃ!」
バシン、とチラシを大きく僕の机に叩きつける藤宮さん。
なんだこれ。なんだそのドヤ顔。
「怪盗団、メンバー大募集中?」
よく見ると「名探偵に捕まってくれる怪盗団を募集中!」と続く。
それから、中央にはクレヨンで描かれた黒いぐちゃぐちゃ……?
「どう? 私渾身の怪盗団の絵は! かっこいいでしょ!」
あ、コレ怪盗団だったんだ。
てっきり、新鮮なひじきの絵かと。
「これをどうするの?」
「貼るの。町の電柱とか、学校の掲示板に」
アホか。早朝の清掃ボランティアじゃないんだぞ。
「ってコレ、端に『責任者:1年2組 柏(怪盗団リーダー)』って書いてあるんだけど」
「だって、怪盗団のリーダーは柏くんでしょ?」
他人名義でなんてモン張ろうとしてたんだコイツ。しっかり身元まで記載しやがって。
「このポスターはダメだから、絶対!」
「えーなんで? かっこいいじゃん!」
「怪盗が仲間をポスターで募集してる時点でかっこよくないでしょ」
ぷくーっと、藤宮さんは頬を空気で膨らませる。
「それじゃー責任もって、ちゃんと柏くんが怪盗団のメンバーを集めてくださーい!」
もともと探偵が怪盗団のメンバー集めるのもおかしい気もするけど。
「といっても、集める宛なんて僕にもないしなぁ」
試しにネットで募集してみるか?
……いや、発想が藤宮さんと同レベルだ。これはさすがに反省。
「柏くん、誰か一緒にやってくれそうな友達とかいないの?」
「いない」
「ひとりも?」
「いない」
おい、なんだその目は。
憐れむな僕を。泣くのは得意なんだ。
「藤宮さんこそ、怪盗役は友達に頼めばいいじゃないか」
「何言ってるの柏くん? 名探偵が友達に怪盗役を頼むはダメでしょ。それ八百長じゃん」
僕に頼むのは八百長じゃないんだろうか。
僕と藤宮さんは別に友達じゃないから違うのか……そうか……。
「あ、それじゃあの子とかどう? あたし名探偵だから気づいたんだけど、あたしが柏くんに話しかけてからずっとコッチ見てるし」
ん? あの子?
「うわビックリした!」
よく見ると教室端の壁の陰から、一人の女子生徒がこちらを覗き込んでいた。
なんか覗き方が妖怪みたいでちょっと怖い。
「ほら見た感じ、隠れるのとか好きそうじゃん? 怪盗とか向いてそうじゃない?」
いや全然、普通に不審者だけど?
よく考えたら、怪盗団も普通に不審者集団か。
うん、向いてるかもしれない。
「ちょっとそこの子、コッチおいでよー!」
言いながら、藤宮さんが例の女子生徒に近づく。
おもむろに女子生徒の腕を掴むと、そのまま引きずり出して歩いてきた。
探偵はフィジカルが大切なんだなぁ。
「はい、連れてきたよ柏くん」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「……っあー……」
僕の口からすごく曖昧な、これ以上ないくらい頼りない声が漏れだす。
物陰から出てきた相手が悪すぎたのだ。