30. 怪盗団、忘れてない?
久しぶりにネトゲをプレイしてから、また数日後。
閉店後の喫茶ハコニワの事務室。
「はい、皆ちゅーもく!」
不満げに腕を組んだ藤宮さんが、突如として声を張る。
「どうしたんですか急に」
「藤宮こーはい、グミいる?」
更衣室から丁度出てきた楪と、グミを食べていた茅野センパイがキョトンと視線を送る。
嫌な予感がするので、僕はナチュラルに窓の外を見つめる事にした。 壁、もう秋だなぁ。
「ぃんな、ぃしぃふぁりてなぃんかあ!」
藤宮さん。せめて食べ終わってから喋らないか。
「皆、怪盗団としての自覚が足りてないんじゃないかな!」
ようやくグミを飲み込んだ藤宮さんが、改めて声を張る。
チラッと一瞬わき見すると、藤宮さんの背後のホワイトボードには『名探偵のための、怪盗団緊急会議っ!』と大きく書かれている。
おのれ藤宮さん、バイト終わりにまた面倒そうなことを。
「特に柏くん!」
名指しで絡まれた。
しかないので、僕は徐に身体を向き合わせる。
「最近は全然怪盗団のことしてないでしょ! ただバイトしてるだけじゃん!」
「藤宮さん、さも怪盗団が学生の本分かの様に訴えて来るけど、違うからね?」
バイトをしている高校生は全国に数いれど、怪盗団をしてる高校生は僕らだけなんじゃなかろうか。犯罪、ダメ絶対。
「それに怪盗団については、メンバーが3人も集まった時点で奇跡みたいなものじゃない?」
僕の返事が気に入らないのか、藤宮さんはふくれっ面を更にぷくーっと膨らませる。
「柏くん、本来の目的を忘れてないかな!」
本来の目的?
「あたしがカッコイイ名探偵になるためのシチュエーションなんだから、捕まえる怪盗団はイカしてなきゃダメじゃん!」
我儘な名探偵だなぁ。
すると、どこか申し訳なさげに楪が小さく挙手する。
「ちょっと待ってください。前々から疑問に思ってたんですが、私たちはお宝を盗む怪盗団で、藤宮さんは探偵役なんですよね?」
「うん、そだよ?」
至って純粋な目で頷く藤宮さん。
「藤宮さんは探偵役なのに、怪盗団の会議に居てもいいんですか?」
「それはいいんだよ。だって相手側の怪盗団と入念に打合せしないと、あたしに事件解決とか出来ないし。あ、でも八百長とは違うかな、たまたま怪盗団の会議の場所にあたしがあいるだけだから」
楪、気持ちはわかるけど、真顔でコッチみながら藤宮さんを指差すのはやめなさい。
「んしょ。わたしたちの怪盗団って、いつどこのおたからを狙う?」
グミを食べ終わったのか、僕の膝元に茅野センパイが座ってくる。かわいい。
「確かに、そもそも怪盗団って何を盗めばいいんだろう」
「それは考えるのは怪盗団リーダーの柏くんの仕事でしょ!」
ビシッと手でツッコミを入れてくる藤宮さん。
じゃ探偵の藤宮さんはここに居ちゃダメだろう。僕は訝しんだ。
「ともかく、まずはターゲットを決めないとだね」
「そうですね。藤宮さんを名探偵として盛り上げるシチュエーションなら、やはり目立つ時間と場所は重要でしょうか」
確かに怪盗団としてターゲットを盗み出すのが、目立つ時間・場所である事は絶対条件だ。
地味な場所で地味に藤宮さんに捕まるの、深夜の公園で藤宮さんと鬼ごっこしてるのと状況的にあまり変わらない。虚しさで眠れなくなりそう。
「目立つ時間・場所……か」
ふと各々が、口を結んで考えてみる。
藤宮さんを名探偵として演出するならば、なるべく人の目が沢山ある場所が好ましい。
更に衝撃を与えるには状況の緩急、つまりギャップがある方がイイだろう。
……大衆がリラックスしている時間・場所。
「あ! スーパー銭湯とか、あいや、ごめん、なんでもない」
楪と藤宮さんの凍えるような視線を、きっと僕は忘れない。
すると、僕の膝で茅野センパイが小さく呟く。
「アカツキ花火とか、いいとおもう」
その一言に、藤宮さんの表情がパッと一気に輝いた。
「おぉー! アカツキ花火、確かにアリかも! ナイスアイデアかやちゃんセンパイ!」
アカツキ花火。正式名称、アカツキ大打ち上げ花火大会。
毎年八月初週に開催される、僕らの町の打ち上げ花火大会だ。
「確かにもうすぐアカツキ花火の季節ですね。SNSの広告とか、CMも最近流れ始めましたし」
アカツキ花火は、いわゆる町民花火大会とは規模が異なる。
日本三大花火大会に選出されるほど、歴史ある大規模な花火大会だ。
その花火打ち上げ規模は、日本一の大花火大会の自称に恥じない繊細かつ豪快さがある。
特に目玉とされる花火「アルタイル」は、黄金色のしだれ柳花火が夜空すべてを埋め尽くし、見る者に一生レベルの体験を与える、と有名なのだ。あれは確かに凄い。
「今年も交通網が麻痺する季節がやってくるのか……」
アカツキ花火の来場者数は全国から数万を優に超え、あっという間に町の交通網は麻痺する。電車も止まり、バスや車道も交通規制で通行止めになってしまう。
アカツキ花火の帰り道、人の波に揉まれて家族から離された幼少期は割とトラウマ物だ。
「アカツキ花火……確かに人目も多いし、怪盗団として活動すれば注目されることも間違いないだろうけど」
にしても、あまりに規模が大きすぎはしないだろうか。
怪盗団として目立つし衝撃もあるだろうけど、目立ち過ぎだし衝撃もありすぎというか。
「おい、そろそろ戸締りしてもいいか」
キッチンから小窓をガラリと開けた店長が、顔を覗かせる。
ふと壁掛け時計を見ると、バイト終了からもう一時間くらい経っている。
「それじゃ皆、次の怪盗団会議はまた明日ね!」
手早く荷物を担いだ藤宮さんが、事務室の玄関へと手を掛ける。
「また明日って、普通に学校あるし……なんなら明日からテストだよ藤宮さん」
横に立つ楪も、こくこくと小さく頷いて同意する。
「いやいや柏くん、なーにを寝ぼけたことを言ってるの?」
振り向いた藤宮さんが、洋画の様にやれやれと首を竦める。
「テスト週間中は、午前が終われば学校は終わりなんだよ? なーんのために早く帰れると思ってるのかな」
勉強する為だろう、間違いなく。
「それじゃ、また明日っー!」
ツッコむ間もなく、藤宮さんは外へと飛び出していった。
僕の膝上に座ったままの茅野センパイが、マイペースに新しくグミの袋を開封する。
「響、夕飯前だからそれくらいにしとけ」
「えーおにぃ」
「だめだ」
表情を変えず即答する店長に、ふくれっ面で「開けたばかりなのに」と茅野センパイ。
茅野センパイはカラフルなグミを一つ口へと放り込み、僕を見上げる。
「はい。こーたろ、出雲崎もグミたべる?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「…………頂きます」
僕は何も言わず、ただ茫然とした疲労感と一緒にグミ(メロン味)を口に放り込んだ。




