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2. 冤罪

 十分後。教室には、担任である鬼口先生の姿があった。

 

 鬼口(おにぐち) 霧子(きりこ)――――二十八歳、未婚。彼氏ナシ。

 両手を組んだ鬼口先生の青筋が、ピクピクと小刻みに震える。


「ふ・じ・み・やぁっ! またお前かぁっ!」

「ふぁー! ひはいひはい‼ おにぐっちーせんせ、ほっぺ引っ張らないで!」


 鬼口先生は美人なのだが……怖い。

 肩ほどまで伸びた明るい茶髪、揺れる複数のピアス。

 なんというか、元ヤン感がスゴイ。むしろ今ヤンかもしれない。


「おまぇどんだけ備品を壊すんだよ! その度に会いたくもねぇ教頭に損害申請書を提出してんだ、こっちは!」

「待って! 今回は違うの! 話を聞いてよ、ぐっちー! ほっへひはい、ひはいはは!」


 頬をつねられる藤宮さんは、鬼口先生の前で正座させられている。

 ちなみに僕は、端の席でスマホを弄るフリをしていた。だって帰るタイミング見失ったし。


「ぐっちーって呼ぶなつってんだろ! 鬼口先生だ、鬼口先生! 昨日なんか、教頭から呼び出されて「鬼口先生、そろそろ備品に当たるのは勘弁してください……」なんて言われたんだぞ⁉ あたしじゃねーよ壊してんの!」


 それは若干、鬼口先生のイメージのせいな気もする。


「大体、お前はもっと高校生として自覚を持って――――」

 



 それから、十数分ほど鬼口先生の説教は続いた。


「ぐすっ、ずびっ」


 藤宮さん、ガチ泣き。

 鼻水もドバドバ垂らして、恋悩み多き女子高校生はどこへ。

 花瓶を隠してガチ泣きって。小学生か。


「……ったく。それじゃ、ちゃんと教室を綺麗に掃除しておくんだぞ」

「はぁーい……」


 そう言って、鬼口先生が教室を去っていく。

 備品の損害申請書の作成、お疲れ様です。


「ぐすっ。ずびびびびびび」


 僕と藤宮さんの二人になった教室に、藤宮さんの鼻水を咬む音が響く。


 汚い……。 ええい、仕方ない。

 僕は数十分ぶりに席を立ち、藤宮さんの横へ立った。


「雑巾、貸してください」

「手伝ってくれるの……?」


 僕は無言で頷いて、雑巾を受け取る。


「ありがどう……」


 別に暇だったし。


「……でもね? 探偵みたいな推理がしたかっただけで、最後にはちゃんと言おうと思ってたんだよ? あたしちゃんと最初に言ったし。犯人はこの中にいるって」


 潤んだ瞳のまま、藤宮さんが唇を尖らせる。

 お前……実はあんまり怒られたこと気にしてないな?

 なんて気軽にツッコめる仲でもないので、僕は脳内で話題を探す。


「そういえば藤宮さん、探偵が好きなの? ホームズとか?」

「そうなの! 名前も近いし、いつか名探偵になる定めだと思うんだよね。あたし」


 名前が近い? 藤宮さん、ハーフだったのか。

 名探偵。なるほど、さっきのを見るに迷宮確定の迷探偵だったけど。


「きみは……えっと、名前なんだっけ」

「柏 幸太郎です」

「柏くんね。タメ語で行こうよ、あたしたちタメなんだし」


 ええなんか、ぐいぐいくるこの人。

 溢れ出る陽キャオーラに干乾びかけていると、布巾を持たない手がふいに掴まれる。


「あたし、藤宮(ふじみや)・シャーロット・有栖(ありす)! よろしくね!」

「あ、うん。よろしく藤宮さん」


 握手する僕と藤宮さん。

 あ、手汗とか大丈夫かな。キモくないかな。


「親愛を込めて、シャーロットって呼んでもいいよ! もしくは名探偵でも!」

「あ、うん。よろしく藤宮さん」


 シャーロット、確かに名探偵シャーロック・ホームズに近しい名前だ。


「親愛を込めて、シャーロットって呼んでもいいよ! もしくは名探偵でも!」

「あ、うん。よろしく藤宮さん」


 なんで二回言ったんだこの人。

 べつに呼ばないよ。


「いやさ、苗字以外で男女が呼び合うのは、親しい人とか恋人の特権だと思うから」


 うわ、不満そう。

 不服申し立てる半目の視線が、しばらく僕に突き刺さる。

 そして握手もずっとしたまま。


「じー」

「な、なに?」


 というか、やっぱりクラスで話題になるだけあって美人だな……この人。

 確かに、日本人の幼さが残る面影と、外国特有の煌びやかな雰囲気が上手く両立していて、アイドルとしてテレビで歌って踊っていても違和感がないくらいには整っている。


 ……うん。ちょっとキモいな、僕。


「ううん、特に柏くんになにかあるとかじゃないんだけど」

 

 じゃ逆になんなんだ。

 ……って、いや顔近いし! なになになに!


 気まずさに耐えきれず、つい僕は制服のポッケに手を突っ込む。


「……えっと、ソシャゲのガチャでも引く?」

「えぇ、いいの⁉」

 

 スマホを取り出し、慣れた手つきでソシャゲを起動して差し出す。

 まぁ別に構わない。どうせログインポイントで引ける、強化素材しか出ないガチャだし。


「これ、アタリはどんなやつ?」

「ええっと、これかな」


 ログインポイントガチャ限定のキャラで、排出率は0.0001%だ。

 確かに超絶レアだし、全体ユーザーでも所持者は0.1%を切るはず。

 持ってるだけでバフが掛かる、他ユーザーにマウント必須の超強キャラだ。


「出してくれたら、何でも一個いうこと聞いてあげるよ」

「え、ほんと⁉ マジで⁉」


 冗談交じりで言うと、藤宮さんは謎の小躍りしながらスマホ画面をタップする。

 なんか遥か南東の地でとかで、地の恵みに感謝する民族の祭りみたいだ。


「でたぁー! いやっふぅ!」

「うそぉ⁉」


 思わず僕も声がデカくなる。

 そんなバカな⁉⁉

 サービス開始日から6年間、毎日引き続けた僕は一回も出したことないのに⁉


「やっぱりいい名探偵ってのは、運に好かれちゃうものなんだよね」


 いい名探偵ってなんだ。頭痛が痛いみたいな。

 というか運でいいのか名探偵。


「それじゃ、お願いごとは何をしてもらおうかなー!」


 ……僕、そんなこと言ったっけ。つい先までの質量ゼロな発言に、盛大に頭を抱える。


 ご機嫌な様子で、いつの間にか箒をロッカーにしまった藤宮さんが近づいてきた。


「そいじゃ、ひとまずカフェでも行ってゆっくり考えようか!」


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